第六十七話 フォー・マイセルフ
チャアタイ・サーマニは死んだ。
その言葉の意味も分からないまま礼一少年はトレーラーの助手席に乗せられて、ルメンシスの街を通り抜けていく。
トレーラー。
いくら「現代の」乗用車ほどの速度は出ないとはいえ、基本的に人体が必要強度として耐えられるよう想定している速度よりも遥かに速い。ある種の密室だ。
とはいえ、幸いなことに、どこへ行くのかはすぐに分かった――これは街を出るときに使う道だ。この先には城門があって、そこから例の草原へ繋がっているはずであった。
チャアタイと礼一少年の二人が共通して知っている場といえば、この道を使うとなればあそこしかあるまい。
と、すれば最大の問題は――この「積み荷」の問題だろう。
例の草原を今まで何に使ってきたかと言えば、もちろん、機装巨人での訓練あるいは実戦(無論、後者は例外的な話であったが)に使ってきたのである。
そして、その機装巨人そのものも、今、後ろに積んである――らしい、というのは前述の通りだ。
トレーラーが一台だけで、つまりその積み荷も一機だけだというのは不審な点ではあるが、それは単に運転手の問題でもあるだろう。
実のところ普段にしたって、ミヤシタ麾下の傭兵を一人、チャアタイの機装巨人用トレーラーの運転手としてつけていたのだ。
だが、ただの訓練だというのなら、今までの経験と違うのだ。
第一に、機装巨人をトレーラーに載せて直接孤児院に乗り付けることはない。
これが禁じられているのは、礼一少年の懇願とミヤシタの配慮によって、ヨハナに彼らのしていることが露呈しないように、である。
第二に――これは第一の条件により生じることだが――訓練のときは礼一少年がミヤシタ商会のガレージにまで出向くのだ。
実際、オスカーが修理中だったときも、オスカーが改良されたときもそうだった。
そして、第三に――「チャアタイ・サーマニは死んだ」などという言葉は、吐かれない。
礼一少年は運転席の彼を盗み見た。道のりとしては城門を越えるか越えないかの辺りだった。
男はただ神妙な顔つきでジッと前を見ているだけだった。その背景には段々と色褪せてきた草原が見渡す限り広がっている。
「チャアタイさん、ですよね」
礼一少年は沈黙に耐えきれずそう言った。だが、男は答えなかった。
「だったら答えてくださいよ、死んだって、どういうことなんですか」
だが、男は答えなかった。
「このトレーラー、どこに向かってるんですか」
男は答えなかった。
「どうして、どうしていつも裸なんですか」
礼一少年は俯いた。それでも、男は答えなかった。
その質疑応答拒否から流れた二人分の沈黙を機装巨人と一緒に載せたトレーラーは、ゆるゆると高台へ登っていった。
礼一少年にはその場所に見覚えがあった。忘れもしない、ニッキー・リッヂウェルに敗北したあの遺跡である。
砲撃で焼けた草の跡まで未だに残っていることは、礼一少年の記憶をより鮮明にさせた。
「降りろ」
男は端的な三文字だけを礼一少年に投げつけて、会話をするつもりはないと見せつけるかのように草原を向こう側へと歩いていく。
――今「向こう側」と記したが、これは言葉のあやではない。そこには確かに対極と呼べるものがあった。
北極に対する南極のように、もう一台トレーラーがあって――その傍らには、機装巨人がひざまずいた状態で主人の帰りを待っていた。機装巨人の基本的な待機姿勢の一つだ。
そして、その機体は、それこそ北極か南極かにいるかのように、白かった。
まず礼一少年の目に付いたのはこの秋の訪れをすら感じさせる草原の中では一際目立つ純白だったが、次に目に付いたのはその造形であった。
「オスカー」。
他の誰かならば一見するとそうとしか思えないだろうほどに、その純白の機体はオスカーのそれとよく似た輪郭をしていた。
自分の半身とまでは言えないまでも、オスカーと慣れ親しんでいる礼一少年だからそのわずかな違いに気づけたのである。
どこが違うのかと言えば――実のところキリがないのだが――礼一少年が一番気になったのは「腕」だった。
オスカーのそれは強度よりも軽量化重視で、より小さくより細く作られている。
それに対して、白い機体のそれはどちらかと言えば他の機体の腕と同じように無骨だった(それでも機装巨人全体から見れば細い方なのだろうが)。
他の部分ではむしろ白い機体の方が繊細で運動性重視のデザインなだけに、それはより際立って見えた。
だが、その次に目に付いたのは何かと言えば――その機体が身につけているものだった。
それこそオスカーと同じような――魔導刀。
「その機体、何なんですか――チャアタイさん」
礼一少年はそう言った。当然のようにチャアタイと呼ばれた男は答えなかった。
その代わりに、ある類の視線を向けた。その視線は、礼一少年はその場へ釘付けにした。
何故ならば、ミヤシタの下手くそな威圧など、ひいてはコロシアムの狂騒など、全て児戯だと笑わんばかりの感情がそこにあったからだ。
本物の戦士の目がギロリと光るということが、何を意味するのか――分からぬ礼一少年ではない。
そうして両者が睨み合ったこの瞬間を見計らっていたかのように、彼と彼の機装巨人の陰から、覆面をつけた一人の男が立派な羊皮紙を小脇に抱えて出て来た。
「この世界」にはそれなりの紙があるというのは礼一少年の知識にもあるから、彼には何かしら仰々しいことが始まる予感がした。
そして、その予感の通り、覆面男は声を張り上げた。
「これより、ムニジョウ・エイロク氏とナカジマ・レイイチ氏との決闘の開始を宣言するッ!」
「け、決闘?」
礼一少年は狼狽した。決闘というのは、つまりは命のやり取り、魂の駆け引き――そして、殺し合いだ。そんなことをチャアタイが――いや、チャアタイではない?
ムニジョウ?
「ムニジョウ・エイロクというのが、我輩の本当の名前である――そして、このムニジョウ・エイロクが、貴様を殺す者となる」
「な、何を言ってるんですか、だって……だって、チャアタイさんでしょう? そっくりさんでも生き別れの双子でもないのなら――」
「貴様は」
チャアタイ――ムニジョウは礼一少年を遮って言った。その声は震えていた。
「貴様はニッキー・リッヂウェルを殺した。違うか?」
「それは…………そうです、けど」
それは、仕方のないことではないか。一時はチャアタイだって殺されかかったではないか。
それらの言葉は言うまでもなかったから、礼一少年は飲み込んだ。
が、それは相手に主導権を明け渡すのと同義であった。その権利を金棒に、ムニジョウは礼一少年に一撃を加える。
「その様子だと知らぬようだから教えてやろう――アイツは、我輩の戦友であった」
「……!」
礼一少年は言葉に詰まった。
「戦友」という言葉がニッキー・リッヂウェルという名前と結びついていて、その糸の先にはチャアタイ・サーマニにしか見えないムニジョウ・エイロクという人間があるらしいという事実が、彼を雁字搦めにしてしまったのだ。
それだけではない。もっと恐ろしい想像を礼一少年はしていた。
親しい友人が何者かに殺されたとしたら、きっと誰もが願うその先を。
それは、前述の決闘という言葉との親和性も高いものだ。
「復讐……ですか?」
礼一少年は答えを言葉にして紡いだ。
「僕が、あなたの戦友を殺してしまったから、ですか」
そうだとするならば――救いがない。
逃げ道がない。そう礼一少年は考えていた。
ここからどのような言葉を弄そうとも、この一人の老人にして一人の恩人にして一人の恩師である人物と戦うという運命から逃れられないのだ、と。
しかし、その予想は呆気なく破られる。
「面白い想像だが、違うな――これは、我輩自身のための復讐である」




