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転生少年機人剣闘活劇 コロシアム  作者: 戸塚 両一点
第六章 「一人の戦士が対峙し、その因縁を断ち切るまで」
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第六十三話 虹色橋の戦い

 いつの間にか外は雨が降っていたようだ。


 そしていつの間にか止んでしまっていたようだ、と礼一少年は濡れて水たまりの生まれていた地面を見て思った。


 彼はそれらを踏まないように気をつけながら水たまりの点在する中を歩いて、門を開いた。


 門の上には呼び鈴がついていて、外から紐で引っ張れば来客が建物内でも分かるという仕組みなのだ。


「お待たせして申し訳ありません、どちら様でしょうか――って、何だミヤシタさんですか」


 礼一少年が彼を見て瞬間に思ったのは雨に降られたらしいということだった。それから次の瞬間には彼が来るなど珍しいと思った。


 彼は、基本的に、どうしても誰か人をやって連絡しなければならないような事態のときには、チャアタイか、そのとき手すきだった社員に行かせていた。


 例としては変則的だが、ヨハナが堀末に拉致されたときに、堀末は社員を装っていたのもそういう理屈のもとにあったことだ。


 それなのに今日に限って本人が来るというのは、礼一少年に彼へのわずかばかりの不審を感じさせた。


 だが彼が不審で不信で不親切なのはいつものことだったことをすぐに思い出して、忘れることにした。


「『何だ』とは何だ。人の顔見て出し抜けに言うのがそれかよレイイチ君よう。礼儀がなってねぇぜ」


「『何だ』と言うよりは個人的には『何だと』という気持ちの方がありますが……それで、どうしたんです? 連絡もなしに来るなんて、何か急な用でも?」


 からかうような調子のミヤシタを慣れた様子で礼一少年はそうあしらった。


 すると彼は、一瞬、楽しみを奪われたように不服そうな顔をしてから濡れたままの上着の内側に手を入れて小さな袋を取り出した。


「ほれ、例の薬だよ。ヨハナの咳に効く――『かもしれない』程度だが、ほらよ」


 そっと目の前に差し出されたそれを礼一少年は大事そうに両手で受け取った。中を開けてみると、乾燥した葉のようなものがコロコロと丸まってるのが見えた。


 なるほど、東方の薬といえば、やはり漢方薬に限られる――少なくとも、『元の世界』では。


「それにしても随分早く用意できたんですね、一応、舶来品なんでしょう?」


 礼一少年はやや訝しむようにそう聞いた。これほど早く届くことはやはり予想外だった。いくら彼の知識が狭量だといえども、船というものがどれほど遅いか(まだ『この世界』にはない飛行機に比べて)ぐらいの見当はつく。


 するとミヤシタは頭をかきながら答えた。


「いんや、確かにそうなんだが、普段扱ってる品ではあるからな、色々都合つけて分けてもらってきた」


 それは意外な答えだった。そして礼一少年はますますミヤシタを訝った。彼のイメージでは、ミヤシタはそんな、融通を利かすような人間ではなかったはずだ。


 契約書に載ってないことを探したりはしても、それにあることを遵守し、させる男だったはずだ。


 例えば彼とミヤシタが出会った日にしても、払う余裕がないことを知っているくせにこの孤児院に直接取り立てに来ていたではないか。


 もちろん、都合をつけて、という言葉があまりに広い解釈ができるものであるから、何とも礼一少年には断言し難いところがあったのは事実だ。


 しかし、分けてもらった、と言うからには最初に交わした契約での仕入量から引くのには変わりあるまい。そこに関しては断言できよう。後で埋め合わせるにしても、当座で手に入る量は減るのだから。


 先の不自然さと違い、こちらの方は彼のスタンスそのものに対する矛盾であった。だのに、礼一少年は愚かにも、先と同じように彼の代名詞をぶつけることで解決したことにしてしまった。


 行動とは、その人物の内面を、代名詞などという他者の視線よりも如実に表すものだというのに。


 だが、一つ弁解させてもらうと、彼にも薬を早くヨハナに届けたかったという第一の目的があったのだ。それもある種致し方ないとも言えるだろう。


 ――ありがとうございます、じゃあ、僕はこれで。


 だとか、とまあそんな当たり障りのないセリフをそんな理由の下に言って、その場を立ち去ろうとして、ふと立ち止まった。


 そういえば、と、服用方法について聞くのを忘れていたのに気がついたのだ。いかに妙薬だと言えたとしても、飲み薬を塗ったりしてはその効果を発揮できまい。


 馬鹿に効く塗り薬を三本も「飲んだ」という「元の世界」の笑い話を思い出しながら、礼一少年は振り返った。


「あの、そういえばミヤシタさん――」


 ピタリ。


 鼻先に何かが突きつけられたことには、修羅場を幾度も潜ってきた礼一少年でなくとも瞬時に気づけたであろう。


 しかし、何を突きつけられたかには、誰だってその瞬間には気づけぬものだ。遠距離の測距に最適化された人間の顔の構造上、目と目の間にピタリと垂直にくっつけられた棒状のものは認識しづらいのだ。


 つまり、至近距離――命を奪われかねない距離。


 その上、眉間という命を奪われかねない位置に、『銃口はあった』。


「え……?」

「動くな」


 彼は、その一言から、下手に喋ろうとすると、そのまま頭蓋を撃ち抜かれて昏倒させられかねないと瞬時に判断した。


 ミヤシタの目はそう訴えていた。


 殺気。


 よもやミヤシタという男までもが使えるとは――!


 しかし、ミヤシタがそれから何をしたのかといえば、ただそこに立っていただけだった。故に礼一少年もそうさせられていた。


 自分の鼓動が生命の危機に震え上がる音が、撃ち抜かれるだろう頭蓋骨の中で反響するのを礼一少年は聞いた。しかし、それは実のところ彼だけの音ではない。拳銃を通して、ミヤシタの高鳴るそれも混ざっている。


「お前さ」


 ミヤシタは風の音にかき消されそうになるぐらい小さく、呟くようにして言った。


「今ここで死ぬのと、苦しみながら生き長らえるの、どっちがいい?」


 飛び出したのはリアリストの彼らしからぬ、抽象的で、やや哲学的香りすらある問いだった。


「……どっち、と言われても」


 そう辛うじて言った瞬間、礼一少年の頬を季節外れの汗が伝った。


 これを言っていいのか? こう答えていいのか?


 彼が二の句を継ごうとすればするほど、何かしらの恐怖が胸に突き立てられた。


 何かが、違う気がする。


 ひょっとすると、これは、僕が答えてはいけない問いなのではないだろうか?


 そう感じ取ったのは彼が戦場で培った勘だった。


 まさか、とは思う。


 今、礼一少年に向けられているのは、本物の殺意のはずだ。その上武器まで向けられているのに、問いだけは他人のものであるようなことがあろうか?


 しかし、それがあり得るらしいのだ、少なくとも目の前の光景から礼一少年が感じ取れる限りでは!


「僕は、」


 だが礼一少年は言ってしまった。自らの命に弓を引くものへの精一杯の抵抗を込めた言葉がミヤシタへ向けられる。


「僕は――死にたくありません。でも、苦しみながら生きるのも、ごめんです」


「…………そうかい」


 ミヤシタの目が、すうっと細まった。


 避けることはできない。手で拳銃を弾こうとしたところで撃たれておしまいだ。


 礼一少年はミヤシタとは対照的に目を閉じる。


 そして、それから一瞬しない内に、ミヤシタはこの奇妙な光景の幕を引いた。


 引き金を、引いた!


 が。


 「カチン」。


 とも音がしなかった。引き金は金属でできてはいるものの、撃つのでもなければそう音は出ない。


 カチン、カチン!


 ミヤシタは何度か引き金を引いた。その度に礼一少年の額から銃口がズレて、それを元の位置に戻そうとするので、ガツガツと当たって痛かった。


「…………プッ」


 ミヤシタの口は耐えきれないかのように歪んだ。それからダムが決壊するようにヒヒヒヒハハハハと声を上げて笑った。


「冗談だよ冗談――マジに取ったのか? 相変わらず真面目な奴だ。窮屈の方が形容としては正しかろうがな。この拳銃はな、撃鉄を起こさないと撃てないんで――それをお前は知らないだろうと思ったんだ。お前をからかうと面白いんで、つい、やっちまった。へへ――悪いな?」


 そう言いながら拳銃を内ポケットにしまう彼の顔は、礼一少年の見覚えのある、いつものそれに戻ったように見えた。


 その目つきも、敵を追及する仕事人の目から、利益を追求する商人の目に戻っていた。まるで今まで見ていた景色はただの幻影であるかのようだった。


「それじゃあちゃんと渡したからな、精々よく煎じて飲ませることだ」


 礼一少年がはっと気がついたときには、ミヤシタはそんな言葉と共に、それこそ来たこと自体が幻だったかのようにいなくなっていた。


 礼一少年は釈然としないながらも、拳を振り下ろす対象もいなければ、仕方なくヨハナの下へ戻るのだった。

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