第六十話 ザ・レイニー・デイ
「いい知らせと悪い知らせの二つがある、いい知らせというのはお前に休暇をやろうと俺が思ってるってことだ。だが悪い知らせというのは、その休暇が永遠だということだ――拳銃を盗まれる用心棒なんざ、こっちから願い下げだぜ」
ミヤシタはムニジョウ宅を出るなり雨の中従順に突っ立っていた自らの用心棒にそう言いながら拳銃を懐から出してチラチラと振って見せた。
屈強な用心棒は、アッ、と声を上げて自らの懐に手をやったが、本来あるべき中身はまさしく目の前にある拳銃なのだから、その行為は空しいだけで終わった。
ミヤシタはその何者でもなくなった役立たずに、一人で帰れ、一人で帰るからと言い捨てて、銃をしまって雨の道を歩いていった。
傘を差さないというのは、ルメンシスに限らず、比較的乾燥した気候の『ヨーロッパ』ではよくあることだった。
その静かな足取りには、ある一つの確信があった。
「あの爺さんは、恐らく死ぬな」
彼は思わずその確信について一人言をした。
チャアタイ・サーマニ時代の『彼』は、どこかしら強さを常に身にまとっていた。
元々チャアタイというのは、ムニジョウ・エイロクにまつわるあらゆる噂を最もあり得る形にまとめたときの人物像に近かったから雇っただけの男だった。
実のところ、これは完全にミヤシタの職権乱用である。
彼はあの日の伝説的な包囲突破戦以来ムニジョウを探すために色々な手段を使い、商会の実権を手に入れてからはそれらしい男を見つけては適当に役職を与えていたのだ(だから、訓練報告がキッカケになったというのは大嘘だ)。
そのためほとんどのそれらは何ヶ月も持たずして放逐の憂き目にあったが、本物の有能さは『彼』自身をそんな仮初めの狭い椅子に収まらせはしなかった。
結果として、あれだけの機装巨人をいつでも動かせるようにしておく整備のみならず、時折やる訓練の教官役も務めて見せたのだし、レイイチの教育係もやってみせたのがチャアタイという男だった。
その行動に無駄はなく、そこには欠けるところのない質素な陶器のような美しさがあった。
なるほど血縁はともかく、そして海外暮らしが長いとはいえ、腐っても東方はオッデンの出であるのを鑑みればそう不思議もあるまい。
思えば、東方の美術品はその質素という独自性から高く売れる。ならばそれを作る人もそうだということなのだろう。
――間違いない、本物だ。
獅子のように堂々たる風格。
それでいて鬼のように隆々たる体格。
その上鯨のように朗々たる性格。
そう確信した。言わずもがな、事実でもあった。
だが、ミヤシタにとってそれはあくまでも第一歩に過ぎなかった。
――俺は。
流石に温暖なルメンシスといえどもこの時期の雨は冷たい。ミヤシタは少し身震いをして、ジャケットの中に体を埋めた。
――ムニジョウ・エイロク。俺は、アンタに父親をやってほしかったんだよ。
ミヤシタ・サンキの父親が何故まだうら若き息子を戦場に飛び込ませようとしたのかといえば、単に厄介払いだったのだ。
その息子本人ですら、それと明示されずしてそれを知っていた。
ミヤシタ商会を建てたミヤシタの父親――ミヤシタ・ニゾウは商人というよりも政治家であった。
元々、伝統の強く残る帝国の都に異国人が商会を建てるなど――商店ならばともかく、並大抵の外交的手腕では不可能事なのだ。
だが、それがバランスを持っていて、均衡を保っていて、堅実に行使されいる間は問題はなかった。
それなのに、サンキが生まれ、それにより病弱だった愛妻が流行病で死んだ辺りから、彼は明らかに金と権力の世界へと身投げせんとしていた。
妻の死んだ家とは段々疎遠になり、すると必然的に商会に出突っ張りになり、外交上必然な抗争に備えて機装巨人部隊が整えられた。事実、それが使われたことも何回かはあったようである。
つまり、その熾烈な戦いの中でサンキは邪魔になったのだ。
守る物のある者は強いという言葉もあるが、ニゾウにとって守らなければならない物というのはただの重荷でしかなかった。
してやったことといえば、せいぜい死なないよう乳母を雇ってやったぐらいのものである。
その追放癖の最たるものが東方に向かう隊商へサンキを同行させたことだったのだ。
実質的な補給部隊である以上、皇帝や教会からの多額の報酬があるとはいえ、危険が伴う。
息子の死という危険と多額の報酬から出る配当金を天秤に掛けた晩年のニゾウは、後者を取った。
サンキはサンキで、それがいつものことだったから、諦めて従った。
幸いと言うべきか皮肉なことにと言うべきか、ニゾウの政治的な才を彼は引き継いでいたので、彼の決定に逆らえるほどの力が自分にないことを自覚していた。
そこに現れたのが、ムニジョウ・エイロクだった。
彼こそが本当の父親になれるはずだった。
だったのに。
このザマは、いったい何なのだ?
――俺は、あんたの過去なんか聞いちゃいなかったんだ、質問しちゃあいなかったんだぜ?
ムニジョウの過去など、とっくに調べがついている。
でなければチャアタイなどという引退済みのロートルを雇ったりはしないし、ムニジョウだって、ミヤシタの話しぶりからもう十分調べられていることは分かっていただろう。
だから、その後の本人の解説は蛇足だ。
蛇足――無駄。
つまり、彼らしくもないこと。
そして聞かれもしない過去を唐突に語り出すのは、人生の上で何も成せなかったと老いたときに気づいた人間のすることだ。
死期の迫った人間がすることだ。
そして、レイイチを殺す手口を俺に話したとき――それ自体だってすでに殺しのプロらしからぬことで、つまり彼らしからぬことなのだが――その死臭は強まった。
機装巨人とは、そもそも対人兵器である。
遊牧民特有の騎馬部隊に対抗するために「大魔導師」が作り出した大発明である。
その機装巨人で……決闘?
殺したい相手と?
無駄だ。
本気で殺したいのなら、機装巨人であの教会にカチ込めばいい。
いや、機装巨人にこだわる必要だってない。ニッキーとかいう男のように、ナイフを握って夜中に襲いかかればそれでいい。
機装巨人でならともかく傭兵の白兵戦技術に素人のレイイチは勝てるはずもあるまい。
――アンタは、感情を嫌ったはずだ。傭兵はただの部品に成り下がるべきだと、あの東方で示してくれたじゃないか。
じゃあ、それは何だ? その兵士らしからぬ躊躇は。兵器らしからぬ葛藤は。
ムニジョウ・エイロクはそんなことをしないんじゃあなかったのか?
仮にするにしても、もう消え去ったはずじゃあないのか?
だのにアンタはムニジョウを名乗る――それは矛盾だ。つまり無駄だ。無駄以下の存在だ。
矛盾。
この言葉でミヤシタは一人の男の存在を再び脳裏に浮かべていた。
政治家気取りのどこぞの小男のことだ。
息子を危険な旅に出したくせに、帰ってきたら帰ってきたで死にかけていた男のことだ。
つまり、サンキ自身の父親のことだ。
何でも、今よりずっと前に、政治家気取りで、とある亡命者親子に便宜を図ってやったら、三人仲良く市場にいたところで爆殺されかけて、そのときの傷が後を引いて死の遠因となったらしい。
ニゾウは生き残ったが、肝心の政治力を持っていた親の方は死んだ。
そのとき、その狙われた者の代わりに死ねばよかったものを、生き長らえてしまったから破片に内臓をいくつも蝕まれて苦しむ羽目になったのだ。
息子を捨ててきた天罰覿面というものだろう。
だがその遺言がよくなかった。
「愛したかった」。
瞬間、ミヤシタは怒った。
それには不自然な形容やら比喩やらはかえって不要だった。それはそれまでに純粋で原始的感情であった。
愛したかった、だと?
ふざけるな――ふざけるな!
アンタはいつでもそうできたはずじゃないか!
アンタはいつだってそうしてこなかったじゃないか!
アンタはいつからだってそうするべきだったじゃないか!
それを、別に見て欲しがってたわけでもなかった愛人ばかり見て、誰よりも見て欲しがってた俺を見向きもしなかったのは、そっちだっただろう!
――――。
ミヤシタの中で浮かんだニゾウとその愛人とが官能的に絡み合う姿が、不思議なことに、一人の少年と一人の老人とが牧歌的にやり取りする姿と重なった。
それらの姿形はまるで違えども、ミヤシタという一人の子供には結局同じことであった。
瞬間、『彼』の評価が確定した。それは『父親』には程遠いものであった。そのくせ一周回ってそれでしかなかった。だが『親父』とも呼べぬ。ならば、という苦渋の決断による命名だった。
「――じゃあな、クソ親父」
雨はいつの間にか止んでいた。しかし朝の気温は日に日に冷え込んでくる。
この分だと、ヨハナ・フェーゲラインの病状にとっては悪影響かもな、などとミヤシタは思った。




