第五十九話 ミスター・ストレンジ
ポタポタという音がどこからかミヤシタの耳朶を打った。
どうやら話し始めた辺りから降り始めていたそれに、ムニジョウはようやく気づいたらしい。
だが、大して気に留めない様子で彼は続けた。
「我輩は、恐れを成した。
そして怒りを抱いた。
――我輩の教え子を、よくも殺してくれたな。
我輩の中でカチリと音を立てて、何かが閉じ込められた。涙も怒りも消え、残ったのはただ一つの使命だった。
あのレイイチという男を殺さねばならぬと思った。
もちろん、あの者にもあの者なりの言い分はあろう。
聞けば、あの者が不幸になった一因とまでは言えずとも遠因と表現できる程度の仲というではないか。
遠因で過剰でも、因縁はあろう。
それに、むざむざ死ねというのは、明らかな無理であろうからな。
だが、それならばこちらにもこちらの言い分があるのだ。
我輩は、息子にはなれなかったものの、ニッキーをそれでも大切な友ぐらいには思っていたのだ。かけがえのない友だ。
親友、などという言葉ではあまりに薄っぺらくて足らぬ。
そんなどこにでもありふれている言葉では、ありふれているが故に本来の意味合いや深みが失われてしまっている。
戦友、などという言葉でもまだまだ足らないはずである。
そんな我輩にとっては少なからずいる分類では、我輩と親しかった他の死者たちに埋もれてしまうに違いないだろう。
だから『友』――それでいいのだ。
その唯一無二のそれを、失ったのだ。
どうするべきか認識した我輩は速かったであろう? 以前の家を夜の内に引き払い、この家――ニッキーの以前使っていた、ガレージ付きのここへ引っ越し、その白い機体を強奪した。
そして――今に至る。
『我輩』が目覚めた今に。」
ムニジョウが語り終えた後の雨音は、一つ一つは大きくなかったが、それがこうも広い屋内に響くと、その一音ずつが幾重にもなってその壮大な悲劇へ拍手しているようであった。
「……そいつァ、おはよう……でいいのか?」
「初めまして、の方がよいと我輩自身は思うが」
まあ何だって構わんさ、とその厳かな沈黙を破ったミヤシタは首をすくめて見せた。
「ふん、なるほどな……なるほど、なるほど――お前さんの行動の理解はできた。お前さんの話も理解はできる。仮にあるとしても、矛盾はパッと思いつかない。だがな――」
ミヤシタはムニジョウの瞳を真っ直ぐに視線で貫いて言った。
「だが――俺にはどうもピンと来ないところがある。
ああ、これは商人の勘に引っかかるって意味だぜ?
詐欺師紛いの業者と話しているときに働く勘にお前さんの話はビンビン来やがる。
取り分けてどこというわけでもないが、何か喉に突っかかってる、そんな感覚だ。
お前さんにも分かりやすく言うと、『どこに敵がいるというわけでもないが、どこかにいるような予感がする』ようなもんだ。」
「……何が言いたい」
ミヤシタはムニジョウを射抜いた視線の矢を更に鋭くしてもう一撃放った。
「お前さん、何かはぐらかしてないか?」
紅茶を求めるような仕草は、流石にもうしなかった。
「いや別に、嘘をついたからどうこうってわけじゃあない。
ここに関しては俺が質問して、ってわけじゃないんだから、最初みたいにシビアには判定を取らんさ。
それに『お前さんが嘘をついたり偽情報を流したりしてるってわけじゃあない』と俺は思う。
だが、『情報は全て出している代わりに、その繋がりや変化や昇華をワザとズラしている』ような気がするんだ。
ハッキリしないことがあったらスッキリしないってのは、人として普通のことだろ?
ウンコしようと気張っても出なかったら、当然スッキリしねぇ――それと同じさ」
「例えが汚いぞ」
「だァかァらァッ、そんな格好をしてる野郎に言われたかないねってんだよ」
そう言って、ふん、とミヤシタは鼻を鳴らした。
また空中で手をフラフラとつまむように動かして、勝手にした期待を裏切られたらしく落胆していた。
………………だから、あるわけがないと、何度やったら学習するのだか。
だがそれきり、どうなんだ、とも、本当のことを教えてくれ、ともミヤシタは言わなかった。彼はただ黙って座っているだけだった。それがムニジョウにはたまらなく恐ろしく思えた。
雨は止む気配がない。しかしそれは二人の間に、無音として扱われることばかりの不遇な雑音を撒き散らしただけであった。
それから訪れた少しの沈黙を破ったのはまたミヤシタだった。
「まあいいさ、雨も降ってきたし帰ることにする――ところで、一つだけ頼んでいいか?」
「何だ」
「下ろしてくれ、高くてチビりそうなんだ」
………………。
ムニジョウは温厚にも、わざわざ階下へ降りて、オスカー程度の身長を持つ白い巨人から彼が下りるのを手伝ってやった。
……彼が一人でできることといえば、最早紅茶を淹れることぐらいしかないんじゃないのだろうか?
ちなみに、彼はそれすらもたまに部下にやらせる。
「ふん――それで、これからどうするつもりなんだ?」
ミヤシタは玄関までゆっくりと歩きながら、そう言った。ムニジョウは呆れたような調子で返す。
「どうするつもりも何も、ナカジマ・レイイチを殺すだけのことである。もう言ったろうな?」
「そんなことは俺だって分かっているさ、問題は、具体的にお前さんがどうするかってことだ……あー、要するにどのような手段を取るかってことだな」
「それを知ってどうする。まさか、邪魔をするわけでもあるまい」
「もちろんそんなことはしない。するのは商談だ――何か要るものがあるなら手配したっていいんだぜ」
「――ほう」
一瞬、ムニジョウは顎に手をやった。それから様々な計算と勘定をしながら例の白い機装巨人を見上げて、自分がこれに必要だと思ったものをミヤシタに告げた。
「――フン、その注文から察するに、機装巨人同士の決闘でもやるってのかい?」
「そうだ――何だ、不服なのであるか?」
「いや全く。ただ――」
ミヤシタはムニジョウがしたように顎に手をやって、費用やら調達手段やらを考えてから、返した。
「――ただな、それらを用意するとなると、かなり時間がかかるぞ? 武器の方はともかく、何しろそんな大がかりなもの、前例もあるまいし、何よりそれを作れるだけの職人を探すだって今となっては大変だ。第一それが見つかったところで、作り上げるのに何日かかるか……」
「問題はない。最悪即席のもので構わぬ。だが、必ず用立ててもらわねば困る。……実のところ、今まで足踏みしていたのはそれが原因だったようなものでな。我輩の情報網ではもう限界だったのだ」
こういう『武具』ならお前が専門のような気がしないでもないがな――とミヤシタは言って頭をかいた。
「まあいいや。何にせよ、機装巨人を使って殺すんなら、しばらくは無理だもんな。」
「何? それはどういうことであるのか?」
そのムニジョウの質問にミヤシタは、そのことはあまりに自明だと思っていたのか、キョトンとした後こう言った。
「ああ、言ってなかったか――ナカジマ・レイイチはしばらくウチに来てねぇんだ。同居人のヨハナ・フェーゲライン嬢の看病でな」




