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転生少年機人剣闘活劇 コロシアム  作者: 戸塚 両一点
第五章 「一人の戦士が迷い、過去と向き合うまで」
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第五十三話 インパーフェクト、インモラル、インジャスティス

 オッデン王国――今ではそう呼称される列島は、百五十年ほど前から四十年前までにかけて、いくつもの国家に分かれ、その覇権を巡って戦乱を繰り広げていた。


 そのきっかけは様々あるが……結局のところ、その当時の政権が、地方統治を家臣や親戚筋に任せたためであろう。いわゆる封建制というものであり、その西に制定時位置していたネイ王朝から輸入された統治法であった。


 当然のことながら、二、三代の内は、それは機能する。恩の意識があり、親から子へ、子から孫へとそれが受け継がれていくからだ。


 しかし、それ以降になれば封じられているという意識も薄れていく。


 権力基盤としても強固になる。


 現王家に逆らうだけの戦力さえ、出せる。


 そうなれば、従う必要もない。


 だから、オッデンの旧政権は、ネイ王朝がそうなったように、戦国時代へと突入した。それは必然的なことであった。


 その繁栄と滅亡のめくるめくゼロサム・ゲームの、その終盤に彼は現れた。


 名を、ムニジョウ・エイロクという。


 しかし、当時はまだ「ムニジョウ」という姓ではなかった。


「奇妙だよな」ミヤシタが言った。「お前が純粋にオッデン出身だとするならば、その肌や顔つきは珍しいものだろう。オッデン人はもっと顔がのっぺりとしていて、背は小さい――まあその、俺のようにだ」


 典型的なオッデン人はそう言って皮肉げに笑ったが、チャアタイ――ではなかった、ムニジョウはそれを見て幾分か不愉快な気分にさせられた。


 何しろ、彼の生まれというのは、彼の不幸の始まりである。


 そして、その不幸な出自を象徴していて、永遠にそうし続けるのが彼の身体であったからだ。


 ムニジョウが生まれたのは、後のオッデン王家にであった。


 元々は小国であったオッデン領であるが、後の初代王が海外好きであり、海外に船を送って「新兵器」を入手することで、比較的寡兵であった不利さを軽減。


 また、「戦争の天才」と謳われた王の名采配もあって、当時は既に列島中央の大部分を勢力下においていた。


 その大国の正妻の元に彼は生まれた。


 当然、待望の世継ぎであったが、オッデン王はその顔を見て憤慨した。


 その肌は、明らかに「南蛮」の者のそれであったからだ。


「故に、我輩は忌み子であったのだよ――生まれは選べぬとはいえ、あまりに酷であるが」


 ムニジョウはそう苦しげに言った。その当時の苦しみが全て思い出されて、胸の傷に反映されているような気分がした。血が流れているが故に、それはジクジクという感じの痛みであった。


 オッデン王は勢いそのままに部下に命じて何があったのかを調べさせた。まだ遺伝子の概念はないながらも、これは明らかに偶然ではなく、何らかの間違いかあるいは不義があったのだろうということは明白だった。


 すぐにその犯人は見つかった。


 新しい物好きのオッデン王が招いた南蛮商人の一団の一人が密かに通じていたというのだ。


 この場合、通じていた、というのは姦通ということである。


 かといって、オッデン王が完全な被害者かといえば、決してそういうわけでもなかった。


 もちろん不倫という「倫理にあらず」と表記される重罪がそれで許されるわけではないにしろ、正妻にも言い分というものがあった。


 オッデン王は、第一に、先述の通り歴史的偉人である。


 その当時には分からぬことではあるが、後に列島統一という偉業を成し遂げた男である。


 軍事だけではなく内政・外交にも通じていたが故のことである。


 が、それだけであったのが、彼の欠点であった。


 「現代的」に言えば、家庭を顧みぬサラリーマンのようであった。


 仕事熱心ということは、家庭軽視にも繋がりかねないのだ。


 そして彼はそうであった。


 逆に言えば、彼女はそのように扱われていた。


 彼らが同じ布団に入ることも少なからずあったとはいえ、そこには愛はなく、関係維持のためという色がありありと見えた。


 そもそも、当時の結婚というのはほとんどが政略結婚であり、政治色をもつものであるのだが、オッデン王はそれに忠実すぎた。


 それに対して正妻は愛に生きる人であった。

 ある一つの、古い貴族の恋愛物語がそうなった原因とされているが、それはあまりに憶測がすぎるというものだ。時代も離れすぎている。


 だが、文学というものが時折そういうことをすることもあるのも、また事実だ。


 とにかく、離反。


 彼女の心は、次第にオッデン王から離れていった。


 それだけではない。愛に生きる人は愛憎に生きる人ということでもある――つまり、憎しみに生きる人とも、なる。


 心が離れ、思いは反転し、深い闇の中で暗い炎がゆっくり醸成されたのだ。


 しかし、一人の女に何ができるだろうか?


 相手はあくまでも武家だ。戦争と戦闘のスペシャリスト。その頭に入っているのは戦略のみではない、戦術も戦闘術も入っている。


 例え、夜、共寝のときを狙って刃物で襲おうとしても、刃を抜く音で気づかれかねないのだし、そもそも非力な彼女では直接手を汚すようなやり方は、土台、不可能であった。


 そう彼女が悩む内に統一戦争は激化した。


 いつも戦争で国におらず、たまに帰ってきたと思えば同盟内での協議。そうでなければ海外の商人や役人と謁見。


 時たまにはあった同衾すら、もうめったにないことになっていた。暗い炎は卑屈さと激烈さを高め、彼女と彼女の住む城そのものを包み込まんばかりになっていた。


 しかしそれが目に見えない情念の現象だったからだろうか、オッデン王はやはり、気にすることはなかった。


 ――彼には心があるのだろうか?


 それが正妻の偽らざる本音であった。


 最終的にそれに対しての答えが出たのは、最後の同衾から数ヶ月後のことである。


 オッデン王は、側室を設けた。


 それは、文章にしてたった一行。

 しかし、事実としてあまりに残酷。


 ――彼に心があるはずがない。あるならば、このようなことをするものか!


 正妻はそう考えた。


 その側室も、しかし、やはり政治的な道具としての結婚だったとしても――そしてそれが当時の潮流であっても、王が他の女と「寝る」など、考えたくもなかった。


 「あんな女なんかに」。


 ――これは、幸運にも残っていた彼女の日記の一節である。


 どういう経緯かは分からぬが、後々になって、オッデン領のとある寺院で見つかったのだという。


 「あんな女なんかに、あの男が惚れるなど、有り得ない。あんな女を、あんな男は選ぶのか? あんな粗暴で、教養もなく、美しくもないどころか醜い女なぞを!」


 そこには、上流階級の娘らしい修辞もなければ、修繕もなかった。


 隠しきれぬ生の感情が彼女の目から溢れ、それで足りなくなれば口から漏れだし、やはりそれでも追いつかないのなら、手足がその割を食って暴れ出した。


 その中で筆を執った日もあったのだろう。


 愛憎は憎悪へ、憎悪は――悪鬼の手中へ。


 全ては移り変わり、全てが移り変わった。


 とはいっても、一応、愛はあったのだ。溢れんばかりの愛があったのは確かだ。でなければ、つれない男を恨むことがあろうか?


 だがその愛は、最早彼女の愛した(『愛した』など、皮肉が過ぎるか?)、書物の中のようなサラサラとしたものではなく、より歪んだもの――即ち嫉妬心の類であった。他人を貶めてでも、という色のあるそれだ。


 万物は流転する、という「南蛮」の哲学者の名言を彼女が知っていたのなら、モノですらそうなのだから人の心が流転するのも理だ、とでも言ったかもしれない。その上で、それに対して嘆きか皮肉か怒りを向けたに違いない。


 もちろん彼女はそれを知らなかったのだから、それらが行動に現れたわけだ。


 つまり、後は簡単な話である。


 不満。

 不倫。

 不義。


 それらは、城の中で行われることもあったし、そうでないこともあった。あえて城下の南蛮街に忍んで訪れて、ということもあった。

 彼女と心の通った侍女のいたから、できたことである。


 そして、いずれの場合も、結局は当てこすりであった。


 例えば、城で密通するときは、見つかる危険を冒してでも、わざと王と同衾する間を用いた。


 城下街にまで出るというのは、言うまでもなかろう、それだけ見つかる確率も高い。


 それに「南蛮街」――南の蛮族などという蔑称で呼ばれる者たちの街に出向くというのは、王家の正妻のすることとは言えまい。


 そして、この時期は誰となく、際限もなく、分け隔てなく複数人と結ばれていた。それは……最早、人としても、どうかというものだ。


 下手を打てば、獣だってしない。


 しかし、それらはいずれにせよ、「そこにいないオッデン王には気づけないこと」であろう。


 ただ、その奇行――ちなみに、彼女がどこに行ったかまではともかく、何をしているかまでは伝わっていない――は、そうはいっても、情報網を通して前線のオッデン王にも伝わった。そこで、彼は何を思ったか。


 「放置しすぎたか」。


 ああ、愛と呼ぶにはあまりに冷酷な響き。


 全ては己が覇道のために。

 全ては我が覇道のために。


 その心のあるはずの人間から発せられたとは思えぬほど無慈悲な行動原理が、そう呟かせた。


 だが、彼が一応、表面上は関係維持に動いたのは、彼女にとって幸いだったようにも思われる。事実、彼女はそれにある程度の喜びと期待を込めていた。


 しかしながら、結局それは思われただけだった。


 驚くほど、その日の行為に好意がなかったのである。


 彼からも――そして何より、自分からも。

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