第四十三話 NOT 「404 Not found」
戦いはまだ続いている。
礼一少年はウォーホーク――彼はまだその名を知らないけれど――がトレーラーから充分離れた辺りで旧城壁から右半身をはみ出させ、その長物で丁寧に数発、射撃した。重たい音が生じて、それに切り裂かれた空気が、下の草を勢いでかき分けて、魔力の塊が敵へ迫る。
対する赤の機体は、牽制として、より大口径の自分のそれで撃ち返しながら、その上で右へ右へと走っていく。
そうすると、礼一少年側から見れば壁という盾が邪魔になって撃ちづらくなるためだ。その上壁や地面は敵の射撃で砕けたり爆ぜたりする。
礼一少年はたまらず機体を後退させ、遺跡の奥へと走らせた。
いや、この「たまらず」というところは「無理をせず」に、と書き換えた方がいいかもしれない。
彼の狙いは、あそこで敵を撃破することではない。
もちろん、それが望ましいのは言うまでもないことだが、それは不可能に近いというものだ。敵にだって都合という物がある。
反対に、現実に可能かどうかは脇に置くとして、そう簡単に敵を倒していいのか、殺していいのか、という問題もあろうが……逃げた彼を追うような執念のある時点で、あの大殺人鬼こと堀末と同じである。
仮に逃げ切れたとしても、後で襲いに来ることには変わりないだろう。そこでまた逃げきれるかはまた話が別だし、そうして屈服し続けるのは死んだも同然だ――だから堀末は礼一少年に殺されたのだ。
さて、「先述」の通り、彼の選択した「戦術」は伏撃である。
だからあの攻撃の真意は、礼一少年が敵の遺跡のどの辺りに入るかをほとんど誘導した、ということになる。
というのも、待ち伏せという戦術は、かなり制約があるからだ。
まず第一に、敵が「そこ」に来なくてはならない。
言うまでもなく、そのキルゾーンに来ることなく敵が逃げたなら、待ち伏せは成立しない。仮にその背中を追って撃ったとしても、それは伏撃とは呼ばれない。追撃というものだろう。
幸いに、礼一少年が遺跡に逃げ込んだ初期段階――まだ誘引も何も小細工をしていない状況においても敵は追いかけてきたところからすると、これはクリアできたと見るべきだ。
故に、解決すべき問題は次である。
つまりは第二条件――敵が来る「そこ」に自分がいること、だ。
第一条件に非常に似通っているようで、全く違う。
第一条件はどちらかといえば敵の行動に関しての条件だが、この第二条件は反対に自分の行動に関しての条件である。
例えば、この遺跡――などと、簡単に一単語で表現できてしまうからよくない。
遺跡、と一口に言っても、それはどこだろう?
いや、もっと正確な表現をするならば――「どこからどこまでが遺跡なのだろう」?
城壁の成れの果てめいたものもある。家だったらしい残骸もある。
しかし、それは遺跡というフィールドを形作る物理的境界を形成しえない。
つまり、それら旧城壁だとかボロ家だとかというのは、「侵入経路を限定するほどの障害物ではない」。
精々少し小高い丘の上にあるということだけだ。
だから、ただ敵が追いかけてきただけでは、どこから入ってきたのか分からない。
家に例えるならば、玄関だけでなく勝手口からも入ることができ、それどころか開いた窓からも、ということだ。
例え必中の弓を持って必殺の心構えで待ち受けたところで、その後ろを通られては意味がないのだ。
だからこその、誘導でもある。
あの一撃で敵は左に避けた。
「左に誘導された」。
敵の移動先は――恐らく、旧城壁の切れ間。そこが進行方向から推定して、最も侵入しやすい地点だ。
だから、礼一少年は、さっきの位置から移動した。
つまり、そこが一望でき、かつ家々を壁にして右の構えで撃てる位置で待つことにしたのだ。
そう都合のいいところがあるのかは賭けであったが――彼の賭けに対する強さは言うまでもないこと。
もちろん、礼一少年はそれを相手に全く見られることなしに完了した。
これで第一条件を満たし――第二条件も満たされた。
礼一少年は、例の射撃位置でクイッと操縦桿を引き、トリガーに指をかけた。機体はその意をくんで射撃姿勢を取り、魔砲の引き金にその機械仕掛けの指を沿わせる。
が、敵は中々出て来ない。
風がただ吹き付ける音が少し不気味に礼一少年とその手足たるオスカーを揺らす。今にも崩れそうな石造りの遺跡たちは、たったそれだけのことで、ガタガタと寒そうに秋風に揺れていた。
――失敗、か? だとするなら、どこで察知された?
と、礼一少年は恐れた。
待ち伏せという戦い方の一番の敵はそれである。
強いて言うなら第三条件というところか。
「伏撃」という言葉が示すように「伏せて撃つ」必要はないが、「奇襲」という言葉が示すように「奇をもって襲う」必要はあるのだ。
敵の予想に反するか、予想すらされないところで攻撃する必要があるのだ。
逆に、予想されたら、それが的中していたら、それはもう奇襲ではない。予想でなくそもそも事実として観測されていたらなど、明記するまでもない。
しかし、礼一少年には確信があった。
「敵はそこにいる」。
しかし、実のところ、それには数学的な、あるいは物理学的な確たる証拠があるわけではない。
だというのに、彼には確信があった。敵はそこから出て来るのだ、という確かな予測が頭の中で組み上がっていた。ということだ。
もちろん、その敵の行動が礼一少年の勝利の前提条件であるわけだから、それを楽観的に捉えてしまっている、ということではない。
いくら素人とはいえ、彼がそんなミスを犯すことはない。
何と言えばいいのか、敵の動きの癖から、というべきか、敵はきっとこうするのではないか、という読みが、異様なまでに鋭くなっているというか……。
そう、「初対面にしては」。
ただすれ違っただけとすら言えるような戦いの始まり方だったのに、礼一少年は、あの血の赤を纏ったような色の敵の動きを見抜いていた。
全てではないにしろ、初めて戦う相手にしては、既視感のある動きである、といつの間にか認識していた。
……となれば、知っている敵?
と、礼一少年は考えた。既視感の理由は理論上、それしか考えられない。
が、それは、これも同じく理論上、ありえない。
何故なら、礼一少年と相対した敵は「全てこの世に残っていない」からだ。
コロシアムで戦った敵は、刀で真っ二つになった。
他より巨人らしい巨人は、砲で瓦礫の山になった。
そしてそれらの主人は、全てそれら従僕と運命を共にした。
特に後者の一人は、礼一少年が自ら魔導拳銃で手を下したのだった。目の前で殺したのだった。
ただ、それは所謂「神の視点」から見た場合であって、礼一少年にとって最初の一人は生死不明ではあったのだが……それとは動きが違うと断定していた。
「どこだ、どこで……クソっ」
礼一少年は不意に自分がかき乱されているような気分になった。
自分は王手をかけている。その上相手は何一つそれに気がついていない。
礼一少年はその確実な勝利を目前にしているのであるし、何なら手にしてもいるのだ。
そのはずなのに、この、言い知れぬ不安感は何だ。
これから自分が負けるのではないか。あることに気がつかない限り絶対にその運命は覆らないのではないか。
そんな予感が、する。頭は本能的にそれをたどり出すし、何度も何度も「Not found」を繰り返しているのにたどるのをやめず、過負荷のスパイラルに落ちていく。
礼一少年はそれに苛立った。そうして落ち着こう落ち着こうと努力すればするほど、スパイラルは加速した。言うまでもなく、それに伴って不安感も募る。
息が浅くなる。視野が狭くなる。暑さのせいではない汗が流れる。手が震えている? ひょっとするとそうかもしれない。でも、それに礼一少年は気づいていない。
そうして礼一少年が微かな呼吸をしたとき、ヌッと影が伸びた。
いや、それは伸びたのではない。呼吸という一瞬の隙をつくようにそれは稜線から飛び出してきた。恐るべき素早さをもって襲いかかってくるように感じられた。
敵が、「来た」!
詳しく見る間はない、礼一少年は、僅かに遅れながらも引き金を引いた。
鋭い轟音は、たった一つ。
残弾がたったそれだけしかない、ということだった。
その最後のチャンスは、やはり空気を切り裂き、莫大なエネルギーを持ったまま真っ直ぐに直進し、それの中腹辺りに直撃し、着弾点辺りをメキメキと変形させた。それからすぐにそこは魔力に耐えきれず蒸発し、それは真っ二つになった。
「ッ!」
が、その瞬間、礼一少年は二つのことに驚くことになった。
一つは、先述の通り、弾が後一発しか残されていなかったことである。
そしてもう一つは――「それは敵ではなかった」ということだ。
だからといって、味方ということでもない。
それは、敵の武装たる、例の大筒であった。
つまり礼一少年は、敵の投げつけた武器に最後の残弾を使ってしまったのだ!
「弾数ぐらい、考えて使うんだなァッ」
そうスピーカーであざ笑いながら、今度こそ、敵は稜線から飛び出してきた。意気揚々と、勝ちを確信していた。
礼一少年は、それに気圧された。一瞬ながらも明らかに震え、恐れ、負けていた。
そのために、そこで今度は三つのミスを犯してしまった。
一つ目には、有利な遮蔽物という位置から自らを移動させて、迫ってくる敵の目の前に出て来てしまったこと。
二つ目には、弾切れの魔砲を肩を突き出して突進してくる敵に投げつけて牽制するわけでもなく、ただ右に捨ててしまったこと。
最後には、間合いが衝突寸前に迫っているというのに、魔導刀で居合い切りのように斬りつけることを選択してしまったこと。
この三つの誤りが織り成す現象とは、一体何であるか?
――礼一少年は、その現象に出会ったとき、何らかの音を聞いた。
しかし、それは音と言うにはあまりに原始的であった。そして敗北の色に満ちていた――即ち、赤色に。
それは急激なマイナスGによる例のレッドアウトだったのだが、それのせいで礼一少年は僅かな間ながらも気を失ってしまっていた。
「よお、元気か? 息してるか? 目ェ覚ましたか――クソガキ」
そして、目を開いたときには、目の前が敵の赤で染まっていた。
礼一少年自らの機体、従僕たるオスカーは、体当たりで吹き飛ばされ、その上組み伏せられてしまっていた。
挙げ句、オスカーの正面装甲にはブレードが突き立てられているのだった。
完全敗北――である。




