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転生少年機人剣闘活劇 コロシアム  作者: 戸塚 両一点
第四章 「一人の戦士が狼狽し、戦士と戦うまで」
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第三十九話 ボーイズ・アンド・トルーパー

「それじゃあ、構えてみろ」


 そうチャアタイは言ってよじ登ってきたので、礼一少年はハッチを開けたままになるよう固定して、ベルトを付け直すと37mmの長い砲身を構えた。


 その照準器は斜め上についている。機装巨人の身体構造は人間のそれとは少し異なるためだ。


 例えば、首を傾けて、射線と目線を重ね合わせるようにして狙うということができないのである。


 視界に照準器と砲身が被さって、大体三百メートルぐらい先の的と合わせる。


 きっと、それの大まかな高さは恐らく機装巨人と同等に違いないのだが、しかし、礼一少年には酷く小さく見えた。


 それもそうだ、これを初めて使った相手は遠くない距離にいる十二メートル級の、破格の機体だったのだから、戦闘中で動揺していたとしても、外す方が難しかった。


 ……それでも外したじゃないか、とは、言ってはいけない。


 だからそれに慣れてしまったのか、こう、離れて、かつ的自体が小さくなってしまうと、どうにも当たる気がしなくなってしまう。


「ほら、早く撃てよ。初めてじゃあないんだろ?」


 チャアタイは、ニヤニヤとしたどこかで見たことのあるような笑い顔を見せながらそう言った。


 礼一少年には、ミヤシタの真似でもしているのか、と何とか思えたが、元の顔と随分と違った顔立ちだから、すぐにそうは思えなかった。


 前を向いて、礼一少年は引き金を引いた。


 ガンガンガンッ、というやや遅め――カートリッジが大きいためである――の連射が機体を揺らし、足元の土を巻き上げ、礼一少年を驚かした。こんなに大きい音だったか、とだ。


 すぐにそれはハッチが開いているせいだと気づいたのだが、チャアタイには気づかれたようで、名状しがたい笑顔を礼一少年に向けていた。


 礼一少年は顔を赤くしながら、それを誤魔化すように前を向いた。


 すると、的の横の壁の近くにモアッとした白いモノが浮かんでいるのが見えた。その下の並びは崩れている。


「外れ? 嘘でしょう?」


 礼一少年は首を傾げた。確かに自信がなかったとはいえ、しっかりと構えたのだった。照準器にはしっかり重なっていたはずだし、騙されたような気分であった。


「外れたもんは外れだ。風で流れたり、機体の構えのズレなんかでもかなり変わる――まだ弾はあるだろ?」


「そりゃありますけど、でも僕はちゃんと狙ったんですよ? そう簡単に外れるもんなんですか、魔砲って」


「ちゃんと狙って、それで外れたというのは――要するに狙った内に入ってないってことだ。ちゃんと癖に慣れれば、当てられるはずだ。数をこなせ」


 そういうものなんだろうか、と礼一少年はボヤきながら――そしてそういうものだ、と叱られながら、礼一少年は構え直した。


 さっきズレた分を少し修正して――しかしそうすると的が砲身の影に入って、見えなくなってしまう。


「これじゃ狙えませんよ」


「そう思うなら、撃ってみたらいいじゃないか。意外と当たるかもしれないぞ」


「……無茶苦茶言うなぁ……何かコツとかはないんですか?」


「それこそ無茶苦茶というものだろうが。少しは自分の言動を省みた方がいいぞ」


「でも、傭兵なんでしょう?」


 チャアタイは深くため息をついた。ミヤシタがどれだけ杜撰な説明をしたのか、と思ったが、記憶が正しければ、説明したのは自分だった。


 ……それじゃあ、やっぱり礼一少年が悪いんじゃないか、ということに気がついて、チャアタイはまた深くため息をついた。


「正確には『元』だ。現役は一応引退してるよ。こうしてミヤシタ商会にいるのだって、私兵としてじゃあない」


「でも、傭兵だったんでしょう?」


「あのなぁ……」


 チャアタイは深く深くため息をついた。


 それから頭を捻って、何とか自分に染み着いているはずの「射撃」という概念を、何とか言語化しようと試みた。


 が、すぐに諦めてしまった。確かに彼は射撃が上手かったが、それを文章にして上手いこと組み立てるという能力はそれとは別のことであった。


 それは、彼が、ルメンシス教国では珍しくもないことだが、文盲だったせいもあるのかもしれない。しかしそれ以上にそれは体感的なのである。


 どこをどうすればよいか、というのは分からないのだ。


 構えは彼にとって「手をこうやって、足をこうやって」ではなく、「構え」でしかないし、照準にしたって「この距離ならこう、あの動きにはこう」でなく、「照準」でしかない。


 ただそれを「才能」と言うのは、実のところ、彼にとっては少し皮肉的なのだ。


「――意識、だな」


 しかしチャアタイは言語化できないまでも、最大限の努力をしようと思って、そうした。でなければ、彼は納得しないだろう、と思ったのだ。


 それに、そこそこ構え自体はよさそうだし、一応は近くに当てているのだから、まるで才能がないわけではあるまい。


「意識?」


 そして礼一少年は食いついた。


「弾の動きを読むんだ。こう、この砲なら、この機体なら、この構えなら――色々考えて……いや、考えずに感じて、それで撃つんだ。そうすれば、初弾から当たる。そういう、当たるという確信がある弾だけが当たるもんだ。当てるという意志が当てるもんだ」


「無茶苦茶なのは変わってないじゃないですかそれ……」


「いいからやるんだ――お前が聞きたいって言うから言ったんじゃないか。やってみろ、ほら、目を閉じろ」


「目を閉じろって、これから撃つんですよ? 狙えないじゃないですか、意味不明ですよ!」


 礼一少年は当然の反駁をしたが、チャアタイが無視したのでそれはなかったことになった。何しろチャアタイは先述の通り筋骨隆々だ。最近筋肉がついてきたとはいえ礼一少年に反抗できるだけの力はない。


 礼一少年は仕方なく目をつぶった。こうなればヤケだ、というわけである。


「息を吸え。そして感じろ。辺りを、全て自分とするんだ」


 礼一少年は、やはり息を吸った。


「息を吐け」


 吐いた。


「吸え」


 吸った。


「吐け」


 吐いた。


「吸え」


 吸って――。


 何も言われない。だから何も聞こえない。静寂――。


 何も聞こえない?


 いや、そこには音があった。風が流れる音。どこか遠くのせせらぎなのか、水の流れる音。草が大きな何かにかき分けられる音。


 聞き慣れた機装巨人の音の隙間を埋めるようにそれらはこぼれ落ちてくる。


 そして、中からは力強い音。一定間隔で拍動する音。心臓の音。それは自分固有のリズム。ヨハナの中にも彼女固有のそれが流れていた。そのために彼は戦っているのだから、よく覚えていた。


 しかし、それは段々と早く……!


「……うぇッほ! ゴっホごほッ!」


 ただの息の限界だった。耳元の微音は遠ざかり、咳にかき消される。思わず体が前へ傾くがそれすらもベルトにより急制動され、鎖骨に酷い痛みを生んだ。


 それどころか反動で後ろに仰け反らせてしまい、後頭部を強かに打ちつけることになった。


「――ったぁ…………ッ、チャアタイさん、チャアタイさんッ!?」


 礼一少年は振り返ったが、チャアタイはすでにハッチのところにはいなかった。すぐにベルトを外して狭い出口から体を乗り出して見回すと、彼はいつの間にか下に降りて、草原の上に寝そべっていた。


「あのですね! チャアタイさん! こういうことはミヤシタさんのやり口でしょう! あなたが裏切ってどうするんですか!」


「そうだ、その怒りだー。根性を見せてみろー。正義のー怒りをーぶつけろー……」


 彼はぼんやりとした口調で草原の向こうの方にある壁やら建物やらを見ていた。


 元傭兵としては、この破壊された街並みにそれなりの感傷があるのかもしれないが、眠そうな目はその反証でしかなかった。


「だったらその言い方にこそやる気を込めてくださいよ!」


「うるさい、俺は眠いんだ……ただ眠いだけなんだよ……」


「本当、何のためにここに来たんですか!?」


 と、言うのを聞くこともなく、チャアタイは寝息を立て始めた。無論裸のままであった。


「最近寒くなってるってのに、風邪を引きそうだなぁ、もう……」


 礼一少年が、そう言いながらも布をかけてやることすらしなかったのは、稚拙ではあるが復讐としてである。元々やられたことが稚拙なのだから、当然ではあるのだが。


 礼一少年は、オスカーの操縦席に体を預け、脱力した。


 それから、あらゆるものに対するフツフツとした怒りが沸き上がってきた。


 寝息が聞こえる。


 風の音も相変わらずだ。


 草の悲鳴までもが耳朶を打つような気がしてならない。


 その数秒後、的に向けて礼一少年は引き金を引いていた。


 ガガガッ、ガガガッ、という鋭くも鈍い音。


 見えない何かが砲口から空気を切り裂いて、押しのけて、地面に叩きつけて突き進む。


 それは音になったり、土煙の母になったり、機体を揺らして次の弾の弾道を少しだけ狂わせたりした。


 その次の瞬間には、的の左右が吹き飛ばされて土煙が上がるのと同時に――それとは毛並みの違う煙がそれらの間から上がった。何発か、的に直撃したのだ。


「……何だよ、当たるじゃねぇか……」


 それを見て、チャアタイは誰にも聞こえないようそう言った。


 初めっから、寝てなどいない。


 これを見届けるために、あそこからは離れる必要があったのだ。


 引き金には、八つ当たりでもいいから、この怒りというか、当てるという気概というか、決意、敵意――とにかくそういうものが必要なのだ。


 それは、生き残ろうとする意志、というには、少し違う。そう言うなら、最低限、「殺してでも」とそこにつけるべきだ。


 少なくとも、自分はそうしてきた――と、チャアタイは少し回顧しそうになって、いかんな、と頭を振ってかき消した。


 別に、自分のことは関係ない。今はレイイチのことだけを考えるべきだ。


 直近、具体的に言えば、「誤解」は解かなくてはならない。


 機体から、何というか、怒らせたときの女房のような雰囲気が出ている。


 普段優しかった分、アイツは怒ると怖かった。


 どんな敵よりも早急に対処すべきものだった。


 彼は今マガジンを交換しようとしているが、その後撃つ対象が入れ替わってしまいかねない程にも、それは見えなくはないのだから。


 と、チャアタイは立ち上がった。まさにそのときだった。

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