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転生少年機人剣闘活劇 コロシアム  作者: 戸塚 両一点
序章 「一人の少年が死んで、人になるまで」
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第三話 逃避、相対、衝突

 ガチャリ、とくぐもった金属の音がした。次に、やけにきしんだドアの音が病室然とした部屋に響いた。


 病室のようなところにこういう表現は縁起が悪いだろうが、まるで誰もが死んでいるかのように静まり返った部屋だった。


 その音の水面にゴツンと無粋な音を立ててそれは入ってきた。


 静音性などまるで考えられていない金属製の靴底がそれより遥かに柔らかな床を軽く削り取った上で踏みにじった音だ。


 それは、遠くから見たのなら人型に見えたに違いない。


 頭が一つで手と足が二つずつ、それらを太い胴体で繋ぐ直立二足歩行のデザインをそれ以外にどう例えようか。


 着ている真っ黒なロングコートに比して少しばかり体格がよすぎるが、それも、街に一人はこういう男がいるかも知れない程度だ。


 それから、それは二メートルを優に越す図体のてっぺんについた頭を巡らせて黄ばんだカーテンの並びをジロジロと青い目で見ていた。


 右端から約百八十度。


 左端まで見渡すと、勢いそのままグルリと三百六十度回してしまった。


 すると、目がルビーのような赤色に光り出した。


 それからまた一歩踏み出した。


 人間と体の大きさがそれほどには変わらないくせに随分と大きな音が鳴った。普通の二倍から三倍は重くなければ、いくら金属の靴底といえどもそうそうこんな大音量にはならないはずだ。


 そもそも、金属なのは靴底だけではなかった。


 服の中の腕も、袖の先の手も、コートの合わせから覗く胴体も、その下の足すらも(つまりコート一着である)、全て鈍く輝く金属で出来ていた。


 それは何とも言えない深みのある光沢を持っていて、世界中のどの金属より硬く堅く難いもののようだった。


 本来ならあの重苦しい頑丈極まりない扉すら貫通させ得るだろう。もちろんそれにはあまりにパワーが足らないのだが、しかし作られた用途には足る――例えば人を殺す、とか。


 足音がもう一度響いたのが礼一少年にも聞こえた。


 重苦しい振動が伝わって身の丈百七十センチに満たない彼を揺らした。


 息は既に荒く、体に触れたのならあの化け物のボディーに匹敵するほど硬いに違いない。目の前のそれはどうしたって好意的な何かには思えないからだ。


 少なくとも医者ではないのは間違いない。


 白衣じゃなく黒衣のコートなのはここからも見えた。その格好は、大抵暴力的か、そうでなくとも敵対的な何者かのコスチュームだと礼一少年はイメージをしていた。


 マフィアとか、アルカポネとか、そういう高校生の知りうるレベルの物騒な単語が頭の場所取り合戦をしていた。


 すると突然、ビリッと何かを引き裂く音が聞こえた。


 カーテンだ、とすぐに分かった。


 礼一少年は反射的に身を縮めた。思わず目も閉じてしまったので、それはマズいとすぐに開いた。


 しかし視界は相変わらずそれほど明るくない。隣だ、とすぐに思い至った。


 そのとき、信じられないことが起きた。


 おい、とか、待て、とか、そういう言葉が隣から聞こえた。そんな気がした。


 最初は、ただの空耳だと思った。


 音というのは結局は空気の振動の伝達なわけだから、引き裂かれたカーテンが落ちたときにそういう音を立てたのかも知れないと考えたりもしてみた。


 声帯の動きと同じ振動が出れば、同じ音には聞こえるのだから。


 そうは考えたものの、それはあり得そうもなかった。


 次に聞こえたのは、よせ、という制止の言葉だった。


 そのたった二文字を言い切るよりも早く、巨大な水風船を思い切り叩き割ったようなベチャベチャベトベトした音が聞こえた。


 それから何かの破片が当たったのか、一瞬こっちのカーテンが揺れて、目の前の床にその何かが落ちたのを見た。


 ゴロン、としたそれは、人間の体の中でほぼ唯一の球体である、眼球だった。何の意志も抱いていない無垢な瞳が、こちらを見た。何かの意志を抱いていても怖いのに、それと目が合ったのだ。礼一少年は思わず吐きそうになった。


 しかしその吐き気は持ち越された。

 ひょっとすると、他のカーテンの中にもまだ誰かがいるんじゃないか、と気がついたからだ。


 不思議なことに、心臓はバクバクと唸って食道や胃を押し続けるような感覚を断続的に作り出しているくせに、頭は冷水を浴びたみたいに冷静になっていた。


 礼一少年はさっきまでにカーテンの中を覗きに行かなかったことを後悔した。


 もしそうしていたのならこうしてどうするべきか迷うこともなかった、と思った。


 誰も他にいなかったなら、ここで何とかやり過ごせるかも知れない。


 しかし、こうして誰かはいて、一人いなくなった。


 じゃあ、他にいたらどうするんだ、と考えたとき、そして、それを見捨てて逃げ隠れしたとしたら、と考えたとき、礼一少年はただただ寒い気持ちがするのだった。


 きっと、目の前にあるあの誰のものでもなくなってしまった目がずっと永遠に自分を追いかけてくるに違いないと思った。


 それも、いくつにも増えて。


 いつぞやのペットボトルと同じだ。


 それを振り切るための丘があるかどうかも、彼は未だ知らない。


 礼一少年は、どうするわけでもなく、ベッドの下から出た。


 実はアレが部屋に入ってきた瞬間からそうして薄暗いベッドの下で震えていたのだ。それが彼に出来た精一杯の逃避だった。


 皮肉めいていることに、こうしなければああして目も合わなかっただろう――しかし、礼一少年に限っては、きっと目が合わなくてもこうしていただろうが。


 礼一少年にとっては、こと他人というものの存在は神と同列なのだ。神に命を投げ出すことを躊躇する人はそういない。そうしない人は、まだ神を知らないだけだ。


 礼一少年は、まずアレに何とかして勝てることを祈った。


 その次に、アレが人の手の届かない化け物の類でないことを祈った。少しだけ目を閉じて、それから、布団をガッとつかんだ。



 礼一少年の目の前のカーテンが裂かれる。自分より三十から五十センチは大きい、血の色の目をした化け物がまた血まみれでそこに立っていた。


 音やカーテンの下からチラチラと見えていたが、全金属製のそれは鎧のようだった。


 その造形は、甲冑の知識やそれに対する美的センスは全くない礼一少年にも少しばかり美しいと思わせるものだった。


 しかし、世界でもっとも汚いもののようにも思えた。礼一少年は、これは人が好んで着たがるものではないだろうなと看破した。


 他人を傷つけることばかりに特化した造形で、その点においては他人を信仰する礼一少年の敵でしかなかった。


 礼一少年は、心から、これを憎んだ。

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