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転生少年機人剣闘活劇 コロシアム  作者: 戸塚 両一点
第九章 「一つの戦争が終わり、その子孫が悲劇へと育つまで」
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第123話 特別車列

 雪夜のハートマンスブルク城。その正門で一つの車列が寒さに耐えているのがその窓からは見えた。


 城塞、そして内戦という時期から考えるとそれは補給の車列のようにも見えなくはない。確かにそれを構成するのはほとんど軍用トラックであった。


 だが、そうと断じるにはその中の一台は華美だった。軍用の乗用車というのも、例えば将校の連絡用として存在するが、だとしてこの場合は、宮殿に車輪と魔導エンジンをくっつけて動けるようにした、そのような部類のものだった。


 そのとき、物音が後ろで聞こえたので、彼女は振り返る。そこにいたのは――彼女の夫だった。


「フランメ……まだこんなところにいたのか。準備はもうできているんだぞ」


 ノックもなしにドアを開けたハートマンは、そう言いながら軍靴で足音を立てながら自らの妻から数歩の距離まで歩み寄った。フランメはもう一瞬だけ窓の外を眺めると、一歩も動かずに振り返った。


「わたくしたった一人のために、随分と仰々しいものですね」


「仰々しいものか、君はこの私の、城主の妻だ。ここから離れるにしてもそれなりに体裁というものがある。援軍と補給をくださるというのならお義父上へのエクスキューズだって……」


「――わたくしがその程度のことを言いたいように見えますの?」


 ハートマンの言葉を遮ってフランメは赤い瞳をその上の眉と共に顰めた。ハートマンには彼女が一歩近づいて、恫喝でもするかのように感じられた――しかし、だからといって、彼女を前にたじろぐような愚かな真似はしなかった。


「他に何があるというんだ。だが敵はかなりの速度で進軍してきているのだ、既に直接北上するには近すぎる。ならそれだけ遠回りするのだからあれだけの物資がいることぐらい、君にも分かるだろう」


「分かるのと受け入れるのは別ですわ。主様はそれが分かっていらして?」


「分かっているつもりだ。それでも、へそを曲げていられるときではないのだ、分かってくれ」


 ハートマンはそう言うと、フランメの目の前に立つと、視線の高さを合わせ、その肩をひしと掴んだ。空調があってもやや冷えたままの気温もあってか、そこからは彼の体温が伝わってくる。


 しかし、フランメはそこを一瞥した後、片手で払って、炎のように赤い瞳を夫に向けた。


「ならば――そのように危険な戦況であるのならば、何故あのお方ではなく、わたくしなのです?」


 あのお方、という呼び方は、フランメ特有のもので、ヨハナのことを指している。彼女が直接名前で呼ぶことはまずなかった。


 ハートマンはこの手の彼女の言動を嫉妬だろうと断じて久しかった。ヨハナの部屋の前での一件も、少々例外的な側面があると考えてはいたが、結局彼はこれに分類してしまっていた。


 しかし、だとすると、その傾向とこの発言は矛盾するようにハートマンは思った。


 彼の論理としては、危険な戦地から追い出されるということは、それだけ大切にされているということを表すはずだったのだし、彼女の態度を思えば、彼と一緒にいるよりはヨハナと離れることの方が優先されるはずだった。


 何かボタンを掛け違えている――そう気づくところまでは、彼も幸運だった。


「フランメ……」


 しかし、だからといって彼はそこから一言を紡ぎ出せはしなかった。


 一応、理由らしい理由はあった。兵の士気だとか、本人の病状だとか、そんなものである。


 どうせここが落ちるのならば、その後のどのような抵抗もどうせ無駄だろうというやけっぱちな考えもあった。


 だが、そうではない何かが喉に刺さって、発声を抑制していた。それはプライドだったのだろうか、それとも彼女への当てつけだったのだろうか、判然としない。


 ところでそもそも何故ここでプライドだとか当てつけなどが出て来るのだろうか。事実、今、彼女を言いくるめることにそれは必要なく、たった一言告げてやればそれで済む話だった。


 しかしそれができないのも彼だった。そしてその妻がフランメなのである。


 結果、沈黙が流れ、そして破られた。


「――失礼します、閣下! 『特別車列』の準備、整いましてございます」


 開け放たれたドアの向こうには、若々しい准尉が立っていて、そう言った。二人の時間は終わりだった。だが彼女をどうにかしないことには――。


「ああ、すぐ行かせる。だからもう少し――」


 しかし、フランメはその言葉を手で遮って、目線でも制し、一歩ずつ前に出た。


「いえ――行けばよろしいのでしょう? お待たせして申し訳ありませんわ。あの人が離してくれなくって……」


「は」


「冗談です。それより、急いだ方が?」


「いえ、ごゆっくりでも……」


 なら、少しだけ。


 そう小さく准尉に告げて、フランメはドアの向こうでクルリと振り返って、一礼して、言う。


「それでは主様――ご機嫌よう」


 ドアは閉じられた。誰もいなくなった部屋でハートマンは吸い込まれるように椅子へと自由落下した。


 彼女は結局何がしたかったのか。彼には今までのように今回もそれが分からなかった。


 一つ有り得そうだったのは、例の「嫉妬心」神話の系譜で、夫と自分でない女が二人きりになるということが彼女には許し難かったが、他人が来たので取り繕ったか、彼の考えるような筋道に至ったか、というものだった。


 どちらであるかは彼にとって重要ではない。何故ならどちらでもないような気がしたからだ。


(だがどちらにしても……厄介事は一つ片付いた)


 ハートマンはそう考えることにした。窓からは車列が雪に隠れてもう見えない。後はもう、戦いのことだけを考えればよいのだと、分かった。

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