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転生少年機人剣闘活劇 コロシアム  作者: 戸塚 両一点
第九章 「一つの戦争が終わり、その子孫が悲劇へと育つまで」
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第百話 ハゲタカの暗躍

 イグルンランド。


 正式名称をイグルンランド連合王国という、グリアン地方の北、海峡を挟んだ先にあるこの王国は、かつてはルメンシス教国の一部であって、かつその全盛期の繁栄を象徴する島とされていた。


 だが、そこに住んでいた人々は、他の土地でも大抵の場合そうであるように、いつまでも隷属していたわけではなかった。彼らは、神聖帝国よりも前に三つの大陸にまたがるかの大帝国に反旗を翻した国の一つである。


 隷属前ですら強力だった自慢の海軍に加え、海戦では初めて機装巨人を使ったことによりルメンシス教国陸軍の増援を上陸前に撃破。これにより独立戦争は終結し、以後独立国として、歴史に登場する。


 しかし、今や植民地どころか列強の一翼を担うその名前を対岸に住まう人々が口にするとき、特に政治や外交の分野では、彼らは苦い顔をしてそうするだろう。


 何しろ、彼らの置かれている状況は今も昔も苛烈だ。


 そう遠くない対岸に大帝国を抱えながら、たった一度の勝利だけで独立し、そうあり続けるためには、狡猾でなくてはなるまい?


 その結果、彼らの外交姿勢は国名を文字ってこう呼ばれる――「ハゲタカ」と。


 そして、それは、開戦から僅か数日のことだった。


「ウデット中将閣下――貴国の成し遂げた此度の快勝に中立国としてながら立ち会えたこと、誠に光栄の至りでございます」


 そのイグルンランドの軍服を着た紳士はわざと恭しくウデットにそう言った。


 とはいえ、彼はイグルンランドの紳士と呼ばれる階層が大抵そうであるように性根の傲慢さを隠しているに過ぎない。事実、彼は、作戦上、多忙の極みに置かれる補給担当のウデットを無理やり私室へ呼び出すという暴挙に出ていた。


 しかし、そのような条件にもかかわらず、ウデットはその呼び出しに応えなければならなかった。


 何故なら、このイグルンランド人は、神聖帝国の占領地を代理で統括している派遣軍の指揮官に当たるからであった。


 ここで少し、今回の戦争における神聖帝国の戦略について改めて説明をしておこう。


 主戦場となった神聖帝国の西部国境には、ルメンシス教国の要塞線が存在していた。


 これは独立戦争時に急遽築城されたのを改築拡大したもので、やや旧式化していることは否めなかったものの、少なくとも多勢に無勢の条件下においては、正面突破を諦めさせる効果はあった。


 そこで神聖帝国が考え出したのは、主力を敵要塞線左翼後方へ上陸させ、また北部にある要塞線の隙間となっている小国を粉砕、そこから上陸地点へ補給線を引き、大規模な包囲戦に出るというものであった。


 これが事実として上手くいったというのは、今まで記してきた通りである。


 しかし、一週間もの戦闘、しかも進撃し続けるそれとなれば、ことは来た見た勝ったとは行くまい。勝てばすぐにその土地からの抵抗がなくなるわけではないし、後方に取り残された小部隊により補給線が脅かされる可能性は否めなかった。


 だからといって、マトモにそれに対策を講じれば、ただでさえ僅少な兵力は払底し、結果、戦争のために必要な補給物資を守るために戦争ができなくなるという事態に陥る。


 それが神聖帝国の限界であった。


 そして、その弱みを逃さなかったことこそ、イグルンランドのハゲタカたる所以である。


 つまり、対岸に住まう悪魔は、紳士の皮を被って、後方の番人たらんと名乗り出たわけだ。


 そうして、戦争が始まったのである。


「またまた、貴国の民の持つ奥ゆかしさは美徳でもありますが、そう謙遜なさるな。我々は同盟国とまでは言えないまでも、共犯関係にはありましょう。となれば、我が国の勝利は貴国の勝利でもあるのでは?」


 その死の商人に対して、ウデットは即座に「中立国などという誤魔化しが通用すると思うな」という牽制を込めて、しかし紳士の皮を被るというルールには則ってそう言った。


 だが、それは向こうの土俵に乗ってしまったのと同じだと、彼はすぐ後悔する羽目になる。


「閣下もお人が悪い……共犯関係というのは、お互い、達成に関して共通の利益があって初めて成り立つもの。しかし我々が願うものはまるで違う――ただ単に、それが同じ事柄から生じるというだけでありましょう」


「ほう? それでは貴国の望みというのは、事前協定で示されたものではないと?」


 すると、悪魔紳士はどこか悲しそうに首を振った。


「我々が望むもの、それはただの平和ですよ。対岸からいつまでも煙が上がっているというのは、燃え移る心配をしなくていいとしても、あまり気分が良くない。人というのはそういうものでしょう?」


「とはいえ、あまりに火の手が強ければ、いかな対岸といえども火の粉が飛ぶということもあり得ますがね、何しろあなた方は既に手を伸ばしておられる」


 ウデットのこの言葉は紳士の顔を少しだけ困らせた。


 如何に後方とはいえ、全く戦火とは無縁というわけではないのだし、もし派遣軍が戦闘に巻き込まれれば全面的に戦争に参加せざるを得ないという弱点を突いたのだ。


 それに、これには参戦の際にイグルンランドが求めた、グリアン地方北海岸の主要な軍港という報酬は必ずルメンシス教国との軋轢を生むだろうという呪詛も籠もっている。


 猛烈な反撃を受けて、流石のイグルンランド人も少しばかり後に下がらざるを得なかった。


 が、それは撤退ではない、彼らのそれは常に転進の合図だ。


「……繰り返しになりますが、我々はただ平和を望んでいるだけ、そして、そこに少しばかり手数料を求めているだけであります――それに、この神に守られし海をただの火の粉が、それも我が国の海軍をかいくぐって渡ることができるというのならば是非とも見てみたいものですな?」


「神は常に正しいものの味方でしょう」


「あくまで平和を望む我々が正義ではないと? 興味深い意見ですな」


 ――悪魔、の間違いだろう。


 そう言わなかっただけ、ウデットは政治的センスに長けていた。


 あくまで、という表現を使い回すことが許されるならば、神聖帝国はあくまで協力を申し出ているに過ぎない。


 立場が弱いのだ――自慢の海軍をちらつかされたところに噛みつけば、戦いは言葉の上だけでなくなる。


「それで閣下――『平和を望む国の紳士』閣下が、この戦争中の参謀本部に何用ですかな? ただ世間話というわけではありますまい」


 ならば、せめて言葉に関してだけ、新規の戦場で反撃を試みるというのは不思議な試みではない。


「異国人ながらも少なからず気心の知れた閣下にこのようなことを申し上げるのは大変心苦しいのですが……結論から申し上げますと、イグルンランドとしては貴国に対して、即時停戦と占領地の明け渡しを要求致します」


「……!? もし従わなければ?」


「火を消すには水をかけるのが一番とされますが、土を被せるというのも案外悪くないものでしょう?」


(派遣軍によるルメンシスとの挟み撃ちか、クソッ……!)


 怒りのあまり思わず立ち上がりそうになった足を抑えつけることができたのは、偏にウデットの良すぎる恰幅が幸いしたからだった。


 そして結果的に、それは驚愕を抑制するのにも役に立った。彼の重量はこの一撃以前の水準まで思考力を回復させた。後は戦列を組み直すだけである。


「無礼を承知で申し上げるが……ここは参謀本部である。そのような政治的な事柄は閣下――否、『貴官』の仕事ではなかろうし、我が方としてもそうではない。それでも仰るならば、帝室に正式な外交文書として宣言願おう」


 とはいえ、文字通り浮き足立ったのを無理に留めたから、僅かながら語調が強くなってしまった嫌いはあるが、それでもお互いに管轄が違うということをウデットは示さなければならなかった。


 しかし、それが紳士に受け入れられるかは、話が別だ。


「いえ……我々としては、政治家の服を着た軍人と語り合うよりも軍服を着た政治家の方が話し合いにはなると思っただけでありますから」


 紳士はわざとらしく肩をすくめながらそう言った。しかし、ウデットはその演技がかった身振りに半分は心から同情した。


 というのも、神聖帝国という武力で樹立された国家においては、奇妙なことに政治家の方が武闘派であることが多く、この戦争においても、軍部が出来ないと言った戦争を政治家が外交で無理やり問題を解決して始めたようなものであった。


 しかし、もう半分では、彼はハゲタカらしい狡猾さをその言葉に感じていた。


 即ち、軍人こそ最も武力をよく知る者という当然の事実。


「それでは、失礼。我が国としては、喜ばしい返答があることを期待します」


 ナイフを突きつけられているかのように脂汗をかいているウデットをよそに、紳士はそう言って彼の部屋から去っていった。


 そして、数日後――彼らは停戦を迎える。


 交渉がすんなりと上手くいった理由は――これもハゲタカらしいものだが――同時期にルメンシス教国側にも「イグルンランドが神聖帝国に加勢する」とハッタリを利かせていたからである。


 なお、その両者の合意がイグルンランド国籍の軍艦上で行われたことは注記しておく必要があるだろう――その協議のために訪れたルメンシス側の使者はこのおかげで首都での殺戮を免れたのだから。

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