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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
終わりの始まり
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メイゼンターグ防衛戦

 音もなく紫色の瘴気(きり)が広がる。刻一刻、刻一刻と。


 いつもは見渡せる赤茶けた大地も紫色の雲海の底へと隠れ、メイゼンターグの要塞を天空の城の如く浮かび上がらせている……が、それは決して幻想的な光景ではない。毒々しい瘴気に覆われたその威容は、さながら魔王城といったところか。



 防壁の上でザナンザは静かにその時を待つ。

 

 音だ。音が聞こえる。

 次いで感じるのは大地の脈動。

 確実に近づいてくるその音は、迫りくる津波を思わせた。


 ゆらり、と瘴気(きり)が揺らめいたかと思えば、それを割って赤黒い影が飛び出す。


「撃てエエエエエエエエ!!」


 ザナンザの合図で一斉に魔銃が火を噴く。否、魔銃だけではない。それは……〈浄化〉。浄化の光が辺り一帯を覆いつくした。


 金の光に触れた瘴気が蒸発するが如く消え失せ、汚染獣が苦しみの声を上げる。



 ――聖魔導砲



 特大の光魔石を使用した〈浄化〉を発動する()()()()だ。その意味するところは、光魔法士でなくとも〈浄化〉が発動可能だということ。




 だがこれは試作機、まだ実験段階の兵器である。何故なら、魔力変換率が非常に悪いためだ。1発撃つのにかかる魔力は何と10万。魔導砲の実に2倍である。

 それでも汚染獣に対する威力の高さから、この聖魔導砲は6つある対汚染獣要塞に1門ずつ配備されていた。


 フォルテカも聖魔導砲の開発に参加してはいるが、実用化を見送った代物だ。希少な光魔石――それも質・大きさとも最上級のもの――を湯水の如く使用し作らねばならないからだ。その金額だけでフォルテカの1年分の国家予算が吹き飛ぶ程。


 それに加え、フォルテカが抱える固有魔法士は僅かに10名。しかもその内3名は研究職な上に、残りの7名も各地にバラバラに配備されているのだ。とてもではないが、聖魔導砲を運用するための魔力を捻出できなかったのだ。


 だが……リーンハルトは違う。


 500名を超える固有魔法士が在住しているのだから。その内200名が軍属となる。フォルテカとは国家規模が違うのだ。


 メイゼンターグに待機している固有魔法士の数は15名程度ではあるが、これは仕方のない事だと言える。リーンハルトの主要要塞の数は軽く50を超えるのだ。メイゼンターグに15名配置されている事態こそが破格。


 ガッシュがどれ程汚染獣を警戒しているのか……それが分かるというものだろう。








 現在、防壁の上には聖魔導砲を中心に左右に魔銃兵が連なっていた。そこに通常の魔導砲は見当たらない。汚染獣の数が多すぎ、餌にしかならないため撤去されたのだ。

 では主力武器が聖魔導砲しかないかといえばそうではない。効果は大分落ちるものの、〈爆炎〉を込めた魔銃が数多く用意されており、この威力は半径100メートルを完全に聖炎の海に沈める程だ。


 当然〈爆炎〉の魔銃に必要な魔力は膨大である。これを連続で使用するとなると、固有魔法士かそれに準ずる魔力保持者でなければ難しいだろう。大量の魔力を必要とする聖魔導砲もあるというのに、果たして運用が可能なのか……その答えはザナンザにある。


 聖魔導砲に魔力を注ぐのはザナンザただ1人のみ。

 それで十分事足りる。彼の権能〈不屈ノ心〉がある限り、魔力が尽きることは無いのだから。

 


 だが、それ以外にも大きな問題がある。それが魔法の効果範囲だ。


 〈浄化〉は広範囲魔法ではあるがそれでも限界がある。聖魔導砲1門ではとてもではないが要塞一帯をカバーすることは出来ない。汚染獣に効果範囲外から肉薄されれば、簡単に侵入を許してしまう事だろう。


 ではどうするか、その答えは単純である。

 飢餓の化身たる汚染獣は人の多いところへ向かう習性があるのだ。つまり、兵を固めて配置するだけで簡単に誘導できるという訳だ。


 そもそも防壁は原魔の森からフォルテカ、リーンハルトを抜けて海まで続いており、当然その全てを守り切れるわけはない。等間隔に要塞が築かれているのは、汚染獣をおびき寄せるための囮の意味が強いといえる。


 ザナンザが1箇所に兵を集めたのも、今まで培ってきた経験や知識という観点から見れば、決して間違いではない。人が集まれば汚染獣も集まり、そこに〈浄化〉を叩き込めば効率的に汚染獣を倒すことが可能だからだ。



 だが……彼は知らない。知恵ある汚染獣の恐ろしさを。



  




 ザナンザが聖魔導砲を撃つこと5発、効果範囲内にいた数十体の汚染獣が死滅した。

 それは喜ばしい戦果であるはずだが……ザナンザは素直に喜べないでいた。嫌な予感、それが彼の胸の内に巣くっている。



(……何故、向かってこない)


 ザナンザは足を止めた汚染獣を見つめる。第一陣が消滅してから汚染獣は1体たりとも動かない。まるで何かを待っているかのように。



 オオオオオオオオオオオオ!!



 咆哮、それが合図となった。

 左右に分かれた汚染獣が聖魔導砲の効果範囲を避けるように防壁へ向かって疾駆する。


 それを見た兵たちの間に動揺が走り、この瞬間、世界の常識が覆った。

 汚染獣同士の連携が、知能を感じさせる行動が、長きに渡り蓄積されてきた知識(じょうしき)を引き裂いたのだ!



 汚染獣が知恵を得る、その脅威を彼らは身をもって知ることになる。



 人がこの過酷な世界で繁栄している最大の理由、それが知能の高さだ。魔法を体系化する知識、戦術、敵対生物の情報……遥か昔より受け継がれ、研究されてきた大いなる知識こそが人の“強さ”の根幹。

 その優位性が失われた時、人の未来はどうなるのか。それは火を見るより明らかだろう。人は弱い。肉体も魔力も脆弱(ぜいじゃく)なのだから。 



 例えるのなら、汚染獣とは働きバチ。知恵ある汚染獣へ餌を運ぶ労働力にして尖兵。

 それは一種のコミュニティだといえる。知恵ある汚染獣を頂点に情報が、()()が共有されている。そう……知恵ある汚染獣の存在が汚染獣に新たな力――思考能力――をもたらしたのだ。





 


「クソっ!飛竜を用意しろ!急げ!!」

 

 聖魔導砲に取り付けられたベルトが3頭の飛竜の足へと固定される。即席の移動砲台だ。


 暴発が即座に死につながる魔導砲では絶対にやってはならない暴挙だが、〈浄化〉を発動する聖魔導砲は、例え暴発したところで周辺の兵の傷が癒えるだけなので問題はない。


 問題があるとすれば重量だろう。

 魔導砲は当然のことながら重い。飛竜3頭で漸く持ち上がる、と言ったらその重さがどれ程のものか分かるだろうか。当然のことながら移動速度もそれ相応。狙い撃ちされれば即座に撃ち落されることだろう。 


 だが、とザナンザは思考する。

 汚染獣は遠距離攻撃手段を持っていないのだ。ザナンザが〈浄化〉を撃ち続けている限り、近寄ることの出来ぬ汚染獣に打つ手はない……その筈である。


 副官に指揮権を譲渡したザナンザは、時間が惜しいとばかりに飛び立った。

  





 

 上空からは戦闘の様子が良く見て取れる。


 絶え間なく〈聖炎〉が乱れ飛ぶ中、それを掻い潜り接近してくる汚染獣を、飛竜部隊が上空から狙い打っている。全体を支えているのはザナンザだ。彼の撃つ〈浄化〉が汚染獣の動きを鈍らせ、滅びへと(いざな)う。

 

 誰もが確信を抱く。

 人種(ひとしゅ)の力は汚染獣に通じるのだと。


 誰もが勝利を抱く。 

 人種(ひとしゅ)の知識と技術、そして勇気が実を結ぶのだと!



 彼らは気付いているのだろうか。かつて〈大災厄〉で滅んだ古代魔法帝国の技術力は、今より遥かに高かったという事実を。



 ヒュオォォォォォォォン


 

 空を切る音がする。

 ソレを見た者は誰もが愕然と動きを止めた。

 ()()()()()()()。いや、正確にはハンマー投げの如く尻尾を掴まれ、遠心力を利用して投げつけられた汚染獣だ。


「ち、近づけるなあああああ!!」


 上官の引きつった命令に我に返った兵たちが一斉に攻撃する。集中的に浴びせられる攻撃にさしもの汚染獣も墜落し、消滅した。ホッとしたのも束の間、彼らの目にブオンブオンと振り回される多数の汚染獣が映る。それはさながら汚染獣の弾丸だ。




 〈浄化〉の優しい光が辺りを包み込み、〈聖炎〉が花火のように宙に咲く。


 金色に染まりし天から聖なる炎が降り注ぎ、醜悪な汚染獣(ばけもの)を焼いていく。

  

 聖と邪、相反する力がせめぎ合う……

  


  


 汚染獣が狙うはザナンザ。


 〈浄化〉で身体を削られながらも、触手を伸ばしその身を絡め取らんと欲する。

 空にいることが災いし、数多の飛来せし汚染獣がザナンザの退路を奪った。


 彼は逃げられない。

 まるで蜘蛛の巣に絡め取られた虫の如く。

 ただ死を待つことしか出来ぬ哀れな獲物。


 だがそれでもザナンザは目を逸らさない。

 一体でも多くの汚染獣を道連れにせんと、聖魔導砲を撃ち続ける。


 それは意地だ。

 人として、将軍として、力ある者として、彼は戦い続ける。

 無様は見せられぬ。彼は誇り高き戦士なのだから。 


 だが現実は()くも無情。

 強き者が勝ち、弱きものが負ける――それが世界の理。 


 (さば)ききれぬ汚染獣がザナンザへと迫り、彼が死を覚悟した瞬間、目の前を影が過ぎる。



 ――飛竜だ。



 遥か上空より急降下した飛竜達が汚染獣に激突する!


 それは文字通りの決死隊。

 命を懸けた最期の飛行。




「あああああああああああああああああ!!!」

  

 ザナンザは流れ落ちる涙を拭いもせず、ただひたすらに攻撃を続ける。

 だが……それも全ては無駄な努力。


 飛竜という上位魔物を喰らった汚染獣の力が――増す。


 瘴気が〈浄化〉を上回り、侵食する。

 〈聖炎〉が聖なる力を奪われ、喰い散らされる。


 彼らの目の前には蠢く数多(あまた)の汚染獣。

 





「諦めるな!最期まで戦い続けろ!お前たちはリーンハルトの兵だろう!!」


 ザナンザの叱咤に魔銃を構えたのはほんの僅か。

 折れた心は戻らない。それは仕方のない事なのかもしれない。


 彼らは夢と希望を失い、絶望と諦念を知った。

 それらを知って尚、再び立ち上がれる者が一体どれほどいるだろうか。

 

 


 そんな状況でもザナンザの心は変わらない。

 もし彼が諦めたのなら、彼を庇って死んでいった飛竜達は無駄死にだ。

 それは許されざる裏切り行為に他ならないのだから。


 故に彼は前を向く――その犠牲に報いるために。


 そんな彼が真っ先にソレに気付いたのは必然だろう。




 

 ――汚染獣の動きが止まった。



 全ての汚染獣がザナンザを見ている。否、ザナンザではない。奴らが見るのはその更に先。

 




 ポツン、と空に影が映る。



 小さなそれは瞬き1つの間に膨れ上がる。


 最初に感じたのは、ゾッとするほど冷たい魔力。


 次いで身を震わせるほどの激しい怒り。


 白い裁きの雷が縦横無尽に(そら)を翔ける。


 それは神の到来を告げる使者。 


 


 ついに……終焉ノ神(ヴィルヘルム)が降臨した。






 


補足説明

 魔導砲の特級魔法は積層型魔法陣なので、照準のための人員を必要としていますが、聖魔導砲の〈浄化〉は広範囲魔法なのでザナンザ1人で操作可能です。

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