青き風の行方
紅き光が奔る。
大地を穿ち、汚染獣を滅ぼしながら。
刻まれた一本の道を呑み込もうと汚染獣が群がり、その身が塵へと変わる。終焉ノ神の残滓が侵入を許さない。
その滅びの道をひた走る影がある。フェンとルーファだ。
何故彼らは無事なのか。
終焉ノ神の力は彼らを傷つけるどころか守るように包み込んでいた。その理由は単純明快。元々その力はヴィルヘルムがルーファを守るために込めたものなのだから。ルーファの祝福を受けたフェンもその恩恵に与っているという訳だ。
だが、汚染獣もただではやられはしない。瘴気を撒き散らし、少しでもその力を削ごうと犠牲を厭うことなく押し寄せている。群がる汚染獣に終焉の力が徐々に徐々に削らていく。
『ルーファ!!』
フェンの合図にルーファは竜王の矢を射る。4本目の矢だ。
その矢を追うようにフェンが速度を上げた。
身体にかかる負荷にルーファは唇を噛み締める。声を出すわけにはいかない。フェンに知られたら速度を緩めるだろうから。
唇から流れ落ちた血をルーファは袖で乱暴に拭うと、自分の身体に癒しの力を流しながら再び弓を構える。白銀色の光が矢となり、ルーファはそれを射続ける。少しでも汚染獣を減らすために。
見渡す限りの汚染獣。
進んだ距離も、進むべき道も分からない。
ただ前へ前へと――。
恐怖がある。絶望がある。そして……それを上回る“希望”がある。
ルーファは信じているのだ。いや、感じていると言った方が正しいか。ガッシュとヴィルヘルムの存在をルーファは確かに感じ取っていた。
ふとルーファは禍津教に攫われたことを思い出す。
あの時ルーファは逃げてしまった。痛みと絶望に負け、戦うことを諦めた。そのせいでアイザックを失うところだったのだ。
もう間違わない、もう逃げ出さない。諦める時――それ即ち自分が死ぬ時だ。
ルーファは弱い。それは知っている。でも……強さは1つだけじゃない。それを教えてくれたのはレイナだ。彼女はルーファを守るためにパウロに戦いを挑んだ。勝ち目のない戦いを。凄いと思った、強いと思った。それこそが彼女の“強さ”なのだ。
ルーファが求める強さとは何か。
漠然と強くなりたいと思っていた。でも……今なら言える。1人では駄目なのだ。1人では強くなれない。誰かを守りたい、その思いが自分を強くする。
それを弱点だと人は言うかもしれない。だがそれだけではないのだとルーファは思う。折れない心、その根幹には守りたいという思いがあるのだと。
1人ぼっちの強さとは、頑張れば勝てる敵に対する強さに過ぎない。彼我の実力差が天と地ほどあって尚、立ち向かうことのできる強さこそ“守るための強さ”なのだ。
今、ルーファは皆の命を背負っている。比喩ではなく文字通り背負っているのだ。ルーファが死んだ瞬間に迷宮は消滅するのだから。
バーン君、アイザック、ゼクロス、ミーナちゃん、レイナちゃん、ガウディ、ベティ……大好きな人達。ルーファを守り支えてくれた。今度はルーファが守る番だ。
昔、ヴィルヘルムが言っていた。強い想いにこそ強い力が宿るのだと。
ならば自分は想おう。大好きな人を守る力を。尽きぬ闘志をその胸に、何度でも立ち上がろう。
ルーファは前だけを見据え弓を引く。
射る、射る、射る、射る…………
くらくらと目が回り、身体が思うように動かない。魔力酔いの症状だ。そして何よりフェンの加速によってかかる負荷がルーファを苛む。
ベルトで身体を固定しているため振り落とされる事はないが、その力はダイレクトにルーファの内部に響いているのだ。
ゴボリ……
血を吐き出すと同時に身体を癒す。まだ倒れる訳にはいかないのだから。
『ルーファ、アレを倒せるか?』
フェンは進路を塞ぐように待ち構えている漆黒の汚染獣に目を向ける。かなり前から気付いてはいたのだが、距離があったのだ。何せ相手は100メートルを超す大きさである。
『やってみる』
恐らく普通の攻撃は効かないだろう。ルーファは自分が使える最大限の力を込め……射る!
ボンッ!
漆黒の汚染獣の胸が消失する。浄化されたのだ。
だが……2人の見ている前でフィルムを巻き戻すかのように、その姿が元に戻る。初めから傷など負ってないと言わんばかりに。
ルーファはぎゅっと弓を握りしめ、次々に矢を放つ。
手が、肩が、足が、頭が、削られ瞬き1つの間に再生される。何の痛痒も感じないのか漆黒の汚染獣はよろめくこともなく、ルーファ達へ欲望にまみれた顔を向けている。
待っているのだ。獲物が来るのを只じっと。
一向に倒せない漆黒の汚染獣にルーファが焦りを覚え始めた時、フェンの冷静な声が響く。
『足元を見てみろ』
その言葉にルーファは上げていた視線を下ろした。
漆黒の汚染獣を中心に広がるぽっかりと拓けた空間。削られた身体を他の汚染獣を喰らう事で補填していたのだ。ルーファの攻撃は確実に漆黒の汚染獣の力を削ぎ落していた。
だが……今のペースで果たして削り切れるのか。最早接敵まで時間がない。
『竜王の矢を使え』
『でも……』
ルーファは躊躇う。これが最後の矢だ。
『アレを倒さねぇ限り前へ進めねぇ。時間を掛ければ他の汚染獣が群がって来るぞ』
フェンには勝算があった。
漆黒の汚染獣が喰らったために周りに汚染獣がほとんど残っていないのだ。汚染獣がひしめいているのはフェンの後方、今ならば抜けられる可能性が高い。
フェンの指摘にルーファは迷いを捨てた。戦闘に関してルーファは素人なのだから。
『どこを狙えばいい?』
『どこでも同じだからな。一番デカい胴体を狙え』
汚染獣の肉体には弱点はない。一部でも残っていたら再生するためだ。それならば、最も広範囲を破壊できる胴体が望ましい。
『お願いヴィー、力を貸して』
ルーファは竜王の矢に〈豊穣ノ化身〉を込める。ルーファの力を吸収した紅く輝く矢が白銀色の炎を纏う。破壊と再生、滅びと癒し……相反する力を宿した矢が放たれる!
ジュッ!
狙い違わず漆黒の汚染獣を貫いた矢は、その力を解放した。
世界が……紅と白に染まる。
紅き光が終わりを告げ、完全なる沈黙が訪れる。
白き光が始まりを告げ、新たなる生命がその地に宿る。
草原を駆けるフェンの背でルーファは満足気に笑う。だが……ルーファの身体は疾うに限界を超えていた。
身体から急速に力が抜け、その身が子狐へと変わる。ルーファの手から零れ落ちた弓がその形を変え、ルーファが落ちぬように身体に巻き付き固定する。
『ルーファ!!』
焦ったフェンの声にルーファは落ちそうな意識を無理矢理つなぎとめた。
『だ、大丈、夫』
『しっかりしろよ!もうすぐだからな!!』
一瞬速度を落とすことを考えたフェンだが、いつ汚染獣が湧いてくるとも限らない。迷いを振り切りフェンは速度を上げた。もう竜王の矢もルーファの援護もないのだ。
しばらく走り続けると草原が終わりをつげ、赤茶けた大地が再び姿を現した。
その時、フェンの目が地表を蠢く黒いタールの様な液体を捉える。ソレは徐々に集まりポコポコと音を立て汚染獣を産みだしていく。続々と現れる汚染獣にフェンは苦々し気にソレを睨みつけた。
少数であれば殺しきることが出来るのだが、数が多ければそうはいかない。例え1体殺したとしても、殺すために費やした魔力を周囲の汚染獣が吸収し、新たな汚染獣を産みだすのだ。
それは終りなき戦いの始まりだ。いや、いずれ力尽きるフェンの方が圧倒的に不利だと言えるだろう。
フェンは自分を囲むように水を呼び出し圧縮し、更にその上からルーファが〈結界〉と〈豊穣ノ化身〉を施す。彼の作戦はシンプルだ。汚染獣を近づけさせない、それだけだ。
水の鎧を纏ったフェンはそのまま汚染獣へ突っ込み、弾き飛ばしながら前進する。彼は自分の実力をよく理解している。集られたら最期だという事を。
フェンが異変を感じたのはそれからすぐの事だ。フェンに襲いかかっていた汚染獣が一斉に背後を振り替えったのだ。
「ルーファ!!」
力強いその声にぐったりしていたルーファの顔が上がる。
『ガッシュ……?ガッシュ!!』
ルーファの叫びに応えがある。
「走れ!」
声と同時に目の前の汚染獣が空間ごと削られ、閉ざされた道が再び開かれた。
(……ああ、良かった)
安堵の余りルーファの目から涙が零れる。ガッシュが、英雄王が来てくれたのだ。もう大丈夫……
『え……?』
それからの出来事はスローモーションのようにルーファの目に映った。
地面を突き破る黒い影。
口が、巨大な口がフェンの下肢を引き千切った。
フェンの絶叫が響き、潮のように吹きあがる赤い血。
風に包まれたルーファはフェンの身体から引き剥がされ、ガッシュへ向けて吹き飛ばされる。
ルーファが見つめるその先で、フェンが……喰われる。
『生きろ!ルーファァァァァァァ…………ブツン』




