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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
終わりの始まり
93/106

開戦

 禍々しい瘴気が地表を覆い尽くし、そこに蠢くは10メートルを超す赤黒い巨人たち。

 いや、巨人というより獣か。猿の如き長い手と鋭い棘の生えた長大な尾を持ち、前へ長い口の中にはズラリと鋭い牙が並ぶ。

 体毛はなく、ごつごつとした堅い岩を思わせる体表が、時折マグマの如く躍動する。牙の間より滴り落ちるのは黒いタールを思わせる液体。



 ――汚染獣総勢80万体。



 だが幸いなるかな。そのおぞましき姿は濃い紫色の瘴気(きり)に沈み、見ることが叶わない。いや……例え隠れていたとしても、人々は一片の疑う余地もなくそこに何がいるか知るだろう。

 汚染獣が地面を叩く音も、その口から迸る咆哮も、何1つ隠されてはいないのだから。否、隠すことなど不可能、そして無意味。


 一体何から隠れるというのか。


 彼らは紛うこと無き最強の軍団。全てを喰らい全てを破壊せしめる、世界を呑み込む破軍なのだから。


 その中に置いて一際異質な存在が1つ。


 漆黒の汚染獣だ。

 その体表を走る赤い血の如き光は脈動する鼓動のように一定のリズムを刻み、唯一の色彩となってソレを飾る。

 色を除けば、姿かたちは他の汚染獣と同じなれど……否、違う。例え同じ姿をしていようと、ソレを同じと称すものはいないだろう。


 巨大――その一言に尽きる。


 汚染獣がまるで小さな子供のようにソレの()()に蠢いていた。漆黒の汚染獣が足を動かす度にブチブチと汚染獣が潰れ、次の瞬間には潰された筈のソレは綺麗さっぱり消え失せる。

 まるで最初から何も無かったと言わんばかりに。


 それこそが〈共喰〉。


 そう、漆黒の汚染獣こそ知恵ある汚染獣。この軍団の指揮官にして勇者の成れの果て。

 


 グオオオオオオオオオオオオオオオ!!



 それは開戦の狼煙か、はたまた歓喜の歌声か。

 天を衝くような咆哮が、衝撃波を伴い荒野を駆け抜ける。


 まず最初に吹き飛んだのは汚染獣。

 塵芥(ちりあくた)のように粉砕され、そのまま漆黒の汚染獣の糧となり果てる。


 彼にとって汚染獣ですら餌に過ぎぬのだから。







 ここは漆黒の汚染獣から200キロ程離れた地点。

 カサンドラの防壁の上に、青灰色の巨狼に跨った小さな影があった。フェンとルーファだ。


 フェンに付けられた鞍からは幾重にもベルトが飛び出し、ルーファの身体をしっかりと固定している。

 手綱の代わりに握られているのは白銀色に輝く弓だ。


 凛と佇む彼らの元へ澱んだ風が瘴気を運ぶ。

 全てを瘴気で侵そうと……徐々に徐々に忍び寄る。


 だが、その瘴気も一定の距離から決して近づきはしない。何かに阻まれるかのように、何かを恐れるかのように。


 次の瞬間、白銀色の髪が軽やかに舞い、清らかな風が瘴気を吹き飛ばした。 

 白い手がフェンの背を撫でると、その身体に白銀色の光が宿る。


『行くぞ!!』


 外壁を蹴り荒野へと躍り出るたフェンの姿は、まるで風そのもの。だが、フェンにとっては軽く走っているに過ぎない。本番は……これからだ。


 前方を汚染獣が木の葉のように舞っている。

 漆黒の汚染獣が放った衝撃波が近づいてきているのだ。されどフェンは僅かも速度を落とすことなくそこへ突っ込んでいく。


『ルーファ!』 


 合図とともにルーファは矢を射た。


 終焉の力を宿した滅びの矢を。



 ドゴオオオオオオオオオオオオオ!!!



 凄まじい轟音が響き、その力に触れた全ての存在(モノ)に終焉を与える。


 汚染獣も衝撃波も皆等しく。



 穿たれた一本の道。



 未来へと続く唯一の道だ。


 フェンは迷わずその道を往く――その背に“世界の希望”を乗せて。

 




 ◇◇◇◇◇◇





 フォルテカ公国 アズール


 フォルテカ公国には2つの対汚染獣軍事要塞が存在する。アズールとサワイだ。ここはアズール、原魔の森に近い要塞だ。


 漆黒の汚染獣の放った衝撃波――実際はただの咆哮――はアズールにまで届いた。とは言っても、二千キロ近く離れた場所であるため威力は強風が家を揺らす程度であった。

 更に言えば、攻撃を感知して自動で発動する結界が張られたために被害はゼロだ。

 

 荒野とアズールを隔てる防壁の上に、3つの影が佇む。


 フォルテカ軍将軍ベルガモット・フラグランス、魔導部隊副長モルダン・ミシュペ、そしてシルキス冒険者ギルドマスターであるアイリス。


 何故、軍の上層部の人間とアイリスが共にいるのか……それには訳がある。




 フェンが汚染獣と戦った際の魔力を感知したフォルテカは、大公キアラの命で戦時態勢が取られた。

 これによりフォルテカ軍の実に6割強がアズールとサワイに集められ、更に冒険者にも召集がかかったのだ。アズールに集められた冒険者の取りまとめ役として、白羽の矢が当たったのがアイリスである。


 本来であれば、アズールの冒険者ギルドが対応すべきだと思われるかもしれないが……残念ながらアズールに冒険者ギルドは存在しない。


 対汚染獣を想定しているアズールだが、そもそも汚染獣は滅多に……というか最近までほぼ現れたことが無かった。それにはアズールの立地が関係している。他の対汚染獣軍事要塞と比べ、負のエネルギーを吸収する原魔の森が近いこの場所では、汚染獣の発生確率が他と比べて著しく低かったのだ。


 それでも汚染獣が1体でも現れれば、それは即座に国の存亡に繋がるのである。無闇に兵の数を減らすわけにはいかず、かと言って戦う相手がいなければ兵の練度が落ちることは必至。

 そこで普段、兵が何をしているのかといえば原魔の森から溢れてくる凶暴化した魔物退治である。


 兵が魔物を退治することは冒険者の仕事を奪うということ。更に言えば、荒野の近くであるため薬草なども全くと言っていいほど生えていない。


 その結果、冒険者ギルドはアズールから撤退したのだ。



 そういった諸々の事情を抱え、アイリスはシルキスの冒険者を引き連れてアズールへとやって来た。

 シルキスは原魔の森に最も近い都市であり、そこに所属している冒険者も精強揃い。普段からその冒険者たちを束ねている彼女が代表に選ばれたのも、ある意味必然であった。


 彼女が元Aランクの冒険者だという事実も、それを後押しする形となった。 





「先程のは何だと思う?攻撃なのか?」


 ベルガモットの問いにアイリスが「予測ですが」と前置きしてから口を開く。


「戦いの余波ではないかと。高位の魔物が放った攻撃は驚くほど遠くまで飛ぶことがあります」


「吾輩の部下が瘴気の測定をしたところ、件の強風には驚くほど濃い瘴気が含まれておった。更に言えば、遠すぎて発生地点を割り出せなんだ。数百キロ以上は離れておろう」 


 綺麗に整えられた顎髭を摩りながら呟かれたモルダンの言葉に、ベルガモットは唸り声を上げた。

 それは汚染獣が放った攻撃の可能性が高いということだ。しかも距離から察するにかなり力のある個体だろう。


 それ即ち……

 


 バサバサ!



 3人の上空を5羽の巨鳥が通り過ぎる。フォルテカの飛行部隊だ。相当慌てているようで、合図なしに着陸態勢に入っている。


「何かあったようだな」


 そこはかとない嫌な予感を胸に彼らは防壁を駆け下りる。



 ――汚染獣発見。その数5体。



 その最悪な報せは瞬く間にアズール全体に広がった。







 仲間と逸れた汚染獣たち――ナスタージアの勇者が回収し損ねた個体――は戸惑っていた。


 カサンドラへの進撃、それが漆黒の汚染獣の命令であった。だが悲しいかな彼らにはそれを遂行するための知識に欠いていた。カサンドラの場所も分からず、離れ過ぎたためか漆黒の汚染獣との繋がりも途絶えた。


 では……どうするか。


 その答えは決まっている。彼らは飢餓の化身。喰らう事こそ彼らが本能。


 彼らの目がアズールへと向けられる――多くの餌が密集するその場所へと。

  




 

 ◇◇◇◇◇◇




  

 リーンハルト王国 メイゼンターグ

 

 6つある対汚染獣軍事要塞には常駐している北方軍に加え、王軍が援軍として駆け付けていた。現在、メイゼンターグを預かるのは王軍を率いる将軍ザナンザ・アインクライである。


 ザナンザは6将軍の中で自他ともに認める最強の男だ。




 獣人族は様々な種類が存在する。

 狼人族、虎人族、兎人族、翼人族……。故に婚姻も千差万別。


 両親が別の種族であることは日常茶飯事であるし、酷い場合は親類だけで全種類を網羅することもある。そんな訳で、先祖返りで両親と種族が全く違っていたという話しにも事欠かない獣人族であるが、それでも一種族の特徴を受け継ぐのが通例である。


 だが、極まれに複数の特徴を持って産まれてくるハイブリッド種が存在する。


 ザナンザはその1人。

 獅子人族の強靭な肉体に鋭い牙と爪、翼人族の翼を持って産まれてきた個体だ。これは大変珍しいことだと言える。

 

 ――“天獅子”


 それが彼を示す名である。

 だが、彼を有名たらしめるのはそれだけではない。 


 大陸有数の大国であるリーンハルトは、当然のことながら多くの固有魔法士を抱えており、その代表と言うべき存在が6将軍。

 そう、ザナンザを含め、彼らは全員固有魔法士なのだ。その中でも頭一つ抜きん出ているのがザナンザである。



 彼の魔法は不屈魔法。

 

 〈不屈ノ肉体〉心が折れぬ限り、肉体を再生させる

 

 〈不屈ノ心〉心が折れぬ限り、体力・魔力無限大


 〈状態異常無効〉各種状態異常を無効化する



 正に戦うために産まれてきた男、それがザナンザという男だ。






「被害を報告しろ!!」


 瓦礫を押しのけ、ザナンザは頭から滴る血を拭いながら怒鳴り声を上げた。


「はっ!謎の攻撃に防壁の一部が崩壊。それに多くの兵が巻き込まれました。死傷者の把握には今しばらくかかるかと思われます」



 漆黒の汚染獣から最も近い要塞であるメイゼンターグの被害は甚大であった。結界が機能したにも拘わらず、それを突き抜けた衝撃波が防壁を粉砕したのだ。


 幸いであったのは、結界が完全に壊れなかったということ。


 全ての魔道具に共通することだが、経年劣化はどうしても起こるものだ。防衛の要である結界の魔道具とて例外ではない。優先して付け替えてはいっているが、どうしても古いものは出てくる。破られたのは旧装置の結界周辺のみであった。


 破られた周辺は壊滅状態。

 更にそこから威力が弱まっているとはいえ、衝撃波が要塞全体を襲ったのだ。


 ザナンザは〈不屈ノ肉体〉を発動させ、即座に自身の傷を癒す。


「防壁の修繕を最優先だ!!見張りを強化しろ!!」


 指示を出しながらザナンザは指令室の窓から飛び降り羽を広げた。向かうは防壁だ。


 上空から惨状を眺めるザナンザの目が荒野へと向けられる。衝撃波により払われた瘴気は渦を巻き、再び荒野の中心へと吸い込まれている。


 あっという間に紫色のベールに覆われ、最早、数メートル先を見通すことも困難だろう。だが……ザナンザは感じる。激しい力のうねりを。


 それはザナンザが良く知る力だ。

 彼は遂に戦いが始まったことを知る。



「陛下……どうかご無事で」

 



 果たしてガッシュの剣は届くのか。





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