迷宮の幹部
迷宮199階層
ルーファが家を建てる予定のこの地には、見渡す限りの草原が広がっていた。
その草原の中心に、見るからに異質なものがある。何故かポツンと置かれた長方形の頑丈そうな机。周りには建造物すらないというのに。
その机の上には赤い座布団が敷かれ、小さな子竜と子狐がちょこんと座っている。
2匹の目にはキラリと眼鏡が輝き、眼前に横一列に並んでいる魔物を観察している様子はまるで審査官のようだ。
言わずと知れたラビとルーファである。
『今から面接を始める!』
ルーファが宣言すると、先程まで自信に満ちあふれていた魔物たちに緊張が奔る。
ちなみに、何故場所を移動したかと言えば、上位格魔法を披露してもらう可能性があるためだ。
強そうな魔物たちにルーファが瞳を輝かす反面、ラビの顔は微妙である。
ラビが人型でと注文を付けたはずなのだが、明らかにそうでない者がいるためだ。ラビは、ルーファが人型だと願い忘れていた事実を知らない。
ラビは人面鳥女王と暗殺蜘蛛に目を向ける。
人面鳥女王の姿は人に近いと言えばそうなのだが……手が羽である。一体どうやって作業をさせるというのか。いや、彼女はまだましだろう。蜘蛛である暗殺蜘蛛に至っては人要素皆無である。
そして、次にボケーっと突っ立ている豚鬼王をチラリと見れば、口から涎を垂れ流し物欲しそうに指を咥えていた。知能は何処へ置いてきたのだろうか。
更に言えば、死霊騎士も役に立つか疑わしい。199階層に移ってからというもの、執拗にルーファに向けてポージングを取り、肉体アピールに余念がない。どうみても脳筋族だ。
頭痛がしてきたラビは手早く氷嚢を創り出し、頭に載せる。ここで判断するのは早計である。一縷の望みを抱き、ラビは口を開いた。
『人面鳥女王よ、お前さんに迷宮の管理は可能かの?』
「ふふ、当然でございますわ。そのために創り出されたのですから」
人面鳥女王の身体に紋様が浮かび上がり、次の瞬間彼女の姿が変わる。スーツに身を包んだ如何にもできる女、と言った人族の姿へと。
『おお!!』
「更に私は〈眷属作成〉を持っておりますので、部下も創り出すことも可能ですわ。何なりとお命じ下さいませ」
ラビは目を潤ませる。これで地獄の日々とおさらばできる、と。即座に『合格!』と宣言し、期待の眼差しで大鬼王に目を向ければ、それに応えるように大鬼王が余裕に満ちた笑みを浮かべた。
「お任せを。必ずやご期待に沿って御覧に入れましょうぞ」
そう言って恭しく頭を下げる大鬼王に、ラビは満足気に頷いた。そして……その目は豚鬼王……をスルーして複体影身王に移る。
「私は陰に潜む事を得意としておりますので、出来れば我が神の護衛に回りたいのですが……如何でしょうか?」
ラビは暫し考える……が、疲れた様に首を横に振った。
『今はダメじゃ。人手が足りんからのぅ。迷宮の人材が揃えばまた考えよう。それまでにお前さんも腕を磨いておくのじゃぞ』
ルーファが迷宮内にいる限り護衛は不要であるし、外に出る時は人種の護衛が付いている。その中には固有魔法士もいるのだ。産まれたばかりで力の使い方が未熟な上、戦闘経験皆無な複体影身王よりは強いと言えよう。
複体影身王は不満気に顔を歪めながらも、そのまま引き下がる。その手はギリギリと音が鳴る程握りしめられていた。
ラビはその様子をつぶさに観察する。どうやら自分同様、絶対服従ではないように思える。危険ではないのかという思いが横切ったが……それを即座に否定する。
我らが神がいる限り、眷属が裏切ることなど有り得ないのだから。
そして、ラビの目が遂に問題児3人組を捉え……逸らされる。もう先の3人がいればいいんじゃなかろうか。
押し黙ったラビに代わりルーファが厳かに口を開いた。
『豚鬼王よ。お前は何ができるのか』
「オデ……食べる」
『そうか……ではちょっとその場で飛んでみるがいい!』
丸っと太った豚がジャンプする度にドスンドスンと地面が揺れる。だが……ルーファの意識は揺れる地面には無く、眼前でブルンブルン揺れる2つの双丘(?)に向けられていた。
『おお!こ、これはミーナちゃん以上の代物!!』
ちなみに、人面鳥女王以外は全員♂だ。
これは迷宮の魔物の特徴だといえる。迷宮の魔物は飲食を必要としない代わりに魔力を喰らうのだ。迷宮が生み出す魔力は無限ではなく有限。つまりどういうことかと言えば、魔物が勝手に繁殖すれば魔力不足へと陥るのである。故に、迷宮の魔物の大半は♂となっている。
パシーン!
ラビの尻尾が炸裂し、机から転がり落ちたルーファを人面鳥女王が優しく受け止める。風と雷を操る彼女こそ、このメンバー最速。
勝ち誇って微笑む彼女を、全員が射殺さんばかりに睨みつけている。ちなみに豚鬼王はジャンプし続けている。
人面鳥女王にお礼を言ったルーファは再びラビの横へと戻り、文句を一言。
『いきなり叩くなんて酷いんだぞ』
『全く……何をやっとるんじゃ』
そもそも管理する者を選ぶための面接だというのに、ジャンプをさせる意味が分からない。ルーファに任せることの愚を悟ったラビは、現実と向き合うべく豚鬼王に目を向けた。
箱庭ノ神を発動させ、ステータスが頭の中に浮かぶ。驚くべきことに、ここにいる6人全員が上位格魔法保持者である。
『お前さんは強い力を望まれて創られた存在……その力を見せてみよ!!』
瞬間、豚鬼王の目がカッと見開かれ、脂肪魔法が火を噴く!
その権能は3つ。
〈悪喰〉全てを喰らう力
〈脂肪変換〉悪喰で喰らったモノを脂肪へと変える
〈脂肪燃焼〉脂肪を“力”へと変える
「ブオオオオオオオオオオオオ!!!」
突如上がった咆哮と同時に、豚鬼王の身体が弾ける。否、膨らんだのだ。3メートルから10メートルへと。脂肪に覆われ、だらしなく垂れ下がった身体は見る影もなく、現在は筋肉の鎧が全身を覆っている。
ドゴン!
全員が豚鬼王を見失った。
地面がクレーターとなり崩れ落ち、ルーファとラビはクレーターの穴を塞ぐように張られた蜘蛛の巣に引っかかっている。その側にいる暗殺蜘蛛と合わせれば、今晩のおかずにしか見えない。
上空には緋色の翼を広げた2体の人面鳥女王。
突如、穴の中から怖気をもよおす気配が立ち昇り、その肩に首なし馬を抱えた死霊騎士が姿を現した。
彼の歩みを妨げんばかりに眼前には蜘蛛の巣が広がっている……が、彼が蜘蛛の巣に触れた途端、闇が糸を侵食する。喰らっているのだ。産まれて初めて取る食事に死霊騎士の口からはくぐもった唸り声が漏れ、その目が喜悦に歪む。
穴の淵に佇むは大鬼王。
腕を組み威風堂々とした姿で、遥か上空にいる豚鬼王を好戦的な眼差しで見つめている。
一蹴りで上空数百メートルまで飛び上がった豚鬼王は、落下の勢いそのままに地面へと拳を突き立てる。
ドガアアアアアアアアアアアアン!!
迷宮全体が揺れたかのような衝撃が走り、土砂が土柱となって吹き上がる。驚くべきは、これが魔法ではなく物理攻撃だということ。ただの拳が繰り出した一撃に過ぎないのだ。
『『ひええええええええええ!!』』
情けない声の出所に目を向ければ、ビヨンビヨンと蜘蛛の巣に張り付けられた2匹が揺れている。次いで襲って来る土砂。
『『げほっ!げほっ!げほっ!!』』
土埃が治まり、茶色く薄汚れたルーファが見たものは……地形の変わった荒れ果てた大地だった。
『お前さんは迷宮軍特攻軍団の軍団長に任命する』
大地を元に修復し、定位置に戻ったラビは草臥れた中年オヤジのように告げる。
元の姿に戻った豚鬼王はと言えば……ボヘーと突っ立っており、果たして本当に理解しているのか疑わしいところだ。
『迷宮軍?』
初めて聞く名前にルーファは小首を傾げる。
『いずれ組織する予定の魔物軍団じゃよ。もう少し体制が整ってから始動する予定じゃったんじゃが……』
何となく他に使いどころが無さそうなので早々に組み込むことにしたのだ。ただし、現在所属しているのは豚鬼王のみである。
ラビの予定では一国の軍にも引けを取らない一大軍団にするつもりである。これはルーファに手を出せばただでは済まないという脅しの意味も込められている。
『ルーファの軍じゃ。いずれは、この中から軍団長を選ぶことになるじゃろう』
その言葉に牙を剥き出しにして笑ったのは大鬼王。彼の持つ魔法は軍団魔法。この中で最も相応しいのは間違いなくこの男。
『凄いんだぞ!オレの軍隊……』
うっとりと目を閉じ軍を率いる自分の姿を妄想するルーファ。だが、実際に率いるのは軍団長であってルーファではない。妄想は……長くなるので割愛させてもらおう。
自分の世界に入り浸るルーファを無視し、ラビは残り2人に目を向けた。
『お前たちも迷宮軍に所属してもらうぞぃ。各々、不死者を束ねる死霊軍団、そして闇に潜む暗黒軍団を率いてもらうことになるじゃろう』
考えることが面倒になったラビは、取り敢えずそれらしい役職を与える。後はその都度、適当に任務を頼めばいいだろうと問題を先送りしたのだった。
『これより命名の儀を執り行う』
そう宣言したラビは妄想の世界へ旅立ったっきり帰って来ないルーファの頭を叩く。
『あいたっ!』
机の上をコロコロ転がった子狐は慌てて立ち上がり、何事も無かったかのように凛々しく命じる。
『人面鳥女王前へ!』
「はっ!!」
恭しく跪いた人面鳥女王を見つめ、ルーファは厳かに口を開く。
『貴女の名はピピ!人面鳥のピピ!』
「ありがとうございます!我が神よ!」
蕩けるような笑顔でピピは応える。
次いで大鬼王と複体影身王、死霊騎士に前足を突き付ける。
『大鬼のガーオ!複体影身のドッペル、死霊騎士のデッスン!』
各々が嬉しそうに名を拝命している姿をラビは微妙な表情でみつめる。何というネーミングセンスであろうか。かく言うラビも迷宮のラビなのだが。
次にルーファが目を向けたのが豚鬼王。他と違い、暫し考える素振りを見せる。
『よし!決めた!貴方の名前はブルル!』
おや、と思いラビはルーファを振り返った。豚鬼王だけは種族名から取ったのではないようである。好奇心が刺激されたラビは名の由来を尋ねる。
するとルーファはその場でジャンプし始め……
『ぶるる~ん。ぶるるる~ん』
即座に名前の由来を察したラビは同情の眼差しで豚鬼王を見る……が、全く何も分かってないようである。ある意味幸せかもしれない。
最後に残った暗殺蜘蛛を前に、ルーファは更に考え込む。
アサシンから取るべきか、スパイダーから取るべきか。暗殺者……暗殺者といえば隠密、隠密といえばスパイ……。スパイ、スパイみたいなスパイダー。
ルーファの目がクワッと開かれる。
『おおおおお閃いた!貴方の名は!スッパイダーだ!!』
辺りに沈黙が落ちる。誰も口を開く者はいない。心なしか暗殺蜘蛛の8つある眼から光が消えたような気がする。
暗殺蜘蛛の身体がブルブル震えたかと思うと、ルーファに向けて突進する。
「ギョワ!ギョワ!」
何かを訴えるように身体を揺さぶる暗殺蜘蛛。
『えっ?何?気に入らないの?』
肯定するように器用に身体を縦に揺さぶり、不満気なルーファにしつこく纏わりつく。
『ふぅ。仕方ないんだぞ。今回だけだからな!』
渋々了承したルーファにようやく暗殺蜘蛛も落ち着きを取り戻し、元の位置へと戻る。だが……甘い。甘すぎる。相手はルーファなのである。
ゴホンと咳払いをしたルーファは気を取り直して宣言する。
『よし!貴方の名は!オッパイダーだ!!』
「ギョワ!?ギョワワ!!ギョワワ!!」
必死にルーファにしがみ付く暗殺蜘蛛。最早、襲っている様にしか見えないが、誰もそれを止める者はいない。
『え?何?前の方がいいって?も~我儘だな~。じゃあ、今日からスッパイダーね』
人面鳥女王――ピピ
大鬼王――ガーオ
豚鬼王――ブルル
複体影身王――ドッペル
死霊騎士――デッスン
暗殺蜘蛛――スッパイダー
こうして迷宮幹部6名の名が決定した。
余談だが、デッスンの騎馬の名はマウとなった。その由来は……一目瞭然であろう。
暗殺蜘蛛、彼はこの先ルーファの悲惨な名前ランキング・ベスト3から一度も外れることは無かったという。




