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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
迷宮暴走
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能力検証

 子狐(ルーファ)はトボトボと深い森の中を歩いていた。

 しばらく歩いてため息を吐き、再び歩き出してはため息を吐く。狐耳も尻尾も元気なく垂れ下がっている。


 ルーファがこれほど落ち込んでいるのには理由がある。

 それはガッシュが、ルーファが気を失っている間にリーンハルトへ帰って行ってしまったのである。薄情に思うかもしれないが、これは仕方のないことだと言えよう。


 リーンハルトは未だ魔物暴走(スタンピード)の終了を知らず、王軍を率いるザナンザは現在進行形でカサンドラへと進軍していたのだから。

 軍を大きく動かせば、ベリアノスへ付け入る隙を与えることになり、更にはガッシュの不在を狙われる可能性もあるのだ。



 ルーファは細かい事情はよく分からないが、それでもガッシュの仕事が大変だという事は理解している。残念ではあるが、仕方ないことだと納得してもいる。


 それに……ガッシュは目を覚ましたルーファの為に手紙を書いてくれていたのだ。そこには風竜カレンを助けてくれたことへのお礼と、また必ず会いに行くと書かれていた。その上、サイン入り「英雄王ガッシュ」とハンカチに包まれた王家の紋章入り指輪を貰ったのである。


 ちなみに、サイン本はミーナが絶対に喜ぶからと頼んでくれたらしい。流石は同好の士(ミーナ)。よく分かっている。



 だが……理性では納得したのだが、感情が言うことを聞かない。


 ルーファはハンカチを取り出し、クンカクンカと匂いを嗅ぐ。それでも満足できずぐりぐりと身体を擦りつけ、ガッシュ臭を堪能する。完全に変態である。


『ルーファ……』


 上空を飛んでいるラビの目が心なしか冷たいような気がする。


『わ、分かってるんだぞ』


 ルーファは慌てて立ち上がるとハンカチを〈亜空間〉に仕舞い、再び歩き始めた。

 ルーファが歩いているこの場所は迷宮200階層の森の中。ただ闇雲に歩いているわけではなく、神樹の種を植える場所を探しているのだ。 






 時は1日前に遡る。


 ルーファが自慢げに新たな力について“赤き翼”のメンバーに語っていたら、バーンがこう言ったのだ。使いこなせなけりゃ意味ないぜ、と。鼻で笑うというオプション付きで。


 ルーファはその言葉に荒れに荒れた。バーンに飛び掛かり、ガジガジ噛り付いた。全くダメージは与えられていなかったが。


 その結果、『バーン君より強くなって帰ってくるんだぞ』という捨て台詞のもと飛び出したのだ。神樹を育てるとパワーアップするとカトレアから聞いていたルーファは、まず神域を作成しようと場所を探し、現在に至るという訳だ。


 実際には神獣は神域から離れれば弱体化するというのが正しく、超越種なルーファは弱体化しないためパワーアップもしないのだが……その事実に気づいてはいない。





 ルーファが茂みを突き抜けると、目の前に小さな湖が現れる。湖の周りには太陽の光を遮るような大きい樹木はなく、色鮮やかな緑の絨毯が広がっていた。


 波紋1つない澄んだ湖面は景色を映し取る巨大な鏡。葉っぱの1つ1つさえも綺麗に映し出され、まるで湖の中に別の世界が広がっているかのようだ。


 もし、この光景を見た者がいれば、美しさより先に違和感を感じることだろう。これ程自然豊かでありながら、ここには生命の息吹を何1つ感じられないのだ。いや、正確にはこの階層にルーファとラビ以外の生命体は存在しないと言った方が正しい。ここは彼らの許可がない限り、何人たりとも踏み入ることができぬ閉ざされた場所なのだから。


 ルーファは〈迷宮創造〉を発動させる。


 突如ザアザアと音を立て静かなはずの湖畔に波が立ち、湖面を突き破りながら浮島が姿を現わした。


『ここにするんだぞ』


 浮島まで飛んで行ったルーファが神樹の種を取り出して置くと、地面が生き物のように脈動し種を呑み込んでいく。それを見つめながらルーファは魔力を地面に注いだ。



 ニョキリ



 ルーファの足元から白銀色の芽が出る。初めて育てる自分の神樹に嬉しくなったルーファは、どんどんどんどん魔力を注いでいく。 

 

『ふぉ!?おおおおおおおおおおおおお!!』


 足元がぐらつき引っ繰り返ったルーファを乗せ、神樹は一気に成長する。瞬く間に大樹へと変わったその大きさは、5千年以上魔力を注ぎ続けてきたカトレアの神樹を優に凌ぐほど。


 起き上がったルーファは自分の仕事ぶりに満足気に頷き、次いで力を解放する。




 ――豊穣ノ神が権能〈神ノ領域〉




 神樹を中心に光が奔り、全てが白銀色に染まる。


 そこに広がるは真白き世界。


 白銀色に輝く湖面からは揺ら揺らと光が立ち昇り、全ての植物が白へと変わる。風に揺られシャラシャラと澄んだ音を奏でる水晶の花は、まるで氷の結晶の如くキラキラと光を反射していた。

 幻想的なまでに儚く美しいその光景は、真夏の夜の夢の如く微かな音で壊れてしまいそうだ。





 その時ラビは上空にいた。

 空から世界が変わるさまを、ただひたすら見つめていた。


 ルーファの力は200階層全てに及び、今や見渡す限り一面が神々しく輝いている。


『はあ~』


 その時、感動に打ち震えているラビの耳に辛気臭いため息が届く……が、聞かなかったことにしてラビは感動の余韻に浸る。


『はあ~~~』

『……どうしたんじゃ。ため息などついて』


 渋々振り返るラビ。


『失敗してしまったんだぞ……。〈神ノ領域〉を創ろうと思ったら、ただの〈神域〉になってしまったんだぞ』


 その言葉にラビは驚愕する。この神力に満ち溢れる世界が失敗作だというのだから。呆然とルーファと、眼下に広がる景色を交互に見やる。


『これが失敗……?』

『そうなんだぞ。いっつも失敗してしまうんだぞ』


 しょんぼりと肩を落とし、ルーファは項垂れた。






 ルーファが生まれながらに持っている力、時空ノ神、豊穣ノ神、創造ノ神の中で唯一使いこなせている権能が〈豊穣ノ化身〉のみである。


 〈時空眼〉〈次元転移〉〈時間操作〉〈万物創造〉〈世界ノ理〉は全く使えず、〈異界〉〈多次元結界〉〈神ノ領域〉〈神狐ノ加護〉〈輪廻操作〉は劣化版へと変わる。劣化版は以下の通りだ。


 〈異界〉――〈亜空間〉

 〈多次元結界〉――〈結界〉

 〈神ノ領域〉――〈神域〉

 〈神狐ノ加護〉――〈祝福〉

 〈輪廻操作〉――〈転生〉






 全く使えない権能と、劣化版に分かれたことにラビは着目し、ルーファに〈迷宮ノ神〉も一通り試してもらう。


 その結果、〈迷宮創造〉〈消化還元〉〈瘴気吸収〉〈瘴気変換〉は問題なく使えた。この内〈迷宮創造〉は内部の変革だけで迷宮が新たに創れるかは試していない。〈迷宮支配〉〈迷宮移動〉は他の迷宮が必要な事から、これらも試せてはいないが……ラビの予想では問題なく使えるだろう。


 問題は〈万物創造・限定〉と〈自由自在・限定〉。


 創造ノ神の〈万物創造〉が使えないことからも、本来であれば〈万物創造・限定〉も使えないはずである。だが……迷宮内に限り、完全とは言い難いが〈万物創造〉が使用できた。


 これは、同じ権能を2つ持ち、尚且つ〈自由自在・限定〉がそれを補助しているために出来た芸当だと言える。


 本来であれば、〈自由自在・限定〉とは下位格の魔法を迷宮内で自由自在に使用できる権能であるのだが……ルーファに限りそれは当てはまらない。ルーファは〈自由自在・限定〉を他の権能の補助に使用しているのだ。これにより、魔法発動時の必要魔力量の低下、効果範囲の拡大等の効果がみられた。


 だが補助しても尚、〈時空眼〉〈次元転移〉〈時間操作〉〈世界ノ理〉は使用することが出来なかった。




 続いて〈自由自在・限定〉を用いて下位格の魔法が使えるかどうかを試したのだが……これは失敗に終わった。超越種であるルーファは、魔法陣を自力で用意しなければならなかったのだ。つまり魔法陣を暗記し、寸分たがわずに魔力で描く必要がある。


 ルーファのお(つむ)はハッキリ言ってあまりよろしくない上に、不器用である。例え本を見ながら魔法陣を描いたとしても上手くいかないだろう。






『えっ!つまり今まで通り攻撃能力なしってこと!?』


 ラビの説明を聞き、ショックを受けるルーファ。


 新たなる力を手に入れたのに何たることであろうか。折角、迷宮無双ができるかと思っていたのに、と肩を落とした。


『ほっほっほ。心配せんでも迷宮の魔物は全てルーファの配下じゃ。勝てる者など早々おるまいて』


 ルーファは胡乱気(うろんげ)な眼差しラビを見つめる。


『でも、魔物暴走(スタンピード)の時、言うこと聞いてくれなかったんだぞ』


 ルーファが人を襲わないように言っても聞かなかったのに、ラビが命じたらあっさりと襲うのを止めたのだ。本当に自分が迷宮の主なのか不安になってきたルーファである。


『あの時は儂も焦っておったからのぅ。ルーファは〈眷属通信〉を使わなかったじゃろう?それが原因じゃよ』


 よく思い出してほしい。あの時ルーファは映像に向かって前足を突き付けて命じていたのだ。言うなれば、テレビに向かって話しかけるようなもの。果たして画面に映っている者に声が届くかどうか……結果は火を見るよりも明らかだろう。 

 ちなみにラビは〈眷属通信〉を使って全ての魔物に声を届けていた。



 決めポーズまで作って命じていたルーファは恥ずかしさの余り悶絶しながら地面をゴロゴロと転がる。


『わしゅれて!わしゅれてくだしゃい!!』


 その様子にルーファが流石に憐れになり、優しく頭を撫でるラビ。


『ルーファはそれまで〈眷属通信〉を持っとらんかったんじゃろ?それなら仕方あるまいて』

『ラビちゃあああああん!!』


 飛び付いてきたルーファを受け止め、2匹はもつれ合いながら仲良く転がっていった。






 ルーファが落ち着いたのを見計らい、ラビは自分の考察を伝える。


 まず、劣化版しか使用できない権能は魔力量が足りないのではないかということ。つまりは膨大な魔力を引き出せるようになれば、自然と使えるようになるはずである。


 そして……全く使用できない権能は、知識と演算能力が不足しているのではないかということ。何故なら、これらの権能は全て精密操作を必要とする繊細なものだからだ。力任せにできるものではない。〈万物創造〉は例外的に2つ持っているために、力任せの使用を可能としているのではないか、と推測できる。


『つまりは、ルーファに必要なのは使える魔力を増やすことと……これじゃ』


 ラビの言葉と同時にルーファの目の前に転移陣が現れ、一冊の本が出現する。以前、迷宮で死んだ冒険者が持っていた本を、ラビが宝物庫に突っ込んでおいたものである。


 そのタイトルは「空間魔法に関する考察」。




 ルーファはペラリとページを捲る。


 ……3XY5Z@8※〇×△2Sin


 数字と記号の羅列が連なり、数多の魔法陣が描かれている。数字と記号は座標や次元、その計算方式を表している。その横に記されている説明の文字は小さく、専門用語をふんだんに含んだそれは有識者でなければ解読は不可能だろう。



 ぷしゅー



 ルーファの頭から湯気が出始め、ドカンという爆発音と共に後ろへ倒れる。


 そう……ルーファに必要なのはお勉強であった。




 これからルーファに修行という名のお勉強が始まる……かもしれない。 

 

 



 

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