ルーファの予言
は、初めて評価ポイントが入りました!おおう、感動で前が見えない。
ありがとうございます!!
嬉しいのでもう1度言います!
あ・り・が・と~!!!
これを励みに諦めずに頑張りますm(__)m
迷宮1階層――転移部屋
そこには錚々たるメンバーが揃っていた。
英雄王ガッシュ・リーンハルト。
カサンドラ国王ガウディ・ベラ・カサンドラ。
最もSランクに近いといわれる冒険者、紅蓮のバーン率いる“赤き翼”。
そして……世界に5柱しか存在しない神獣、ルーファスセレミィ。
彼らの目の前で転移陣が輝き、小さな子竜――ラビ――が姿を現す。
周りを見渡したラビは全員揃っているのを確認すると、再び転移陣を起動させる。行き先は200階層。未だかつて誰一人として踏み入ったことのない迷宮の最奥だ。
『準備はいいようじゃな。それでは行くぞぃ』
一瞬の浮遊感と共に景色が切り替わる。そこは転移部屋ではなく、深い森の中だ。転移部屋に着くとばかり思っていた彼らは驚きと共に辺りを見回した。
『こっちじゃ』
パタパタと翼を動かし先導するラビの後に全員が続く。
ラビが進むたびに草木が道を開け、歓迎するかのように花が咲く。それを見たルーファがくるくると楽しそうに踊りだし、梢がさわさわと音楽を紡ぐ。蔓がルーファの手を取りダンスへ誘い、枝がしなりその身体を持ち上げる。枝から枝へとお姫様の様に運ばれるルーファの口からは、楽しそうな笑い声が零れている。
そのあり得ない光景に常識人のガウディはあんぐりと口を開け、既にルーファの非常識具合に慣れているバーン達は気にすることなく歩を進める。ガッシュはと言えば……彼も存在自体が非常識な存在であるため全く気にしてはいない。
「置いて行くぞ」
立ち止まったガウディに声を掛けたガッシュは先へと進む。全員の薄い反応に、ガウディはどこか釈然としない思いを抱えながらも後を追った。
森を抜けた先にあるのは地平線まで続く壮大な花の海。少し先には白い洒落たテーブルが見える。
この花もテーブルも、ルーファのためにラビが用意したものだ。ミーナの手を引いて花畑を走り回るルーファの姿に、ラビは満足気に目を細めている。
ただ、ここからが問題である。
迷宮の魔物は全てラビの眷属といっても過言ではないが、側近と呼べる特別な眷属がいないのだ。側近とはラビが迷宮の管理を任せるために作り出した眷属たちである。高い知能と高度な魔法を操る人型の魔物だ。
以前、創り出した側近たちはラビの死と同時に消えたようなのだ。新たに側近を創ろうとしたのだが、ロックが掛かっているのか上手くいかなかった。恐らく、側近や迷宮の守護者といった復活しない魔物はルーファでなければ創れないのだろう。
そんな訳で、現在お茶を入れることが出来る者がいないのである。
『すまんのぅ』
「お気になさらず。このような機会がなければ、迷宮の最奥に来ることは出来ませんので、むしろ私の方がお礼を言いたいぐらいですよ」
ゼクロスは慣れた手つきでお茶を入れ、お菓子を並べる。流石は出来た男である。全員の席に御茶菓子が行き渡ったところでルーファとミーナが呼ばれる。
走って帰ってきたルーファは用意された席には戻らず、ガッシュの膝の上に座りべったりとくっつく。それを見たラビとガウディの目がキリキリと吊り上がり、ガッシュを睨みつけている。
ゼクロスはその様子に今朝の騒動を思い出し、苦く笑う。いったい何処で例の本――一夜を共にした男を喜ばす言葉百選――を手に入れたのか……。自分の監督不行届をカトレアに心の中で詫びながら、ゼクロスは使命感に燃え上がる。
「ルーファ、人化を解きなさい」
ルーファはその言葉に素直に従うことにした。
ゼクロスの常識講座によれば、人前で大人同士が抱きついてはいけないようなのだ。それは子供の特権らしい。ルーファは立派な大人なので、その様な真似をする訳にはいかないのである。幸いなことに子狐形態であれば問題ないらしい。
……同一個体だというのに何たる理不尽か。人種は外見に囚われすぎだとルーファは思う。
それに……ルーファは子狐形態があまり好きではないのだ。いや、別に嫌いではないのだがガッシュに見られたくないと言った方が正しい。人化した時でさえ子供に間違われたのだ。子狐の姿は……どんなに頑張っても生後2か月位にしか見えないのだから。
生まれた時から全く変わり映えしない姿――正確には1センチほど大きくなってはいる――に、ルーファも悩んでいるのだ。
(まさかこれ以上大きくなれないとか…………)
恐ろしい想像にルーファは慌ててその思考を追い出した。
「オレの本当の姿を見ても、今まで通り接して欲しいんだぞ……」
不安そうなルーファの姿は今にも消えてしまいそうな程儚く、ガッシュの庇護欲をを掻き立てる。ガッシュは反射的に抱きしめそうになる身体を抑え、優しく髪を梳くだけに留めた。完全にルーファ詐欺に引っかかっている模様だ。
「当たり前だ。ルーファはルーファだろう?」
その言葉に安心したのか、ルーファはガッシュに微笑みその身を子狐へと変えると同時に、着ていた服をサッと〈亜空間〉へ仕舞う。最近覚えた業である。
ガッシュは目の前に浮かぶ子狐を見つめる。白銀色に輝くふわふわの毛並みに、藤色のクリクリとした大きな瞳。2頭身の赤ちゃん体型に短い手足。
ガッシュは小動物をこよなく愛している。
その愛くるしい姿にどれだけ心を癒されたことか。だが……彼が一歩でも小動物に近づけば脱兎のごとく逃げ、一度たりとも触らせてもらったことはない。
更に言えば、馬などの大型の動物にさえも逃げられ、唯一快く触らせてくれるのは竜族ぐらいである。ツルツルの鱗も確かに気持ち良いが……ガッシュが求めてやまないのはもふもふである。断じて鱗ではない。
そんなモフラー――もふもふの毛を愛してやまない人の総称――であるガッシュは、歓喜に震える手でルーファを抱き上げた。そっと指を近づければハシっと前足で掴まれ甘噛みされ、その毛並みを愛でれば気持ち良さそうに目を細める。
その愛くるしさはガッシュの心を一撃で撃ち抜いた。
ガッシュは一通り愛で終わると、そのままルーファを懐に入れ席を立った。
「あー、少し急用を思い出したのでこれで失礼する」
「待てガッシュ!何処へ行くつもりだ!」
すかさずガッシュのコートの裾を掴み、ガウディが吠える。
「お前に分かるか!?小動物どころか魔物にすら逃げられるオレの気持ちが!!」
ガウディの手を払いのけ、ルーファをお持ち帰りする気満々のガッシュは悲痛に叫ぶ。何故かゼクロスが滂沱の涙を流し頻りに頷いている。その目には同士に対する理解の色が浮かんでいた。
『……そろそろ始めたいんじゃが、いいかの?』
ラビの声が虚しく200階層に消えていく。
全員が――主にガッシュとガウディだが――落ち着いたところで、ルーファがテーブルの真ん中へと進み出た。
『オレは皆に報告があるんだぞ』
全員の目がルーファの額に輝く紅玉へと注がれる。ラビにも同じような紅玉があることから、彼らはその正体について凡そ見当がついている。彼らの予想が正しければルーファは……
ぽろろ~ん
『じゃ・じゃーん!どう?どう?尻尾が2本に増えたんだぞ!オレもこれで一人前なんだぞ!』
ルーファはお尻を振って尻尾を見せつける。ラビは『え?そっちなの?』と愕然とした顔でルーファを見つめている。
「可愛いです~!ふわふわ2倍です~!」
全員が無言でルーファの尻尾を見つめる中、ミーナだけが無邪気に喜び尻尾に頬刷りをしている。
「尻尾も凄いんだが……その額の紅玉はいったいどうしたんだ?」
幾ばくかの呆れを含んだ声でバーンは尋ねる。聞いておかなければ、何かやらかすのではないかと不安で仕方がないのだ。
『え?これ?迷宮核だけど?実はこの迷宮の主になっちゃったんだぞ』
何でもない事の様にルーファはサラっと流すが、それで納まらないのが他のメンバーである。カサンドラ大迷宮の主はラビだと聞いていたのだから。全員の目が説明を求めてラビへと向いた。
ラビの説明は以下の通りだ。
元迷宮の主であったラビは寿命を迎え、迷宮をルーファへ譲渡した。死んだと思ったラビは、ルーファの力で新たな身体を得て眷属として転生し、再び迷宮の主になったというのだ。ただし、真なる迷宮の主はルーファであり、ルーファの意思が最優先されるとのこと。
『ルーファがおれば魔物暴走は2度と起こらぬじゃろう』
そう締めくくったラビの言葉に全員の目がルーファへと向けられる……ガッシュの膝の上でご機嫌でお菓子を頬張る子狐へと。ガッシュの服はお菓子のカス塗れである。
変わらぬルーファの姿に気が抜けた彼らは、各々お茶菓子に手を伸ばしたのだった。
和やかな空気の中、ガッシュは菓子に手を付けることなく目を閉じていた。やがて彼は重い口を開く。
「今回の魔物暴走だが……少し気になることがある」
そう切り出したガッシュの目はいつになく鋭い。
「本来ならオレは8日前にここへ着いていた」
ガッシュは語る。
救援に向かおうとした矢先に出現した3体の未知なる魔物。転移陣の不通。更にガッシュがメイゼンターグに到着した際、見計らったかのように汚染獣発見の報せが届いたのだ。彼は汚染獣討伐後にカサンドラへと向かった。
合計8日をロスした形だ。まるで何かに妨害されているかのように。
ここでは語らなかったが、これに加えアカシックレコードが全く使えなかったこともガッシュは疑問に思っている。リーンハルト国内のことは閲覧できたが、魔物暴走について調べようとすればノイズが入り、状況が何1つ確認できなかったのだ。
最近、瘴気が急増していることも気にかかる。ラビによれば〈大災厄〉直後と変わらぬ濃度にまで上がっているという。果たしてこれは偶然なのか……
『…………り』
小さな声が聞こえ、ガッシュが目を向けたその先には、茫洋と焦点の合わぬ目で虚空を見つめるルーファの姿があった。
「……っどうした!?」
明らかにまともではないその様子に、ガッシュの声は焦りを帯びる。
『終わりの始まり。世界が終焉へ向けて動き出す』
ポツリと呟かれた言葉は不思議と全員の耳へ届いた。
ガッシュはルーファが呼吸をしていることを確認し、ほっと安堵の息を吐く。あれからルーファが突然倒れ動かなくなったのだ。
「ガッシュ陛下。ルーファには不思議な力があります。以前、風竜を見破ったのも私ではなくルーファなのです。あの時も未来を見通しているかのようでした。そして……今と同じ様に意識を失ったのです」
ゼクロスは収納の腕輪から下賜された短剣を取り出し、ガッシュへと返す。この短剣は本来ルーファが貰うべき物なのだから。
ガッシュはこれを受け取り、バーンへと差し出した。
「これはオレから“赤き翼”へ。何かあれば力になろう」
差し出された短剣を見てバーンは困った様に笑う。彼は特A級犯罪者、受け取ればガッシュに迷惑がかかるだろう。断ろうと口を開くバーンに先んじて、ガッシュが短剣を押し付ける。
「知っている。いいから持っておけ」
僅かに息を飲み、バーンはガッシュを見つめる。その真意を読み取るかの如く。
「オレは別に正義の味方じゃない」
ガッシュは苦く笑う。正義の味方では何もできない。何も変えられない。それに気付いたのはいったいいつだっただろうか。
ガッシュは勝つためには何でもやった。例えそれが人道にもとる行為だとしても。それでも成し遂げたい……否、成し遂げねばならぬ大義と覚悟があった。
彼が殺してきた人の数は、バーンとアイザックを合わせてさえ足元にも及ばないだろう。
初めて見せる暗い陰りのある目に……その奥に宿る深い怒りと憎しみを感じ、バーンは短剣を収納の腕輪に仕舞う。
「有難く頂戴します」
頭を下げるバーンにガッシュは1つ頷くと、視線をルーファに戻す。
『ルーファには未来視の力があるぞぃ。制御は出来ぬようじゃがのぅ』
ルーファと繋がったことで、垣間見た力の一端をラビは語る。本来ならば他人に話すことではないが、このメンバーならば問題ないだろう。
ラビの中に言い様の無い焦燥がある。数年前から徐々に大きくなってきたこの警鐘が何を意味しているのか……その輪郭が朧げに見えてきた。
――勇者召喚
終わりの始まりと聞いて、この言葉を思い浮かべない者はいないだろう。
――それは〈大災厄〉の原点
それは世界が終わる物語の幕開け――




