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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
迷宮暴走
70/106

絶望を告げる使者①

 ソレは荒野からカサンドラへとやって来た。誰にも気付かれることなく密やかに。


 ソレは破壊の使者にして死を撒き散らす獣

 ソレは飢餓の権化にして絶望を喰い散らす獣



 ――汚染獣


 普段は人と同様に2足歩行する汚染獣は、現在四つ足の獣のように疾駆していた。姿勢を低くし地面を舐めるように進むその姿は、赤黒い身体と相まって見事荒野に溶け込み、遠目からの発見は困難だろう。


 更に魔物暴走(スタンピード)がそれに拍車をかける。

 外壁を守る兵たちの意識は荒野ではなく、迷宮へと向いていたのだから。この瞬間にも同僚が、友が、家族が、命を賭して戦っている現状を思えば致し方ないことなのかもしれない。


 だが……遅すぎた。気付くのが余りにも遅すぎたのだ。

 



 兵は走る。(ガウディ)のもとへと。


 彼の中に希望はない。汚染獣(ぜつぼう)がすぐそこまで迫っているのだから。それでも報せねばならないという義務感が彼の身体を動かし、ひたすら魔獣を走らせた。


 そんな彼の頭上にふっと影が差す。顔を上げた彼が見たのは……迫りくる赤黒い壁。




 街の中に降り立った汚染獣はたった今踏み潰した命を気に留めることなく喰らっていく。人も、大地も、魔力も……ありとあらゆるものを。


 汚染獣が目指すその先には……迷宮がぽっかりと口を開いていた。


 





 ――迷宮1階層


 乱戦。それが今の状況を最も正しく言い表した言葉だろう。


 剣戟と怒号と悲鳴と。

 血と臓物と肉片と。

 憎しみと恐怖と絶望と。

 

 片や本能の命じるままに。片や生き残りをかけて。彼らは只ひたすら殺し合う。

 果たして勝利の女神はどちらに微笑むのか……。


 今はまだ保たれている均衡は、少しの刺激で崩れ去ることだろう。後のない人種に比べ、魔物は絶え間なく上層へと押し寄せているのだから。未だその全貌が窺い知れぬほどに。




「ララ!前へ出すぎだ下がれ!」


 フューズの指示にララは慌ててフューズのもとまで下がる。

 ララとフューズは深層の魔物を相手取り戦っていた。深層の魔物は上位格の魔法を持つ個体が多いため、他の者では(いたずら)に命を散らすことになりかねないからだ。


「魔力の残量に注意しろ。ポーションはあと幾つ残っている?」

「あと1本だよ!」


 叫びながらもララはその拳で休むことなく魔物を屠っていく。ララを補佐するように弾丸が次々と魔物を仕留め、囲まれるのを防いでいる。


 善戦してはいるものの戦況は良いとは言えない。フューズが持っているポーション――神獣の気まぐれ――も残り2本だ。一旦下がって休息を取りたいところだが、状況がそれを許さない。



 キシャアアアアアアアアアア!



 突如、響き渡った咆哮がビリビリと大気を震わす。


 2人の耳にブチブチと何かを潰す音と同時に、ズルズルと地面を這いずる音が聞こえる。他の魔物を蛇体で押し潰しながら、巨大な蛇が姿を現わす。




 ――石眼蛇王(バジリスク)


 有名な魔物だ。滅多に現れない魔物でありながら、その存在を殆どの冒険者が知っている。何故か。それは特殊な魔眼を有しているからに他ならない。その目から放たれる魔力が全てを石へと変えるのだ。


 その目が妖しく輝き、解放された魔眼が無差別に人と魔物を襲った。




「グゥっ!!」


 左腕が石へと変わったフューズを庇うようにララが石眼蛇王(バジリスク)の前へ立つ。

 他の者が一瞬で石像と化す中で、抵抗に成功したフューズは流石は固有魔法士だと言えるだろう。ララに至っては〈全身鎧化〉と〈超回復〉で完全に無効化に成功している。


「私のことはいい!集中しろ!」


 ララは頷くと石眼蛇王(バジリスク)へと突撃する。幸いなことに周りの魔物も全て石化しており、それを邪魔する者はいない。ララは〈全身凶器化〉を用いて攻撃を繰り返すが、それが効いているとは言い難い。石眼蛇王(バジリスク)もまた防御系の権能を持っているのだ。


 だが、本来ならば攻撃系の権能を持つララの攻撃は多少なりともダメージを与えるはずである。それが出来ないのは……彼女の未熟が原因。もし彼女が1人で戦っていたのならば、死神は確実に彼女の下へと舞い降りただろう。



「ララ!離れろ!」


 ララが石眼蛇王(バジリスク)と戦っている間、フューズもただ黙って見ていた訳ではない。


 彼の権能は3つ〈弾丸作成〉〈射出〉〈標的確定(ロック・オン)〉。


 〈弾丸作成〉は用途に分けて様々な弾を作ることが可能だ。小口径弾、散弾、大砲――必要魔力量と作製時間は異なるが、かなり汎用性の高い力だと言える。更に〈標的確定(ロック・オン)〉によって追尾機能を持っているのだ。 


 フューズが作るは固い鱗を突き破る、細長く貫通力を高めた弾丸。任意で爆発し、内包された数多の小さな弾丸を撒き散らす、死の弾丸だ。仮に体内で爆発できれば……内側から石眼蛇王(バジリスク)を蹂躙するであろう。



 ――射出!



 音速で飛来した弾丸は真っ直ぐに石眼蛇王(バジリスク)へと向かう……が、流石は深層の魔物。即座に石の壁が石眼蛇王(バジリスク)を守るように展開される。もしこれがドーム状に展開していたのならば、結果は違っていたことだろう。


 フューズの意を汲んだ弾丸は軌道を変え、側面から石眼蛇王(バジリスク)へと突き刺さり……爆ぜる!


 肉片を撒き散らしながら果てた石眼蛇王(バジリスク)を見つめながら、フューズは神獣の気まぐれを飲む。これで……残り1本。


 皮肉なことに石の壁のお陰で、降り注ぐ肉片を2人が浴びることはなかった。

 









 コンシャスは上位格魔法とは相性が悪いため、全体のカバーに回っていた。


 兵や冒険者に向かう攻撃を〈攻撃集中〉で自分へと捻じ曲ると同時に、〈攻撃反転〉で相手に返す。更に撃ち込まれる魔法を失敬して、魔力の回復さえ行っているのだ。



 正に無双。



 誰も彼を傷つけることはできず、魔力切れの心配もない。


 だが、そんな彼にも弱点がある。上位格の魔法を持つ者に対しては完全に〈攻撃反転〉で防ぐことが出来ないのだ。故に彼の周りには精鋭の騎士が控えている。

 彼らは深層の魔物が出て来た時のための時間稼ぎ要員――いわば肉壁である。バーンかフューズのどちらかが到着するまでコンシャスを守り切るのが彼らの役目だ。

 



 彼らの前に立ちはだかるは双頭の黒い獣――双頭犬(オルトロス)


 人を一飲みで食べれそうな程巨大な口からは、ダラダラと涎が滴っている。その尾はまるで蛇。シュルシュルと身体をうねらせ、毒牙をコンシャスへと向けている。


 救援を呼ぶための合図を出そうとした騎士の首が飛ぶ。


 双頭犬(オルトロス)(まと)うは風の力。攻防一体の風の鎧が騎士を切り裂いたのだ。そして……その速度は亜音速にも達する。


 双頭犬(オルトロス)が地面を蹴る度に、騎士の首が落ちる。誰もその姿を捉えることは不可能。それ程の速さなのだ。



「全員どけぇ!邪魔なんだよぉ!!」


 コンシャスが騎士を押しのけ前へ出る。

 コンシャスと双頭犬(オルトロス)の我慢比べが始まった。お互いの権能が相手を削る、削る、削る、削る……。


 最初に膝をついたのはコンシャス。タフな魔物とは体力が違ったのだ。

 だが彼は諦めない。諦めることを知らない。それが“無敗”のコンシャス。

 

 彼は打開策を考える。流石にこのままでは不味い。本能のままに生きる彼は、本能の命じるままそれに従う。


「おい!オレを攻撃しろぉ!」


 躊躇(ためら)う騎士を蹴り飛ばし、再び怒鳴りつける。


「早くしろ!死にてぇのかよぉ!」


 コンシャスの表情は未だ戦意がみなぎっている。それを見た騎士たちはコンシャスの勝利を信じその刃をコンシャスへと向けた。

 次々と騎士に切られるコンシャスはその攻撃を反転する……双頭犬(オルトロス)へと向かって。



 〈攻撃反転〉とは実際は攻撃を反転しているのではなく、コンシャスが受けた傷を反転しているのだ。双頭犬(オルトロス)から受けた傷は全て致死の一撃。それを反転しているにもかかわらず、何故双頭犬(オルトロス)は死なないのか……それは上位格の魔法を持っているからに他ならない。コンシャスの魔法に抵抗している結果だ。


 では、騎士の攻撃はどうだろうか。人であるコンシャスにとって、それもまた致死の一撃となる。更に下位格の魔法しか使えない騎士の攻撃でコンシャスが傷つくことはない。

 


 一方的な攻撃。



 次々と刻まれていく傷に双頭犬(オルトロス)は騎士を先に片付けようと動くが、度重なる傷とコンシャスがそれを許さない。彼は常に騎士と双頭犬(オルトロス)との間にその身を置き、双方からの攻撃を受け続けている。


 死に物狂いで、左右からコンシャスに喰らいつく双頭犬(オルトロス)の身体から血飛沫が吹き上がる。これが最期の一撃となった。


 自身もまた深い傷を負ったコンシャスは、支給されたポーションを飲み干し再び立ち上がる。


 コンシャスが最も優れている点、それは不屈の精神力。迫りくる牙を、鋼の如き爪を――彼は一度たりとも避けようとはしなかったのだから。











 乱戦の中、最も安定した戦いを繰り広げているのはバーンとアイザックだ。


「バーン!その魔物を通すな!」


 アイザックの言葉にバーンは即座に反応する。その視線の先には、赤い硬質な鱗に覆われたネコ科の魔物――紅炎鱗虎(プロミネンス・ティガ)――が冒険者へと狙いを定めていた。深層の魔物だ。

 一体どれほどの熱を放っているのか、紅炎鱗虎(プロミネンス・ティガ)の周囲は大気が歪み、地面は溶岩のようにグツグツと煮え滾っている。


 バーンは恐れることなくその進路上に割り込み迎え撃つ。

 紅炎鱗虎(プロミネンス・ティガ)が発する灼熱も〈金剛体〉を持つバーンには何の痛痒も齎さない。一筋の髪の毛すらも燃え散らすことなく対峙するバーンに、紅炎鱗虎(プロミネンス・ティガ)は苛立たし気に炎を(まと)った爪を振り下ろす。


 クロスさせた剣でその炎爪を受け止めたバーンは、裂帛の気迫と共にそれを振りぬいた。甲高い音と共に鱗が舞い散る中、流れるような動きでバーンは紅炎鱗虎(プロミネンス・ティガ)を蹴り上げる。その姿は神舞のように美しく、剣舞のように鋭い。


 

 ……僅か一瞬の停滞

 


 その一瞬が命取りとなった。

 宙に浮き、動きを止めた紅炎鱗虎(プロミネンス・ティガ)に死の刃が振り下ろされる。


 アイザックは勝利の喜びも何も感じさせない冷淡な目で、自分が今し方仕留めた獲物が完全に死んでいることを確認すると、次なる獲物を見定める。


 防御系の権能を持つバーンが動きを止め、攻撃系の権能を持つアイザックが狩る。

 それが彼らの効率的な狩りの仕方。その完成度は極めて高い。






 魔物暴走(スタンピード)が始まって以降、最も活躍したのは誰か。そう問えば誰もがこう答えるであろう。“アイザック”と。彼の繰り出す数多の分身が、今までの戦いを支えてきたと言っても過言ではない。現に戦いの均衡が崩れたのは、決まって彼のいない時であったのだから。


 アイザックが使っている分身は現在2体のみ。その理由は2つある。深層の魔物相手に分身では決定打が与えられない事。そして……魔力温存のため。



 この世界での魔力を回復する主な手段といえば自然回復である。


 ただし魔力回復は、魔力操作を極めた者ほど速い。更に言えば、魔力消費量も同様に魔力操作が巧みなほど少ないのだ。当然のことながらバーンとアイザックの回復量は常人に比べて遥かに速い。だがそれでも限界がある。



 バーンとアイザックは同時に収納の腕輪から“神獣の気まぐれ”を取り出し、一息にあおる。彼らは細かい傷はあるものの、深手を負っているという訳ではない。それは魔力回復のための行為だ。本来であれば重傷を負った時に使うべきものではあるが……彼らに選択の余地はない。


 彼ら固有魔法士が戦列を支えている現状、休息とは即ち死を意味するのだから。


 食事も水すらも満足に取れない現状で、果たしていつまで戦い続けられるのか。ただ……1つだけ言えることがある。それは彼らが未だに勝利を諦めてはいないということ。

   

 

 そして戦いは最終局面へと突入する。





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