表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/106

死の行進

 上層へと続く階段の出入口を守るように軍が展開している。


 ここは迷宮30階層。

 既に戦いが始まって2日以上が経過していた。地面に転がる屍骸は人種より魔物の方が圧倒的に多い。善戦していると言ってもいいだろう。その屍骸も遠からず迷宮へと吸収される……まるで最初から無かったかのように。



「左翼が崩された!合図を出せ!」


 将軍ジェラートの言葉に即座に合図が打ち上げられ、カバーすべく予備戦力が動く。

 ここにきて魔物の強さが上がっていることに彼は危機感を覚える。先頭を走っていた上層の魔物は既に駆逐され、現在戦っているのは中層の魔物であったのだが……中層ゾーンも終わりに近いのだろう。


 所々に下層の魔物が見える。彼等にとって強力極まりない下層の魔物も、カサンドラ大迷宮にとっては中盤に過ぎない。本番は深層――101階層――からなのだから。




「伝令です!20階層の罠が完成しました!」


 一瞬の遅滞なくジェラートは決意する。


「撤退だ!!」 


 折しもそれは予備選力が吹き飛ばされた瞬間だった。

 〈土柱〉が魔物の進行を阻む壁のように次々と展開し、徐々に隙間を埋めていく。幾重にも幾重にも。


「待て!待ってくれ!!」


 逃げ遅れた冒険者の目の前で、無情にも最後の隙間が埋められる。

 これが“戦い”なのだ。



 壁の内側に入り込んだ魔物を駆逐しつつ、空からやって来る魔物に魔法が撃ち込まれる。


「魔物を放て!!」


 ジェラートの命令で使役された空を翔ける魔物が放たれ、土壁の向こうに油と火を放つ。そうしている間にも土壁はどんどん厚みを増し、今では山のように魔物の眼前に立ちはだかっている。

 戦士たちは巣穴に帰る動物の如く上層へ続く階段を上る。先頭は次々に転移陣で1階層に移動していることだろう。


 殿を務めるのは土魔法を得意とする魔法士たち。彼らが階段を埋めていくのだ。


 全員無事とは言い難いが、大した損耗もなく撤退できたことにジェラートは安堵の息を吐いた。撤退戦は最も難しい戦いの1つなのだから。

 だが休んではいられない。彼は次なる戦いの場へと向かう。








  ――10階層突破


 この報せが(もたら)されたのは、それから6日後のことである。ここまでよく持ったと言うべきか、それとも6日しか持たなかったと言うべきか。



 10階層を撤退していく軍の後方で指揮を執っていたガウディは、疲労の余り足を引き摺って歩く戦士たちに目を向ける。その表情は一様に暗い。もう後がない、誰もがそれを理解しているのだ。


 だが状況は最悪ではない、とガウディは思う。

 死者の数は当初計算したものより遥かに少ないのだから。ただ問題なのが治癒石の数だ。この戦いでかなりの量を消費してしまったのだ。深層の魔物が出てきたことが原因である。コンシャスの固有魔法でどうにか乗り切り、現在撤退の真っ最中という訳だ。


 そんな中、最も異変に早く気付いたのがフューズ。


 ()()()()()()()()のだ。

 不審に思い警戒しながら辺りを見回すフューズの様子に、察知されたのを気付いたのか、それとも偶然か……地中に潜んでいた魔物が牙を剥く。



 響き渡る悲鳴。

 姿の見えぬ魔物。


 心身ともに疲弊した彼らの恐怖は如何ばかりか。



「逃げろぉぉぉぉ!!」


 誰かの叫び声が集団に指向性を持たす。一気に走り出した兵たちにガウディは舌打ちする。流石にベテラン揃いの彼の周りの騎士達はパニックになることは無かったのだが……。


 警戒するガウディ達を嘲笑うかの如く、魔物は彼らを無視し逃げ惑う兵たちを襲っていく。呆然と座り込んでいる兵には見向きもせずに。

 

「全員音を立てるな!」


 フューズの命令に即座に従ったのは戦闘経験が豊富な戦士達。年若い兵は聞こえなかったのか、はたまた正常な判断ができないのか……追いかけてくる魔物から必死に逃げ回っている。

 1人の冒険者が味方が密集しているにもかかわらず魔法を発動させる。魔法陣が浮かび上がったその瞬間、彼はこの世に別れを告げた。

 



 垣間見えたその魔物は巨大な魚。


 サメのように鋭い牙を持ち、地面と同色の色をしたその魔魚は、まるで水中を泳ぐかのように地の中を進む。その背びれは人の背丈ほどもあるだろうか。魔魚が跳ね上がる度に血飛沫が舞い、どさりという音と共に人体の一部が地面へ転がる。


 だが不思議なことにガウディ達には反応しない。そう、魔魚は音と魔力に反応しているのだ。


 ガウディは即座にハンドサインに切り替える。とは言っても彼の取れる行動は限られているのだが。



 ――――(おとり)


 少数の囮を転移陣と逆方向に走らせ、残り全員で一気に走り抜ける……それがガウディが導き出した答え。転移陣まであと少しのところまで来ている。ただ問題は転移が発動するまでの時間を稼げるかどうかだろう。


 更に言えば、フューズとコンシャスだけは何としてでも逃がさねばならない。深層の魔物に対抗できるのは固有魔法士だけなのだから。今ここで失う訳にはいかないのだ。


 ガウディが一人の男に目を止める。近衛騎士の中でも優秀な男だ。男が直接鍛え上げた部下も精鋭揃いだと言ってよい。ガウディが男に頷くと、男と部下は静かに敬礼を返した。


 彼らが死地へ飛び込もうとした正にその瞬間……



「こっちだ化け物!!!」


 1人の戦士が猛然と走り出した。

 転移陣と逆方向に走り出したコンシャスは魔魚が付いてきていることを確認し、後ろに向けて怒鳴る。


「先に行けェェェェェェェェ!!!」


 これにはガウディも仰天する。彼だけは逃がさなければ、と思っていた相手なのだから。逡巡するガウディの腕を掴みフューズが全速力で走り出す。




 コンシャスの自己犠牲の精神に、戦士達は感動で胸を震わせつつ必死に足を動かす。彼の行動を無駄にしてはいけない、と。


 コンシャスといえば……自分のカッコイイ行動に内心ガッツポーズを作っていた。

 彼は確かに命を懸けているが、勝算がない訳ではない……というか、勝つ気満々である。



 彼の魔法は攻防魔法。その権能は3つ。


 〈攻撃集中〉――相手の攻撃を自分に集中させる

 〈攻撃反転〉――受けた攻撃を相手にそのまま返す

 〈魔法吸収〉――放たれた魔法を吸収し、自分の魔力へと還元する



 要は攻撃を受ければ受ける程、それが力となるのだ。正に攻防一体の魔法だと言える。ただし攻撃されなければ全く意味のない魔法である。




 ただ……ここでコンシャスに誤算が生じる。


 魔魚もまた上位格魔法――種族固有魔法――を持っていたのだ。コンシャスは完全に相手の攻撃を無効化しきれず、少しずつ傷を負っていく。それでも刻まれた傷は、〈攻撃反転〉で魔魚に返したものに比べれば微々たるものである……魔魚が再生能力を持っていなければ。更に魔魚は1匹ではなく複数匹いたのだ。


「ぐっぞ~」


 コンシャスは剣と魔法で応戦するが、上手くいっているとは言い難い。魔魚のスピードが速いうえに、はっきり言って修練不足だ。

 だが修練不足なのは何もコンシャスに限ったことではない。元から破格の力を持っている固有魔法士はこの傾向が強いのだ。同格の力を持つ者と戦闘する機会が少ないことも原因の1つである。


 それでもコンシャスは立派であると言えるだろう。諦めることも、逃げることもなく戦い続けているのだから。


 転移陣が3度輝き、全員が撤退したのを確認したコンシャスは、覚束ない足取りで走り出す。尾びれで壁に叩き付けられ、鋭い牙に喰いつかれながらも彼は走り続ける。




 もし彼が途中で諦めていたら、間に合わなかったであろう。

 彼の根性が救いの糸を引き寄せる。


 今まさに、コンシャスに食らい付かんとしていた魔魚の頭が……割れる。


「見直したぜ!」


 声と同時にコンシャスの身体がふわりと浮き、信じられぬ速さで運ばれる。

 コンシャスを抱えたバーンに襲い掛かる魔魚をアイザックが次々と狩っていく……まるで作業のように。いや、事実それは作業なのだ。

 魔魚にとってアイザックは天敵と言える。彼の持つ〈気配完殺〉は魔魚では補足できぬのだから。


 (バーン)に襲い掛かった魔魚は、転移陣に着くころには全て息絶えていた。




 固有魔法は修練の他に相性が物を言うのだ。防御系を持たず、気配を殺して戦うアイザックは探知系と広範囲攻撃系とは相性が悪い。逆にバーンは突出した権能はないが、弱みもない万能型だと言えるだろう。ただし、相手を補足できなければ攻撃は当たらないので、ある意味バーンが苦手としているのはアイザックである。


 お互いの弱点を補い合えるバーンとアイザックの固有魔法の相性はすこぶる良いといえる。敵として対峙する相手には悪夢でしかないが。


 こうしてコンシャスは無事救出された。


 だが……これで終わりではない。これからが本番なのだから。


 一階層に魔物が姿を現すのはこれから2日後のことである。



 カサンドラの命運をかけた最後の戦いが――始まる。




 

 ◇◇◇◇◇◇





 ――ドクンっ……ドクン


 鳴動を繰り返す迷宮核の中で、融合は進んでいく。


 ルーファの額に赤い迷宮核が育成され、種族固有魔法:箱庭ノ神が宿る。それと同時に迷宮ルールがルーファを縛ろうとその手を伸ばす。


 強力な上位格の魔法には時として制限が存在し、このルールもその1つ。迷宮内での絶大なる権能と引き換えに、保持者を縛る鎖となるのだ。



 額の紅玉から放たれた鎖が幾重にもルーファの魂へと絡みつき、ずぶずぶと内部へ沈んでいく。これはルーファを縛る鎖であると同時に、魂と迷宮核を繋ぐ回線でもある。

 本来であれば、このまま“迷宮”という種族へ進化するはずのルーファだったが……此処に来て異変が起こる。


 ルーファの魂から溢れ出した光が逆侵攻を開始し、瞬く間に迷宮核を染め上げたのだ。弾け飛んだ鎖は吸い込まれるようにルーファの魂に吸収され、迷宮核に炎が宿る。白銀色に輝くその炎は、紅玉の中で幻想的に揺らめいている。まるで星を閉じ込めたかのように、只々美しいそれは、この世のどんな宝石すらも霞んで見える程だ。


 ある意味この結果は当然のこと。超越種(ルーファ)と迷宮では存在の“格”が違うのだから。




 そして……世界の(ことわり)が捻じ曲げられる。

 

 ルーファは壊す、全てを壊す


 既存の概念を

 定められし秩序を



 ルーファは創る、全てを変える


 新たな(ルール)

 無二なる力を 

 

 


 取り込まれた迷宮の力はルーファの力へと昇華される。

 

 ――“箱庭ノ神”が“迷宮ノ神”へと変貌を遂げる。



 迷宮ノ神の権能は8つ。


 〈迷宮創造〉〈迷宮支配〉〈迷宮移動〉〈万物創造・限定〉〈自由自在・限定〉〈消化還元〉〈瘴気吸収〉〈瘴気変換〉


 〈迷宮作製〉は〈迷宮創造〉へと変わり、新たな迷宮を生み出す権能へと進化した。更にこれに〈迷宮支配〉と〈迷宮移動〉が加わり、1つの迷宮を支配する魔法は、全ての迷宮を支配するものへと生まれ変わったのだ。


 特筆すべきは、〈万物創造・限定〉。一体どのような確率なのか。既に創造ノ神の権能として〈万物創造〉を持っていたルーファは()()()のそれを手に入れたのだ。2つを同時に使えるのは迷宮内限定ではあるが。


 今や忠実なる僕となった迷宮は、ルーファの願いを叶えようと動き出す。ルーファが無意識に発動した魔法を〈自由自在・限定〉を使い全力でサポートする。


 挑戦……失敗。挑戦……失敗。挑戦……失敗。挑戦、挑戦、挑戦、挑戦…………




 そして幾多もの失敗を繰り返し、遂に……ソレは完成する。

 レイナを転生させた経験がソレを可能にした。


 この瞬間、芽生えたはずの迷宮の意思は消え失せる。いや、融合したのだ。


 新たな種――迷宮竜として。

 

 

 彼は竜にして竜に非ず

 彼は迷宮にして迷宮に非ず 


 ルーファの眷属(かぞく)にして迷宮の支配者

 ルーファの補佐官にして迷宮の管理者


 彼こそ地竜の魂を継ぐ者なり

   



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ