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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
迷宮暴走
66/106

戦士達の狂詩曲

「オラアアアアアア!!」


 気合と共に最後の魔物を切り捨てたドゥランは、荒い呼吸を繰り返し膝をつく。

 一体どれほどの時間戦っていたのだろうか。日の光のない洞窟では、それすらも分からない。


 そこには“地を駆る狩人”、“野獣連盟”、“森の友人”、“もふもふ尻尾”、“筋肉躍動”の総勢24名からなる合同パーティが疲労困憊な身体に鞭打って、お互いの無事を確認し合っていた。



 そんな中、悲痛な声が洞窟に響く。


「リーダー!!しっかりしろ!」


 そこには“野獣連盟”のリーダーであるザラスが血まみれで倒れていた。青白く落ちくぼんだ目に、広がる血だまり。彼の片足は食いちぎられ、大量に出血しているせいで身体は酷く震えている。致命傷だ。こうなれば治癒石すらも効果がない。


「…………ゴボっ……行け……じかん、が」


 焦点の合わぬ目で、紡がれた言葉にメンバーは涙を拭い立ち上がる。


「待て!これを使え!」


 ドゥランは迷うことなく収納の腕輪から一本の小さな小瓶を取り出した。その中には一口飲めば無くなるほど少量の液体が揺れている。


「まさか!迷宮ポーション!?」


 深層ですら滅多に発見されることのないポーションに驚いたメンバーだったが、直ぐに正気に返り震える手でザラスに飲ませる。

 白銀色の光がザラスを包み込んだかと思えば、見る間に傷が癒える……失われた足さえも。


 光が治まると同時に目を開けたザラスは不思議そうな顔で自分の身体をペタペタと触る。そのまま立ち上がり剣を振るう。

 振られた剣が空気を裂く音は鋭く、傷どころか疲労すら感じさせない。先程まで死にかけていたのが何かの冗談のようである。


「こいつはすげぇな。魔力まで戻ってやがる」

「「「リーダー!!」」」


 涙を流しながら喜び合う男たちに、冷静な声が注意を促す。


「喜ぶのは後よ。急ぎましょう」


 全員が森人族(エルフ)の血を引く“森の友人”のリーダーは珍しいことに女性である。名をアイネリカという。冷たい声音とは裏腹に、嬉し気にピコピコと動く耳が、彼女の内心を如実に表していた。





 全員が即座に移動を開始する中、ザラスがドゥランに近づく。


「ドゥランこの恩は必ず返す。ありがとうよ」


 冒険者にとって迷宮ポーションとは正に最後の命綱。治癒石では癒せない傷も癒すことができるのだから。更に言えば、高位冒険者であろうとおいそれと手に入れることが出来ない程、超希少品である。ドゥランは自分が助かる機会を1回失ってまでもザラスの命を助けたということだ。


「いいってことよ!後でうまい酒でも奢ってくれよ」


 悪童の様に屈託なく笑い、気にするなと背を叩き去って行くドゥランに「大した奴だ」と口の中で小さく呟くと、ザラスもその後を追った。


 ドゥランは余り気にしなければいいが、とザラスをチラリと振り返る。彼が使ったのは当然のことながら迷宮ポーションではなく、ルーファを煮詰めて作った“神獣の気まぐれ”である。


 助けてもらったお礼にとルーファが全員に配って回った物だ。ドゥランだけでなく、ゼノガ達のパーティも含め全員が1つずつ持っている。ただし、少量であるため魔力量の増大は起こらない、常識の範囲内に収まるポーションだ。


 タダでもらったこともあり、ドゥランは大した事ないと思っているが実際は違う。この生きるか死ぬかの極限の状態で、ポーションは何よりも重要な物だ。事実、他の者は出すのをためらったのだから。


 だがそれも当然のこと。彼らは自分だけでなく仲間の命も天秤にかけたのだ。長年苦楽を共にしてきた仲間と一時の仲間であるザラス。もしもの時を考えた時、その天秤がどちらへ傾くのか……その結果は明らかであろう。


 どちらが正しいのか……その答えは誰にも分からない。





 彼らは走る。出口(きぼう)へ向かって。


 だが、度重なる戦闘が彼らの足を鈍らせ、遂に彼らの背後に数多の魔物が姿を見せる。

 絶望が迫る中、彼らの目が出口を捉える。


 最後尾を走っていた“地を駆る狩人”のリーダー・ハントは魔物との位置を測り、声を張り上げる。


「このまま全速力で進め!ギリギリ間に合うぞ!先に着いた奴は直ぐに転移陣を起動させるんだ!待つ時間は無いぞ、遅れるな!!」


 言葉と同時に彼は反転する。否、ハントだけではない。彼の愛すべきメンバー()()が一斉に仲間に背を向けて走り出した。密やかに、音を殺して。


 ハントは苦笑する。

 示し合わせたでもなく、彼に最期まで付き合ってくれた仲間に。

 そして一度だけ振り返り……自分たちに気付くことなく走り続ける最後のメンバーを見つめる。


 “地を駆る狩人”の元メンバーにして親友の忘れ形見である兎人族の少女――ララ――を。少女と言っても、父親に似て2メートル近くある大女だが、それでも彼にとっては可愛い娘の様な存在だ。彼女は死ぬには余りにも早すぎる。まだ17歳なのだ。


 ハントはドゥランを思い浮かべる。あの男にならララを任せられる。幸いと言っては何だが、“筋肉躍動”は1名欠員がでている。面倒見の良いドゥランならばララを一人前に育て上げてくれるだろう。




「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」」



 全員が全ての魔力を注ぎ込むと言わんばかりに魔法を乱れ打つ。最早、後のことなど考える必要などない。やがて魔力が底をつきかけた彼らは、接近してくる魔物を一匹でも多く屠らんと剣を抜く。

 津波の如く押し寄せる魔物の群れに呑み込まれながらも、ハントの顔は満足気に笑っていた。


「……ララを頼むぜ。ドゥラン」

 







「いやああああああ!!ハント!皆!なんで!なんで!アタイだけ置いて逝くのさ!」


 仲間の下へ向かおうと暴れるララを、ドゥラン達3人は無理矢理担ぎ上げ転移陣へと走る。


「馬鹿が。置いてかれる方の気持ちも考えろってんだ」


 かつて同じ経験をしたドゥランは、やるせない思いで小さく呟く。「仲間を見捨てない」彼の信念の根源はここにある。彼は見捨てられたのでなく、置いて行かれたのだ。それが自分を助けるための行為だと知ってはいるが、納得できるかと言えばまた別だ。この気持ちは置いて行かれた者にしか分からないだろう。


 最期まで共に戦う……それが彼の揺ぎ無き信念である。



「ドゥラン急げ!!」


 ゼノガが焦ったように叫び手を伸ばす。もう転移陣は起動しているのだ。ゼノガの手とドゥランのそれが重なる。


(間に合った!!)


 彼らが安堵したその時を見計らったかのように……衝撃が襲った。






 氷雷鎧猿(テンペスト・エイプ)は邪悪に嗤う。


 魔物は深層に行くほど知恵が回り、狡猾である。彼は人種に逃げられた後、密かに先回りしていたのだ。行き先は分かっている。


 彼は転移部屋に誰もいないことを確認すると天井へと張り付き、獲物がやって来るのを虎視眈々と待つ。そして……転移陣が発動した瞬間を見計らって飛び降りる。


 ――より多くの絶望を与えるために。

 

 




 最初に目を覚ましたのはドゥラン達“筋肉躍動”のメンバーとララ。転移陣から最も離れていたことが幸いした。目を開けた彼らが見たモノは、片足を掴まれ人形の様にプラプラ揺らされている森人族(エルフ)の姿。



 パクリ……ゴリゴリゴリ



 森人族(エルフ)の口からこの世のものとは思えぬ絶叫が上がり、食いちぎられた両腕からはシャワーの様に血が降り注いでいる。


 剣を抜き獣の様に叫びながら氷雷鎧猿(テンペスト・エイプ)に向かうドゥランの横合いから、氷の棘に覆われた尻尾が強襲する。轟音を立てて壁にめり込むドゥランに目を向けることすらなく、氷雷鎧猿(テンペスト・エイプ)は片方の足に噛みつくと……



 ブチィ!!



 縦半分に切れた身体を見て、氷雷鎧猿(テンペスト・エイプ)面白くなさそうにポイっと捨てた。足だけを食い千切り、もっとイイ声で啼かせてやろうと思っていたのに、と。

 だが次の瞬間、その顔がニタァと歪む。彼の目の前には活きがいい極上の獲物が虚しい抵抗を続けているのだから。




「よくも!よくも!よくも!よくもぉ!」


 仲間を無残に失い、アイネリカは無茶苦茶に魔法を放つ。だがその全てが氷の鎧に阻まれ、傷1つ負わせることが出来ないでいた。  

 氷雷鎧猿(テンペスト・エイプ)の手が虫を叩くかのように振り下ろされる……アイネリカの仲間の森人族(エルフ)へと。


「やめて!やめなさい!!」


 絶望が彼女の心を支配する。どんなに魔法を打とうともその腕を止めること叶わず、アイネリカが見つめる中、巨大な手が地面へと叩き付けられた。



 ドゴオオオオオオオン!!!!



 誰もが夢想した。無残に押しつぶされた仲間の姿を。


 その時、氷雷鎧猿(テンペスト・エイプ)の腕が動く。徐々に徐々に上へと。


「ウラアアアア!!!!」


 巨大な腕が跳ねのけられ、下から姿を現したのは森人族(エルフ)を庇うように立つララ。


 元々男の戦士に引けを取らぬほど筋骨隆々とした彼女だが、現在ではそれが一回りも二回りも膨らんでいる。その腕は丸太の如き逞しさを持ち、その足は成人男性の胴体ほどもあるだろうか。もし彼女の服が〈調整〉の施されたものでなければ、はち切れていたことだろう。



 ――筋肉魔法


 それが彼女が持つ固有魔法の名。



「ダッシャアアアアアアア!!」


 ララの貫手が氷の鎧を砕き、弾き飛ばす。体勢を崩した氷雷鎧猿(テンペスト・エイプ)に、その勢いのまま蹴りをお見舞いする。彼女の怒涛の連撃にさすがの氷雷鎧猿(テンペスト・エイプ)も後退を余儀なくされた。


 壁際に追いつめられた氷雷鎧猿(テンペスト・エイプ)の姿を見つめながら、ドゥラン達は気を失っている仲間をせっせと運んでいく。戦闘に加われぬことを悔しく思いながら。


 氷が舞い散り、キラキラと光を反射している。その中に混じる赤に気付いたのは誰が一番先だろうか。

 ララの拳から血が流れ落ちる。だがそれも幻であったかの如く一瞬で消える。傷ついては癒え、傷ついては癒える。


 ――〈超回復〉


 ララの権能が彼女を支える。だが……確実に血を失いつつある彼女の身体は緩やかに“死”へと向かっていた。


 〈全身鎧化〉〈全身凶器化〉――彼女の持つ残り2つの権能は奇しくも氷雷鎧猿(テンペスト・エイプ)の持つ種族固有魔法と同系統の力であった。本来ならば同等と言っても過言ではない力。

 だが今、その差が如実に表れてきている。それは習熟度の差だ。彼女の魔法制御はまだまだ甘い。


 彼女が(まと)うは(まだら)の鎧、強弱入り混じった不完全なもの

 彼女が(かざ)すは歪な凶器(こぶし)、それは自身をも傷つける諸刃の武器

  

 彼女の攻撃は届かない

 彼女ではまだ足りない


 氷の鎧は再生する

 より強く、より禍々しく



 血と魔力を失い膝をついたララを、死の咢が……捉える。



 ガキィィィン!



 ララ目掛けて薙ぎ払われた腕を2メートルはあろうかという巨大な盾が防ぎ、その勢いのまま吹き飛ばされる。


「ま、まさかこの盾を使う日が来ようとはっ!収納の腕輪に取っといてよかったぜ!」

「こっちだデカブツ!」

「オレ達が相手だ!」


 転がりながらも起き上がり、武器を構える戦士たち。


 誰一人戦意を失うことなく氷雷鎧猿(テンペスト・エイプ)を取り囲んでいる。それは驚嘆すべきことだろう。実力の差は歴然としているのだから。 



 諦めに支配されていたララは、目の前に立つ大きな背中を見つめる。ララより弱いはずのその男(ドゥラン)は、それでも彼女を守らんと立ちはだかる。独りではない、そう強く感じさせるその背中。


 彼女は溢れる涙を拭い再び立ち上がる。その顔は絶望に涙する17歳の少女のものではなく、死を覚悟した戦士の顔だ。

 


 “不退転”それが彼らの覚悟成り。

 


 だが世は無常なるかな。決死の覚悟を以てしても、彼らの攻撃(おもい)は届きはしない。

 これが持つ者と持たざる者の差。

 

 地面に虫けらのように這いつくばる彼らに魔の手が差し迫り……轟音と共に()()()()が宙を舞った。




「今のうちに冒険者を避難させろ!急げ!」


 フューズの号令と共に近衛騎士がドゥラン達を支え、()へと連れだす。その間もフューズは砲撃魔法で〈大砲〉を次々に打ち出している。


 そう……彼らがいるのは()()()にある転移部屋。転移陣は正しく発動されていたのだ。


「待って!あたしはまだ戦えるわ!」


 仲間の仇を討つべく立ち上がったアイネリカに冷酷な声が突き刺さる。


「邪魔だ。どけ」


 獰猛に嗤うバーンに、恐れをなしたかのようにアイネリカは黙り込んだ。

 ()()の機嫌は悪い。最悪だと言ってもいい。何せ目の前でルーファが攫われたのだから。


「バーンさん。助けはいりますか~?」


 いらないだろうなと思いつつも一応尋ねるミーナ。


「必要ない。ミーナはコイツの攻撃が外に漏れないように結界を張っておけ」


 言葉と同時に地面を砕く音が聞こえ、バーンの姿が消える。

 今までにない破壊音と共に氷雷鎧猿(テンペスト・エイプ)()と氷をまき散らせながら壁に叩き付けられる。


 バーンの目は即座に元に戻る鎧を捉え、1つ舌打ちする。


 起き上がろうとする氷雷鎧猿(テンペスト・エイプ)に5人のアイザックが〈一撃必殺〉を叩き込み、敵の様子をつぶさに観察する。

 〈分身〉の攻撃が効かぬことを確認したアイザックは攪乱(かくらん)のための2体を残して〈分身〉を消す。


「オレが削る。お前が殺れ」

 


 ――散る散る散る散る、氷が散る


 まるで砕け散るガラスの如く

 まるで春先に凍った氷の如く


 彼の力は〈一撃必殺〉


 彼が殺すは氷の鎧

 彼が殺すは鎧の力


  

 剥がれ落ち、再生能力を失った氷の鎧に氷雷鎧猿(テンペスト・エイプ)は初めて悲鳴を上げた。

 バーンはその様子を静かに見つめる。彼の魔力は今や暴風となって身の内を荒れ狂っている。彼はその力を限界まで圧縮する。


 そして……ギリギリまで高められた濃密な魔力が魔法となって華開く。


「バーン!!」


 アイザックの合図に間髪入れずバーンが疾る。否、飛んだといった方が正しいか。彼が地面を穿った数はたった1度に過ぎぬのだから。


 一瞬で目前まで移動したバーンに、僅かなりとも反応できたのは流石高位の魔物と言ったところか。

 途中まで持ち上げられた腕が宙を舞い、時を置かずしてその首が……ズレる。


 轟音と共に崩れ落ちる氷雷鎧猿(テンペスト・エイプ)を振り返ることなく、彼らは役目を終えたとばかりに出口へと消えて行った。





 そんなバーンとアイザックの戦いを固唾を飲んで見守っていたドゥランは、姿が見えなくなったと同時に詰めていた息を吐く。


「流石は赤鬼……グガっ!」


 素早く繰り出されたゼノガの平手がドゥランの顔を強襲した。その顔は「お前はバカか」と語っている。

 自分の失態に気付いたドゥランも慌てて両手で口を押え、忙しなく周りを見回す。怪しいことこの上ない。

 誰も自分達に注目していないことを確認した彼らは、安堵の息を吐き後ろへと寝転がると同時に、どちらからともなく笑いだす。


「強すぎだろ!」

「あれは人間じゃねぇ!」


 敵に回すと恐ろしい存在だが、味方であればこれ程頼もしい者はいない。暗雲立ち込める中、彼らは2人の存在に一筋の光明を見た。



 


 ――これが魔物暴走(スタンピード)開始の序曲。 

 


 

 

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