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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
邪悪なる教団
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女子(?)トーク

 そわそわと落ち着かない様子の子狐が室内をウロウロと飛び回っている。偶に向けられる視線の先には水晶(クリスタル)で出来た鳥の時計が時を刻む。



 ピンポーン♪



 ダッシュで室内を飛び出したルーファは一目散に玄関へと向かう。

 執事が扉を開け、姿を見せた客人にルーファは弾丸の如く突っ込む。


『レイナちゃ~ん!』


 (アイゼン)から聞いてはいたが、ルーファの子狐形態を初めて見た驚きで反応が遅れたレイナの鳩尾へ頭突きが決まった。


「グフゥッ!」


 崩れ落ちたレイナをアイゼンが慌てて支える。


『どうしたのレイナちゃん!具合が悪いの?』

「……さっきまでは良かったんだけどね」


 神獣であるルーファに今までの様に接しても良いのか悩んでいた彼女であったが、途端にそれが馬鹿らしくなり嫌味を返す。だが、悲しいかなルーファには全く通じていない。


 2人のやり取りに顔を蒼褪めさせたアイゼンはレイナの所業を誤魔化すべく、招待に対する謝辞を述べ深々と頭を下げる。顔を上げた彼の前には……誰もいなかった。

 正確には、私は何も見ていませんよという風体の執事が変わらぬ笑顔で佇んでいるが。


 アイゼンの心に寒風が吹き荒ぶ中、連れだって部屋へと向かうルーファとレイナの笑い声が聞こえた。





 今日はレイナの快気祝い兼、新しい屋敷のお披露目パーティーなのである。

 “もふもふ尻尾”、“筋肉躍動”のメンバーも参加し、夜には全員でバーベキューをする予定だ。ガウディとベティも来たがったが……ゼノガ達に「止めてくれ」と泣き落とされ今回は不参加である。


 ルーファの部屋に通され、興味深げに周りを見渡すレイナ。青で統一された落ち着いたデザインに意外な思いで目を見張る。だが、所々置いてある小物は可愛らしい物が多い。 


『レイナちゃん、こっちこっち』


 お茶菓子の用意されているテーブルの上でルーファが招き猫の様に前足を動かし、その隣には笑顔で手を振っているミーナがいる。

 フューズを含め護衛騎士が3名室内に待機しているが、レイナは気にした素振りも見せず席に着くとルーファに向かって頭を下げる。


「神獣様、この度は命を救って頂きありがとうございました」


 ルーファもしゅたっと立ち上がりペコリと礼をする。


「レイナちゃん、オレを守ってくれてありがとう。それとオレの本当の名前はルーファスセレミィ。ルーファって呼んで欲しいんだぞ」


 お互いに笑い合う2人の背後で、神獣の御名を漏れ聞いたフューズ達は感動に打ち震えている。各自忘れまいと口の中でブツブツ呟いているのが不気味である。


 和気あいあいとレイナとお喋りをしていたルーファは、手に持った紅茶に目を落とし俯いているミーナに気付き、心配そうな視線を向ける。最近少し塞ぎ込んでる様子なのだ。


『ミーナちゃんどうしたの?』


 じっと心配そうに見つめる2対の視線にミーナはハッと顔を上げ、誤魔化すかのように笑う。


「ミーナ、悩みがあるなら聞くわよ?誰かに話すだけで楽になることもあるし……私に言いにくいんだったら席を外すわよ?」


 流石に付き合って日の浅い自分には言いにくいのではないか、と感じたレイナは提案する。


「私、私は……」


 大丈夫、そう言おうとしたミーナの目から涙が零れる。涙を隠すように顔を手で覆い俯くミーナの膝にルーファが飛び乗り、レイナもミーナの隣へと移動し慰めるように肩に手を置く。


「私、ルーファちゃんに嫉妬してます~。こんな自分嫌い……」


 暫くして呟かれた言葉にショックで固まるルーファ。レイナはそんなルーファをチラリと一瞥し、頼りにならぬとばかりに自らその理由を尋ねた。


「私……4年もバーンさんとアイザックさんといたのに何も気付かなかったんです~。ルーファちゃんの前では2人共全然違ってて……私あんな顔をした2人知らなかった。それを引き出したルーファちゃんが羨ましくて……私、信用されてないんじゃないかって思って。こ、これじゃダメだって分かってるんです~。最近2人にどう接していいのか分からないし、仲がいいルーファちゃんに嫉妬してるんです~。ルーファちゃんは何も悪くないのに」


 泣きながら何度もルーファに謝るミーナに、レイナはただ黙ってその背をさする。しっかりしている様に見えてレイナはまだ15歳。気の利いた言葉をかけるには圧倒的に人生経験が足らないのだ。



 だがここで経験は人一倍少ないが、生きてきた年月が無駄に長い235歳の神獣が立ち上がる。


『ミーナちゃんは勘違いしてるんだぞ。2人は……』


 ルーファはそう言いかけて、アイザックはちょっと違うかもといい直す。


『バーン君はミーナちゃんに癒されてる。ミーナちゃんの存在こそがバーン君を支えているんだぞ』

「そ、それって!」


 思わず口を挟みかけたレイナは慌てて口を噤む。まさかのドラマティックな展開か、とレイナは聞き逃してはならぬとばかりに続きを待つ。


『なぜならバーン君は……M男だからだ!!』

「「「「はい?」」」」


 奇しくも全員の声が重なった。静まり返った室内に時計の音だけがやけに大きく響いている。全員が幻聴かもしれないと疑っている中、ルーファは続ける。


『バーン君はミーナちゃんにしばかれることで快楽を得ている……だからミーナちゃんは難しいことは考えずバーン君をぶっ叩けばいいんだぞ!!』


「流石にそれはないんじゃない……?」


 レイナの言葉に全員が何度も頷いている。特にバーンの残虐性を垣間見たフューズ達の顔は青く、本人がこの場にいないことを確認するかのように忙しなく視線を動かしている。


『我が目を疑うのか!!』


 カッと目を見開きルーファは周りを睥睨する。ハッとした様にレイナはルーファの神秘的な藤色の目を見つめる。


「そういえば……脱出する時ルーファは敵の位置や脱出経路を全て知っていたわ」


 あっさりと流されるレイナ。普段は空気の様に佇むフューズたちも動揺の余り騒めき始め、一種異様な空気が室内に立ち込めていた。


『よく考えてみるがいい。魔法を発動したバーン君に物理攻撃は通じない。にも拘らず!何故ミーナちゃんの攻撃には一切の防御をしていないのかを!その答えは1つ……殴られるのが好きだからだ!!』



 実際は最初は魔法を発動していたのだが……ミーナの機嫌が悪化の一途を辿ったために仕方なく痛いのを我慢しているだけである。ちなみにその時はミーナへ高価な魔道具を贈ることで許してもらえたのだ。身体を痛めるか、財布を痛めるかという究極の選択の中、バーンは前者を取ったのだ。



 そんなこととは露知らず、全員の目に納得の光が宿り、流石は神獣様だという称賛の声が聞こえる。


「そうだったんですね~。私、今夜にでもバーンさんを殴りに行ってきます~!!」


 立てかけてあった棍を握りしめミーナは決意を露わに立ち上がる。


『うむす。励むがよいぞ!!』


 バーンの今夜の運命が決定した。 

 彼の恋は風前の灯の如く消えようとしていた――主にルーファのせいで。






「そういえば最近、毎晩バーンさんとアイザックさんの部屋に通ってますけど……殴ってるんですか~?」


 ミーナが迷いの消えた晴れやかな顔でルーファに尋ねる。


『オレが殴っても効果がないからな。オレは毎晩2人を……超絶テクで昇天させているんだぞ!!』

「「ブホォォ!」」


 顔を赤らめ咳き込む2人。目の前には茶色く染まった毛からポタリポタリと雫を滴らせるルーファが無言で佇んでいた。

 慌ててハンカチを取り出し、謝りながら紅茶を拭き取ろうとする2人を前足で制し、魔力を身体に通すルーファ。白銀色に輝く毛並みに満足気に頷き、スッと細めた目を2人向ける。


『どうやら2人にはお仕置きが必要なようだな。我が超絶テクを食らうがいい!!』


 飛び掛かって来る子狐に2人は為す術無く……



「ふあん……き、気持ちイイ……」


 その言葉と同時に意識を失ったミーナを確認し、ルーファは自分の技の凄まじさを自画自賛する。レイナは既に昇天済みである。


(これは我が必殺技に加えるべきかもしれぬ)


 こうしてルーファの必殺技・その7――毛繕い――が加わった。


「なかなか気持ちが良かったわ……」

「最近バーンさんとアイザックさんの髪の毛が艶々していた訳が分かりました~」


 眠りから覚め口々に感想を言い合う2人を羨ましそうにフューズ達が眺めていた。






 女の会話とはコロコロと変わるものである。まるで山の天気の如く。


「ルーファは英雄王ガッシュの本が好きなのよね?」


 本棚を眺めていたレイナは、以前ルーファがファンだと言っていたことを思い出す。


『そうだぞ!』


 幼少の頃――とは言っても100歳頃――から英雄王ガッシュを繰り返し読んでいたルーファは、ガッシュの情報であれば誰にも負けないと自負している。本限定ではあるが。 


「これ何冊か抜けてるわよ。新刊も無いみたいだし」


 ガーンと口をぽっかり開けてフラフラとよろめくルーファをミーナが抱き上げ、レイナの元へと向かう。ガッシュファンのミーナとしても確認せねばならない。ルーファの本棚をチェックしたミーナは、自分と変わらない冊数に瞠目する。つまり、ミーナも抜けているということだ。

 本棚を鬼気迫る様相で凝視している2人(匹)に、レイナは怖々と提案する。


「貸そうか?」

『「いいの!?」』


 勢いよく振り返り詰め寄る2人〈匹)に、レイナは後ずさりながらも頷く。血走った目が恐ろしい。


 カサンドラは本屋自体が少なく、売切れたら中々入荷されない。ここで本を手に入れようと思えば、知り合いの荒野を渡る行商人にでも頼むしかないのだ。


「新刊は読み終えたばかりだから持ってるけど、他のはまた今度ね」


 収納の腕輪から取り出され、テーブルの上に置かれた本を食い入るように見つめる2人(匹)。その後、クジを引いたルーファが飛び上がって喜び、ミーナはがっくりとテーブルに突っ伏すこととなった。


 ひと段落着いたところでルーファが真剣な面持ち(?)で口を開く。


『こうして英雄王ガッシュファンが集ったのも何かの縁。今日ここにガッシュファンクラブの設立を宣言する!!』

「流石はルーファちゃんです~!分かってますね!!」


 何が分かってるのか分からないレイナもミーナにつられて拍手をしている。意外と彼女は流されやすいのかもしれない。


『はい!会長をやりたいんだぞ!!』


 前足を勢いよく上げて宣言するルーファに再び拍手で応える2人。そもそも神獣であるルーファを差し置いてトップに立つ勇気など彼女らには無い。


「はい!副会長の座は譲りませんよ~!!」


 ミーナは腕を組んで仁王立ちし、レイナをキッと睨みつける。強調されている胸がまいんまいん揺れているのをガン見している男共にイラっとしつつ、争うつもりなど毛頭ないレイナはあっさりと副会長の座を譲った。


 そもそもレイナは別にガッシュファンという訳ではなく、物語を楽しく読めればいい派である。更に言えば、会ってみたいのは神話の世界の住人である竜王様の方だ。むしろ自分が何故ガッシュファンクラブのメンバーに入っているのか疑問であるが……面白そうだからまあいいか、と気にしないことにする。


『よし!これからは定期的に集まって英雄王ガッシュについて語り合うんだぞ!!』



 こうして本人の与り知らぬところで、神獣(ルーファ)による英雄王ガッシュファンクラブが産声を上げた。

 






哀れバーン!ほろり。

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