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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
邪悪なる教団
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ルーファの世界

 その日、カサンドラは震撼した。

 国王ガウディが声明を発表したのだ。それが禍津教本部の発見と壊滅。

 空高く上がる火柱を何人もの国民が目撃し、邪教徒が自分たちの目と鼻の先に潜んでいたことに彼らは恐怖した。


 だが、それ以外にも彼らがまことしやかに噂していることがある。


 その1つが〈浄化〉を使える光魔法士の存在。事件が起こる少し前に、国軍が必死に1人の人間を探していたのを多くの民が目撃していた。国を挙げて捜索するその存在と禍津教。彼らは自ずと1つの結論――光魔法士の存在――に辿り着く。


 更に街中で聞き込みをしていた国軍が誰を探していたのかも彼らは既に知っている。一部の人間はその名を聞いて蒼褪めることとなった。



 そして……もう1つが禍津教を壊滅させたのが国軍ではないということ。

 火柱が上がった後に軍が動いたのだから。では誰がやったのか……鍵言葉(キーワード)は皆殺し。


 この日以降カサンドラの犯罪件数が激減した。








 ルーファは現在王宮の離宮でお世話になっていた。


 ルーファとしては早く家に戻りたいのだが、如何せん屋敷が強化工事中なのである。当初はガウディから警護の厚い王宮で生活して欲しいと頼まれたのだが、落ち着かないので断ったのだ。その代り“赤き翼”が不在の際は離宮で過ごすことになっている。護衛の数も増え、隊長には何故かフューズが就任していた……王の警護はいいのだろうか。


 ルーファはこれ以上護衛を増やせば冒険者達から何か言われるのではないかと心配していたのだが、それは無いと言われた。どうやらルーファが光魔法士であるということが街中に知れ渡っているらしいのだ。実際は警護をしやすくするためにガウディが率先して広めていたのだが、ルーファはその事実を知らない。


『そういえば……禍津教は全員捕まったの?』


 離宮にあるテラスでバーン、アイザック、ミーナ、ゼクロスとお茶を楽しんでいた子狐(ルーファ)は気になっていたことを尋ねた。


 これから再び冒険者として過ごすつもりなのだ。また捕らえられてはたまらない。


 流石に「教主以外全員バーンとアイザックが殺した」とは言えないミーナは言葉に詰まり、代わりにゼクロスが誤魔化すべく口を開く。


「大丈夫ですよ。もう彼らが悪さをすることはありませんから」

「教主以外はオレ達が全員殺した」


 ゼクロスの言葉に被せるようにバーンが静かに口を挟む。その目は怖いぐらいの真剣さを持ってルーファに向けられている。ゼクロスは何か言おうと口を開くが、その様子を見て何も言うことなく口を閉ざした。


『……皆殺したの?』

「そうだ」




 以前であればルーファは理由を問いただし、殺すのはよくないと反省するよう促しただろう。だがそれは果たして正しいのだろうか。彼らの行為は確かに犯罪ではあるが……そのおかげで自分の様に命の助かった者が大勢いるのだ。


 そもそも自分に彼らの生き様を間違っていると非難し、止める資格があるのだろうか。きっと2人を止めることができるのは彼らと同じ経験をして尚、真っ直ぐに歩んでいった者だけだろう。自分の薄っぺらな言葉ではきっと彼らには届かないのだとルーファは思う。ただ……これだけは言える


『忘れないで、2人には帰る場所があるということを。だから絶対無茶をしたらダメなんだぞ。ちゃんと帰って来るって約束して』


 ルーファの言葉に珍しくアイザックが破顔し、ルーファを抱き上げる。


「約束する。オレは絶対にルーファの下へ帰ってくる」


 アイザックの手の中の子狐を〈疾風〉を使い奪うと、バーンもルーファに約束の言葉を述べる。


「おい……オレがルーファと話していたんだ。邪魔するな」

「何言ってる。オレが先に話してたんだろ」


 アイザックとバーンが睨み合い、ルーファの取り合いが始まる。最近よく見られる光景である。ミーナが可笑しそうにクスクス笑い、ゼクロスも悪逆非道な笑みを浮かべて2人を見守っている。





 そんな中、ルーファは何か忘れている様な気がして2人の為すがままに引っ張られながら考え込んでいた。何か……違和感がある。ルーファは先程の会話を思い返す。そう、禍津教の生き残りについて……


『あー!!!!お、思い出してしまったんだぞ……』


 いきなり大声を出したルーファに何事かと全員の視線がルーファに向けられる。テーブルの上に下ろされたルーファの狐耳と尻尾は垂れ下がり、その身体は目に見えて震えていた。 


(……まさか乱暴された記憶を思い出したのか?)


 全員の目がルーファを心配そうに覗き込み、ゼクロスがまるで我が事の様に辛そうな面持ちでルーファを優しく撫でる。


「大丈夫ですよ。ここにはあなたを傷つける者などいはしません。辛ければ……そのまま忘れてしまっても構わないのですよ?」


『で、でも……干からびないかな?』


 ゼクロスの顔にクエスチョンマークが浮かび、バーン達もお互いに顔を見合せる。

 縋るような眼差しを向けるルーファに今更「何の話ですか」、と聞くわけにもいかずゼクロスの額から汗が流れ落ちる。だがここで空気を読まない救世主ミーナが口を開いた。


「何が干からびるんですか~?」


 ルーファは意を決したかのように震える声で答える。


『じ、実は〈亜空間〉に見張り2人を押し込めていたのを忘れてたんだぞ……』




 ――あの事件から既に10日が経っている。



 全員もう干からびてるんじゃ……と思ったが口に出す者はいない。


「選択は2つだ。ここで出すか、気付かなかったことにしてそのまま入れておくかだ」


 腕を組み目を閉じたバーンが重々しくルーファに告げる。


『入れておいたらどうなるの?』


 怖々と尋ねるルーファの肉球から汗が滲み、テーブルを濡らす。


「知らん……が、運が良ければ風化するんじゃないのか?」

『運が悪かったら?』


「腐乱死体の出来上がり」


 無慈悲に告げるバーンにルーファは悲鳴を上げる。


『やだー!!どうするの!?それどうするの!?』


 半狂乱になり騒ぐルーファをバーンは笑顔で撫でる。


「安心しろ。今ならまだ傷は浅い(ハズだ)」 







 

 バーンの説得(?)により出すことに決めたルーファの下に、ガウディを始めフューズと迷宮方面軍の将軍である王妃シンシアーナ、そしてベティが集まっている。 


『そ、それじゃあ出すんだぞ!ほ、ホントに出しちゃうんだぞ!!』


 ゼクロスがそっとルーファの目を大きな手の平で覆い隠し、ルーファの後ろからは扇風機が轟音を立てて回っている。ちなみに強さはマックスである。その側では鼻を摘まんだミーナが〈火球〉を即座に放てるように魔法を待機させていた。


 ガウディは全員がいつでも戦闘に移れる様子を確認し、ルーファに「頼む」と声を掛ける。


『えいっ!』


 可愛らしい声と共に目の前に先程までいなかった邪教徒が現れる。


『どう!?干からびてる!?』

「いや、生きてはいるようだが……」


 ガウディの言葉に安心したようにルーファがゼクロスの手の隙間から顔を覗かせる。


『あれ?この人達こんなに白かったっけ?』


 首を傾げる子狐の前には燃え尽きたような白髪のやせ細った邪教徒がへたりこんでいた。その目は茫洋と虚空を見つめブツブツと何事か呟いている。






 牢へと連行されていく邪教徒を見送りながら、バーンはルーファに問う。


「ルーファ、〈亜空間〉の中はどうなってる?」


 10日間生き延びれたことから水と食料はあるのではないかと推測できるが……一体彼らはどんな目にあったのだろうか。


『さあ?入ったことないから知らないんだぞ。でも、メーちゃんは普通だったし……魔物は平気なのかな?』


 ルーファはレイナを〈亜空間〉に入れなかったことに心底安堵していた。危うくレイナが白くなるところであった。





「〈亜空間〉の発動条件は何だ?」


 これから先、何が起こるか分からないのだ。権能の確認はしておくべきだとバーンは思う。パウロには使用していないことからも何らかの条件があると推測できる。


『えっと、同意があったら〈亜空間〉に入れられるんだぞ。それと相手に気付かれていなかったら同意が

なくても発動できるんだぞ。この場合は、相手に触れなきゃならないけど』 


 バーンは暫し考えた後、ルーファに向き直る。


「オレを〈亜空間〉に入れてくれ。中を確認したい」

『えっ!?危ないんだぞ!バーン君も白くなっちゃうかも……』


「それなら私もお願いしたい」


 躊躇うルーファを他所にガウディも立候補する。


「危険です陛下!それならば私が!!」


 ガウディはカサンドラ軍唯一の固有魔法士を失う訳にはいかない、とフューズの発言を退ける。ルーファの許可が必要だが、有事の際に民が避難できる場所は喉から手が出る程欲しいもの。彼は王としてこの目で確認する必要があると考えたのだ。既に後継ぎが成人していることも理由の一つである。



 止めても聞きそうにない2人の様子にルーファは仕方なし、と許可を出す。いざとなれば精神も癒せばいいと割り切る。それに……ルーファとしても同じような状況になった時に、友達を避難させることができるかどうかは知りたいところだ。


『2人とも覚悟はいい?』


 頷いた2人は、次の瞬間どこにもいなかった。







 一瞬の浮遊感の後、景色が切り替わる。


「こ、ここは」


 ガウディは思わず息を飲む。眼前に広がる草原には色とりどりの花が咲き、遠くには山も見える。空を見上げれば一面の青空に太陽が輝いていた。まるで一つの世界のように。


 感動に打ち震える2人の耳に微かに音が聞こえる。それは段々と音量を増し、今では地響きとなって轟いている。

 膝をつくガウディの隣でバーンは揺れる地面をものともせずに轟音の元を驚愕の眼差しで見つめる。



 それは――山。



 遠くに見えた山は今や目の前まで迫っている。山の下部には昆虫の様な足が生え、地面を穿ちながら走っているのだ。


「マジかよ」


 流石のバーンも顔を引きつらせ上級魔法を放とうとするが、何かに阻まれたかの様に発動しない。その間にも山は真っ直ぐに彼ら目掛けて突進してくる。


「くそ!魔法が発動しないだと!」


 悪態を付きながら、バーンは震動で立つこともままならないガウディを肩に担ぎ上げ〈疾風〉を発動させ全速力で疾走する。武王魔法が問題なく発動できたことに安心するが、属性魔法が使えない現実にバーンは気を引き締める。   


「す、すまん」

「喋るな!舌を噛むぞ!」


 謝罪するガウディを黙らせたバーンはひたすら足を動かすが……そもそも歩幅が違いすぎる。相手は見上げるような山なのだから。バーンの足元に亀裂が入ったかと思えば一気に地面が崩れ落ちた。


「陛下ァァァァァァ!!!!」

「バァァァァァァン!!!!」


 投げ出されたガウディに向かってバーンは手を伸ばす。ガシッと握り合わされた手を引き、バーンは落下する岩を足場に蹴りつけ、今や切り立った崖となった大地へとその腕を突き刺した。

 何とか落下を免れた彼らは同時にほっと息を吐く……と同時に無情にも崖に亀裂が入り、ガラガラと音を立てて崩れていく。


 重力に従い下へ下へと落下していく彼らはやがて……。



 ざっぱーん!



「ぷはっ!どうなってるんだ!?」


 ()に落下したバーンは水面から顔を勢いよく出すと辺りを見渡す。地の底へ落ちていったバーンをあざ笑うかのように、燦燦と()()()()が照り付けている。

 束の間呆然と波の間に漂っていたバーンは正気に返ると一緒に落ちたはずのガウディを探す。一向に浮いてこない彼にバーンが嫌な予感を覚え始めたその矢先、水面が盛り上がりガウディが顔を覗かせた。


「ハァ、ハァ……な、何故海が……」


 大量の水など迷宮にしかないカサンドラ育ちのガウディは、当然のことながら泳ぎが得意ではない。ただ迷宮には水の中を進まなければならない階層が存在するために、辛うじて泳げるというレベルである。

 そんな今にも沈みそうなガウディを支えつつバーンは尋ねる。


「陛下!平気か?」

「私のことはガウディと呼んでくれ。もちろん敬称は不要だ」


「分かったぜガウディ」


 はにかむおっさん(ガウディ)と見つめ合う色男(バーン)。甘酸っぱい雰囲気を漂わす2人に新たな試練が押し寄せる。身体が引っ張られたかと思うと、突如海面が渦を巻き始めたのだ。見る見る巨大になるそれに為す術無く2人は吸い込まれていく……が、その手はしっかりと握られたままである。


 あれよあれよという間に渦の底へと消えた彼らはそのままペイッと()へと吐き出される。


「「うおおおおおおおおおおおおお!!」」


 雲を突き抜けもの凄い速さで落下していくバーンは〈金剛体〉と〈剛力〉を発動させ、ガウディを守らんと自らの身体を下にする。


「バーン……」


 感動に目を潤ませるガウディ。

 彼らはそのまま白い地面へと叩き付けられた!



 ぽよよ~ん



 トランポリンの如く白い地面に受け止められた彼らはポヨポヨと何度かバウンドした後、そのままぐったりと動きを止める。


「し、死ぬかと思ったぜ」

「まるでマシュマロの様な感触だな。これで終わりだとよいのだが……」


 幾分か哀願を含んだガウディの言葉に応えるかの如く地面がドロリと溶け、彼らはとりもちの様に粘々としたそれに捕えられる。


「ぐおおおおおおおおお!!」


 〈剛力〉を使い何とか身体を起こしたバーンがガウディに手を差し出す。


「私はもうダメだ……置いていけ。これ以上足手まといにはなりたくない」


 べったりと白い何かに蛙の様に張り付いているガウディが諦念と共に寂し気に呟く。


「馬鹿が!置いていける訳ないだろう!?」


 バーンの足が一歩、また一歩とガウディのもとに歩み寄る。再び見つめ合う2人。

 


 にょきっ



 彼らの足元に芽が生えたかと思えば、瞬く間に大樹へと育つ……彼らをその内に巻き込みながら。樹の内に囚われたバーンが大樹を破壊しようと身体に力を込めた瞬間、大樹は根を大地から引っこ抜き……



 ちゅどーん


   

 空高くに発射された。


「また空かよ!!」

「はっははははは……」


 空中で分解した大樹の本体はそのまま星の彼方へと飛び立ち、彼らは木屑と共に落下を始める。最早2人は達観したかのような面持ちで無言で流れに身を任せている。やがて眼下に空を飛ぶ巨大な2つの花が見え、その中心へ計ったかのように落下した。


 花の上で身体を起こしたバーンは同じように起き上がったガウディと目が合う――死んだ魚の様な目と。このままではガウディは遠からず白く燃え尽きることだろう。


 ガウディに声を掛けようと口を開きかけたところで、花がクルクルと回り始める。

 当初ゆっくりだった回転は徐々にスピードを増し、バーンは振り落とされまいとしがみ付く。


「クッ!ガウディは……」


 バーンがガウディへ目を向けると、ガウディを乗せた花は蕾の様に閉じ、白目を剥いた彼の頭部だけが花の先から覗いていた。


 意識がある自分を恨めしく感じながら、やがてバーンも限界を迎える……








「そろそろ30分経ったのではないかしら?」


 王妃シンシアーナの言葉にルーファは前足で突いていた()()()()から顔を上げる。バーンとガウディを待つ間、心配していても仕方がないとティータイムをすることになったのだ。

 ルーファの目の前には()()()()()の浮いた飲み物が甘い香りを漂わせ、()()()をしたクッキーが置かれていた。


『じゃあ、2人を呼び戻すんだぞ!』



 再びの浮遊感と共に地面に落ちたバーンとガウディはその衝撃で目を覚ます。

 彼らを覗き込む仲間たちの姿に無事に戻って来れたと安堵すると同時に、立ち込める甘い香りに口を押える2人。勢いよく立ち上がった彼らはフラフラと蛇行しながら猛然と走り始める――洗面所へと向かって。



 この日、彼らは己が尊厳と引き換えに熱い友情を得た。 


 



 

  

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