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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
邪悪なる教団
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狂気の淵を覗く者・中

残酷な描写はこの回で終わりです……多分

 黒い神殿が赤く染まる。


 湖面に揺蕩(たゆた)う血が踊るように次々と幾何学的な紋様を描き、徐々に湖を朱に染めていく。血の匂いを乗せた風が梢を揺らし、木々が祝福の祝詞(のりと)をあげる。

 静寂を愛する死の気配が濃密に漂い、恐怖の表情を張り付けた死体はまるで神への供物のようだ。

 正に邪神を崇拝するに相応しき神殿……ただし、捧げられたのは邪教徒だが。   



 ガコ……ガコガコ



 神殿の前に建てられた石像の台座が動き、1人の男が顔を覗かせた。男は警戒するように周りを見渡し、誰もいないことを確認すると一目散に森へと走り出す。

 見覚えのある巨木が前方に見え、速度を緩めた彼の口から悪態が零れる。


「冗談ではない。なぜアレがここにいるのだ!?大事な儀式の前だというのに!」


 応えなどあるはずがない場所で、怒りを押し殺した男の声が響く。 


「ほう、いったい何の儀式だゴードン・デルビエル?」


 冷や水を浴びせられたかのように硬直したゴードンの前へ、魔鳥に跨ったガウディが姿を現す。いや、ガウディだけではない。ゴードンを包囲するかのように兵が取り囲んでいた。


「な、なぜ」


 膝をつき、幽霊でも見たかのような顔色でゴードンはガウディを仰ぎ見る。


「後でゆっくりと話してもらおう……牢屋でな。連れていけ」


 騎士に取り押さえられ連行されて行くゴードンに目を向けることなく、ガウディは魔鳥の手綱を繰る。


「急ぐぞ!!」


 王の命と共に次々と魔鳥が飛び立ち、静寂に満ちた神殿が再び喧騒に包まれていく。









 赤鬼がソレを発見したのは神殿の地下を捜索した時だ。


 魔物と人との交尾部屋……そして融合体。

 思い出されるのは研究所。


 赤鬼は仮面の下で獰猛に嗤う。

 ついに見つけたのだ……正体不明の研究所へと続く切符を。


 ただ……痛手なのは教主を逃がしたことだ。彼が教主の部屋へと辿り着いた時、中はもぬけの殻であった。痛恨のミスである。ミミク・タランチェと枢機卿と思わしき恰好をした者は捕らえることができたのだが。

 現在は縛ったうえで封魔具を取り付け、生贄の間に閉じ込めてある。


 粗方調べ終わった赤鬼は捕虜のいる生贄の間へと向かう。その背に隠しきれない歓喜を滲ませて。


  





 ガウディは死体が転がる廊下を早足に進んでいた。後ろを進むベティの顔色は悪い。

 普段であれば、娘に声を掛けるガウディだが今日ばかりはそんな余裕はない。


 静まり返った神殿の中で悲鳴だけが木霊する。

 この世のものとは思えぬような絶叫が。

 今ではすすり泣きすらはっきりと聞こえる。


「ここか……」


 ひと際荘厳な扉の前でガウディ一行は立ち止まる。ここにいるのはゼクロス、ミーナ、アイゼン、ベティ、“もふもふ尻尾”、“筋肉躍動”そして近衛騎士10名である。他の者は神殿内を捜索している。この中で唯一戦闘能力の無いアイゼンだが……彼の強い願いによりこの場に同行を許された。


「陛下、お下がりください」


 近衛騎士軍団長フューズ・スパルロットが部下へ目配せし、前へと進み出る。彼がカサンドラ軍唯一の固有魔法士である。

 合図とともに扉が開けられ、フューズが中へと踏み込んだ。




 そこは……地獄。



 ぴちゃり……ぴちゃり……絶え間なく水滴が滴る音が聞こえ、床一面に広がった赤い池には様々な身体の部位が散らばっている。


 むせ返るほど濃厚な血臭の中に、すえた汚物の匂いが混じる。まだ息があるのか、原形を留めていない肉の塊がうめき声をあげていた。


 池の中心に佇んでいた人影がゆっくりと振り返る。



 ――鬼だ。



 仮面は赤く染まり、三日月刀(シミター)は泣いているかのように止めどなく血を流している。一体どれほどの返り血を浴びたのだろうか。漆黒のコートはぐっしょりと濡れ、裾からはポタリポタリと滴る血が床を叩いている。


 誰もがその鬼気に飲まれ動けないでいる中、しわがれた声が響く。


「だじけて……だじげて」


 肘から先の無い、焼け爛れた腕が懸命に伸ばされる。



 ボキン!!



 背中が踏み砕かれ、次いで急所が潰される。耳障りな絶叫が途切れビクンビクンと痙攣している犯罪者(ゴミ)を見下ろし、赤鬼が何の感情も感じさせない声で呟く。


「黙れよ」


 赤鬼の目は乱入者たちを貫き、ガウディの前で止まった。


「陛下、教主を……ゴードン・デルビエルを見なかったか?」


 無表情を貫くガウディとは裏腹にベティの肩がビクリと上がる。


「どうやら会ったようだな」 


「も、申し訳ありません」


 蚊の鳴くような声で謝るベティに、ガウディは気にするなと肩を叩いた。

 カサンドラの軍人は魔物との戦闘経験は豊富だが、対人戦のそれは薄い。年若いベティがこの凄惨な場所で吐かないだけでも大した胆力だといえるだろう。


「だったらどうする?私を殺すのか?」


 動こうとする近衛騎士を手で制するガウディに、赤鬼は不快気な視線を向ける。


「邪魔する者は全て殺す。だが、今回逃がしたのはオレのミスだ。それで陛下をどうこうするつもりはない。取引がしたい。ここにいる犯罪者(ゴミ)と交換しないか?」


「メリットがない。そこにいる者より首魁の方が遥かに価値があるに決まっているだろう」


「だよな」


 困ったように考えだす赤鬼を見て、どうやら話は通じるようだとガウディは安堵する。


「なら陛下が情報を引き渡した後で構わない。オレにくれないか?そっちも()()する手間が省けるだろう?」

()()だ。ゴードンは法に則って裁かねばならん」 



「…………そいつは人か?人を!攫い!犯し!切り刻み!(はらわた)を引きずり出し!神とやらに捧げるそいつらは本当に人なのか!!!嗤いながら犯し、幼子を母の目の前で魔物に食わすそいつらが人であるはずない!!!ゴミだ!!ただのゴミなんだよ!!!お前らが、お前ら国の甘さがゴミをのさばらす!その結果がコレだ!!」


 赤鬼は手を祭壇に向け振り上げる。狂気を帯びたその姿は、まさに鬼。


「何人死んだ!何人殺された!!お前らがァ!!お前らがァァァァァァァァ!!!!!」


 カランという音と共に三日月刀(シミター)が転がり、激情を抑えるように顔を手で覆う。


「すまなかった」


 止めようとするフューズの手を払いのけ、ガウディは頭を下げ続けた。

 彼の悲鳴(こえ)は、理不尽に大切な人を殺された被害者の心そのもの。誰かが殺されない限り、その証拠がない限り動くことのない国に対する激しい怒りなのだ。


 荒い息を吐いていた赤鬼は電池が切れた人形の様に動かなくなり、やがて何事もなかったかのように顔を上げた。


「悪い。少し気が高ぶっていたようだ」

「……いや。私も配慮に欠けていた」


 赤鬼はガウディへ向けていた目をアイゼンへと向ける。


「アイゼン、殺るか?レイナを攫うよう命じたのはこの男だ」

「最早私にとってその男は何の価値もありません。レイナは……レイナはどこですか?」


 震える声でアイゼンは尋ねる。祈るように握られた彼の手は誰の目からも分かるほど震えていた。


「ここにはいない。黒鬼が追っている。オレも片付けてすぐ追うつもりだったんだが……」


 室内の惨状を見て、少し時間をかけすぎたようだとため息を吐く。赤鬼は足元のゴミ――ミミク・タランチェ――を片手で掴み放り投げる。放物線を描きながら飛んで行ったミミクは祭壇の上に落下し、自分の肉が潰れる音と激痛で目を覚ました。

 キョトキョトと目だけを動かす彼に赤鬼が優しく声を掛ける。


「お目覚めか?さあ、祈りを捧げろ。最期の祈りだ」

「たじけて……おねぇがい、じまずぅ……」


 泣いて許しを請うミミクに赤鬼は問う。


「お前は今までそうやって許しを請う者を助けたのか?」


 絶望に顔を歪ませるミミクを冷たく見下ろし、赤鬼は断罪する。



「死ね」









「待たせたな」


 三日月刀(シミター)を仕舞いながら赤鬼はガウディに歩み寄る。


「場所は分かるのか?」

「33階層に繋がる出口に向かった。ここから真っ直ぐ南下する」


 赤鬼が一歩踏み出すと全員が恐れるように道を開けた。

 騎士にあるまじき行動ではあるが叱責する気になれず、ガウディはそのまま赤鬼の後を追う。ガウディと赤鬼の間に陣取っている近衛騎士団長であるフューズの顔色すら蒼白なのだから。



「……バーンさん」


 小さく呟かれたミーナの声に赤鬼は振り返る。怯える彼女の目が縋るように赤鬼を見つめていた。


「……オレは赤鬼だ」


 背を向けて歩き出した赤鬼に、「もう元には戻れない」そう言われたような気がしてミーナは顔を伏せる。動こうとしないミーナにゼクロスが歩み寄り、慰めるように肩を抱くと同時に耳元へ語りかける。


「私は……彼らを見捨てません。もう仲間を見捨てるなど御免です」


 弾かれたように顔を上げたミーナにゼクロスは笑いかける。


「彼らには仲間がどういうものか説教せねばなりませんね」

「……はいっ!!」


 遅れを取り戻すかのように2人は早足で歩きだした。今までとは違いその足取りに迷いは……ない。






「乗るか?」


 自分の魔鳥を指し、尋ねるガウディに赤鬼は笑う。


「走った方が早い。遅れたら置いてくぜ」


 固有魔法を発動し、矢のように飛び出した赤鬼が轟音を響かせながら疾走する。前方の木々をなぎ倒しながら進んで行くその様は、上空からでも容易に確認できる。


 魔鳥にミーナたちを便乗させているとはいえ、その速度は時速70キロを保っている。だが、追い付くどころか徐々に離されていく現状に騎士たちは寒気を覚える。

 森を抜けてすぐ足を止めた赤鬼を確認し、それに並ぶように彼らは舞い降りた。

 



 呆然と佇む赤鬼の視線の先には、白銀色の髪の少女を抱きしめる黒鬼の姿があった。 








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