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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
邪悪なる教団
56/106

狂気の淵を覗く者・上

残酷な描写続きます。

 とある屋敷の地下室に6人の人間が集められていた。


「ヒィっ!助けてくれ!お、お願いだ」


 無様に這いずりながら涙を流す男を何の感慨もなく見つめ、赤鬼は問う。


「質問は3つ。ミミク・タランチェとパウロの居場所を話せ。それと……」


 赤鬼は男の髪を掴み引き摺って行く……地下室に隠されるように存在する深い穴へと。


「コレは何だ?」 





 赤鬼と黒鬼がミミク・タランチェの商会兼屋敷に侵入した時、すでに屋敷の中は寝静まっていた。彼らがすることは1つ――皆殺し。


 即座に二手に別れると身分が高そうな者だけを残し、次々と殺害していく。粗方の人間を始末した時、ソレを見つけた。


 私兵に守られた地下室。商品を保管しておくにしても厳重すぎる警備に……彼らは嘲笑う。

 私兵と……ついでに“至高の力”のメンバーを速やかに排除し、残しておいた者を地下へと集める。だが、残念ながらパウロとミミクの姿はない。


 そして……拷問が始まる。




 2人の足元に転がる6つの死体を無感動に眺め、黒鬼が魔法を発動する。

 屋敷全体を覆うほど巨大でありながら、それは中級魔法〈火柱〉。膨大な魔力を込めることで魔法の効果範囲を広げているのだ。


 魔法が発動する瞬間、彼らは炎を逃れるように深い穴の中へと身を躍らせた。









 闇の帳を切り裂くように上がった火柱に、ガウディは()()()()()()()軍を動かす。

 消火活動を急がせる彼の側で、ゼクロスにミーナ、アイゼン、更に今回協力することになったゼノガ達冒険者が屋敷の残骸を見つめている。



 ――皆殺し。



 噂に違わぬ残酷な所業に、彼らの顔色は青い。これが知り合いの仕業なら猶更である。特にミーナのショックは大きい。彼女が一番長く彼らと付き合ってきたのだから。


「ミーナさん、気に病まない事です。あの2人もそれを望んではいないでしょうから」

「ゼクロスさんは……気付いていたんですね~」


 ゼクロスはバーンとアイザックの正体が赤鬼と黒鬼だと知った時も、一切の動揺を見せなかった。ミーナは今更ながらにそのことを思い出し、悄然と問いかける。


「確証はありませんでしたが……“復讐鬼(リベンジャー)”の動きと我々の動きが連動していることに気付いたのは1年程前です」

「わたし……何も気付かなくて。2人はきっと苦しんでいたのに」


 ゼクロスは大きな手を伸ばし、ミーナの頭を優しく撫でる。


「それできっと良かったのですよ。彼らにとって貴女と過ごす日々が心地よかった……そうでなければ、正体が知られる危険を冒してまで、4年もの間共に過ごしたりはしないでしょうから」


 ゼクロスは祈らずにはいられない。彼らが無事に帰還することを……5人でまた笑い合える日を。

 




「虱潰しに探せ!!必ず何かあるはずだ!!」


 ガウディの命と共に残骸と化した屋敷の調査が開始される。

 地下への穴が発見されたのは、それから30分後のことだった。











「この穴は一体なんだ」


 穴の中は思った以上に深い。いや、穴という言葉は的確ではない。途中で幾度も分岐し、グネグネと曲がりくねっている形状は何かの巣穴を連想させる。壁も何らかの液体でコーティングしたかのように硬く、艶めいていた。


「これは大喰蟻(キラー・アント)の巣だ」


 〈看破〉で既に詳細を把握していた黒鬼はつまらなそうに答える。


「おいおい!カサンドラの地下にそんなヤバい魔物が巣くっていたのか!?」

「……おそらく5千年以上、大災厄より前の物だろう。魔物が住み着いている痕跡はない」


 黒鬼の看破()は人が通った痕跡を確実に追っているが、魔物のそれはない。道はかなり複雑で、しかも相当深くまで潜ってきている。



(……ゴールは近い)


 確信と共に彼らは先を見据える。

 濃い魔力が充満し始め、それが前方より流れてきている。覚えのある魔力……迷宮のものだ。やがて前方に広間が見え、壁に亀裂が入っているのが確認できる。


「どうやら此処のようだな」


 赤鬼は持っていた袋を投げ捨て、パンパンと手を叩く。中に入っていた麦が零れ、サラサラと音を立てて辺りに散らばる。道すがらガウディへの目印として撒いてきたものだ。直に追い付いてくるだろう。


「行くぞ」


 黒鬼が躊躇うことなく亀裂へと消え、赤鬼もそれに続く。

 漆黒の闇の中でさえ速度を落とすことなく進む彼らの目に明かりが映る。黒鬼は赤鬼に待機するよう合図を送り、〈気配完殺〉を発動させ外へと飛び出した。






 今まで侵入者など一度たりとも来たことがないこの場所に、2人の見張りが退屈そうに佇んでいる。


 彼らは幸福だろう。自分が死んだことにさえ気付かなかったのだから。 

 大鎌に付着した血を払い、黒鬼が出口を振り返るとそこには巨木が佇み、洞が虚ろな口を開いている。


「あまり先走るなよ」


 赤鬼の忠告に何も答えることなく黒鬼は走りだす。

 彼らの目の前には黒い不気味な神殿が湖面へ影を落としていた。




 騒めく神殿の様子を隠れて窺っている赤鬼に気付くことなく、邪教徒は大声で騒ぎ立てている。


「生贄を探せ!!」

「パウロ様が追っている。心配ないだろう」

「真っ直ぐ出口へと向かっているらしいぞ。誰が漏らしたんだ!?」



 最も近くにいた邪教徒の口を塞ぎ、赤鬼は茂みの中へ引き摺り込む。その首には三日月刀を添えて。


「おっと、喋るなよ。生贄はどっちへ向かった?指で示せ」


 震える指が背後を指し、同時に骨の砕ける音が響く。念のためもう数人に聞くべく動き出そうとした赤鬼の前に、偵察に出ていた黒鬼が帰還する。


「ルーファが逃げた痕跡を見つけた。オレが追う。お前はここを潰せ」

「パウロがいる。オレも行くぜ」


 冷静でない黒鬼の様子を懸念し、赤鬼がその肩を掴む。


「ここにも固有魔法士がいるかもしれない。挟撃されれば厄介だ。それに〈領域〉ならばオレの方が相性がいい」


 肩に置かれた手を払い、黒鬼は用が終わったとばかりに影へと消えた。


「……すぐに追いつく。それまで死ぬなよ」


 赤鬼の呟きに応えはなく、深々と息を吐きだした彼は気を取り直して神殿へと歩みを進める。堂々と姿を晒す彼に邪教徒が目に見えて騒ぎ出す。最早、姿を隠す必要はない……誰一人として生かして返す気などないのだから。











 黒鬼の〈看破()〉は前方に展開された直径1キロメートルに及ぶ魔法のドームを捉えている。恐らくこれがパウロの〈領域〉だろう。()()()()()()黒鬼はドームの中へと踏み入る。


 赤鬼は黒鬼を冷静でないと思っていたようだが……それは違う。彼の心は怒り狂っているが、彼の頭は冷徹に勝利への道筋を計算している。


 目的地――ドームの中心――を把握した黒鬼は重力魔法〈増減・己〉を発動させ、まさに飛ぶように大地を翔ける。やがて前方に2つの人影が見える。人形の様に無抵抗のルーファの足は大きく広げられ、その上にパウロが乗り上げている。


 黒鬼の視界が赤く染まり、その口から獣の様な唸り声が漏れる。だがそれも一瞬で鎮静化する。暗殺魔法――保持者を暗殺者に仕立てあげるこの魔法が彼の精神にも影響を及ぼしているのだ。理性と感情は完全に別たれ、彼は一体の殺戮人形と化す。



 罪悪感も、躊躇いも、良心の呵責すらも存在しない。

 快楽も、欲望も、昏い悦びもすらも存在しない。 

 敵は殺ス……ただそれだけ。


 


 ガキィィィィィィィィィィィィィィン!!!




 短剣と大鎌が火花を散らし、パウロが大きく後退する。


「ズボンぐらい履かせてくれよ。なぁ()()()()()


 一片の動揺もなく大剣を抜いたパウロは、言葉とは裏腹に服に乱れはない。当然だ。彼は疾うの昔に黒鬼が〈領域〉に侵入したことに気付いていたのだから。

 言葉が言い終わらぬうちに大鎌が再びパウロを襲うが、彼は避けることすらしない。


「なるほど、それがお前の力か」


 黒鬼は掠りもしない大鎌を見ても尚、怯むことなくパウロに肉薄する。パウロは余裕の笑みを浮かべその様子を眺めていたが、振り下ろされる大鎌を見て顔色を変えた。


「これは避けるのか?」


 嘲るように話しかける黒鬼をパウロは睨みつける。

 黒鬼が使ったのは〈一撃必殺〉。必ず殺す一撃と、絶対に当たらない領域……2つの力がせめぎ合う。




 数多の黒鬼が次々とパウロへ殺到する。その繰り出す全てが“必殺”の剣。

 対するパウロは〈絶対領域〉を縮小することで威力を高め、全ての攻撃を回避してみせる。

 黒鬼の攻撃は当たらず、かといって攻撃に転じる余裕のないパウロ。


 だが拮抗していた力の天秤は……徐々に傾いていく。

 パウロの頬に一筋の傷が刻まれる。腕に足に胸にそして首筋に赤い花が咲く。


 鍛錬を欠かさず幾多の死線を潜り抜けてきた黒鬼と、強力な固有魔法に胡坐をかき弱者を甚振(いたぶ)ってきたパウロ。2人の地力の差が此処に来て如実に表れたのだ。


 大鎌を無様に転がりながら避けるパウロに、更に5つの大鎌が振り下ろされる。転がった勢いのまま大剣で黒鬼の足を薙ぎ、追撃してくる黒鬼に大剣を投げつける。



 一瞬できた間隙。それが流れを変えた。


 

「ハッハァ!残念だったなアイザック。もうお前に勝ち目はねーなぁ」


 パウロの手に握られているのは、刃渡りだけで2メートルはある巨大な剣。その異様な大剣の刃は赤く染まり、まるで血を啜ったかのようにヌメっている。



 ぎょろり



 眼が開く……千の眼が。


 ――呪剣“千縛眼”。


 それは千の敵をも一瞬で屠る恐るべき剣。

 圧倒的な力を与える代償として莫大な魔力を必要とし、足りなければ使用者の魂すらも喰らう呪われし剣。



 これこそがパウロの切り札。



 赤き刃に隙間なく浮かぶ眼が、ぎょろぎょろと獲物を探して不気味に蠢き、パウロを囲むように展開していた()()の黒鬼を捉える。その瞬間、黒鬼は何かに縫い留められたかのように一斉に動きを止めた。 


 パウロは重さを感じさせない動きで大剣を肩に担ぎ、一体の黒鬼に向かって歩み寄る。パウロの〈完全把握〉はアレこそが本体であると囁いている。


 動こうともがく黒鬼の顔面に蹴りが叩き込まれ、パキンという音と共に仮面が欠片となって散る。パウロは倒れた黒鬼の頭に足を乗せグリグリと動かす。


「いい様だなぁ。アイザック」


 割れた仮面の隙間から覗く紺色の目が、射殺しそうにパウロを睨む。その無様な様子に留飲を下げたパウロは優越感の滲む声で語りかける。


「オレの部下になるなら助けてやってもいいぜぇ」


 何の動揺も浮かばないその目に興を削がれたのか舌打ちし、もう一度蹴りを入れる。完全に割れた仮面が地面へと転がり、無念そうにパウロを見つめていた。


「つまんねー奴!死ね!!」


 振りかぶられた大剣が悦びの声をあげ、地面へと叩き付けられる。


 瞬間、全ての黒鬼から血飛沫が上がり、その身体が地面へと沈んだ。


 パウロは急激に失われた魔力にふらつきながら、大剣を収納する。これ以上“千縛眼”を使えば彼の命はあっという間に尽きるだろう。


 足元に転がる2つに裂かれた黒鬼の身体を一瞥し、パウロは会心の笑みを浮かべる。

 “黒鬼”……それは知らぬ者がないほどに恐れられている存在。それを殺ったのだ!自分が!!パウロの名は世界に轟くことだろう。黒鬼を殺した強者として!!


「アーハッハッハッハッハァ!!やった!やったぜ!!これでオレも一躍有名…………ぁ?」


 パウロは不思議そうに()()を見つめる。噴水の如く血が噴き出す自分の首を。



(……あたま……オレのあた……ま……は?)



 パウロの目が最期に捉えたのは、彼を冷たく見下ろす黒鬼の姿だった。

 









「お前の負けは最初から決まっている」


 勝利の喜びすら感じさせない冷たい声で黒鬼は吐き捨てた。


 解析系の権能にも弱点がある。それは権能の名は把握できるが、その詳細までは分からないということ。これが解析に特化した固有魔法ならばまた話は別なのだが……パウロの〈領域〉はこれには当てはまらない。


 黒鬼の〈分身〉は分身するだけの力ではない。それぞれが知性を有しており、1体の分身が把握した情報は即座に全ての分身の知るところとなる。そして……分身と本体を()()()()()()()()()()なのだ。


 黒鬼は安全圏に1体の分身を残しパウロと対峙した。パウロの情報を知り、確実に殺すための舞台を作り上げるために。


 ――彼は暗殺者。


 気付かれることなく殺すことこそ彼の真骨頂。

 黒鬼が用意した舞台に上がった時点でパウロの敗北は決していたのだ。 

 

 最早興味がないとばかりにパウロに背を向け黒鬼はルーファの下へ急ぐ。その姿は今までと違い強い焦りを感じさせた。


「……ルーファ?」


 心細気な声で呼びかけ、着ていたコートをルーファにかける。

 震える手がルーファの髪を撫で、そっとルーファを抱き起す。ルーファの手が力なく地面へと落ち、見開かれた目が彼を映すことはない。その手が優しく彼を撫でることも……その声が甘えるように彼の名を呼ぶことも……二度とない。

 


 ぽたり……ぽたり……



 ルーファの頬を血が汚す。それは涙……血の涙。


 迷宮に鬼の慟哭が響き渡る。狂ったように何度も何度も何度も何度も何度も何度も…………。




 深淵が口を開け、彼を狂気へと(いざな)う。   



 ――――彼は堕ちる……狂気へと。




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