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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
邪悪なる教団
54/106

脱走

 カサンドラ大迷宮33階層、洞窟と呼ぶには烏滸がましい断崖に生じた亀裂の奥深くにソレはある。

 

 ――黒い小さな池。


 それこそが隠し階層へと続く道。

 ()()()()()先には同じような洞窟が続く。否、それは全く同じだと言ってもよい。左右対称の寸分の狂いもない洞窟の先に生じた亀裂から太陽の光が見える……出口だ。


 まず目に入るのが小さな湖。

 太陽の光を反射し輝く湖面に、時折飛び跳ねた魚が音を立てる。その魚を狙って舞い降りた鳥が捕らえた獲物を引っ提げ悠々と空へと羽ばたく。周囲は長閑な森に囲まれ、そこに住む動物たちが茂みの影から顔を覗かせる。


 穏やかな自然に溢れる湖の畔に()()石造りの神殿が佇み、妖しい雰囲気を醸し出していた。



 瘴魔神殿――此処こそが禍津教総本山。


 数多の生贄が捧げられ、怨嗟と怨念に満ちた血塗られた地。





 



 そんな神殿の一室に男の怒鳴り声が響く。


「あいつは一体何を考えている!!」


 教主――彼が開祖という訳ではない――ゴードン・デルビエルは上がってきた報告書を引き裂き、机に叩き付ける。


 ミミクからの報告書には、標的の光魔法士だけではなく友人も共に攫ったとある。こともあろうに、それがアイゼン・ラプリツィアの娘だという。


 アイゼンが執拗にミミクを調べていたのは知っている。その理由も。

 放置していたのはアイゼンでは絶対に真実へ辿り着ないという絶対の自信と、あまり大きく動けば王の目がこちらに向く可能性があると思ったためだ。




 ミミクはアイゼンを恨んでいた。


 元は同規模の商会であったタランチェ商会とラプリツィア商会は、ミミクとアイゼンの代で様変わりした。商才の無かったミミクの商会は凋落の一途をたどり、アイゼンの商会は逆に一気に飛躍した。


 ミミクは自分が落ちぶれた現実をアイゼンのせいだと決めつけた。その嫌がらせの一環でアイゼンの可愛がっていた甥を捕らえ生贄にしたのだ。それもタランチェ商会の内部で犯行に及ぶという愚かさだ。




 それにゴードンが気付いた時にはパウロと共謀し、気に入らない人間を商会へと誘き寄せ、何人もの人を殺した後だった。

 今まで見つからぬように細心の注意を払ってきた中での愚行。ゴードンの怒りは凄まじく一時はミミクの破門(さつがい)すら考えた程だ。だが親類としての情が邪魔をし、結局枢機卿であった彼の地位を剥奪するだけに留めた。


(始末するべきであった)


 この重大な局面での更なる愚行にゴードンは眩暈を覚える。王の目は間違いなくミミクに向く、そして彼の縁者たるゴードンにも……。


 この神殿がそう簡単に見つかるとは思えないが、それでも確率はゼロではない。自分の身内の不始末なだけに、ゴードンのやり場なき怒りは腹の底でグツグツと煮えたぎっている。ひとしきりミミクを罵り気を落ち着けた彼は、ドカリと椅子へ腰かけるとため息を吐いた。


(彼にも謝らなくては。今回の件で骨を折ってくれた大切な友人たる彼に………………友人?誰のことだ?光魔法士を攫ったのは()()()のはず……)


 視界が歪み、酷い頭痛がゴードンを襲う。咄嗟に机に手をつき身体を支えようとするが、そのまま床へと倒れ込み意識を失う。


 次に彼が目を覚ました時、記憶の中から綺麗さっぱり友人の姿は消えていた。

 







 ――目を……じゃ

 

 遠くで声が聞こえる。起きなければ……でも、眠い。

 浮かび上がった意識は再び微睡の中に沈んでいく。


 ――目を覚ますのじゃ!!




「ほわあ!!」


 ルーファは頭に響いた声に飛び起きる。


「ルウ!良かった気付いたのね!!」


 目を覚ましたルーファを涙を流しながら抱きしめるレイナ。

 2人が寝かされているのは頑丈そうな石造りの牢屋。その冷たそうな床には申し訳程度に毛布が敷かれていた。


 2人が着ていた服は脱がされ、現在着ているのは白い貫頭衣だ。貫頭衣と言っても袋状のものではなく、一枚の布の頭の部分に穴を開けた服と呼ぶにも烏滸がましい代物である。開いた側面は2本ずつ紐で結ばれてはいるが、布の面積が狭いこともあり肌が大きく露出している。その丈も太腿の半分までしかなく、よく見ると下着すらつけていない。


 レイナは右腕に腕輪をルーファは両手両足、更には首にまでそれを取り付けられている。 


「レイナちゃん変な恰好」

「ルウもでしょ!!」


 ルーファの空気を読まない台詞に、急に羞恥心を思い出したのかレイナは自分の身体を抱きしめるようにして隠す。ルーファもようやく自分の格好に気付き、辺りを見回す。


「オ、オレの服は!?」


 緊張感のないルーファにレイナはため息を吐く。


「それどころじゃないのよ!私たち誘拐されたのよ!!」

「ゆ、誘拐……?」


 余り分かっていなさそうなルーファに説明すべくレイナが口を開いたその時、男の声が割って入る。


「おいおい、随分余裕そうだなぁ」


 牢屋の外の暗闇から1人の男がニヤニヤと嗤いながら近づいてくる。


「パウロ!!あんたが!!」


 気丈にも睨みつけてくるレイナに下卑た笑みを向け、パウロは舐め回すようにその身体を見る。思わず後ずさるレイナの腕を鉄格子越しに掴む。


「親切なオレが教えてやるよ。お前らがこれからどうなるかをな。何も分からなけりゃあ不安だろーからな」 

「レイナちゃんを放せ!!」


 怯えるレイナを守ろうとルーファが噛みつき、パウロは舌打ちしつつ腕を振る。2人は(もつ)れるように牢の端まで転がり、警戒するように彼を睨む。


「クククっ、その生意気な態度がいつまで続くかなぁ。よぉく聞けよ。ここはな禍津教の総本山だ。分かるか?お前らのこれからの運命が」


 一気に顔色が変わり、身体を大きく震わすレイナをルーファはぎゅっと抱きしめる。そんな2人を欲望に塗れた目で見つめ、パウロは殊更優し気な口調で続ける。


「お前たちはこれから犯される。どんなに泣き喚こうが許しを請おうが無駄だ。だが、そんなのは序の口さ」


 パウロは一旦言葉を止め、反応を楽しむように2人を見下ろす。


「それからは悲惨だぜぇ。なんせお相手が魔物だからな。人型はまだましだ。中には獣型もいるからなぁ。ククっどこまで正気でいられるか楽しみだな。精々楽しませてくれや」


 パウロは蹲り涙を流しながら震えるレイナを満足そうに眺め、次いで尻尾を膨らませ威嚇するルーファを面白そうに一瞥する。踵を返したその足が何かを思い出したかのように止まり、彼は再び2人の方を向く。


「そうそう、魔法は使っても無駄だぜ。封魔具を付けているからな。逃げたいのならやってみろよ。ここは迷宮の隠し階層だ……精々足掻いてみせろ」






 泣きじゃくり動こうとしないレイナを撫で続けているルーファは、これからどうすべきかを考える。


 逃げ出さねばならない。それは絶対だ。子狐の姿ならこの牢を抜け出すことができる。ただそうなるとこの状態のレイナを置いて行かねばならない。


 彼女を〈亜空間〉に収納するという手もあるが……実はルーファも中がどうなっているのかは知らないのだ。生物でも生きられるという知識だけがある。もしかしたら極寒の大地かもしれないし、大海原かもしれない。頑張れば生き延びることが可能というだけで実際は厳しい環境の可能性もあるのだ。魔物であるメーは短時間ではあるが無事に過ごして見せたが……それがレイナに出来るかどうかはまた別だ。


(でも……ここに残しておくことはできない)


 身動きが取れないルーファの脳裏に再び声が響く。『逃げろ、逃げろ』と。


 迷宮に潜った時に感じた、誰かに見守られている感覚がルーファを包む。そういえば、あの男はここが隠し階層だと言っていた。もしかしたら迷宮の中なのかもしれない。 


「あなたは……誰?」


 口の中で小さく呟かれた声に、頭の中に応えがある。

 しばらく謎の声に耳を傾けていたルーファはレイナに向き直る。


「レイナちゃん、選んで。オレの魔法に生物を収納をするものがある。でも中が安全かどうかは分からないんだぞ。一緒にここから抜け出すか、〈亜空間〉に入るか……選んで」


「無理よぉ。封魔具つけられてるのにどうやって逃げるのよぉ」


 ルーファはレイナに微笑んで見せ、5つの封魔具に魔力を注ぐ。



 バリィィィィィン



 一気に封魔具が砕け、破片となって辺りに降り注ぐのをレイナは唖然と見つめる。


「嘘っ……だって5つも付けられていたのに」


 封魔具とは魔法ではなく魔力を封じる魔道具のことだ。1つで封じられる魔力は5万。一般人の魔力が100~150程であることを考えれば、1つであろうと余裕で封じることが出来る。

 魔力量が圧倒的に多い固有魔法士でも10万から20万といったところだ。それが壊れた。しかも弾け飛ぶということは、ルーファの魔力量が封魔具で封じられていた25万という魔力を遥かに凌駕しているということ。


 ルーファがその手を鉄格子へと添えると、まるで最初からそれが幻であったかの如く消え失せる。2人を閉じ込めていた檻はすでにない。ルーファは一歩前へと踏み出し、レイナを振り返る。


「選んで」

「……私が〈亜空間〉入ったらルウはどうするの?」


「オレは大丈夫なんだぞ」


 以前死んだときも生き返ることができたのだ。今回もきっとどうにかなるはず。屈託なく笑うルーファから目を逸らし、レイナは迷うように顔を伏せた。何度か口を開き……閉じるという行為を繰り返す彼女を、ルーファは急かすことなく見守る。

 


 怯え、前に進むことを拒むレイナの背を押したのは母との約束――彼女の道しるべ。


「……行くわ。一緒に行く」


 目に涙を浮かべ、震える声でレイナは答える。

 ルーファが差し出した手をレイナは強く握りしめ、2人は同時に走り出す。



 その先に未来が続くと信じて。


 

 


  

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