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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
邪悪なる教団
53/106

惨劇の幕開け



 ――ルーファが攫われた。


 その報は即座に王宮へと届けられた。

 ルーファが攫われた場所は直ぐに封鎖され、至る所で検問が敷かれた。衛兵のみならず、普段は荒野と迷宮に目を光らせている国軍までもが動員され、街中には物々しい空気が漂っている。



「どういうことだ!!」


 王宮で当時ルーファの護衛についていたブルドランから話を聞くにつれ、ガウディの苛立ちは募っていく。犯人不明、人数不明、逃走経路不明、どの様な手段で行われたかすら誰も把握していないという。気付けば消えていた、ただそれだけである。


「話にならん!直接話を聞きに行く!」

「お待ちください陛下!それでしたら私が関係者を呼んでまいります!」


 慌てるブルドランを一蹴し、ガウディは王宮を飛び出した。誘拐は時間との勝負だ。時が経つにつれ死亡率が跳ね上がるのだから。


 それに……攫われたのはルーファだけではなく、側にいた友人も含まれるという。そこに解決の糸口がないかと考えたのだ。可能性は限りなく低いが、友人が狙われ、ルーファがそれに巻き込まれたということも考えられる。まずはその親族に話を聞かねばならないだろう。





 魔獣を駆るガウディに並走するようにベティが並ぶ。


「父上!お供します!!」


 2人の後を追う近衛騎士を顧みることなく、彼らは通りを駆け抜けて行った。







 ルーファとレイナが誘拐された時、偶然にもゼクロスはアイゼンと共にいた。彼が迷宮に潜っている間、ルーファのために色々と骨を折ってくれたアイゼンにお礼を言うために訪問したのだ。


 最初は当り障りない話であったが、なぜか途中からアイゼンの人生相談の様相になり、終いには(レイナ)への接し方講座となっている。ゼクロスには娘どころか子供さえいないのだが……。



 だがその和やかな雰囲気は突如一転する。

 息を切らして飛び込んできたレイナの護衛――ザハリケとセジョン――によって。 


 話を聞いたアイゼンは2人にゼノガとドゥランへ誘拐のことを伝えるよう指示を出し、ゼクロスと共にルーファの屋敷へと向かった。







 いつもは笑い声が絶えない屋敷はしんと静まり返っている。


 廊下を音もなく3人のメイドが歩き、1つの部屋の前で止まる。入室の許可を得ると同時に扉が開けられ、重苦しい空気が支配する室内を窺い知ることができる。


 最奥に国王であるガウディが座り、ベティ、アイゼン、ゼクロス、ミーナが左右に分かれて腰かけている。近衛騎士は扉を守る2名を除き全員壁際に控え、ルーファの護衛騎士代表としてソーンとブルドランが参加している。


「バーン殿とアイザック殿はどうした」


 ガウディの問いに答えたのはソーン。


「2人の行きつけの店を探したのですが……ここ数日は姿を見ていないとのことで、恐らく迷宮に潜っているのではないかと思われます」



 迷宮に潜るのに特別な手続きは必要ない。入口に立っている衛兵に冒険者カードを見せるだけで通れるのだ。ただし、冒険者ギルド以外のカードでは入ることができず、別途許可証が必要となる。



「間が悪いことだ……」


 1つ息を吐き、ガウディは鋭くアイゼンを見つめる。


「それで……アイゼンだったな、今回の件に心当たりはあるのか?」

「関係者を呼んでいます。入室の許可を頂きたく存じます」


「それは絶対に必要な事か?」

「はい。私の協力者です」


 アイゼンの言葉にきな臭さを感じガウディは思わず顔をしかめた。   




 そう間を置かずして、廊下が騒がしくなり乱暴に扉が開かれる。


「何が起きた!!ルウはどうした!!」


 殺気を漂わすバーンとアイザックに近衛騎士が武器に手をやり、ガウディとベティを庇うように動き出す。


「やめんか!!味方同士で殺し合う気か!!」


 ガウディが一喝し下がらせるが、彼らはバーンとアイザックの動向を警戒し様子を窺っている。


「バーンさん。私がルウちゃんの手を握ってたんです~。ずっと握ってた……その筈なのに。い、いつの間にかルウちゃんとレイナちゃんがいなくて……ごめんなさい。私が付いていたのに」


 歯を食いしばり涙を堪えるミーナの背をゼクロスが優しく撫でる。バーンは身の内に渦巻く熱を吐き出すかのように長く息を吐き、椅子に腰かけることなくそのまま壁に凭れ掛かかった。


「悪い。冷静じゃなかった。……アイザック」


 その言葉に未だに殺気を漂わしていたアイザックも殺気を治めバーンに倣う。


「それで状況は?」

「今からアイゼンの協力者が来る。それからだ」

 






 案内されて来た“もふもふ尻尾”と“筋肉躍動”のメンバーにバーンは僅かに目を見張る。


「アイゼンさん!レイナちゃんとルウちゃんは!?」


 ゼノガは近衛騎士に目を止め、次いでガウディを見て絶句する。他のメンバーも多かれ少なかれ似たような反応を示し、最後に助けを求めるようにアイゼンを見る。アイゼンはゼノガ達を手招きし、来た時とは裏腹に彼らは借りてきた猫のようにアイゼンの後ろへと立った。



「揃ったな。アイゼン全てを話せ。この場での嘘は許さん」


 国王(ガウディ)のその言葉は違えれば罪に問うという宣言に他ならない。


「私たちはミミク・タランチェと“至高の力”パウロを6年間追っています。証拠はありませんが……彼らに肉親を殺されたのです。その過程でミミクの屋敷に入ったっきり帰って来ない者が他にもいることを突き止めました。街中でも何人もの人間が行方知れずになっているのを陛下はご存知ですか?」


「……そのような報告は受けていない」


 行方不明者が1人2人ならばガウディの下へ報告が上がることは無い。だがアイゼンの口ぶりからはかなりの人数だと推察される。仮に組織的な誘拐が行われているならば、必ずその報告はガウディの耳に届いているはずだ。ガウディの目は自然と険しさを増す。


「衛兵隊のトップはデルビエル伯爵の3男です。ミミク・タランチェは彼の親戚にあたります」


 ガウディは聞き覚えのある名に思わず眉を顰めた。

 ルーファが王宮にいた時に怯えを見せた男……それがゴードン・デルビエルであった。念のため周辺を調べさせてはいたが今のところ特に不審な点は発見できていない。


「確かか?」

「はい」


 目を逸らすことなく頷くアイゼンに、ガウディは信じることに決める。王宮へ使いを出そうとしたところでアイゼンの口から更に驚くべきことが飛び出す。


「我々はルウ様が狙われるのではないかと思い、ここ数日タランチェ商会を張っていました」


 アイゼンに目配せされゼノガが進み出る。


「オレ達が交代で張ってたんだが、ルウちゃん達が攫われた時にパウロが動いた。ただ……後をつけたんだが忽然と消えたんだ!見失うような場所じゃなかった!!それに3日前からミミクの姿が確認できない。商会に入ったっきり出て来ないんだ。どうやら来客にも会わずに引き籠っているらしい。商会に出入りした者にも話を聞いたが見た者はいない。今はザハリケとセジョンが見張っている」


「何故ルウが狙われると分かった?」

「……禍津教の本部がカサンドラにあると突き止めました」


 ガウディの問いを予想していたアイゼンはどうにか平静を保ち、掠れた声で答える。脳裏に鬼の姿が過ぎり、震えそうになる身体を気力で抑える。


「ほう……どうやってそれを知った?」


 ガウディは一切の動揺を声に出すことなくアイゼンに問う。だがテーブルの下の彼の拳は強く握りしめられ、冷静にアイゼンを観察していた目には焦燥が見え隠れしている。

 額に汗をかき、押し黙るアイゼンにガウディは眼光を鋭くする。


「まだ何か隠しているようだな」


 獰猛に嗤うガウディにアイゼンは初めて視線を逸らした。




 アイゼンは葛藤の中にいた。

 全てを話すべきだ、そう分かってはいる。ことはレイナの命に関わることなのだから。ただ……レイナが無事に帰った時、どの道殺されるのではないかという恐れがある。あの鬼は言った。話せば殺すと。それがアイゼンだけならば喜んで話しただろう。もしそれにレイナが含まれていたら……。


 アイゼンは床を見つめ歯を食いしばる。決断しなくてはならない。禍津教に攫われたのならば、一刻の猶予もありはしないのだから。

 



 アイゼンが口を開くより早く、ゼノガが横から口を挟む。


「“復讐鬼(リベンジャー)”だ。赤鬼と黒鬼が禍津教を追って来ている」

「なっ!何故っ!?」


 驚愕に目を見開き、アイゼンは勢いよくゼノガを振り返った。


「アイゼンさんがそこまで恐れる相手だ。想像はつく。あんたは自分の命がかかっていても平然としているタイプだからな」


 ゼノガは一度苦笑した後、真面目な顔で続ける。


「オレ達が勝手に調べたんだ。あんたが話したんじゃない。赤鬼と黒鬼が来たらそう言ってやれ」


 それは詭弁に過ぎない。赤鬼と黒鬼は信じないだろう。だが……それでも、アイゼンはゼノガ達の心を嬉しく思う。


「ありがとうございます。ゼノガ殿……お陰で覚悟が定まりました」


 アイゼンはゼノガに笑いかけ、ガウディへと逸らすことなくその目を向ける。先程まであった迷いは既にない。


「陛下、お願いがあります。レイナが無事に見つかったら保護しては頂けませんでしょうか?」

「お前はどうするつもりだ?」


「商人は約定を守らねばなりませんからな。なに、心配はいりません。見事交渉してみせましょう」


 快活に笑うアイゼンをどこか眩し気に見つめ、ガウディは王の名の下にレイナの保護を約束した。






「本題に入るぞ」


 その言葉と同時に空気が引き締まり、全員が険しい表情でガウディに注目する。


「父上!即刻タランチェ商会を襲撃すべきです!」


 ベティが立ち上がり、ガウディに掴みかからんばかりに詰め寄る。


「……証拠は?」

「証拠など後でいくらでも出てくるでしょう!」

 


 ガツン!!



 ベティが吹き飛び、近衛騎士が慌てて彼に駆け寄り支える。


「愚か者!!王家が法を守らずして誰が守るというのだ!お前のその発言は王族失格だ!!」

「ならばっ……ならばどうしろというのですか!!こうしている間にもルウがっ!!」


 口から血を滴らせながら、ベティは近衛騎士を押しのけ立ち上がる。


「それをこれから考えるのだ!少し頭を冷やせ……感情に囚われてはならん。我らには我らの責務がある。それを忘れるな」


 ガウディはベティを殴った己の手を見る。彼の激情を表すかのように激しく震える手を。彼とて助けたいのだ。一度は我が子にと望んだルーファを。だが……それでも彼は王。私情で動くことは許されぬ。




「オレが行く。オレがミミクの商会で暴れてやる!!」

「Bランクの冒険者が暴れているなら……兵が出動する必要があるだろうな」


 チェスターが叫び、ズールノーンがそれに追随する。


「おいおい!リーダーは無視かよ!勿論、誘ってくれるんだろ?」


 次々と参加を志願する彼らにガウディは忠告する。


「分かっているのか?商会を襲撃するなど重罪だぞ?仮に禍津教の証拠が見つかったとしても……冒険者の資格剥奪は免れんぞ?」

「オレは……妻と生まれてくる子を攫われたんだ。陛下も知っているでしょう?あいつらが攫った人間に何をするのかを……」


 チェスターの声は怨嗟を孕み、その目は憎しみが浮かんでいる。いや、彼だけではない。ゼノガ、マッシム、ポトフ、ズールノーン全員が復讐に燃えている。彼らの悲願が果たされる時がきたのだ。


「ゼノガ!手はいらねぇか?」


 ドゥランが悪童の様に笑い、彼の仲間も武器を掲げる。


「ドゥラン……」


 迷いを見せるゼノガにドゥランは畳みかける。


「気にすんな!乗りかかった船だぜ!それによ……ダルカスのこともある。このまま黙っちゃおけねぇ!!」




 喧騒とする室内に突如殺気が膨れ上がり、水を打ったように静寂が満ちる。彼らの視線の先に佇むは……1人の男。


「オレ達が行く。お前たちは邪魔だ」


 ゆらりとバーンが進み出て、手に持っていた仮面を被る。鬼の仮面を。


赤鬼と黒鬼(オレたち)なら暴れても問題ないだろ?」


 冷酷な笑みを浮かべるバーンに漆黒のコートが投げられ、すぐさまそれを身に着ける。次いで二振りの三日月刀(シミター)

 いつの間にかその隣には死神の大鎌(デスサイズ)を持った黒鬼が並び、禍々しい殺気を放っていた。



 ――“復讐鬼(リベンジャー)”赤鬼と黒鬼



「えっ?えっ?うそ……」


 戸惑うミーナとは対照的に、ゼクロスは何も言わずただ2人を見つめている。

 2人を無視し、赤鬼はガウディに目を向け嗤う。


「オレ達が合図を出したら踏み込め」


 音もなく窓から飛び出した黒鬼に続こうとした赤鬼は一瞬だけ2人に目を向け、未練を断ち切るかのように身を翻した。




 ――今宵、惨劇の幕が切って落とされる。

 




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