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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
邪悪なる教団
51/106

会合

 高級レストランが立ち並ぶ一角を9人の武装した男たちが歩いている。恐らくは高位冒険者なのだろう。


 1つのレストランの前で立ち止まると、彼らは躊躇うことなく扉の前に立った。すると自動で扉が開き、それと同時に制服に身を包んだ男が歓迎の文句を口にした。。


「ようこそいらっしゃいました。奥へご案内いたします」


 男の案内で奥――地下――へと進み、その最奥にある扉の前で止まる。開かれた扉の中は地下とは思えぬほど明るく、装飾品の代わりに白を基調とした花が其処かしこに飾られている。カサンドラに於いて、高級な装飾品よりも花の方が喜ばれるためだ。ただし、食事をする場所とあって匂いの強いものは避けられている。




 無言で座る彼らの前に飲み物が置かれ、給仕が下がってからも誰もそれに口を付けようとはしない。

 そう間を置くことなく、ノックが聞こえぽっちゃりとした男――アイゼン・ラプリツィア――が入室する。それと同時に1人の男が立ち上がり頭を下げた。


「今回はオレ達の参加を認めてもらって感謝する」


 “筋肉躍動”のリーダー・ドゥランだ。それを皮切りに他のメンバーも立ち上がり頭を下げる。


「構いませんよ。むしろ高位冒険者に味方となってもらえるなど心強いですな」


 その言葉にドゥランは苦笑する。彼らはダルカスの不始末の責任を取る形で、パーティ・個人ランク共に1ランク格下げとなったのだ。現在は上級冒険者ではあるが、高位冒険者とは呼べないのだが……まあ、実力的には下がるわけではないため、あながち間違いとは言い切れないが。


「ドゥランは信用できる男だ。それはオレ達が保証する」


 ドゥランを会合に誘った男、“もふもふ尻尾”のゼノガがアイゼンを見つめる。その顔はルーファに見せたことがないほど険しい面持ちをしていた。





 ここにいる彼らは全員ミミク・タランチェとパウロに恨みを持っている者だ。




 ゼノガには妹がいた。否、妹しかいなかった。戦闘に従事する者が多いカサンドラでは珍しくもないことだ。マッシム、ポトフ、チェスター、ズールノーンも同じ孤児院で育った仲間である。


 人族の血が濃いゼノガとは違い、犬人族の血が濃く出た彼女は垂れた犬耳とふさふさの尻尾を持っていた。“もふもふ尻尾”の由来も彼女の尻尾にあやかって付けたものである。彼らの尻尾好きの根源には彼女の尻尾があると言っても過言ではない。


 彼らは冒険者として大成すると同時に家を買った。こじんまりとした家だが、6人で生活するには充分であった。彼女はチェスターと付き合っており、妊娠が発覚した際には仲間内でささやかながらお祝いもした。


 だが、その幸福も長くは続かなかった。


 出産間際の彼女が行方知れずになったのだ。冒険者仲間にも協力してもらい探したのだが見つからず、全員が失意のどん底にいたその時……彼女の指輪が見つかった。妊娠が分かった時、チェスターが大枚をはたいて購入した指輪だ。内側にはイニシャルが彫ってあり、間違えようもなく彼女のものであった。


 自分の店に売られた指輪に気付いた友人が知らせに来たのだ。売りに来たのは……パウロ。


 それから彼らは“至高の力”を調べ始め、その過程でアイゼンと出会った。






 そして今回パウロを追っている最中にドゥランと鉢合わせした。というか、拙い尾行技術を見ていられず声を掛けたという訳だ。“筋肉躍動”は正面からぶつかり合うことを美学としており、全員が隠密行動を苦手としているのだ。ちなみに、罠は野生の勘に物言わせ喰い破ってる次第である。


 ドゥランの話――精神支配系の固有魔法士の存在――を聞き、その危険性を知った彼らはアイゼンへと連絡を取り、今回の会合へと相成った。アイゼン的にも渡りに船だったといえる。




「精神支配系ですか……それは確実なのですかな?」

「信じるか信じないかはアイゼンさんに任せるがよ、オレはそうだと思ってる。じゃねぇと、説明がつかないからよ。ダルカスはあんなことする奴じゃねぇ。それに……」


 途端に口ごもるドゥランにアイゼンは先を促す。


「あ~、アイゼンさんはルウ様を知ってるんだよな?ルウ様が言ってたんだよ。ダルカスに灰色の靄がついてたってな」


 さすがにこれは信じてもらえないかもしれない、とドゥランは思う。彼自身ルーファが神獣だと知らなければ信じなかっただろう。魔法を視認できるなど荒唐無稽に過ぎるのだから。

 緊張した面持ちで待つドゥランだったが、アイゼンはあっさりその言葉を信じた。


 だがそれで納得行かないのはゼノガ達である。


「いやいや、光魔法士にそんな力ないだろ!?」

「ゼノガ殿、ルウ様は不思議な力をお持ちですからな。私は信じますぞ」


 アイゼンは今まで誰にも語らなかった瘴魔病に侵された妻とレイナのことを告げる。ハンカチで目元を拭う彼に言いにくそうにゼノガが口を開く。


「それは結局治ったかどうか分からないんじゃ?」


 瘴魔病は発症しなければ患っているかどうかさえ分からない病である。治ったかどうか……いや本当に患っていたかどうかすら疑問である。まあ、ゼノガもルーファがそんな詐欺めいたことをするとは思ってはいないが。


「あの場にいたならゼノガ殿も信じるはずです」


 断言するアイゼンに、その場に居たわけではないドゥランが何故か頻りに頷いている。


「ゼノガ殿もルウ様の御力を見れば分かりますよ」


 納得いくものではないが、これ以上は埒があかないと感じたゼノガは取り敢えずその言葉を信じることにした。敵の戦力を軽く見積もるより重く見積もった方がいい、という理由からだ。


「それでどうする?」


 固有魔法士すら支配してみせたのだ、自分達に抵抗できるとは思えないゼノガである。


「“赤き翼”を仲間に引き入れちゃどうだ?」


 彼らの内、実に2人が固有魔法士である。パウロが空間系だけでなく精神支配系の権能を持っているのだとすれば、自分達だけでは対抗できないのではないかという思いがある。更に言えば神獣の信を得ているのだ。これほど心強い援軍はない、とドゥランは思う。





「その前に私からも報告がありますぞ。今から言うことは他言無用です。守れぬ者はここから出て行ってもらいたい」


 アイゼンは一旦言葉を切り、全員の顔を見回す。誰一人として怖気づく者はなく全員が真っ直ぐアイゼンを見つめている。


「情報源は明かせませんが……禍津教の本部がこのカサンドラにあるというものです」

「はあ!?そんな話聞いたこともないぞ!」


 ゼノガが叫び、それにマッシム、ポトフ、チェスター、ズールノーンが追随する。彼らはカサンドラ生まれのカサンドラ育ち。さすがにそんな大規模な犯罪組織――それも本部――があれば気付くというものだ。


「……情報源は明かせないんだな?」

「明かせませんな」


 はっきり言って、この情報を伝えるだけでもアイゼンとしては危険な橋を渡っているのだ。彼の顔は青褪め、額から流れ落ちる汗を頻りにハンカチで拭っている。その様子に気付いたゼノガは警戒するように辺りを見回した後、声を潜めて忠告する。


「アイゼンさん悪いことは言わない。あまり無理をするな。あなたに何かあれば悲しむのはレイナちゃんだぞ」


 アイゼンは詰めていた息を吐きだし、震える手でコップを掴み一気に中を呷った。少し落ち着いたのか、その顔に強張った笑みを浮かべる。


「大丈夫です。敵ではありません。むしろ……同じ敵を見据える味方、と言ってもいいでしょうな」


 それはつまり……禍津教を敵とする誰かがいるということ。その時、ズールノーンのコップが音を立てて倒れた。


「わ、悪い」


 慌てて〈清浄〉を発動させ、テーブルの上を清めた彼の顔色は、青を通り越して蒼白であった。





 アイゼンはズールノーンの異常な様子に気付くことなく話を続ける。


「“赤き翼”はカサンドラへ来たばかりですからな。そんな中、こちらの都合で巻き込むのも気が引けると言うもの。それに彼らには既にパウロとミミク・タランチェのことは警告しています。いざとなれば力を貸してくれるでしょう。あそこには光魔法士であるゼクロス様がいらっしゃいますからな」


 光魔法士を執拗に狙う禍津教と神獣神殿は当然のことながら敵対している。事情を話せば必ず協力してもらえるはずだ。


「そのためには……証拠が必要か」


 今のままでは誰に話しても鼻で笑われるだけである。「人から聞いた、だがその人物については言えない」ではお話にならない。ただの妄想だと断じられるのがオチだ。


「禍津教とミミク・タランチェを繋ぐ情報が欲しいところですな。それと敵側の固有魔法士の数とその権能も」

「それが先方の要望ってわけか?」


 ドゥランの問いに無言を通すアイゼン。






 前回ゼノガが定期部隊の依頼を受けたのは、パウロがいたからだ。運よくと言っていいかは分からないが大規模戦闘が起こり、その時に知り得たパウロの権能をアイゼンに告げる。


「パウロの権能だが……恐らく探知系が含まれているな。護衛兵に聞いたところ屍骸肉塊(デス・ミート)が現れる前にその名を叫んでいたらしい。それに屍骸肉塊(デス・ミート)の攻撃はパウロに掠りもしなかったそうだ。まるで相手がわざと外しているかのようだった、という話しだ」


「それは……厄介ですな。効果範囲は分かりませんか?」


「最低でも500メートル」


 それは屍骸肉塊(デス・ミート)が出現した際のおおよその距離である。残念ながらゼノガ達はその場にいなかったために後から聞いた話だが。


「最低ですか……」

「仕方ないだろ。こればっかりは戦ってみないと分からない」


「いえ、すみません。無理を言いました」


 頭を下げるアイゼンにゼノガは気にするなと手を振った。 










 会合を終えアイゼンが退出した後、料理が運ばれてくる。ここはラプリツィア商会が運営しているレストランで、この料理は全てアイゼンの奢りである。

 いつもならば即座に料理に手を出すゼノガ達も、今日はさすがに様子が違う。


「ズールノーン、心当たりがあるんだろ?」


 俯き答えようとしない彼に焦れたように、ゼノガがもう一度名を呼ぶ。


「……1つしかないだろ?禍津教を潰して回ってる奴らなんて」

「いや、あいつらはリーンハルトの南部を中心に活動してるんじゃなかったか?」


 マッシムの疑問は全員の疑問だと言える……が、その情報は古い。


 ズールノーンは情報収集が趣味だと言ってもよい。外の情報が入りにくいカサンドラで、わざわざリーンハルトで発行されている新聞を取り寄せているほどだ。月に1度しか定期部隊が来ないため精密な情報とは言い難いが。


「最後に確認されたのが城塞都市フォルト近郊で1年前。その時に滅ぼされたのが禍津教の拠点の1つだ。かなり規模の大きな拠点だったらしい」


 城塞都市フォルトはベリアノスと国境を接する軍事拠点だ。リーンハルト真東に位置し、南北の丁度中間地点となる。


「北に……移動してるってことか?」


 ゼノガが恐る恐る尋ねる。他の者の顔色も心なしか蒼褪めて見える。


「その後に1度北部で盗賊団が全滅しているが……奴らかどうかは不明という話だ。全て燃やされていたらしい。生き残りはゼロだ」


 生き残りがゼロという時点で疑う余地が無いように思えるが、証拠がなければこんなものである。


「おいおいマジかよ……。やべぇ。マジやべぇ」


 ドゥランが頭を抱えテーブルに突っ伏した。


「何やったんだ?」

「この前、新人にカツアゲしていた奴らがいたから、カツアゲし返した」


「そ、それは流石にセーフじゃないか?」

「で、でも金取っちゃったし」


 捨てられた子犬の様な眼差しでゼノガを見つめるドゥラン。

 そっと目を逸らすゼノガ。


 その様子に毒気を抜かれたのか、若干血色が良くなったズールノーンが続ける。


「もし、その拠点で本部の位置を知ったとしたら?」


 沈黙が満ち、誰も口を開こうとはしない。そもそも、あの豪胆なアイゼンがあそこまで怯えていたのだ。それが奴らであれば得心がいく。




「来ているのか……赤鬼と黒鬼が」






 

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