ルーファの秘密・下
フェンは思考する。
ルーファの超☆神獣はさて置き、ステータスが見えないことは事実である。
信じられない事ではあるが、ルーファにはヴィルヘルム様に通じる何かがあるのかもしれない。もしかしたら、ヴィルヘルム様の御力の一端を知ることができるのではないだろうか。
フェンがヴィルヘルムに謁見を申し出たのは単純に世界最強と謳われるヴィルヘルムを見てみたかったからである。フェンは驕っていたのだ。生まれた時から強者であったがために。ヴィルヘルムの力を試してやろうと考えていた。
実際に謁見し、フェンは自分の愚かさを知った。彼は……強さの深淵を知った。いや、その言葉は正確ではない。彼は何も分からなかったのだから。彼我の差が大きすぎて、只々その力の大きさに身体を震わせただけである。
そして、その強大な力の波動に一瞬にして魅了された。そう、彼はヴィルヘルムの大ファンなのである。
フェンは高鳴る鼓動を抑えつつルーファに尋ねる。
『ルーファ、オレは千年以上生きてきたが、ステータスが見えなかった御方はただ1人、ヴィルヘルム様だけよ』
『えっ!ヴィーを知ってるの!?』
ルーファの目が挙動不審に左右に動き、耳と尻尾が内心の動揺を現すかのようにピクピク動く。
その姿を見て、フェンは確信する。こいつ絶対何か知ってやがる、と。
(まずいんだぞ)
ルーファは状況の悪さに歯噛みする。まさかフェンとヴィーが知り合いだったとは……思ってもみない事態である。このまま家出がばれたら、確実に家に連れ戻されてしまうだろう。バレないようにしなくては。自分はクールな狐である。冷静に、冷静に。
『ワァー、ソウナンダ。ヴィルヘルムって誰カナー』
『今お前ヴィーって言ってたよな!?』
初っ端からルーファは挫折した。
『どうやらヴィルヘルム様を知ってるようだな。まぁ、当然っちゃ当然か。あの御方は母なる神獣の神域に住んでるしな。ルーファもそこで生まれたんだろ?』
『なぁ!何でわかったの!?』
『いやいや、むしろ何で分からねぇと思うんだよ。今いる神獣は全てあの女の神域生まれだろうが。むしろ、そこ以外で神獣が生まれた話は聞いたことねぇしよ』
知らなかったルーファである。ちょっと恥ずかしい。
さて、ここで神獣について説明しよう。
神獣とは神力が凝って生まれ、神力は神域を離れるにつれて魔力となるため、神域周辺以外で神獣が生まれることはない。
“大災厄”の際に、神獣はカトレアを残して死に絶えたため、彼女は全ての神獣の祖となるのである。
彼女が母なる神獣と敬われ世界各地で信仰の対象になっているのも、これが理由だ。実際、“大災厄”から5千年以上の月日が経った現在でさえ、彼女の神域以外で神獣は生まれていないのが実情だ。
神獣が担う役割とは神樹を守り育てること。神樹とは、魔力・瘴気といった負の感情に侵されし力を神力へと浄化・還元する世界の浄化機構の1つである。
神獣は生まれ落ちた神域にある神樹より種を得て、自らの神域を作るために旅に出る。気に入った土地を見つけると種を植え、神樹を基点として神聖魔法〈神域〉を発動するのだ。いや、神樹を基点としてしか神域は発動できない、と言ったほうが正しいだろう。
神域内に限り神獣はあらゆる事象を支配するが、逆に神域を破られたり、離れたりすれば弱体化する性質がある。
ちなみに神樹の実が育ち成熟すれば、そこから聖獣が生まれ落ちる。彼らは神樹を育てた神獣し従う忠実なる眷属である。
黙りこくるルーファにフェンは真摯に尋ねる。
『ルーファ、お前何者だ。悪い奴じゃねぇ、それは分かる。だがよ、正直得体がしれねぇ。友達の力を詮索するのはマナー違反度と分かっちゃいるんだが、教えてくれねぇか?』
(……友達)
ルーファの狐耳がピクリと動く。
ルーファが今まで神域を出たのは一度きり。姉と慕う神獣が自分の神域に帰る時、こっそり付いて行き、そのまま迷子になってしまったのである。ルーファはそれ以来、神域から出してもらえず、友達ができた試しがない。
ルーファの心に温かなものが灯ると同時に、全てを話せない自分に嫌悪を覚える。せめて自分に答えられることは正直に話そう、そう思い口を開いた。
『オレの種族名は神獣じゃなくて超越種なんだぞ。でも、神獣の力も継いでるんだぞ』
『超越種?聞いたことのない種だな』
『ヴィーは世界の理を超えた種族だって言ってたんだぞ。最終進化先の更にその先なんだって』
『ヴィルヘルム様も超越種なのか!?』
『そうだぞ~。超珍しい種族なんだって』
フェンは驚愕する。アカシックレコードにすら載っていない秘密……それがどれほど重大なことなのかルーファは分かっているのだろうか。世界の理を超える……それはこの世界の根幹たる魔法が適用されないということ。
『ルーファ、お前に魔法は効くのか?』
『ふふふん、オレに魔法は通じないんだぞ』
自慢げに胸を張ったルーファは、言葉を続ける。
『ただ……物理攻撃は通じるから、そこら辺の石が当たっただけで死ねる自信がある!』
フェンはルーファの言葉を華麗にスルーし、不満げなルーファを置いて更に質問を続ける。
『ルーファが使っている力は魔法なのか?』
魔法には魔法陣が必ず必要である。だが、以前見たルーファの魔法に魔法陣はなかった。魔法陣が小さく、見逃したのかと思い気にも留めなかったが、もしかしたら……魔法ですらないのかもしれない。
『超越魔法って言うんだぞ』
『初めて聞くな。魔法陣を必要としない魔法ってやつか?』
『そうだぞ~。でもコントロールが難しくて全然使いこなせないんだぞ』
『なるほどな、魔法陣がないってことぁ補助がないってことか』
ひどく興味をそそられるフェン。何せ憧れのヴィルヘルムが使う魔法である。だが流石に自分の切り札であろう魔法について根掘り葉掘り聞くことは躊躇われる。フェンが思い悩んでいると、ルーファが思いもよらぬ発言をする。
『よし!フェンにオレの力を教えちゃうんだぞ。友達だからな!』
『いいのかよ!?』
『ダメなの?』
『ダメじゃぁねぇが……いいか無闇に他人に自分の力を教えるもんじゃねぇ。悪用されねぇとも言えねぇからな。分かったか?』
流石にルーファの今後が心配になり忠告するフェン。
『分かったんだぞ。でも、フェンなら大丈夫だぞ』
信頼の眼差しで見つめてくるルーファに、フェンは若干照れながらも続きを促した。
『オレが持ってる超越魔法は3つ。時空ノ神、豊穣ノ神、創造ノ神なんだぞ。どうよ、どうよ!すごいでしょ!』
――凄いというものではない。
その力はまるで遥か昔に存在したという≪神≫の力そのものではないか。フェンは畏敬の念を抱きルーファを見つめる。
『ただねー、難しすぎて劣化版の〈亜空間〉と〈結界〉と〈浄化ノ光〉しか使えないんだぞ』
……ほぼ使えなかった。
◇◇◇◇◇◇
風が木々の枝をざわめかせながら通り過ぎる。木々の奏でる歌を聴きながらフェンは先程のルーファの話を思い出す。超越種……聞いたこともない種族の名を。そして神の如きその力を。
(守らなけりゃいけねぇ)
ルーファの力は世界にとって必要な力……そう強くそう感じる。
だが、思った以上にルーファの能力は低い。あれから結界を使った実験を行ったが、フェンの一撃を防ぐことすら叶わずに砕け散った。原魔の森を踏破するにあたり、細心の注意が必要だろう。
その時、ひらひらと飛んでいる蝶を追いかけて遊んでいたルーファが振り返り、フェンに質問する。
『ヴィーとどこで知り合ったの?』
ヴィルヘルムが神域を離れることは殆どない。今回ルーファが家出するにあたり、最大の難関はヴィルヘルムだったのだ。
ルーファは欲しいものをA4サイズの紙にびっしり記入し、渾身のおねだりでヴィルヘルムを神域の外へと追いやったのである。
ルーファは気付いていない。竜王ヴィルヘルムにお使いを頼むだなどいう暴挙が許されるのは、世界広しといえどもルーファだけだということを。
しつこく尋ねてくるルーファに、フェンはSランク冒険者となった時に謁見した旨を語り、Sランクのギルドカードを見せた。
『すごい!すごーい!』
まさか目の前の狼が憧れのSランク冒険者であったとは!ルーファは子供が英雄に向けるかのような憧憬の眼差しでフェンを見つめる。そして……
『ヴィーのペットにはならなかったの?』
ぶっ飛んだ発言をする。
だが……フェンは目を閉じ夢想する。
ヴィルヘルムのために戦い、敵を屠る自分の姿を。褒められ頭を撫でられる自分の姿を――。
(ありかもしれねぇ)
『悪かったな』
唐突に謝ってきたフェンに、ルーファは意味が分からぬとばかりに小首をかしげる。
『ルーファが英雄王ガッシュのペットになりたいって言った時にバカにしちまってよ。ペット……最高じゃねぇか』
『だよね、だよね!流石はフェンなんだぞ!』
ルーファは嬉し気に耳と尻尾をピンと立て、満足気に頷く。
『ヴィルヘルム様のペット……いい響きじゃぁねぇか!』
『うむす。ペットとは至高の座なんだぞ!』
二匹の心が一つになった瞬間であった。