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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
邪悪なる教団
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ルーファ危機一髪

 迷宮――それは世界の浄化機構の1つ。


 迷宮には必ず迷宮核と呼ばれる核があり、これが迷宮を支配している。彼らに感情はないが高い知能を有する世界の管理者の1柱である。



 全ての迷宮は種族固有魔法――箱庭ノ神――を保持しており、その権能は迷宮内に限り超越魔法に匹敵する破格の魔法だ。その権能は以下の6つ。


 〈迷宮作製〉迷宮作製及びその内部を変革する力

 〈万物創造・限定〉迷宮内に限り無から有を生み出す力

 〈自由自在・限定〉迷宮内に限り下位格の魔法を自在に使用できる

 〈消化還元〉内部に取り込んだ生命体以外――魔力・死体・魂・武器等――を取り込み自身の魔力へと還元する

 〈瘴気吸収〉迷宮を中心として周囲の瘴気を吸収する

 〈瘴気変換〉瘴気を魔物へと変換する


 


 迷宮の役割は2つある――瘴気と人種の削減だ。


 瘴気から魔物を創りだし、それを人種(ひとしゅ)と殺し合わせることにより魔力へと還元しているのだ。


 故に迷宮は淡々と己に課せられた使命を果たす。

 数多の宝を用意し、人種をおびき寄せ……殺す。罠を張り、魔物を作り彼らを待ち受ける。そこは人種(ひとしゅ)を殺すために作られた舞台なのだ。

 もし人種(ひとしゅ)が来なければ、迷宮は魔物を解き放つ。それが魔物暴走(スタンピード)――迷宮の怒り――である。


 迷宮は神域が複数あるラスティノーゼ大陸北部には存在せず、西部を中心として生じている。

 発生条件は瘴気と人種(ひとしゅ)の存在。だが不思議なことに負のエネルギーを集める原魔の森で迷宮が生まれたことは無い。例えその側に街があろうとも、必ず迷宮はそこを避けて生まれるのだ。その原理は未だ解明されていない。


 また、迷宮が瘴気を魔力へと還元していることは人種(ひとしゅ)に知られておらず、管理できないと判断されれば成長する前に討伐される。迷宮を殺す方法は1つ。最奥にある迷宮核を破壊することである。



 迷宮は蓄えられた魔力が規定値を越えると成長する。これは魔物でいう進化に当たり、成長に伴い階層がより深く、魔物がより強くなる。


 一般的に1~20階層の迷宮を初級、21~50階層を中級、51~100階層を上級、それ以上の迷宮を大迷宮と呼ぶ。また迷宮にも成長限界が定められており、それが200階層だ。ここまで成長した迷宮はカサンドラ大迷宮以外発見されておらず、それが世界最大だと謳われる所以である。

 

 さて、人種を殺すことを目的としている迷宮ではあるが、彼らが来なければ意味がない。そのため、内部には宝物の他に人種のための設備が備え付けられている。


 迷宮は各階層に小ボス、10階層おきに中ボス、そして50階層おきに大ボスが存在する。中ボス、大ボスが待ち受ける部屋の奥には転移結晶のある部屋があり、ボスを倒せば転移結晶に登録できる。そこから1階層にある転移部屋へ一瞬で移動できるのだ。

  1度登録しておけば、次回から登録ポイントへ自由に転移可能である。ただし、10階層から20階層といった途中の階層同士では転移することはできず、必ず1階層を経由する必要がある。


 また、各階層に1か所は必ず安全領域が用意されており、その中に限り魔物が侵入することはない。ボス部屋の手前には必ず設置されているが、それ以外の場所にも点在している。

 そして迷宮の最下層には迷宮の守護者が鎮座し、迷宮核と宝物庫へ続く扉を守っているのだ。








 カサンドラ大迷宮の50階層にあるボス部屋の手前――安全領域内――でバーンはルーファに貰った写真を眺めてニマついていた。憧れの竜王ヴィルヘルムの写真である。


 最近、彼は暇さえあればそれを眺めているのだ。その様子を微笑まし気にミーナが見守っている。その目は非常に生温かい。


「行くか」


 やる気を補充したバーンは立ち上がり、皆に声を掛ける。今からボスを倒し、街へと戻る予定なのだ。

 ルーファが王宮にいる間、迷宮に潜っていた彼らは既に40階層まで攻略済みであった。今回は41階層から50階層を攻略するために訪れており、攻略は予定を上回る勢いで進んでいた。


 ここまでかかった日数は僅か6日。既に中級層――21階層~50階層――も終盤に差し掛かっているにもかかわらず、この攻略速度は異常だと言ってもよい。罠が増え攻略に時間がかかる中級層に於て、それは戦闘に然したる時間をかけずに駆け抜けたことを意味するのだから。


 だがこの迷宮の本番は51階層――上級層――からである。そこを境に難易度が一気に跳ね上がるのだ。更に深層――100階層――以降ともなれば、未だかつて誰も到達したことのなき未踏破ゾーンだ。




 バーンは意気揚々とボスへと続く扉を開ける。


 彼は未だに気づいてはいない……ミーナにホモ疑惑をかけられていることに。





 ◇◇◇◇◇◇





 カサンドラ王女ベティは夜道を魔獣で駆け抜ける。その後ろには彼女の護衛騎士が続く。

 今日は来賓があり、中々王宮を抜け出せなかったのだ。しかもその来賓というのがベティを妻に望んでいるという。


 はっきり言って冗談ではない、と彼女は思う。彼――ベティ――は男なのだ。身体がではなくその心が。


 ()が自分の性別に疑問を持ったのは8歳の頃のこと。

 彼の初恋は自分に仕える侍女だった。それ以降も好きになるのは決まって女性であり、ドレスを着るのも髪を結うのも苦痛だった。そのことに初めに気付いたのは母であるシンシアーナ。彼女はベティが男であると認め、それ以降は息子として接するようになった。


 ベティは今でも母に深く感謝している。

 同時に婚姻を諦めてもいた。自分が添い遂げたいと思うのは女性であるのだから。



 

 だが、ここにきて両性具有の()()――ルーファ――が現れた。


 ありのままのベティを受け入れてくれた可憐な少女に、会ったその日に恋に落ちたのだ。それからというもの、毎日ルーファに猛アタックしている次第である。


 最近ルーファは冒険者に嫌がらせを受けており、ベティは毎晩それを慰めている。傷ついているルーファの心の隙を突いていると言われても仕方がないが、“赤き翼”が出払っている今がチャンスなのだ。

 昨晩は思い切って唇を奪ったが、嫌がる素振りは見せなかった。何としてでも“赤き翼”が帰ってくる前に、ルーファをモノにするつもりだ。







 ルーファは自室の窓から外を眺めてため息を吐く。今日はベティが来なかったのだ。


(せっかくレイナちゃんのことを話そうと思ったのに……)


 ルーファはベティに親近感を抱いている。それは、挨拶の仕方がルーファと一緒だからだ。はっきり言って人種(ひとしゅ)の挨拶は難しい。お辞儀に目礼、言葉に握手、人によっては抱きしめたり拳をぶつけ合ったりするのだ。

 その中で特に分からないのが握手である。する人としない人がおり、その違いがよく分からない。バーンも普段はしないのに、時折相手に手を差し出すのだ。正に謎である。


 その点ベティは分かりやすい。ルーファと同じキスなのだ。フェンに人にはしてはいけないと言われていたが、相手も同じであるのだ問題はないだろう。そもそも何故子狐の時は良くて人化した時は駄目なのか。人種(ひとしゅ)のルールは複雑すぎて未だにルーファにはさっぱりだ。




 そろそろ寝ようかなと思い、立ち上がるとノックの音が聞こえる。誰だろうか?


 ルーファが扉を開けると、そこにはベティが立っていた。









 ベティは緊張していた。

 今までは1階にある共用スペースでルーファと話していたが、今日は既に自室へ戻ったと聞きやって来たのだ。初めてのルーファの部屋……しかもこんな夜分遅くに。入れてもらえるだろうか、と不安に思いながらノックをする。


 扉が開き、姿を見せたルーファにベティは息を飲む。


 白色の膝下まである大き目なシャツ一枚を着ただけの無防備な姿に。残念ながら厚めの生地で透けてはいないが。


(こ、これは誘われているのだろうか)


 直視しては失礼だと思いつつも、僅かに膨らんだ胸元とチラチラと見え隠れする太ももに目が奪われる。

 




 そんなベティの動揺に気付くはずもなく、ルーファは喜んでベティに抱きついた。


「ベティ、いらっしゃい」


 ルーファはベティの手を引きソファーへと向かう。一旦は隣に腰を下ろしたルーファだったが、飲み物を入れた方がいいかと思い直し立ち上がる。ルーファも日々進化しているのだ。


 その瞬間、ベティがルーファの手を掴み引き寄せる。ベティの上に倒れ込み、ルーファはそのままきつく抱きしめられた。何となくいつもと様子が違うベティにルーファは心配になる。何かあったのだろうか。


「ベティ……?」


 ベティの顔をもっとよく見ようと顔にかかった彼の前髪をそっと梳けば、ベティの身体が一瞬大きく揺れ、いつもと違い荒々しく唇を塞がれた。


「……ふぁっ」


 中々離してもらえない執拗なキスにルーファの口から喘ぎ声が漏れ、それが益々彼を煽る。


「ルウっ、はぁ……優しくするから……いいかい?」


 切羽詰まったようなベティの声が聞こえ、優しくしてもらうのに問題など何もないルーファがこっくりと頷けば、そのまま抱き上げられベッドへと運ばれた。


 今日は泊まるのだろうか、と嬉しくなるルーファ。


「今日は泊まってくの?」


 頬を染め潤んだ目で見つめてくるルーファにベティは鼻息荒く答える。


「っ!?もちろん!」

「嬉しい」


 首に手を回し抱きつくルーファに、ベティは啄むようなキスをしてそのまま押し倒した。シャツのボタンが1つずつ外され、露わになった幼いながらもどこか艶めかしい姿態に、ベティは感嘆の吐息を吐く。





 何故ボタンが外されるのか分からないルーファは1つの結論に思い至る。


 ……もしやボタンが掛け違っていたのだろうか、と。

 最近では問題なく服を着れるようになったと自負していたルーファは、ショックを受けると同時に羞恥心に身を震わせた。


「恥ずかしいんだぞ……」


 ルーファの恥じらう様子にゴクリと喉を鳴らし、最早我慢できぬとばかりにベティはそのまま覆いかぶさった……









 バーン達が迷宮から帰った時は、既に夜も更けた頃であった。ボス戦に思いの他手間取ったのだ。食事を取ろうかとも思ったが、開いているのは酒場だけだ。美味い飯を出す場所もあるのだろうが、来たばかりの彼らには分からず、家で食べようということになった。


 屋敷に帰り着いた彼らは、庭にメーと並んでベティの魔獣がいることに疑問を抱く。中に入ってみれば挙動不審な護衛達。バーン達にわざとらしく先に食事を取るように勧め、部屋に決して行かせようとはしない。


 バーンは即座に〈疾風〉を発動させ、アイザックにミーナ、ゼクロスは彼を補佐すべく護衛を牽制する。床が砕けるのを気に留めることなく疾走したバーンは、その勢いのままルーファの部屋の扉を蹴破り、次いで寝室の扉を砕く。




 ドゴォォォォォォォォォン!!




 バーンが目にしたのは、ベッドに押し倒され服を剥かれたルーファの姿。


「ルーファから離れろ、王女様」


 額に青筋を立て殺気を放つバーンにベティは舌打ちする。予想より遥かに早い帰還である。


「貴方こそノックもせずにいきなり扉を破壊するなんてどういう了見だい?」


 睨み合う2人。


 ルーファはバーンの顔を見て、凍てつき強張っていた心が解れていくのを感じる。我慢していた涙が堰

を切ったかのように溢れ出し、気付けばバーンに抱きついていた。


「バーン君、お、おかえりなさぃ。うぇ、うえぇぇぇぇぇん!!」


 突然泣き出したルーファを抱きしめ、バーンは素早くルーファの身体を確認する。殆ど裸だと言っても過言ではないが、パンツは履いている。良かった。本当に良かった。


「……何もしてないんだな?」


 念のため確認するバーンに、ベティは不機嫌そうに答える。


「誰かさんのお陰でね。こっちはちゃんと合意も取ったっていうのに」

「おい、それはないぜ。ルウにそういった知識はないぞ?」


「そんなはずは……」


 否定の言葉を放とうとしたベティは、自分がルーファに言った曖昧な言葉を思い出し、僅かに動揺を滲ませる。後ろからアイザック達が追い付いたのを確認して、バーンはぐずるルーファに向き直る。


「あ~、王女様に何をされてたか理解してるか?」

「グスっ……ベティはオレのパジャマのボタンを直してくれてたんだぞ」


 全く何も理解していないルーファに、バーンは思わず天を仰ぎ、逆にベティは地へと突っ伏した。

 その日はベティを追い出し、ルーファはミーナと一緒に寝ることになった……扉が粉砕されたために。 

  

 

 






 翌朝、ミーナの部屋で真剣な面持ちをした“赤き翼”のメンバーが顔を寄せ合っていた。このままルーファを放っておくと、自分たちがいない間に美味しく頂かれかねない、ということで急遽開催されたルーファ緊急対策会議である。ちなみに、ルーファはまだ就寝中だ。


「このままでは不味い。何かいい案はないか?」


 議長であるバーンの言葉にゼクロスが手をあげて発言する。


「いい案と言われましても……母なる神獣様と竜王様の教育方針に反すれば、彼の方々の怒りを買うのではないでしょうか」


 確かに純粋培養のルーファに性教育を施せば、それだけで殺されそうではある。


「でも……このままじゃルーファちゃんが危ないですよ~」


 警戒心皆無のルーファを思い出し、全員が同時にため息を吐いた。

 どうしたものかと頭を悩ます一同。やがて珍しくアイザックが口を開く。


「恋愛小説を読ませたらどうっすか?本を選べば知識も制限できやすし、男女の機微程度であればこれで十分じゃないっすか?」


「「「それだっ!!」」」


 闇の中で一筋の光明を見つけ、全員がその案に飛びついた。


「確かに、小説であればオレ達が教えたことにもならないはずだ」


 バーンの視線がミーナに向けられ、分かってますよと言わんばかりにミーナが頷く。 


「任せてくださ~い。私が選りすぐりの恋愛小説をルーファちゃんに貸しましょう」


 自信満々に答えるミーナに不安に駆られたバーンはそっとゼクロスを見る。


「ミーナさん、私も協力しましょう。ルーファの教育に関わることですので、不適切な表現があるものは外さねばなりませんしね」



 こうしてルーファの教育方針が決定した。

 






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