瘴魔病
大通りに客を呼び込む声が響き、それに答えるように値切る客の白熱した声が木霊する。活気溢れるその光景に他国から来たものは違和感を抱くだろう。なぜなら、その大半が男――それも冒険者――なのだから。
ここはカサンドラ最大の商店街。
商店に並べられた商品もその殆どが迷宮からの産出品だ。冒険者が多い時間帯に女性が独り歩きすることのない、この国の日常的な光景だと言えよう。
そんな商店街を2人の人物が歩いている。いや、良く見ればその2人を守るように5人が周囲を警戒していた。
ルーファとレイナ、そしてその護衛たちだ。ルーファの護衛が3名――ブルドラン、ククリ、フィルマ――とレイナの護衛2名の内訳となる。レイナが女性だということもあり、ハッキリ言って周囲から浮いている。
最近ルーファは落ち込んでいた。
冒険者のみならず、店を営む商人の態度も酷く冷淡なものへと変わったのだ。ルーファが買い物をしようとしたら購入を断られ、「間違って店頭に出した」と言われたのだ。最初はその言葉を信じたのだが……1件2件と続いていく内に、それが嘘だということが分かった。その都度ソーンたちが交渉してくれたのだが、普通に売られているより遥かに高い金額を吹っ掛けられたのである。
ルーファも自分が嫌われているということは分かっている。ただ、どこが悪いのかが全く分からなかった。何が皆と違うのだろうか?自分が弱いのがいけないのだろうか?ルーファの疑問は尽きない。
荒野を緑あふれる大地にするまでここに住む予定のルーファであったが、早くも心が折れそうになっていた。頼りになるバーン達もおらず、現在心の支えは毎晩のように心配して来てくれるベティだけだった。
そんな折にレイナから街を案内してくれるという申し出があり、ルーファは非常に喜んだ。約束の日が待ち遠しく、指折り数えて楽しみにしていたのだ。
「あそこは品質のわりに値段が高いわ。この店は結構良心的ね」
現在、ルーファはレイナに手を引かれながらあちこち店を見て回っていた。だが残念ながら、レイナの説明は全く頭に入ってはいない。とにかく興味を引かれる物に釣られてフラフラと歩くルーファに、レイナは説明を諦め苦笑を漏らす。まるで小さな子供のようだと。
そんなわけで、当初は並んで歩いていたのだが現在は手を繋いでいるというわけだ。
歩いているうちに商店街が終わり、食べ物を売る屋台へと変わっていく。
「わあ~、いい匂い。あっ!あれ見て!レイナちゃん大っきいお肉があるんだぞ」
レイナがそちらに目を向けると、牛のような魔物が丸々火に炙られているのが目に入る。迷宮の低層で取れる大牛の子供だ。大牛は大人になるにつれ肉が筋張り固くなるのだが、子供の時は蕩けるように柔らかく、カサンドラで人気の肉だ。
普段はレストランで食事を取るレイナだったが、偶にはいいかとルーファと歩きながらお肉を頬張る。その美味しさもさることながら、いつもと違うシチュエーションに自然とレイナの顔が緩む。まさに彼女が友人としたかったことは、こういう他愛もないことなのだから。
「あの店に寄りたいんだけど、いい?」
レイナの言葉にルーファは身体を強張らす。彼女が指さす店は以前購入どころか入店を断られた店だった。
「オ、オレはここで待っとくんだぞ」
様子のおかしなルーファを問い詰め、事情を聴きだしたレイナは余りにも大人気無い卑劣な行為に嫌悪を覚える。
(こんな子供相手に一体何を考えているのよ!)
「何処行くの?」
行き成り歩き始めたレイナにルーファは声を掛ける。
「いいから付いてきて!」
レイナは決めた。皆がルーファの敵に回るのならば、自分は味方でいようと。短い付き合いだが、レイナはルーファが良い子だ知っているのだから。
大通りの一等地にその建物はあった。
カサンドラ最大の商会――ラプリツィア商会――レイナの実家だ。
「ちょ!お嬢!不味いっすよ。今は親父さんがいらっしゃいます。後にした方が……」
レイナに睨まれ、護衛の言葉は尻すぼみになって消えていく。レイナの目的はその父親なのだ。むしろ好都合だ。
最上階にあるレイナの部屋へと案内されたルーファは、物珍し気に辺りを見渡す。
ルーファの目の前に美味しそうなお菓子が置かれ、遠慮なくそれをパクつき始める。レイナと二人でお菓子について語っていると部屋の外が騒がしくなり、ノックもなしに部屋の扉が開けられる。
「レイナ!男を連れ込んだとはどういうことだ!?」
そう言ってルーファを睨むぽっちゃりとした男。その瞬間、ルーファはぴょんっと立ち上がり、男に向かってタックルを食らわす。その尻尾は激しく振られていた。
「アイゼ~ン!久しぶりなんだぞ」
「ルウ様!?」
ルーファを受け止めたアイゼンはしばらく呆然とした後、レイナとルーファを交互に見つめる。ようやく事情を悟った彼は居住まいを正し、わざとらしく咳払いをするとにこやかな笑みを浮かべた……今更ではあるが。
「はっはっは!ようこそわが家へ!歓迎しますぞ!」
余りにも余りな態度にレイナは呆れた表情になり、彼女の護衛は信じられぬものを見たとばかりに目を見開いている。
「パパはルウと知り合いなの?」
「定期便で一緒だったのだよ。レイナはギルドで友達になったのかな?」
ソファーへと腰を下ろすアイゼンの隣にルーファが座り、甘えるようにべったりと引っ付く。その仲が良さげな様子を見てレイナは内心ほくそ笑む。どうやら労せず上手く行きそうである。
「そうよ。パパちょっと聞いてよ、実はね……」
レイナの話を聞くうちに、ルーファは再び悲しみに襲われ悄然と下を向く。対照的にアイゼンの顔色はどんどん赤くなっていく。
(全くどういうことだ。待望の光魔法士の到来だというのに!国は何をしているのだ!?)
アイゼンの怒りは激しい。彼は今まで光魔法士の誘致に心血を注いできたのだから。
アイゼンには愛してやまない妻がいた。自分には勿体ないほど良くできた妻であった。息子1人と娘1人に恵まれ、順風満帆な人生を送っていた……あの時までは。
カサンドラには風土病がある。
発症率は限りなく低く、人から人へうつることがない病――瘴魔病――だ。瘴気に侵された魔物が凶暴化するのと同じ現象が稀に人種にも起こるのだ。ただし、負のエネルギーを生み出す人種は瘴気に対して耐性があるため滅多に発症することは無い。
まず、身体の一部が黒く染まる。そしてそれが急速に全身へと広がり、人を喰らう化け物へと変わるのだ。決して死ぬわけではないが、それ故に残酷な病だと言える。なぜなら元に戻す術はなく、殺すしか救う手立てがないのだから。
一度発症すれば、例え荒野から離れてもその症状が治まることは無い。いや、より一層悪化すると言ってもよい。瘴気を求めさ迷い歩き、負のエネルギーである恐怖を得ようと人を襲うようになるのだ。
対処法として治癒石を身に着けていればある程度は防ぐことはできるが、それも完全ではない。徐々に蓄積されていった瘴気がある日突然牙を剥くのだ。
これは瘴気に対して耐性が極端に弱い者だけが発症する病で、絶対ではないがこの体質は高い確率で遺伝する。
アイゼンの妻が瘴魔病を発症したのはレイナが6歳の時であった。右腕にほくろの様なシミができ、瞬く間にそれが腕全体へと広がったのだ。アイゼンは妻を救うためにリーンハルトへと赴き、〈浄化〉を使える光魔法士に伝手がある者を探した。
〈浄化〉ならもしや、という思いがあったからだ。リーンハルトの〈浄化〉の使い手とは連絡が取れたが、高齢のため荒野を渡ることができなかった。それ以外となれば中部以北となり、カサンドラ最大の商会といえど、アイゼンの手はそこまで長くはなかった。
失意のままにカサンドラまで戻った彼が見たのは、ベッドに縛られ暴れる妻の姿であった。時折、正気に戻っては殺して、と哀願する妻の姿は見るに堪えず、けれども愛する妻を手にかけることができないアイゼンの背を押したのはレイナだ。
幼いレイナの言葉をアイゼンは今も覚えている。ママを救ってあげて、と。せめて苦しまぬようにと安楽死の薬を与えた妻の死に顔は安らかで、それだけが彼の救いであった。
それからアイゼンは息子を即座にリーンハルトへと連れて行った。だが……レイナだけはいくら説得しても、頑としてカサンドラを離れようとはしなかった。
無理矢理連れて荒野を渡ろうとしたこともあったが、途中で護衛の目を盗んで逃げだしたのだ。カサンドラに近くアンデッドが少なかったこともあり、無事に保護出来たのは幸運だったと言えよう。それ以来、無理に連れていくこともできず現在に至る。
レイナに理由を尋ねたこともあったが、妻と最後に交わした約束を果たす。それだけしか教えてもらえなかった。アイゼンは未だにどんな約束をしたのかさえ知らないのだ。
それからと言うもの、アイゼンは光魔法士の誘致に精を出した。発症してからでは効果はないが、その前であれば〈回復〉でも効果があるのではと考えたからだ。レイナに治癒石を定期的に使用してはいるが、基本的に付与魔法・刻印魔法では本来の魔法の効果には及ばない。故にアイゼンは光魔法士を求めたのだ。
だが……それも上手くいっているとは言い難い。
ここは神獣に見放された国。光魔法士の大半が所属する神獣神殿すら存在しないのだから。神獣信仰国でありながらステータスの確認も王家に贈与された真実の水晶で行われている程だ。
そんな折、部下からゼクロスに関する報告を受け、アイゼンは狂喜乱舞した。ようやく念願の光魔法士が訪れるのだ。そしてルーファの存在を知った時……彼は泣いた。子供のように声をあげて。
アイゼンは即座に部下を呼び出し、ルーファに無礼を働いた不届きものを調査するように伝える。もちろん、その後は制裁を加える予定だ。そしてルーファがアイゼンの大切な客人だと広く知らしめるのも忘れない。
やることを終えたアイゼンは緊張した面持ちでルーファに話しかける。もしかしたら、ルーファの不興を買うかもしれない。いや……確実に買うだろう。今から行う行為は恩を盾に取り、強要していると思われても仕方のないことなのだから。
「ルウ様に折り入ってお願いしたいことがございます」
言葉と同時に周囲に合図を送り、心得たように全員が退出する。
「ちょっと、ここ私の部屋なんだけど」
「すまないな、少し借りるよ」
レイナの頭を優しく撫で……ようとして避けられ、そのまま出て行く娘を寂し気に見つめるアイゼン。
部屋に残ったのはアイゼンとルーファ、そしてその護衛3名である。
「あなた方はルウ様の御力をご存じなのですかな?」
結界を張り終えると同時にアイゼンが単刀直入に尋ねた。警戒する護衛達を他所にルーファはお菓子を頬張りながら答える。
「知ってるんだぞ」
ならば話は早い、とアイゼンはその場に土下座した。
「お願いでございます!どうかレイナに〈浄化〉を使っては頂けないでしょうか!!」
アイゼンのお願いにルーファは驚き、彼の手を取り立ち上がらせると、心配そうにその顔を覗き込む。
「レイナちゃんは病気なの?」
「……分かりません。その可能性が高いとしか分からないのです」
アイゼンはルーファに語る。妻と瘴魔病、そしてここを離れたがらないレイナのことを。
「レイナちゃんを呼んで欲しいんだぞ」
迷いなく答えるルーファにアイゼンは歓喜を、護衛達は渋い表情を見せる。
「しかし……力を使えばルウ様のことが漏れる可能性があります」
「大丈夫。レイナちゃんは大丈夫だから」
副リーダーであるブルドランは、諦めてため息を吐くと同時に興味をそそられる。ブルドランはルーファ救出の際に王宮に残った居残り組である。未だに直接ルーファの力を見たことがないのだ。花畑なら見たので完全にないとは言い切れないが。
フィルマに伴われたレイナが入室し、戸惑いがちに席へ着く。
「レイナちゃん、身体を見せて欲しいんだぞ」
「……はい?」
言われた言葉の意味を測りかねて顔を赤めるレイナだが、アイゼンの真剣な顔を見て悟る。
「ルウは光魔法士なのね?」
確信を込めて問うレイナにルーファは1つ頷く。
「よろしくお願いします」
居住まいを正し頭を下げるレイナの前へ立ち、ルーファはフードを取る。アイゼンは初めて見るルーファの顔に息を飲み、レイナも思わず見惚れる。
ルーファは目を瞑りレイナの額に手を添え、少しずつ力を流し彼女の身体を探る。ここで力加減を誤るわけにはいかない。今日はカツラではないのだから。
やがて違和感を見つける。黒い悪いモノが身体の内に凝っているのが感じられた。ルーファの手がレイナの頬、首筋、胸へと移動する。その手が止まったのは右上腹部――肝臓の真上。
「ここ、ここに良くないものがある」
アイゼンの顔が絶望に染まり、レイナの心にも死の恐怖が忍び寄る。2人の様子に気付くことなくルーファは気軽に話しかける。
「治すよ?」
瞬間、レイナの身体が白銀色の光に包まれる。ルーファの目は消えゆく瘴気の残滓を捉え、完全に消滅したところで力を解除する。次いで自分の髪の色が黒いこともしっかり確認したルーファは満足気に頷く。完璧である。最近少し力の制御が上手くなったような気がする。
「終わったんだぞ」
そう笑いながら告げたルーファはいきなりレイナに抱きつかれ、そのまま押し倒される。声を立てて泣き始めたレイナに驚きながらも、慈愛に満ちた眼差しでルーファは優しく彼女を抱きしめ、その口から歌が紡がれる。
それは祝福の歌、神獣に伝わる調べ。その歌に応えるかのように飾られていた蕾が花が開き、さわさわと葉を揺らす。
レイナより幼いはずのその姿は、母性さえ感じさせ遥かに年上のように思える。
常とは違うルーファの様子にアイゼンたちは息を飲んだ。
彼らの心に疑念が生じる。この子供は……本当に人なのか。
だが、その疑問もすぐに打ち消される。
……ここは荒野なのだから。




