表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
邪悪なる教団
47/106

ルーファと迷宮

 優しい日差しが木々を通り抜け、木漏れ日となって降り注ぐ。何処からともなく鳥が歌を歌い、風が花の甘い香りを運んでくる。

 ここはカサンドラ大迷宮2階層。教えられなければ誰も危険な迷宮の中だとは信じられないだろう。


 冒険者達の冷たい対応にショックを受けたルーファは、気晴らしに迷宮へと足を延ばしている。本来ならそのような理由で来る場所ではないのだが……。


 薬草を採取していたルーファは汚れた手を魔道具で清め、腰を上げ背伸びをする。

 大分溜まった薬草を鞄の上から撫で、満足そうに微笑みを浮かべたルーファは燦燦と注ぐ日差しに手を翳す。随分時間が経ってしまったようだ。


「今何時?」

「随分集中されていたご様子でしたので声を掛けませんでしたが……もう昼をまわっておりますよ」


 採取を始めてから2時間以上経っていたことに驚き、ソーンたちに謝ると鞄からレジャーシートを取り出す。手伝おうとするカタリナに大丈夫だから、と断りを入れ昼食の用意を進めていく。これはいつも守ってくれているソーン達へのお礼なのだ。手伝ってもらう訳にはいかない。とはいっても、昼食を作っているのは料理人であるが。


 サンドイッチの入ったバスケットを取り出し、お皿を並べコップに果実水を注ぐ。初めの内は熱いお茶を用意していたのだが、1人1人交代で食べる彼らの食事の速度は早く、火傷してしまいそうなので果実水へと変更したのだ。


 この果実水は毎晩ルーファが調理場へ行き作っているものだ。水に果実をつける簡単なものではあるが、ルーファは初めて任された仕事――無理矢理勝ち取った――に張り切っている。



 のんびりと肉厚なサンドイッチをパクつくルーファとは対照的に、エンリオのそれは見る見る内に消えていく。ルーファが半分を食べる間に3つを平らげた彼は立ち上がり、カタリナと交代する。本当に噛んでいるのかと疑問に思いつつ2つ目のサンドイッチに手を伸ばした時、視線を感じたルーファは顔を上げた。

 じっと虚空を見つめるルーファを疑問に思いソーンが横から声を掛ける。


「ルウ様どうかなさいましたか?」


 数度目を瞬いた後、何でもないと笑うルーファを訝しく思いつつもソーンは護衛の任へと戻った。





 ルーファは迷宮に潜り始めて少し経った頃から視線を感じるようになった。

 気配に敏感なアイザックにそれとなく尋ねても何も気づいている様子はなかった。最初は気のせいかとも思ったが、毎回続くこの感覚に見られていると今では確信している。

 だが……悪い感じはしない。どちらかといえば、見守られている様なそんな感じがする。


 物思いにふけるルーファをカタリナの声が現実へと引き戻した。


「……変ですよね」

「カタリナ!!」 


 余計なことを言うなとばかりにソーンが睨みつける。


「だ、だって、変じゃないですか!!ここは迷宮ですよ!?なのにこんな……」


 声を途切れさせ、魔物の姿どころか声さえしない麗らかな森を見渡す。平和(いじょう)な光景を見つめる彼女の目には、怯えの色が見え隠れしている。

 いくら浅層といえど魔物の殺意が渦巻いている……それが迷宮なのだから。


「いい加減にしろ!!」


 拳を握るソーンに、強張った顔で俯くカタリナ。気まずい空気を切り裂いたのは、この場に似合わぬ静謐(せいひつ)な声。


「何が怖いの?迷宮はこんなに優しいのに。在るがままを在るがままに受け入れて。カタリナが見ている迷宮も()の一面に過ぎないのだから」


 ソーンは呆けたようにルーファを見つめ、無意識のうちに問う。


「彼……ですか?」

「彼、だと思うの……あなたはだあれ?」


 焦点の合わぬ目を宙に彷徨わせ、ルーファは何かを求めるようにその手を伸ばす。


「ルウ様!!」


 ソーンは咄嗟に背後からルーファを抱きしめる。ルーファが何処か遠くへ連れていかれるような気がして。 


「……?あれ?ソーン??」


 きょとん、とソーンを仰ぎ見るルーファのいつもの姿に、彼は安堵の息を漏らす。


「あ~隊長。その体勢はちょっと不味いと思いますよ」


 エンリオの冷静な突っ込みに、我に返ったソーンは慌てて手を放し謝罪する。ルーファは少し考えた後、ソーンに笑いかける。


「ありがとう、ソーン」


 許しの言葉よりこの言葉の方が相応しい気がして。 





 食事を終えたルーファは落ち込んでいるカタリナを振り返る。


「カタリナ、後で一緒に花冠を作らない?」

「えっ!?でも私は作ったことないので……」


 迷宮に入らなければ花など滅多に見かけないこの国では、貴族の子女といえど花冠の作り方を知らぬ者が多い。幼少期に花で遊ぶなど不可能なのだから。


「大丈夫だぞ。オレが教えてあげるから!」


 自慢げに胸を張るルーファも、最近ミーナに教えてもらっただけである。

 躊躇うカタリナの手を引き歩きだしたルーファに、声を掛けようとソーンは口を開く。そちらに花はなかった、そう言おうとした彼の口は閉じることを忘れたかのように開いたままだ。




 ソーンの足元には色鮮やかな絨毯が広がっていた。

 何処までも続くその美しい光景を彼らは無言で見つめる。()()()()()()()()()()その場所に、今は当然とばかりに花が咲き誇る光景を。


 ルーファが笑いながら花の海に飛び込むと大はしゃぎで転がり回る。何故か花は潰れることなくルーファを受け止め続けている。

 その様子を呆然と眺めていたカタリナは、やがて何かが吹っ切れたかのように晴れやかな顔で笑った。


「私、ようやく分かりました。ルウ様は迷宮に愛されているのですね」


 ルーファの名を呼びながら走り出したカタリナを見送り、ソーンはエンリオに話しかける。


「どう思う?」

「いや、どう思うって聞かれましても規格外としか言いようがないですよ……今なら何が起きても驚かない自信があります」


 意味不明の自信を漲らせ、達観したかの様な眼差しをルーファに向けるエンリオ。


「……報告書には何と書けばいい?」


 哀愁を帯びたソーンの言葉を聞こえなかった振りをして、エンリオはキリリと前だけを見つめていた。





 やがて幾つもの花冠を手に持ったルーファが戻り、感謝の言葉と共に2人の頭に載せられる。


「ふぐっ!よ、よくお似合いですよ、たいちょー」 


 吹き出しそうな口を手で押さえたカタリナは賛辞を贈る。


「ル、ルウ様、せっかく作っていただいた花冠を壊してはいけませんので、収納してもよろしいでしょうか?」


 エンリオが顔を引きつらせながら提案という名の哀願をするが、ルーファはその意見をあっさりと切って捨てる。


「安心するがいい。いっぱい作ったから大丈夫なんだぞ」


 絶望に顔を歪ませた逞しい中年戦士2人は、可愛らしい花冠を頭に載せ迷宮を練り歩く。



(まさかこのまま街中も……)


 彼らの苦難は続く。




 ルーファは彼らの様子に気付くことなく、最後に1度迷宮を振り返る。


「またね」

 

 風がルーファの頬を掠めるように通り抜け、ヒラヒラと花びらが舞い落ちる。

 

 “またね”


 そう聞こえた気がした。

  


 

 ◇◇◇◇◇◇





「時はきた!!」


 どこか禍々しさを感じさせる石造りの神殿に男の声が響き渡る。男の背後には色取り取りの宝石で飾られた豪華な祭壇が輝き、だが本来美しいはずのその祭壇は、今は赤く染まっている。


 ポタリ……ポタリと赤い雫が床へと滴り、赤黒い腸が祭壇を飾る。祭壇の中央には年若い女が手足を拘束された状態で横たわっていた。生きながらに腹を切り裂かれ、腸を引きずり出された女の顔は苦悶に歪み、されどその目は最早何も映すことは無い。


 祭壇の最奥には巨大な化け物を模った像が口を開き、まるでその女を喰らわんとしているかのようだ。

 



 壇上に立つのは深紅の棘の生えた神官服を身に纏った男。

 その前には赤いとんがった覆面を被り、全裸だといっても過言ではない程肌を露出した50人に及ぶ老若男女が静かに男の言葉を待っていた。


 男はゆっくりと両腕を天へと掲げ、恍惚とした目を虚空に向ける。あたかもそこに男が恋焦がれる何かが存在するかの如く。


「我らは永き時を地下に潜り、汚泥を啜り苦渋を舐め連綿と信仰を受け継いできた。コソ泥の様に隠れ、犯罪者の様に怯え……それでも尚、道を見失わずに今日この日を迎えることができたことを皆に感謝しよう。永かった……本当に永かった」


 其処かしこで嗚咽が聞こえ、覆面に涙の後が刻まれる。男の目からも感極まったように涙が溢れ、それを拭うことなく同胞へと語りかける。


「だが……最早それも今日で終わり。世界に瘴気が満ち、我らが神の使徒たる汚染獣様が続々と顕現なされている。神の降臨は近い。我らの信仰を示す時がきたのだ!!」


 男に答えるように叫び声があがる。


「「「「「捧げよ!捧げよ!!贄を捧げよ!!!」」」」」


 熱狂的に叫び続ける神の僕たちの様子を満足気に見つめ、男が片手をあげると、今までの興奮が嘘のように静謐な空気がその場を満たす。

 


「今この時!この国に!〈浄化〉が使える光魔法士が到来した……これこそ我らが神のもたらした必然!この者こそ神の望みし贄である!!贄を捕らえよ!贄を汚せ!贄を捧げよ!我らの信仰を示すのだ!!!」


「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」」」」」



 





 儀式を終え、神殿にある私室に戻った教主はどっかりとソファーに腰を下ろし、顔を手で覆い長々と息を吐きだす。彼の内には未だに荒れ狂わんばかりの炎がその身を焦がしている。

 ようやく積年の悲願が果たされる時が来たのだ。だが……まだソレを外へと解き放つわけにはいかない。

 彼は身の内に巣くう熱を抑えようと水差しへ手を伸ばした。


「儀式は上手くいったようだね」

 

 彼しかいないはずの部屋に男の声が響く。その声はどこか心地よく、ずっと聞いていたいと思わすような魅力があった。


 教主は動揺する素振りすら見せず、その視線を対面のソファーに向ければ、いつの間にか灰色のフードを被った男がそこに座っていた。不思議な印象の男だ。口元しか見えていないにもかかわらず何故か好意を抱かせる。まるで長年苦楽を共にした友人のように。


「来ていたのか」


 知らず教主の口元には笑みが浮かび、その声音には親愛の情がはっきりと滲み出る。


「酷い言い草だね。呼んだのは君だろう?」

「すまない。気に障ったのなら謝ろう」


 困ったように眉を下げる彼に、男は気にしてないと笑いかける。


「実は依頼を一件受けてもらいたい。ルウという名の光魔法士をここまで攫ってきて欲しい」

「いいよ」


 あっさりと承諾する男に教主は目を見張った。

 情報通のこの男が王家の庇護下にいる光魔法士の存在を知らぬはずないのだから。それに手を出す危険性も熟知しているはずだ。


 教主の手にそっと男の手が重ねられる。


「僕たちは友達だからね。特別だよ」


 教主の身体が硬直したかのように震え、次の瞬間には何事もなかったかのように破顔した。


「おお、おお、ありがたい。そうだ私たちは友達だ。何かあれば必ず力になろう」

「期待してるよ」


 その言葉だけを残し男は煙のように消え失せる。誰もいなくなった筈のソファーに向かい、教主は何度も楽し気に話しかけていた。





「そろそろここも引き時か……」

 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ