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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
邪悪なる教団
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冒険者デビュー

 早朝、ひと際巨大な建物に多くの人種(ひとしゅ)がたむろっている。人族、獣人族、森人族(エルフ)といった様々な種族、様々な年齢の者がいる。一見取り留めのない集団に見えるが、彼らに1つだけ共通点がある。全員が武装しているという点だ。


 ここはカサンドラ――冒険者の国。

 そして彼らがいる場所こそ、この国唯一の冒険者ギルドである。



 冒険者によって成り立っていると言っても過言ではないこの国では、彼らの待遇は他国に比べて非常に良い。

 まず冒険者ギルドに宿泊施設が完備されており、料金は格安で冒険者であれば誰でも利用可能だ。更に、低ランク冒険者のための大部屋は、トイレ・風呂なしのただ寝るだけの部屋ではあるが無料で利用できるようになっている。


 併設されている食堂兼酒場も料金の割には量が多く酒も格安。その分味は推して知るべしではあるが。

 そんな食堂の片隅で年若い冒険者たちが朝食を取っていた。




「おい、聞いたか?例の冒険者」

「あ~、あれだろ?毎日魔獣車の送迎付き」

「どうせ役立たずのお貴族様だろ」 

「“赤き翼”といっつも一緒にいるらしいぜ。んで、だ~れも手出しできないんだとさ」

「最低ランクのくせに生意気だよな。金に物言わせて汚ぇ奴。恥ずかしくないのかねぇ」


 Eランクの冒険者である彼らは、高位冒険者に付き添われて依頼をこなす(くだん)の冒険者――ルーファ――のことを快く思っていない。それどころか蔑んでさえいる。いや、彼らだけではない。カサンドラにいる冒険者の大半が眉をひそめている状態だ。

 



 これはカサンドラの持つ特殊性によるものだ。


 この国の冒険者の地位は貴族ですら迂闊に手を出せぬ程に高い。逆に言えば、冒険者に下手にでねばならぬほど戦力が不足している状態だと言える。故に、この国の冒険者は貴族を恐れてはいないのだ。力のない者は貴族であろうとなかろうと等しく蔑みの対象となり、力こそが最も尊ばれるのがこの国の大きな特徴だと言える。


 よって他の国ではあり得ないこともこの国では普通にまかり通り、ルーファへの悪感情もこの延長線上にある。


 他国では貴族の3男4男が冒険者になるべく、人を雇うのはざらだ。他人の手を借りようが自力でこなそうが、どちらにしろランクを上げる際には試験を受けなければならず、とやかく言うものはいない。金もまた手段の1つだと認識されているのだ。結局、実力もないのにランクを上げることは自分の首を絞める行為に他ならないなのだから。


 さらに言えば、他国であれば貴族というだけで冒険者は迂闊にちょっかいをかけることはない。貴族の地位は冒険者より遥かに高く、手を出せば処罰されるのは彼らの方になるからだ。もし、ルーファが訪れたのが他の国であったのなら、取り入ろうとする者はいれど害そうとする者は表面上はいなかっただろう。


 そしてこの認識のずれは他国出身のバーン達にもある。

 魔獣車での送迎も、自分たちがルーファの依頼に手を貸したことも、ルーファに手を出せば(ただ)では済まさない、という意志表示に他ならない。だが、今回はこれが裏目に出たといえる。

 

 



 そんなことは露知らず、ルーファは魔獣車を下りる。

 今日からバーン達が迷宮に潜るためしばらくの間1人なのだ。初めての1人での行動――護衛はいるが――にルーファのテンションは高い。今日が冒険者デビューと言っても過言ではないのだから。

 とは言っても、今日は迷宮に行くわけではなく講習を受けるだけなのだが。低位冒険者向けに無料で迷宮の知識を教えてくれるというので申し込んだのだ。


 ルーファは扉を開けてギルドへと入る。その瞬間、冷ややかな視線がルーファに突き刺さった。今まではバーン達が側にいたおかげで向けられなかった悪意ある視線が。


 体を硬直させるルーファを守るようにソーンが前に進み出て冒険者を睨みつけると、そこかしこで舌打ちが聞こえ視線が逸らされる……が、悪意は未だルーファの身体を取り巻いている。

 ソーンは動けないルーファを自分の身体に隠すようにして講義室へと移動すし、その後ろをカタリナとエンリオが警戒しながら続く。


「ルウ様、大丈夫ですか?」

「……うん」


 不安気に声を震わせるルーファにソーンはどうしたものかと考える。自分たちが口を出したところで、事態が変わるとは思えない。いや、より一層反感を買うことだろう。


 ソーンが悩んでいる間にも講習を受ける冒険者が続々と集まり、最後に講師が入室する。

 講師は護衛に目を止め、次いでルーファを見つめると不快気に顔を歪める。


「冒険者とあろう者が護衛付きなど、嘆かわしい。君は冒険者がどういう仕事か理解しているのかね?戦うことだ。戦うことこそ冒険者の意義だというのに……君のその行為が冒険者全体の尊厳を貶めていることに気付いていないのかね?」


「あ、あの……」


「出て行きたまえ。君は冒険者ですらない」


 講師の言葉に顔を俯かせ、けれども泣くまいとルーファは唇を噛み締めた。

 ソーンは講師の横暴な態度に眉を顰め、何も言い返せないルーファに代わり口を開く。


「ルウ様は冒険者です。何ら規律に違反などしていない。この講習は低位冒険者全てに分け隔てなく受講資格があるものと認識しています。むしろ、貴方こそ分を弁えるべきでは?」


 講師は馬鹿にしたようにソーンを鼻で笑うと再びルーファに冷ややかな視線を向ける。


「では聞くが、君は何のためにこの国に来たのかね?ここは死と隣り合わせの国。日々、冒険者が命を懸けて戦い、多くの冒険者が命を落としている。それを……護衛付きだなど。彼らを馬鹿にしているとしか思えないのだがね。君の冒険者ごっこに付き合うほどこちらは暇ではないのだよ。もう一度言う、出て行きたまえ」


 他の冒険者からも賛同の言葉が次々に発せられ、ソーンのみならずカタリナとエンリオも堪り兼ねたように前へ出る。その様子を見た冒険者が更に激高し、遂には全員が叫びだす。



「「「出てけ!さっさと出てけ!!!」」」



 その怒号に気圧されるようにルーファは逃げるように講義室から飛び出した。

 ソーンの制止の声が聞こえるが、ルーファは構うことなく走り続ける。









 レイナは辟易していた。

 15歳の成人を迎え、冒険者ギルドへ就職した彼女の胸には希望があった。本当の友人を作る、それが彼女の望みだ。


 彼女は箱入り娘といって過言ではないほど過保護に育てられた。


 女であろうと幼いころから鍛えられるカサンドラに於いて、一切の訓練をしたことがない。いや、女であればこそ逆に厳しく鍛えられるのだ。この国の人口比率は圧倒的に男の方が多く、その中でも幅を利かせているのが荒くれ者の冒険者なのだから。中には女性に付きまとい、無理矢理ことに及ぼうとする不埒者も一定数いる。


 そんな中、彼女には常に護衛が付けられ守られてきた。だが、ルーファと違い誰もそんな彼女を蔑みはしない。むしろ周りからは非常に丁寧に接せられているといえる。何故なら彼女の実家はカサンドラで最も力ある商家の1つだからだ。



 カサンドラでは冒険者の地位が高いと同時に、ある条件を満たす商人の地位も同様に高い。


 その条件とは荒野を渡り商売をしていること。護衛兵に守られながらの行軍ではあるが、死傷者も必ずと言っていいほど毎年出ている。時には全滅の憂き目にすら合う危険を伴う行程である。彼らがカサンドラのために命がけで物資を届け、また冒険者から買い取った商品を売りに行くのだ。


 もし彼ら商人の怒りを買って治癒石の販売を拒絶されたのなら……それは冒険者にとって死活問題となるのだから。



 故にレイナの周りには彼女のご機嫌を取る友人は腐るほどいた。彼らは優しくレイナを気遣い、彼女を褒め称える。だが……それは果たして本当の友人と言えるのだろうか。


 それに気づいたのは彼女が10歳の頃だ。自分がいない時に態度が変わり、自分を褒め称えるその口で自分を貶す友人たちに。


 彼女は怒った。

 その怒りに任せ友人たちを糾弾すれば、彼らは全員土下座し、泣いて許しを請うた。その必死な態度をみてレイナは理解したのだ。彼らは友人ではなかったのだと。彼らは自分の友人役として雇われた奉公人であったのだと。


 レイナが働こうと考え始めたのはこの頃からだ。家から離れ、自分でお金を稼ぐようになれば相手も家ではなくレイナ自身を見てくれるのではないか、そう考えたのだ。だが、それも今となっては甘い考えでしかなかった。


 就職してからも結局は同じ。

 難しい仕事は全て別の人に回され、同じ失敗をしても自分だけが怒られない……特別扱いされる自分。ただ彼女は他愛もないことを話し、くだらないことでことで笑い合えるような友人が欲しかっただけなのに。





 レイナはため息を吐きながらギルドマスターの執務室へと向かう。ギルドマスターへ書類を届けるのが現在彼女が任されている仕事だ。

 廊下を曲がろうとしたところで、走ってきた誰かとぶつかり、手に持っていた書類が宙を舞った。




 涙を拭いながら、ルーファは慌てて辺りに散乱する書類を拾う。


「……ヒック。ご、ごめんなさい。グスっ」


 後ろから駆け寄って来るソーンたちに目を止め、レイナは最近噂されている冒険者を思い出す。弱者でありながら“赤き翼”と懇意にし、金の力に物言わせ自分は戦うことなく迷宮へ潜る卑怯者。


 商人の娘である彼女は人脈を作るのも、人を雇って迷宮攻略へ乗り出すことも別段悪いことのようには思わなかった。力の代わりに金を使っているというだけの話だ。羨ましいのであれば、彼らもそうすればいいだけのこと。まあ、先立つ物――お金――がなければ不可能だが。


 レイナとは真逆の待遇ではあるが、どことなく親近感を感じ話しかける。


「もしかして、虐められたの?」


 ビクッと身体を震わせ、ルーファの書類を拾う手が止まる。


「うう~」

「ちょっと来て」


 書類で顔を隠して泣き始めたルーファの手を取り、引っ張て行くレイナにソーンは引き止めるべく声を掛けるが……


「はい、これ。心配なら付いて来たら?」


 バサリ、と書類を手渡されたソーンはレイナのペースに乗せられたことに憮然としつつも、大人しくその後ろを付いて行った。

 彼女はそのまま図書室へと向かい、誰もいないことを確認して中へと入る。収納の腕輪から水筒を取り出し、慣れた様子でカップにお茶を注ぎルーファへと差し出した。


「飲んだら?」

「……ありがとう」


 お茶を飲み少し落ち着いたルーファが事情を話し始めると、どんどんレイナの顔が険しくなる。


「サイテー」


 その言葉に肩を震わすルーファへ慌てて訂正を入れるレイナ。


「あぁっ!違うのよあなたの事じゃなくて、その講師がサイテーだって言ったの!」

「で、でも本当の事なんだぞ。オレは弱くて戦えないし……」


「バッカじゃないの!Fランクなんだから弱くて当たり前じゃない。だから死なないように講習があるっていうのに……これじゃ本末転倒だわ」


 はっきり言ってレイナはその講師に非常に腹を立てていた。

 命を懸けて戦っている冒険者はまだ分かる。だがしかし、その講師は冒険者が持ち寄った資料をまとめているだけで、別に戦っているわけではない。あくまでも迷宮の基礎情報に関する講習のため、そこに講師の戦闘能力は関係ないのだ。


(一体何様のつもりなのかしら)


 戦っている方が偉いというのならば、護衛付きだろうと何だろうと迷宮に潜っている方が偉いはず。そこには戦闘の危険が必ず存在するのだから。


 眉間にしわを寄せ、何事か考えだしたレイナを大人しく見つめるルーファ。


「行くわよ!!」


 突然レイナに手を掴まれ再び連行されていくルーファの後を、ソーン達は達観した面持ちで付いて行く。何となく何を言っても無駄なような気がしたのである。






 現在ルーファはギルドマスターの部屋へと来ている。何故こうなったのかはよく分からない。


 目の前には無精ひげを生やした大柄な男が座っており、その人物にレイナが矢継ぎ早に何事か捲し立てていた。レイナにタジタジになっている様子からはそう見えないが、彼が冒険者ギルドのギルドマスター――インディゴ――である。


「分かったから、落ち着けレイナ。ほら茶でも飲め」

「そんな出がらし茶いりません!!」


 酷い言い様である。微妙に傷つきつつも彼はレイナを宥め、取り敢えず仕事に戻るように伝える。

 内心の怒りそのままに扉を叩き付けるようにして退出していくレイナを見送り、彼はルーファに向き直った。 




 友人であるガウディに、密かにルーファのことを頼まれていたインディゴは己の失態に歯噛みする。認識が甘かったのだ。


 冒険者のルーファに対する悪感情は知っていたが、これはどうにもならない事であった。ルーファが光魔法士であると知らされている冒険者に、気にかけてくれるように頼むくらいしかできなかったのだ。ここでギルドマスターである自分がしゃしゃり出ても更にルーファの立場が悪くなるだけなのだから。下手をすれば光魔法士だと感づかれる恐れもある。


 だが……それが講師となると話は別だ。


 そもそも、ルーファには講義を受ける権利があるのだ。それを気に入らないからという理由で追い出すなど、ルーファが光魔法士であろうとなかろうと許されることではない。それは越権行為に他ならないからだ。さらに言えば規定違反でもある。


 インディゴはルーファが講習を受けられるように手配するつもりであったが、それは本人に行きたくないと断られた。悄然と去っていくルーファを見送った後、彼は机に力なく突っ伏した。


(オレは一体どうしたら……)


 彼に取れる手段は少ない。うんうん頭を悩ませていた彼だが――ギルドマスターには代々冒険者を引退した強者が選ばれるため、思考能力はそれ相応である――やがて名案を思い付いたのかガバリと顔を上げる。備え付けてあるベルを鳴らすと、暫くしてノックの音が聞こえレイナが再び姿を現す。



 インディゴはレイナの父親から彼女のことを直接頼まれていた。そして、彼女が何を求めているのかも薄々感づいている。ならばこの出会いは良い巡り合わせなのではないかと考えたのだ。ルーファは新たな後ろ盾を、レイナは友人を得るという寸法だ。


 非常に消極的かつ運任せな方法だが、他に良案も思い浮かばなかったインディゴは試してみることにする。レイナの父親も相手が光魔法士であれば文句は言うまい……多分。


 インディゴはレイナに今回のお詫びにルーファに街を案内するように頼み、彼女もルーファのことが気になっていたのか二つ返事で引き受けてくれた。


(……どうか上手くいきますように)


 インディゴは神獣に祈りを捧げる。 

 他力本願な彼は、しくしく痛む胃を摩りながら、レイナに出がらし茶と評された薄いそれに手を伸ばすのだった。



  


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