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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
迷宮王国カサンドラ
42/106

新しい門出

 ルーファがカサンドラに到着して既に半月が経とうとしていた。

 今日はナギたちがメイゼンターグに向けて出立する日だ。



「ナギ、色々とありがとう。気を付けて帰ってね」


 ルーファはナギに抱きつき顔をその胸に押し付ける。フェンの時のように大泣きするわけにはいかない。周りには見知らぬ人が沢山いるというのに。

 ナギは声を押し殺し泣くルーファの様子に感極まったようにポツリと呟く。


「……移住しようかな」


 この言葉に猛反発したのは相棒のカレン。

 彼女は竜種からリーンハルトのために協力するように言われているのだから。抜け駆けは許さぬ、とばかりにナギの頭をまるっと銜えガジガジ噛り付く。


「あだだだだだだだだだっ!放してくれ!悪かったよ!!」


「カレンちゃんも元気でね」

「ガア」


 鼻先を寄せるカレンを撫で、ついでとばかりにチュッとキスをする。これは子狐の頃の癖だ。人にしないのはフェンに以前注意されたからである。



 出発の笛が響き渡り、隊列が前へ前へと進む。

 ルーファは彼らの姿が霧に隠れて見えなくなるまで手を振り続けた。


「ルーファ、そろそろ帰りましょうか」


 動こうとしないルーファの顔をゼクロスが覗き込む。


「大丈夫ですよ~。また会いに行けばいいんですから~」


 一緒に霧の向こうを眺めていたミーナがニッコリと笑い、その言葉にルーファは目を瞬く。

 それは思いもよらない言葉であった。外へ出してもらえないルーファにとって、再会とは相手の訪れを待つことに他ならない。


(そっか、オレから会いに行けばいいんだ……もう自由なんだから!)

 




 ギガント王国の先王が存命だった頃、ちょくちょく神域を訪れてはルーファと遊んでくれていた。ルーファも彼を慕い、来訪を心待ちにしていた。


 だが……ある日を境に先王は来なくなった。高齢であった彼は、ベッドの上で冷たくなって発見されたのだ。老衰であった。


 ルーファは死というものが理解できず、来る日も来る日も彼を待ち続け、カトレアからもう二度と会うことが叶わないと告げられショックを受けた。ルーファは今でも覚えている。彼と最期に会った時、またね、と言って手を振ったことを。


 それからは人と別れるのが怖くてたまらなくなった。ヴィルヘルムが神域を離れる度に大泣きし、サラシアレータが帰宅する度にしがみつき帰すまいとした。今では大分改善されたが、それでもルーファにとって別れとは恐怖を伴うものなのだ。




(でも……これからは違う)


 ルーファは無事を確認しに、自ら会いに行くことができるのだから。

 ルーファの心に巣くっていた恐怖が和らぎ、伏せっていた狐耳がピンと空を向く。




 ミーナの手を取り駆け出すルーファを微笑まし気に見つめながら、バーン達もその後を追った。


 







 ルーファが暮らす家の用意ができたと連絡が入ったのは、それから直ぐのこと。

 場所は王城に程近く大迷宮からもそれ程離れてはいない一等地。既に家具類も運びこまれ、執事、メイド、料理番といった家を切り盛りする人材も屋敷で待機しているという話しだ。


 ルーファは早速引っ越すことに決めた。

 王城の暮らしも悪くはないのだが……ルーファの目標はあくまでSランク冒険者になること。これが夢に向けての第一歩だ。


 それに……ルーファは長期間に渡って依頼を一度も受けていなかったりする。道中、薬草を見つけては提出していたのだが、途中からは薬草すら生えておらず、既にギルドカードの停止処分を受けていてもおかしくはない。

 実は、ガウディからギルドへ大量のアンデッド及び最上位種・不死王(ノーライフキング)討伐の実績が密やかに伝えられていたため、特例措置として処分を免れている状態であった。


 バーン達も一緒に暮らすそうで、これにはルーファも大いに喜んだ。もちろんメーも連れて行くつもりである。



 ガウディはもうちょっと王城にいても……と渋っていたが、シンシアーナから(ルーファと遊んでいたため)仕事が溜まっていると叱られ、泣く泣く許可を出した。


 これに最も安堵したのはバーン達だ。

 実はベティがルーファへ猛アタックを仕掛けているのだ。毎日、花を用意し甘く耳元で愛を囁いている。気付けば腰に手を回し、手を握っているという有様なのだが……恐ろしいことにルーファは全く気づいておらず、仲が良い友達ができたと喜んでいる。

 



 翌日、ガウディの下を訪ねると6人の騎士を紹介された。

 現近衛騎士で、これからルーファの護衛となる人物――ソーン、カタリナ、エンリオ、フィルマ、ククリ、ブルドラン――である。この内カタリナとフィルマは女性騎士となる。ルーファが両性具有だということを踏まえたガウディの配慮だ。

 3名1組で常に行動を共にし、ルーファを影から守ることになっている。


 お互いに紹介をすませ、ルーファが特に嫌がる素振りを見せないことに全員が安堵する。ルーファは悪意ある者や魂が邪に傾いている者には決して懐かない。これは、ガウディにも伝えてあり、ルーファが怖がった貴族は密かにマークされている。




 ルーファが王城を出ようとした矢先、待ち構えていたベティが歩み寄る。


「もう行ってしまうのかい、可愛い人」


 顔を隠したルーファのフードを外し、長く艶やかな黒髪をひと房その手に取りキスをする。


「君の姿が見えないだけで僕の心は張り裂けそうだいうのに。これから君のいないこの場所で僕はどう生きていけばいいのか……」


 苦し気な表情とは裏腹に、その目は情熱的にルーファを見つめている。

 ルーファは短い間でこれ程まで自分を大切(な友達)に思ってくれているベティに感動し、その胸に飛び込む。


「ベティ、ありがとう。大丈夫なんだぞ。またすぐ会えるから」


 自分を見上げ、微笑むルーファを強く抱きしめたベティは必ず会いに行くことを誓う。ちなみに王宮から僅かに5キロ、魔獣で飛ばせば10分くらいであろうか。


 ルーファに顔を寄せて頬にキスをしたベティは、後ろに控えていた従者から花束と可愛らしい籠――ルーファの好きなお菓子入り――を受け取りその手へと渡す。


「この花が枯れる前に必ず君に会いに行こう」

「約束なんだぞ」


 ルーファも背伸びをしてベティの頬にキスを返した。




 バーン達は最近よくある日常の光景の為、平然と甘々な雰囲気の二人を見つめているが、今日初め見た護衛騎士は驚きに目を見張る。特に女性陣は目の色を変え、興奮した面持ちで2人を凝視していた。


 城門でベティと別れてから、カタリナが思わずと言った様子でルーファに話しかける。


「ルウ様、その、王女殿下とはどのようなご関係なのですか?」

「職務中だ!控えろ!!」


 リーダーであるソーンの叱責にカタリナは即座に謝罪する。

 6名の中で女性であるカタリナとフィルマは実力は高いが、まだ年若く経験が浅い。今回抜擢されたのも女性だからという理由が大きい。一定の年齢になれば家庭を持ち退職していく女性騎士が多いため、実力が高く信のおける者が彼女たちを於いていなかったのである。その代りに男性陣はソーンを筆頭に経験豊富なベテランとなっている。


 ルーファ専用の魔獣車に乗り込み、新たな家へと向かう。魔獣車を引いているのはメーだ。


 前方に高い塀に覆われた一軒家が見える。古く、それでいて頑丈な門の前には歴戦の猛者と言っても過言ではない様相の門番が2名佇んでいる。彼らは引退した近衛騎士と高位冒険者だ。


「あれがルウ様の屋敷になります」


 ソーンの言葉と同時に門が開かれ、中へと魔獣車が入っていく。

 ルーファは無言で自分の家を見つめる。感動のために無言なのではない。


 赤茶けた武骨なこぢんまりとした3階建ての屋敷の前面には広大な庭が広がっている。庭と言っても疎らに草が生え、所々に花が咲いている荒れ地と呼ぶほうが相応しいもの。全く可愛くも綺麗でもない自分の家に少しがっかりしたのである。



 迷宮から水が湧き出ているとは言っても決して国の全てを潤しているわけではなく、庭に花が咲いているというだけでも実際は凄いことなのだ。ベティが毎日ルーファへ贈っていた花は迷宮産であり、庭に咲いていたものではない。カサンドラに於いて花とは貴重品の1種である。


 これでもルーファのためにガウディが選りすぐった屋敷だ。

 まず、外から中の様子が全く窺えない頑丈な塀に、守りやすい立地。秘密保持の観点から働く人数を抑えるために小さめの屋敷である事。ルーファの希望によるメーのための広い庭。


 ルーファの正直な態度に1つ苦笑を漏らしたソーンは、軽い気持ちで進言する。


「この屋敷の者はルウ様の秘密を漏らすことはありませんので、好きなだけ魔法を使って頂いて構いませんよ」

「ホント!?よーし頑張るんだぞ!!」


「ほどほどにするのですよ!」


 その様子に嫌な予感を覚えたゼクロスがルーファに向かって叫ぶが、屋敷の中に勢いよく駆け込んだルーファに聞こえているかは疑問である。


「大丈夫でしょうか~?」

「大丈夫だ。いざとなったら陛下が揉み消してくれるさ」


 不安気なミーナの肩に手を置き、バーンは爽やかに笑った。


  



 ルーファは現在屋敷の中を探索中である。

 小さいとはいえ、普通の家よりは遥かに大きいのだ。まずルーファが暮らす本宅と、使用人が暮らす別棟。一階には男10人が使ってもまだ余裕がある程広い浴場があり、キッチンにダイニング、パーティーを開くための広間となっている。


 2階は客室に護衛騎士の部屋となり、ルーファ達の部屋は3階となる。

 地下にはワインセラーなどの倉庫もあり、食料の備蓄もできるようになっている。


 これ程の広さの屋敷を執事1名、メイド3名、料理番2名、警備員3名で切り盛りすることになる。〈清浄〉の魔道具がなければ、とてもではないが管理しきれないだろう。


 ルーファは一通り見て回った後、用意された自分の部屋へと向かう。

 青と白を基調にした爽やかな色合いの部屋だ。ルーファとしてはもっと可愛らしい方が好みなのだが……カトレアが好んだ色であり、神域にある氷でできた屋敷の内装と同じ色合いでもある。


 母が側にいる気がしてルーファはベッドに転がる。ヴィルヘルムの色合いでないのは、外が全て赤茶けた色のため。さすがに内装まで赤くしたくなかったのだ。


 しばらくゴロゴロしていたルーファだったが、お風呂に入ろうと思い立つ。魔力を通せば綺麗になるため実はお風呂になど入ったことがなかったルーファだったが、王城にて初めてお風呂と言うものを堪能し、その気持ちのよさに直ぐに虜になった。今では立派な風呂好きだ。


 ちなみに王城では、なぜか大浴場は使用させてもらえず室内に付いているお風呂に入っていた。この屋敷の個室にも各々小さなお風呂が付いてはいるが、ルーファとしては大きなお風呂で泳ぎ回りたいのである。




 ルーファが浴場に行くと入浴中(男)という札が掛けてあった。


 うむ、問題ない。ルーファは男なのだから。

 脱衣所で素早く服を脱ぎ、浴場への扉を開けた。 




「はぁ~生き返るぜ」


 固く絞ったタオルを目に被せ湯船で寛ぐ親父臭いバーン。目の前にはお盆が浮かび酒が乗っている。


「ジジ臭いっすよ」

「さすがに王城じゃ寛げないからな」


 どこに目があるとも知れない場所だ。目に乗せたタオルを頭に移動させ酒を手に取る。


「「乾杯」」


 一気に煽る2人。


「く~染みるぜ!」

「飲んだことがない酒っすね。迷宮産っすか?」


 2人で酒の品評会をしているとアイザックが人の気配に気づく。


「ゼクロスっすかね」

「珍しいこともあるもんだな」


 室内派のゼクロスは余り浴場では姿を見ないのだ。


「あ~ズルイ!!」


 扉が思い切りよく開き、お酒を飲んでいる二人をルーファが目ざとく見つける。



 ブッホォォォ!!



 咳き込む二人を気にすることなく、お湯を頭から思いっきり被ったルーファはそのまま湯船にダイブした。



 ざっぶーんっ!!



「だああああああ!!酒が!!」


 慌てるバーンを尻目にルーファは湯船を泳ぎ回る。どうせなら子狐の姿で楽しみたいのだが、いつ他の人が来るか分からないのでそこは我慢である。ひとしきり楽しむとバーンとアイザックの下へ向かう。


 バーンはじっとルーファを眺めているが、アイザックはなぜか後ろを向いている。その顔も心なしか赤い気がする。


「バーン君オレもお酒が飲みたいんだぞ」


 軽く了承したバーンは予備のコップを取り出し、ルーファに渡す。

 ルーファはと言うと……一丁前に注がれた酒の香りを楽しみ、一口含んでスッキリとした味わいを堪能した後、一気に飲み干す。


「いい飲みっぷりだぜ!」


 楽しげに笑いどんどん酒を注いでいくバーン。そして……





「うーむ……これはクルものがあるな」


 酔っぱらったルーファは酒をねだり、バーンにしな垂れかかっている。長い黒髪が白い身体へ纏わりつき何とも色っぽい。


「さ、さすがにこれは不味いっすよ!」


 見つかったら折檻コース確定である。

 焦るアイザックを他所にバーンは何事かをルーファに囁く。ルーファの狐耳がピクリと動きその目がアイザックを捉えキラリと光る。

 次の瞬間ルーファがアイザックへと飛び掛かり、その身体を押し倒した。


「お酒~お酒ちょうだ~い」

「ふおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 慌ててルーファを押しのけ逃げるアイザックに、逃がしてなるものかと追い回すルーファ。

 その様子をゲラゲラ笑いながら眺め、酒を飲むバーン。


「ちょ!笑ってないで止めろよバーン!!」



 かつての口調に戻り、バーンを真っ赤な顔で睨んでいるアイザックに手を振りながら、彼は昔を思い出す。



 ――狂気に支配されたあの頃を。 






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