合流
竜族――その種類は多岐にわたる。
その中でも有名なのが“叡智ある魔物”である竜種。あまり知られてはいないが、竜種は“叡智ある魔物”の中で最も特殊な種族である。
基本的に魔物は進化する。
その秘密は魔物が体内に持つ魔石にある。魔石とは魔力を生み出し、体内を循環させる機能を持つ言わば第2の心臓だ。全ての魔物は心臓の中に魔石を有し――心臓を持たない者は除く――魔石の中に魂を有している。魔石と魂は本来全くの別物であり、魔石=魂という訳ではない。これは、人種は魔石を持たないが魂を持っていることからも言えることだ。
魂とは本来とても壊れやすいものであり、肉体が死ぬと同時に拡散が始まり、10分以内に跡形もなく溶けて輪廻の海へと還るのだ。しかし魔石は高純度の魔力の塊であり、魂の拡散を防ぐ効果がある。つまり魔物の魂は死後もしばらくの間、魔石の中に留まり続けるのだ。この魔石を喰らうことによって、魔物は己の魂の力を強化していく。そして……進化へと至るのだ。
これが人種が進化できない理由でもある。体内に魔石を持たない人種は魂の力を取り込めず、喰らえば逆に毒となりその身を死へと至らしめるのだから。
そして進化にも明確な法則が存在する。
その1つが進化限界だ。
進化限界とは、ある一定以上の強さに達すれば進化できなくなることを指す。ただし進化はしないが魂は取り込むことができる為、その力は年を経た個体程強い。魔物の中で最上位種と名のつくものは、この進化限界に達した個体のことだ。それは、“叡智ある魔物”も例外ではない。彼らは生まれながらに進化限界に達しているため、進化することは不可能なのだ……本来であれば。
この常識を打ち破る存在こそ竜種だ。彼らは“叡智ある魔物”の中で唯一、進化可能な種族である。“神”に最も愛されし種……それが竜種なのだ。
竜種は例外なく竜魔法〈自然ノ支配者〉を保持している。
その権能は9属性――炎ノ極、地ノ極、水ノ極、風ノ極、闇ノ極、灼熱ノ極、重力ノ極、氷ノ極、雷ノ極――の完全操作である。
竜種には3種類存在する。
まずは、基本である竜種。
進化していないノーマルな竜種が全体の種族名として使われているのは、次の段階へ進化する竜種の数が圧倒的に少ないためだ。“大災厄”以降、次の進化先である竜王種へ至った者は僅かに3体。その少なさが分かるというものだろう。
さて、先程僅かに触れた進化先、竜王種には新たな力――〈眷属統率〉――が加わる。
身体の大きさも30メートル級の竜種から100メートル級にまで跳ね上がり、その姿はまるで空飛ぶ要塞だ。だが……この上に更なる進化先が存在する。
最終進化先――古竜王種。
その体躯は1000メートル級。〈自然ノ支配者〉〈眷属統率〉に続き、新たな力〈竜眼〉が加わる。
〈竜眼〉とはその目で捉えた事象を解析する力。ヴィルヘルムの〈神竜ノ眼〉の劣化版となる。未だかつてこの領域に至ったのは竜王ヴィルヘルムただ1人のみ。
“叡智ある魔物”以外の竜族とは一般的に知能の高い個体を指す。
最上位種は4種。炎竜、地竜、水竜、風竜だ。その他にも上位種に飛竜、中位種に翼竜、下位種に地走竜などがいる。そして竜族の最下位種となる種は鱗ある魔物全てを指すため、一般的に竜族とは認識されていない。彼らは竜に進化する可能性を秘めた種ではあるが、大半は進化することなくその生を終えることとなる。
これらの竜族には例外なく種族魔法〈眷属通信〉が備わっている。知能が低い最下位種は使いこなすことは難しいが、下位種以上の竜族はその知能も高く竜同士での細かなやり取りを可能としている。
風竜カレンが荒野という何の目印もない場所で、他の飛竜の居場所を把握しているのはこの魔法によるものだ。彼らは綿密に〈眷属通信〉でお互いに現状を報告し合っており、通信相手の居場所もこれでおおよそ把握することができる。
ただし瘴気には魔力場を乱す効果があり、遠距離からの魔法は妨害される。魔力を電波に例えていうなら、電波を妨害する力場を発生させるのが瘴気であり、電波を飛ばすような魔法は妨害されることになる。転移系と通信系はこの系統の魔法であるため使用できないのだ。カレン達もお互いの距離が近いためギリギリ通じているという有様である。
そんなカレンに騎乗したルーファは常とは違う景色にはしゃいでいたが、代わり映えしない景色が延々と続き現在は夢の中の住人と化している。ナギはそんなルーファを落ちないように、後ろからご機嫌な様子で抱きしめていた。
その後方を歩くヒューに騎乗したマッチは彫像のように微動だにしない。同乗しているのはミーナである。もし誤って胸にでも触れようものなら……マッチは昨夜の折檻を思い出し、思わず身震いする。余程恐ろしかったようだ。
もうじき昼休憩にしようかと思っていた矢先、カレンとヒューが鎌首をもたげ鳴き声を上げる。バーン達は何事かと身構えるが、前方より返事をするような飛竜達の声を聞き、顔を見合わせる。霧で確認できないかもしれないと思いつつ、バーンは〈火球〉を打ち上げた。
「今、前方から魔法が発動しました~」
〈火球〉を打ち上げてから程なくして、魔力感知に人一倍敏感なミーナが皆に知らせる。
「間違いないようだな。救援部隊だ」
「早すぎると思いやすが……」
断言するバーンにアイザックは困惑したように呟く。さすがの彼らも国王が単身王宮を飛び出したなど想像の範囲外である。ナギがその間にルーファを起こし、フードを被せる。
歩みを止めた彼らの前に、数日前に別れた飛竜達が姿を現す。飛竜達は同僚であるナギとマッチをまるっと無視し、ルーファに鼻先を寄せる。
「みんなぁ!こんなにボロボロになって……グスっ」
ルーファは慌てて飛竜達を癒し、お礼に祝福を贈る。
「こっちだ!!」
バーンの声が響き、その声に導かれるように現れたのは魔鳥の群れ。
「近衛騎士団!?」
魔鳥とそれに跨る騎士を見たドゥランが驚愕に目を見開く。いや、彼だけではない。ルーファ以外の全員がその言葉に驚き、騎士達を凝視する。近衛騎士団がいるということは、彼らが守護すべき人物――王族――がいるということなのだから。
ナギとマッチは慌てて騎竜を伏せさせ、ルーファとミーナを抱え地面へと下り立つ。本来なら跪くべきところではあるが、危険地帯であるこの場所でその様な真似をするものはいない。
他の魔鳥が一斉に道を開け、一体の黒い魔鳥が進み出る。それに騎乗するのは新緑の服に身に纏った筋骨隆々の男。
「私はカサンドラ国王ガウディ・ベラ・カサンドラ!“赤き翼”一行で間違いないな?」
「オレは“赤き翼”紅蓮のバーン。救援感謝します!」
バーンの挨拶を聞きながらも、ガウディの目は1人の子供――ルーファ――に向けられている。
ガウディは魔鳥から身軽に飛び降り、ルーファの前で立ち止まる。ナギにしがみつくルーファを見て、怖がらせぬように腰を落とし優しく話しかける。
「貴殿がルウ殿か?」
じ~っとガウディを見つめコクリと頷くルーファ。
「怖い思いをさせたな。もう大丈夫だ」
フード越しに頭をわしゃわしゃと豪快に撫で、ニカっと笑うガウディにルーファも笑顔を見せる。
「王様!王様遊ぼう!!」
いきなりガウディに抱きつくルーファに焦ったのは周りの人である。
「ルウちゃんダメですよ~!」
「ルウこっちへ来なさい!」
ミーナとゼクロスは余りの無礼に顔を蒼褪めさせ、ルウが事前に光魔法士だと知らされている近衛騎士はどうしたものかと困惑している。ルーファは周りの様子など気にも留めずに期待の眼差しをガウディに向けている。
ルーファにとって王様=遊び相手なのだ。ちなみに、その遊び相手とはギガント国王メガロと竜公セルギオス。これに竜王ヴィルヘルムが加わり、何とも豪勢な顔ぶれとなる。
「はっはっはっはっは!!いいぞ。カサンドラに着いたら遊ぼうではないか!」
「ホント?わーい!わーい!!」
そのままルーファを抱え上げると、フードが落ちその顔が露わになる。その可愛らしい容姿にガウディは胸をズキューンと撃ち抜かれた。
「おおおぉぉぉぉぉぉ!理想の娘がここに!?決めたぞ!この子を我が娘とする!!」
突然の国王の乱心に近衛騎士の1人が進み出て、慌てることなく忠言する。まるでいつものことのように。
「陛下、突然そのような事をおっしゃられても困ります。妃殿下にご相談もないとなれば……怒られますよ?それにご本人の同意なく進められては、嫌われてしまうのではないでしょうか?」
一瞬身体を強張らせたガウディだが、可愛いもの好きの妻はよくやった、と賛成するだろうと思い直し、ルーファに向き直る。
「あ~、ルウちゃんは私と家族になりたくはないかな?」
「やだ~」
何の迷いもない返答にガウディは撃沈した。
「オレには家族がいるんだぞ。それにオレは男の子だ!」
「「「えっ!!」」」
なぜかナギたちも一緒に驚いている。どうやら全員女の子だと勘違いしていたようである。いや、確かに半分は女の子だが。
「クッ!何という不条理か!この子が男の子で我が娘が女の子だとは……」
御年43歳のガウディには美しい妻と、成人している子供3人――息子2人と娘1人――がいる。まさに理想の家族と言えよう……娘が幼少の頃までは。
迷宮王国の王族たるもの戦えなければならぬ、という信念のもと息子を鍛えていたガウディだが、娘は別である。蝶よ花よと慈しみ大切に育ててきたのだ。それが……王妃であると同時に将軍でもある妻に影響されたのか、10歳になる頃には立派に剣を振り回していた。ガウディの知らぬ間に王妃が鍛え上げていたのだ。
そしてある日、恐ろしい事件が起こった。
なんとウェーブがかった長い髪を短く刈り込み、自分のことを僕と呼び始めたのだ!
ガウディが何度ドレスを着るように言っても聞かず、男物の服を身に着けるようになった。何度か力ずくで言うことを聞かせようとしたが、その度に剣を抜き切りかかってきたのである。
ガウディの理想の娘像はガラガラと音を立てて崩れ、今では立派な戦士となっている。市井では鬼姫と呼ばれているとか……姫要素は皆無だが。ちなみに王妃は妃将軍と呼ばれている。
それでもガウディは娘を愛していることには変わりないのだが……如何せん潤いが、華が足りないのである。
世の不条理を嘆いているガウディの髪の毛をチョイチョイ引っ張り、ルーファはお腹を摩る。
「お腹空いたんだぞ」
実際は神獣であるルーファのお腹が空くわけがないのだが……習慣とは恐ろしいものだ。
バーン達は何となくガウディの性格を察し、既に傍観の体で佇んでいる。案の定ガウディはそんなルーファを怒ることなく、それどころか自分の膝に乗せて一緒に食事を楽しむこととなった。
和やかな様子のルーファ達を遠目に眺めつつ、バーン達も食事を取る。
「ルーファちゃんが半分女の子だって言わなくてもいいんですか~?」
「ど、どういうことですか!?」
ミーナに詰め寄るナギ。余程ルーファが男の子だと知ってショックだったようだ。ゼクロスが説明し、本人の望むとおりに男の子として扱うことを約束させる。
「言ったら本当に養子になりそうなんだが……」
バーンの言葉に全員が頷きで返す。
「言っとかないと、お風呂に一緒に入りそうなんっすが……」
アイザックの意見にこれまた全員が頷く。
お風呂に入らずとも着せ替え人形にはなりそうだ。そうなれば遠からず知られることになるだろう。そう思いゼクロスは静かに立ち上がる。
「ゼクロス!ついでに今夜にでも面会の約束を取っといてくれ!」
バーンに手を振って了承の意を示しつつ、ゼクロスはガウディの元へと歩いて行った。
近づいてくるゼクロスに近衛騎士が反応するが、ガウディはそれを手で制する。相手は光魔法士だ無礼があってはならない。
「如何されたゼクロス殿」
「少し陛下の耳に入れたいことがございまして」
ゼクロスはチラリとルーファを見る。その意味を察したガウディは、近衛騎士にルーファが触りたがっていた魔鳥の元へ案内するように命じる。
ルーファが両性具有だという話を聞き、ガウディは深く納得する。やはり自分の目に狂いはなかった、と。
「陛下、誤ってルウと一緒にお風呂に入るなどなさらぬようにお願い致しますよ」
凶悪犯の如き笑顔で念を押すゼクロス。ガウディは若干バツの悪そうな顔で頷き、1つ咳払いをして話を戻す。
「それで、今夜にでも話したいということがあるということだが……人払いが必要か?」
「ルウの持つ力のことですので、大っぴらにはしたくありません」
「分かった今夜にでも、と言いたいところなのだが……実は慌てて出てきたので、天幕を用意していないのだ。我が近衛に信のおけぬ者はおらんと言いたいが、それを貴殿に押し付けるわけにはいかん」
……まさかとは思うが一国の王が着の身着のまま出てきたのではないだろうか。ゼクロスは溢れる疑問に慌てて蓋をして、ガウディに提案する。
「私たちは幾つか天幕を持っていますので、その内の1つを提供しましょう。それ程大きくはないので恐縮ですが」
「おぉ!それは助かる。荒野は砂が舞うからな。天幕がなくて参っていたところだ」
ゼクロスは安堵する。
一時はこのまま荒野を引き返しリーンハルトまで戻ることを考えていたが、どうやらそれも杞憂に終わりそうだ。この王の下でなら、ルーファも健やかに過ごせるだろう。何より神獣が懐いたのがその証拠。
ゼクロスは自分の信仰する母なる神獣に祈りを捧げる。
(あなたの御子は元気に過ごしております。この命に代えても必ずやお守りしてみせましょう)
所属していたパーティが全滅の憂き目に遭い、その痛みから逃れるように遠く離れたリーンハルトへとやって来たゼクロスは、運命と言うものを感じる。生きる意味を失っていた彼は、ルーファに出会い新たな意味を人生に見出したのだ。




