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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
迷宮王国カサンドラ
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ルーファの必殺技

 草原の中で1人の女性と白銀色の子狐が笑い声を立てながら遊んでいる。


「いきますよ~」


 女性が手に持っている木の棒を投げ、子狐はそれを追って宙を翔る。見事木の棒をキャッチした子狐は、自慢するように胸をそらせながら女性のもとへと戻った。

 実に微笑ましい光景である……その子狐が神獣でなければ。


 

 微妙な表情でその光景を見つめていたナギはゼクロスに声をかける。


「あれは……その、いいんでしょうか?」

「構わないのではないですか?ルーファが喜んでいるのですから」


 ルーファ至上主義のゼクロスが笑顔――夜叉のような――で頷き、そういうものかと納得するナギ。既に彼の常識はゴミ箱のなかに入っているが、まだそれに気付いてはいない。後は燃やされるのを待つばかりである。常識が虫の息なナギの隣でバーンがぶつぶつ呟いている。


「神樹の枝が……伝説の素材が……」


 そう、ミーナが先程からぶん投げている白銀に輝く木の棒こそ、伝説に謳われる神樹の枝である。この枝1つで戦争が起きてもおかしくないほどだ。それを躊躇うことなく投げるミーナもミーナなら、遊びで使うルーファもルーファだ、と自称常識人のバーンは思う。



 夜が明けてから眠りについた彼らは、この安全地帯でもう一泊することにしたのだ。昼過ぎに目を覚ましたルーファがミーナを遊びに誘い現在に至る。





 ほのぼのとした空気に反するように鋭利な雰囲気を纏ったアイザックが姿を現し、鋭い目付きで前方を睨む。その手には既に短剣が握られている。


「魔物が来やす!」


 その警告に即座に戦闘体勢が整う。厳しい訓練を重ねたかのような遅滞なき連携は、見る者が見れば感嘆の吐息をつくだろう。

 ミーナも即座に収納の腕輪から棍を出し構え、ルーファはといえば……何故か穴を掘っている。


 荒野の向こうから土煙が上がり、それが段々と近付いて来る。同時に魔獣の鳴き声が全員の耳へ届いた。


「メ~!メ~!」

『メーちゃん!?』


 ルーファが穴より飛び出し、見つめるその先に羊の魔物が姿を現した。



 メーはいなくなったルーファを探し、一匹で荒野に飛び出したのだ。メーもそれが危険な行為だとは本能的に理解している。だが……それでもメーはもう一度ルーファに会いたくて、そうせずにはいられなかった。白かった毛は茶色く薄汚れ、魔物と言えど飲食なしにさ迷ったその身体は、たった一日で痩せ細っている。



『メーちゃん!』

「メ~!」 


 弱った身体を引きずりながら、それでもルーファに向かって嬉しそうに駆け寄るメー。ルーファもまた泣きながらメーへと翔け出す。


 ミーナとゼクロスはその健気な姿に胸を打たれ涙し、他の者も目を潤ませている。

 そして、二匹の運命が再び交わる……



 ドシーン!!



 放物線を描き飛んでいく子狐。何となく結末を予想していたバーンがすかさずルーファをキャッチした。色々と台無しである。

 無言で武器をしまう周りの微妙な空気を察知することなく、眼を回していたルーファが跳ね起きる。


『メーちゃ~ん』


 今度こそメーに飛び付き、その顔をペロペロなめるルーファ。だがそこに感動的な雰囲気はなく、あるのは生暖かい空気のみ。


「よかったですね~」


 ミーナが〈洗浄〉の魔道具でメーを綺麗にし、一頻り挨拶が済んだメーもモシャモシャと草を頬張り始める。


「にしても驚きだな!魔物にも忠誠心があったとはなぁ」


 ドゥランが感心したように口にし、それに抗議するようにカレンが鳴く。


『カレンちゃんが怒ってるんだぞ。早く謝らないと食べられちゃうんだぞ!』


 ルーファの言葉に顔を青くしたドゥランが慌ててペコペコ頭を下げる。最早そこに高位冒険者としての威厳は感じられない。


「よく瘴気に侵されずにここまで来れたな」


 バーンは感心したように呟きワシャワシャとメーを撫でた。




 瘴気は魔物を蝕み、凶暴化させる。そして凶暴化した魔物は引き寄せられるように荒野へと向かい、そのまま死にアンデッドとして甦るのだ。そこは魔物(いきもの)が生き残れる環境ではないのだから。

 だが……稀にスライム等の飲食を必要としない魔物が生き残ることもある。そういった個体は凶暴化したまま荒野を死ぬまでさ迷うことになる。


 荒野の近くで魔物を使役する場合は、治癒石の装着が義務付けられているのはこのためだ。これを身に付けることによって、瘴気の侵食を防ぐことができるのだ。


 メーも首から下げていたのだが、今はそれが見当たらない。


『当然なんだぞ。メーちゃんにはオレが〈祝福〉をつけてあげているからな。瘴気なんてへっちゃらなんだぞ!』


 ルーファの爆弾発言に全員が驚きの表情を浮かべる。神獣の〈祝福〉など光魔法士以外に与えられた話など聞いたこともないのだから。ましてや魔物になど。


「魔物に祝福を与えられるのですか?」


 〈祝福〉を得るために厳しい修練を幼少より課せられていたゼクロスは愕然と呟く。


『負のエネルギーを生み出すのは人種(ひとしゅ)だけなんだぞ。だから、魔物には普通に付けれるんだぞ』

「そ、そんな……」


 自分たちは魔物よりも劣っているのだろうか。もしかしたら人種(ひとしゅ)こそがこの世界で最も不要な穢れた存在なのではないのか。今まで信じてきたものがガラガラと音を立てて崩壊し、ゼクロスは自分が今大地に立っているのかどうかすらも分からなくなる。


「ゼクロスさん!」


 ふらつくゼクロスをミーナが支えようとするが、そのまま一緒に尻餅をつく。多かれ少なかれ全員がショックを受けて黙り込んだ。

 負のエネルギーを生む存在……それ即ち瘴気を作り出しているのが自分達人種(ひとしゅ)だということなのだから。


「人種は世界を滅ぼす存在なのか……?」


 常日頃から自信に満ちているバーンの声がどこか心細く響く。


『それは違うんだぞ。全ては循環、全てはバランス。多すぎても少なすぎても害になる……そういうもの。人種(ひとしゅ)も世界にとって重要な役割を担っているのだから』


 ゼクロスの前まで翔んでいってルーファはゼクロスの額をペロリと舐める。


『ゼクロスは負のエネルギーをコントロールしている。小汚いバーン君とは魂の輝きが違うんだぞ。だから自信もって。それはとっても凄いことなんだから』


「ルーファ……ありがとうございます」


『ふふっ、いいんだぞ!オレの〈祝福〉も追加しといたんだぞ!』


 ようやく笑顔を見せたゼクロスに、ルーファは再び爆弾発言を落とす。感激に目を潤ませるゼクロスを他所にどこか荒んだ声が響く。


「は、ははっは……小汚い、小汚い魂……どうせオレはダメな男。穢れた存在」


 ルーファの口撃で精神に多大なダメージを受けたバーンが1人背を向け項垂れていた。


『だ、大丈夫なんだぞ。例え小汚くてもバーン君はいい奴なんだぞ!』


 追い打ちをかけるルーファに、バーンは敢え無く撃沈された。

 

 



 焚火を囲みながら2日目の夜が更けていく。


「そういやルーファ様の御力なんだが……光魔法と言い張るには無理があるんじゃないか?」


 ドゥランの指摘に全員が顔を見合わす。確かに前々から思っていたが、対処法が使用しないこと以外に思い浮かばずそのままになっていたのだ。


「何か案があるのか?」


 バーンが食事の手を止めることなく尋ねる。


「案というか……固有魔法って言い張るのはダメなのかよ?」


 固有魔法は親しい者ですら滅多に教えることがなく、意外とその詳細は知られていない。そう思い提案してみるドゥラン。


「神聖魔法に近い固有魔法ですか……そのような事例は聞いたことがありませんが、通用するでしょうか?」


「……いけるだろうな。仮に癒し系統の固有魔法があれば隠すはずだ。保持者が滅多に出ないことを考えれば誰も知らなくてもおかしくはない。さすがは破槌のドゥラン。それでいくぜ、いいな?」


 バーンの言葉に全員が神妙な顔で頷く……一匹を除いて。肝心の当事者がお皿に顔を突っ込み、話を全く聞いていない。額に青筋を立てたバーンが〈疾風〉を発動し、ルーファの皿を奪うと代わりに肉を平らげる。


「分かったな?ルーファ」


 空になった皿をしばらく呆然と見つめていたルーファはバーンの声で我に返る。


『バーン君とはいつかこんな日が来ると思っていた……雌雄を決する時がな!!竜王ヴィルヘルムすら膝をついた我が6ある必殺技。その奥義を喰らうがいい!!』




 その瞬間その場に満ちるは驚愕。伝説の竜王が膝をつくという想像を絶する技の存在に、全員が固唾をのんで状況を見守っている。それは……神代の技に違いないのだから。


 バーンの脳内に警鐘が鳴り響き、背中からは止めどなく汗が流れ落ちる。腰を浮かせ、いつでも動けるように全身の筋肉を収縮させ、その時を待つ。

 バーンの額を汗が伝い、一瞬の動きも見逃すまい、と瞬きすらも止めた目がルーファを凝視する。



『必ぁ殺!悩殺ポ~ズ!!』



 バーンの前まで進み出たルーファはゴロ~ンと腹を見せ潤んだ瞳でバーンを見つめる。可愛らしい声で鳴くのも忘れない。無言でルーファを見つめるバーン。先程の緊張を返して欲しいものである。


『あ、あれ?悩殺ポ~ズ!!』


 再び必殺技を繰り出すルーファに冷めた目で応じるバーン。


「いや~ん可愛いです~」


 いつの間にか側に移動してたミーナがルーファを撫でまくる。それに気を良くしたルーファが新たな必殺技を繰り出す。


『必殺技その5、甘噛みっ!』


 小さい前足でミーナの指をはっしと掴み、ガジガジと甘噛みするルーファ。ミーナは鼻血を噴かんばかりに顔を真っ赤にして悶えている。そんなミーナからルーファを奪い、首根っこを掴んで目の高さにまで持ち上げるバーン。


「どこが竜王様が膝をついた必殺技だ!嘘を言うな!!」

『嘘じゃないもん。ホントだもん!ヴィーはこれで一撃なんだから!!』


 確かにヴィルヘルムは地面に寝っ転がるルーファを撫でるため、膝をついているのであながち間違いという訳ではない。


「なんだか竜王様に親近感を感じますね~。他の4つの必殺技も見たいです~」


 ミーナが再びルーファを奪い返し撫でまわす。


『クククッいいだろう!我が必殺技を見るがいい!!必殺技その1、ルーファパーンチ!』


 ミーナの腕から飛び出し、バーンの顔面にパンチをくらわす。グリグリグリ。



『その2、ルーファキーック!』


 バーンの顔面にキックを連打する。したたたたたたたたっ。



『その3、尻尾アターック!』


 もふ~んもふもふ。



『その4、泣き落とし!』


 うるうるうる。ポロポロポロリ。



『どうだ!参ったか!!今日はこの辺で勘弁してやるんだぞ!!』


 後ろを向いてのっしのっしと去って行くルーファをそのまま見送るバーン。いったい何故こんな状況になったのだろうか……疑問である。


「そ、そのルーファ様は竜王様と仲がよろしいので?」


 恐る恐る尋ねるドゥランに、ルーファは自慢気に頷く。


 『そうだぞ~。オレとヴィーは家族だからな!』


 冒険者の男たちから唾を飲む音が聞こえる。竜王ヴィルヘルムと言えば強さの象徴でもあるのだから。冒険者の中で憧れているものも多い。


「写真とか……あるんすか?」


 バーンが勢いよくトビアスを振り向き、なぜ今まで思い至らなかったのか、と後悔に(ほぞ)を噛む。


『えっ、あるけど?』

「マジか!!見せてくれ!!!」


『やだ!』


 ルーファはバーンに背を向けるとそのまま丸くなり、1つ欠伸をしてすぐに寝息を立て始める。

 そこかしこから冷たい視線がバーンに突き刺さった。針の筵に立たされたバーンは鞄を取り出し、無言で中身を漁る。目当ての物を取り出すと、ルーファをそっと揺り起こす。今までにない優しい笑顔で。


「ルーファ、ルーファ起きろ」


 甘い声がルーファの耳朶をくすぐり、不機嫌そうにその目が開く。バーンはそっとルーファの口を開き、取り出したものを中へと入れる。ルーファの狐耳がピンと立ち尻尾が猛烈に振られ、くりくりな目が驚きにさらに大きくなる。


『何!?これ何!?』

「飴だ。今まで食べたことなかっただろ?」


 手に持っている飴の入った袋をルーファに掲げてみせるバーン。ルーファの喉をくすぐりながら、バーンはルーファに優しく微笑む。


「ルーファ……分かるだろ?」

『……うむす。仕方ない、分かったんだぞ』


 バーンから受け取った飴玉袋を〈亜空間〉へと仕舞い、ルーファはバーンに向き直ると、ドーンと再びお腹を見せる。


『さあ!思う存分揉むがいい!!』


 予想と違う展開にバーンが唖然としていると、その様子をみたルーファが小首を傾げる。


『あれ?違うの?バーン君、お胸揉むの好きだって言ってたじゃん!』




 ツツゥとバーンのこめかみを汗が流れ落ちる。

 逃げようとするバーンの肩をミーナの手がガッチリと掴んだ。


「バーンさん少し向こうでお話ししましょうね~」


 その背後では、ブォォォォン、ブォォォォンというメイスを振る音が響いていた。


 


 その日、バーンの悲鳴をGBMに全員が就寝し、竜王ヴィルヘルムの写真はまたの機会へと持ち越されたのだった。

 



  

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