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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
迷宮王国カサンドラ
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新たな疑惑

 荒野から光の粒子が天へと昇っていく幻想的な光景を呆然と眺めていたバーン達は、崩れ落ちたルーファの姿に現実へと立ち返る。

 バーンは慌てて〈疾風〉を発動させルーファを抱きとめ、地面へ落とさなかったことへ安堵のため息を吐く。



 どろ~ん……ぽとり



 子狐に変わったルーファがそのまま地面へ墜落した。今のは不可抗力だ、と心の中で言い訳をしながら慌ててルーファを拾い上げるバーン。


「「ルウ(ちゃん)!!」」


 ゼクロスとミーナがバーンに走り寄り、その手に抱くルーファを覗き込む。姿を隠してはいるがアイザックも側でルーファをじっと凝視していた。



 ……すぴ~すぴ~



 健やかな寝息を立てるルーファに全員気が抜けたように座り込む。バーンに至ってはさっさとルーファをゼクロスに渡し、草の上に寝転がったほどだ。


「バーン、気を抜きすぎっすよ」


 アイザックが苦言を呈すがバーンは何処吹く風といった様子。アイザックも本気ではなかったのか肩をすくめるだけに留めた。神気溢れるこの領域にアンデッドなど現れるはずないのだから。



「おいおいおいっ!いったいどうなってやがんだよ!!!」


 我に返ったドゥランがバーンへ詰め寄る。

 煩わしそうに眼を開けたバーンが面倒くさそうにドゥランを見るが……今や集まっているのはドゥランだけではない。バーンの周りにはナギやマッチ“筋肉躍動”のメンバーが押しかけ真剣な表情でゼクロスの手の中で眠る子狐を凝視していた。ミーナは極上の笑顔でルーファの毛皮を堪能中である。


「見ての通りだぜ。ルウ……いや、ルーファは神獣様だ」


 最早隠しても無駄、とばかりに投げやりにバーンが答える。予想はしていたが、それでも信じられぬ思いでルーファを見つめる一同。




「よっっっしゃあああああああぁぁぁぁ!!」


 西部念願の神獣の到来にドゥランが雄たけびをあげ、ビッド、マイク、トビアスがそれに続く。


「ミ、ミーナさん!神獣様を撫でるなど、ふ、不敬ではありませんか?」


 ナギが勇気を踏み出し、声を裏返らしながらミーナを嗜める。ミーナは怖いのだ。


「大丈夫ですよ~。ルーファちゃんは撫でられるの大好きですから~」

「で、では自分も……」


 手を伸ばすナギを遮るようにミーナがルーファを抱き上げた……その豊満な胸へと。手を出せぬその絶対不可侵領域にナギは涙を呑み込み、その様子を見ていたゼクロスは苦笑しながらナギに進言する。


「ナギ殿、起きたらルーファに一度許可をもらってからにした方が良いですよ。ミーナは既に許可を得てますから」

「そ、そうですよね!助言ありがとうございます」


 危なく不興を買うところであった、とナギはゼクロスに頭を下げる。その後ろではマッチもソワソワと身体を揺すっていた。彼も撫でたかったようだ。




 全員が騒いでる間に手早く食事の準備を始めるゼクロス。実にできた男である。

 料理をしているゼクロスに珍しくアイザックが近寄り、収納の腕輪から取り出した鞄をゼクロスに渡す。この鞄も〈収納〉の魔法が掛けられている。



 〈収納〉の魔道具の主流は鞄だ。腕輪の方が便利だと思われがちだが、魔法陣を描くスペースが少なく鞄に比べ容量が遥かに小さい。だが使われている金属や小さくとも質の高い魔石、さらに狭いスペースに精密な魔法陣を描く技術の高さが求められる腕輪は、かなり高価なものだと言ってもよい。そのため、低位の冒険者は収納の鞄を持ち、資金に余裕のある高位冒険者は収納の腕輪に、複数の収納の鞄を入れ使用しているのだ。



 ゼクロスが鞄の中身を確認すると〈保存〉の魔道具に包まれた生肉が出てくる。


「ルーファは肉が好きっすから。案外、匂いで起きるかもしれやせん」

「ありがたく使わせて頂きます」


「ゼクロスさ~ん、私も手伝います~」


 ミーナが近寄り、アイザックにルーファを渡す。これも以前なら考えられないことだ。




 バーンとアイザックは幼馴染でその付き合いは長い。固有魔法士同士が幼馴染など天文学的数字だが……(まが)うことなき事実である。ミーナは4年、ゼクロスは2年の付き合いとなる。


 その間、実はアイザックとはあまり話したことがないミーナであった。何せいつも姿を消しており、口数も少ないのだ。話しかければ普通に返してはくれるのだが……どこかよそよそしい感じがする。時折、自分に向けられる彼の目が酷く冷たい気がして、仲間だと見てくれているのかさえ疑問なのが正直なところだ。


 それが今回アイザックがルーファのためにキレたのを見て、ようやく分かったのだ。冷淡に見えて、実はちゃんと仲間のことを思っているのだと。




 パチパチという焚火の音に混じり、ジュウジュウと肉の焼ける良い匂いがする。ルーファの為とスパイスをふんだんに使った肉が豪快に串へと刺さっている。香ばしい匂いが充満し、知らず知らず全員の視線は肉へと向いている。


 ゼクロスがスープを注ぎ、ミーナが全員に配って回る。可愛らしい女性からスープを貰いドゥラン達はだらしなく笑み崩れている。


 

 スンスン



 アイザックの膝に乗せられているルーファの鼻が鳴る。同時にアイザックのズボンが濡れる……涎で。

 ぱっちりとルーファの大きな目が開かれ、嬉しそうに尻尾が揺れる。その目は肉に釘付けである。


「「「「ルーファ!!!」」」」


 全員の視線がルーファへと向き、ゼクロスとミーナが駆け寄る。


『おはよー。ご飯?ご飯?』


 涙を浮かべたゼクロスとミーナが暢気(のんき)なルーファを代わる代わる抱っこしている。


『えっと……?』


 ルーファも皆の様子が流石におかしいと気付き、周囲を見回すと……知らない人たちがいる。そして自分の身体――子狐の――を見つめる。


(大変なんだぞ!早く隠れなきゃ!!)


 ルーファはワタワタとアイザックの懐に入り込む。更に、パニックを起こしたルーファは……


(人化!そう、人化せねば!!)

 


 どろ~ん



「狭ぁい!痛ぁい!!」

「ちょ、何考えてるんすか!!」


 アイザックの懐で人化したルーファは余りの狭さにもがく。

 

 残念ながらアイザックの服には〈調整〉の魔法は刻まれていない。魔方陣を刻むスペースには限りがあるため、別の魔法――より戦闘を重視した――を優先しているためだ。〈調整〉が施された服を着ているのは圧倒的に女性が多といえる。


 アイザックの顔は茹でたタコのように赤くなり、その手はオロオロと忙しなく動いているが……全く以て意味をなしていない。


「ルーファ!!早く元の姿に戻りなさい!!」

「ロリコンです~!ロリコンです~!」


 呆気に取られる周囲を他所に、バーンの爆笑が木霊した。





 子狐の姿に戻ったルーファはゼクロスの膝の上にちょこんと座り、事情を説明してもらう。


『心配かけてごめんなさい。皆助けに来てくれてありがとう』 

「これからも是非頼ってください!!」


 ナギが鼻息荒く言い放ち、逆にマッチは顔面蒼白。彼は以前神獣(ルーファ)を殴ったことがあるのだから。土下座で謝り、中々顔を上げようとしない彼をペロペロと舐めるルーファ。慰めるのはお手の物だ。感激するマッチをナギが悔しそうに見つめている。


「オレ達からも謝らせてくれ!ダルカスはオレ達のチームメンバーだ、です。あいつの暴走に気付かずに神獣様に傷を負わせてしまたのはリーダーであるオレの責任ですっ!どう償えばいいのか……すんませんでした!!」


「「「すんませんでした!!!」」」


 ドゥランに続いてビッド、マイク、トビアスも土下座をする。その様子を暫し見つめ、ルーファは何事か考える素振りを見せる。

 自分たちは許されないのかもしれない……ドゥラン達の心を絶望が襲う。沙汰を待つ罪人の如く俯きピクリとも動かないドゥラン達をナギとマッチは心配気に見つめている。


 バーン達は心配すらしていない。ルーファは許す。絶対に。そう確信しているからだ。


「……あの人、何かおかしかったんだぞ」

「どういう意味だ?」


 命の極限状態に狂気に落ちる者もいる。そういう意味では、おかしいと言われても何の不思議もない……が、ルーファの言葉には違う意味合いが含まれているような気がして、バーンは問い返した。


「灰色のもやもやしたのがくっついてたんだぞ」


 ルーファの言葉に全員が困惑した面持ちで顔を見合わし、ゼクロスが代表して考えを述べる。


「つまり何者かの意志が介入していた、ということでしょうか?」

「有り得ねぇよ!ダルカスは固有魔法士だぞ!?精神操作系の魔法は効くはずねぇ!!」


 固有魔法士は魔法の威力にもよるが、いずれにしろ中級程度であれば問題なく無効化する。特に精神操作系は完全にレジストすることで有名である。それを考えれば、ドゥランの言葉は正鵠を射ている。


 ダルカスが固有魔法士であることを知らなかった面々は驚きに目を見張る。特に彼を一撃で屠ったバーンは疑わしそうな眼差しだ。


「相手の魔法が固有魔法だったらどでしょうか?」


 ゼクロスは固有魔法の使い手であるバーンとアイザックに目を向ける。


「持っている固有魔法や発動条件にもよりやすが……不可能ではないと思いやす」

「いや、不可能なはずだぜ」


 意見が分かれ睨み合う2人。やれやれとため息を吐きゼクロスが割って入る。


「その発動条件というのは?」

「あっしが聞いたことがあるのが、隷属魔法のように承諾した場合っすね」


「いくらなんでも承諾はしないだろ?」


 バーンが呆れたように言えば、アイザックは鋭く目を細める。


「分かりやせんよ。例えばルーファが定期部隊に入ることに対して腹が立つ、と言う言葉に同意したらどうなりやす?その感情が強化されるんじゃないっすか?最低でも意識の誘導はできると思いやす」


 なるほどな、と納得するバーンの耳にズビズビと鼻を啜る音が聞こえる。



「ルーファちゃん!ご飯にしましょうか~。お肉も丁度食べごろですし、スープも冷めてしまいますよ~」


 ミーナが焦った声を出し、全員がそれに追随する。ルーファの目の前に美味しそうな串刺し肉が置かれ、ゼクロスが食べやすいように串から外しお皿へと移した。


『いっただきま~す!』


 泣いていたのが嘘のように、勢いよく肉にかぶりつくルーファ。その様子に胸を撫でおろし、他の者も思い思いに食事を始める。




 ルーファは人数を数える。ルーファを入れて11人(匹)。そしてお肉は22本。ズバリ1人2本、あと1本は食べれる計算である。


 ルーファがご機嫌で柔らかい肉に舌鼓を打っていると、バーンが()()()の肉を手に取りかぶりつく――ルーファの肉に。


 瞬間、ルーファは疾風となってバーンの顔へ飛びつき、その鼻先を口へと突っ込む。同時にバーンが手に持っている肉を尻尾で奪うと意気揚々とゼクロスの元へ戻る。その口にはしっかりと肉が銜えられている。涙目で咳き込んでいるバーンを尻目に、ルーファは戦利品を堪能する。


「ル、ルーファ!何すんだ!!」

『お肉は1人2本だぞ!これはオレのお肉なんだぞ!!』


 バーンの抗議に逆に抗議し返すルーファ。


「その身体で欲張るな!本当に神獣かよ!?」


 ルーファは手のひらサイズの子狐。一本だけでも食べすぎだとバーンは思う。


『あー!!差別だ!神獣差別だ!!そんなこと言ったらサラちゃんに燃やされちゃうんだぞ!!』

「知るか!誰だよ!!」


「サラちゃんは怒らすと超怖いんだぞ!昔サラちゃんのお菓子を盗み食いしたら、炎を飛ばしながら追い回されたんだぞ!危うくオレはこんがり狐さんになるとこだったんだぞ!!」


 子供のように言い合いを始めた2人(匹)にゼクロスが口を挟む。


「もしや、炎の神獣様ではありませんか?」

『多分?サラちゃんは地人族(ドワーフ)の国に住んでる神獣なんだぞ』


「間違いありませんね」


 神獣のイメージが崩壊していく音を聞きながら、聞かなかったことにしようと心に決める男衆。だがしかし、どこまでも空気を読まないミーナがにこやかに話を続けた。


「仲がいいんですね~」

『うむす。サラちゃんはいっつもオレと遊んでくれるんだぞ。最近のマイブームは〈木の棒取ってこい〉ゲームだ』


「どんな遊びなんですか~?」

『知らないの?サラちゃんが教えてくれたんだぞ。最近、人の国で流行ってるんだって!サラちゃんが木の棒を投げてオレが取って来るゲームなんだぞ!』


「それって犬の……ゴフゥ!」


 バーンが何かを言おうとしたが、その前にゼクロスの平手が顔面に炸裂した。

 



 食事が終わるのと同時に、疲れていたルーファはゼクロスの膝の上でスヤスヤと寝息を立て始める。


「先程の話の続きだが、ダルカスが何らかの精神系魔法を掛けられていたと思うか?」


 キリリとした真面目な表情でバーンが切り出す……が、その顔には真っ赤なモミジの手形が咲いている。


「そう言われれば納得がいくな。ダルカスは傲慢なところはあるがよ、依頼には忠実な奴だった」


 ドゥランの言葉に他のメンバーも頷き、各々口を開く。


「あいつは前に依頼人を庇って大けがをしたことがあるぞ」

魔物暴走(スタンピード)が起きた時も、命がけで最前線で最後まで戦っただよ」

「どんな状況でも恐慌状態になるこたぁなかったな」


 例え操られていようとも、バーンはダルカスを殺したことに後悔はない。ルーファを殺そうとしたのだ。当然の報いである。いや、もしあの場に他の人間がいなければ、もっと……




「パウロ……あの男はルーファを最初から悪く思ってやした」


 そう吐き捨てたアイザックの目には明確な殺意が浮かんでいる。ルーファの一件が未だに尾を引いているようだ。アイザックの暴走を懸念したバーンが口を挟む。


「もう一人の固有魔法士は“疾風迅雷”光速のレオンか。他に知っているか?」


「知らねぇな。冒険者で固有魔法士なのを隠す奴はいないんじゃねぇか。よっぽどな事情がない限りな」


 ドゥランは剃り上げた頭をガリガリと掻きながら、一般常識を口にする。

 固有魔法士というだけで世間から優遇されるのだ。詳しい能力は隠すものの、固有魔法士だということを隠す者は余程後ろ暗いことがない限りまずいないと言ってもいい。そう、精神操作系の力を持っている等の後ろ暗いことが。


「考えたくはないのですが、兵の中にいた可能性もありますので不用意に絞るのはどうかと思います」


 ナギは慎重論だ。パウロと断定するにはまだ早いと思っているのだろう。その時ビッドが手をあげ発言する。


「オラ出発する前にパウロとダルカスが一緒にいたところ見だで」


 一斉に全員の目がビッドに向けられる。


「おい、今の言葉は嘘じゃないだろうな」


 バーンが鋭い目でビッドを睨む。


「ヒッ……!ほ、本当だで」

「……そうか」


 バーンは獰猛に笑い、無意識のうちに魔力が吹き上がる。


「えっと、まだそうと決まったわけでは……」


 ナギの言葉が虚しく宙へと消えていく。

 なぜなら、彼は見てしまったから。バーンとアイザックの目に浮かぶ狂気を。残忍に笑うその姿を。



 時間が止まったかのような静寂の中、スピースピーというルーファの寝息だけが響いていた。

 

 



 

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