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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
迷宮王国カサンドラ
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不死者の時間

 メイゼンターグを発ってから6日目の今日、新たに流された噂――ルーファが光魔法士だというもの――に、顔色を青くした商人たちが頭を下げに来たこと以外は特筆することもなく旅は順調に進んでいる。


 手の平を返したかのような商人の対応に、ミーナは嫌味を吐きまくり、ゼクロスは彼らの目の前でメイスの素振りを繰り返していたが、特に害はないとバーンは見て見ぬ振りをした。



 アンデッドの襲撃も2日前から鳴りを潜めている。まるで嵐の前の静けさのように。



「どう思う?」


 野営の準備をしながらバーンはゼクロスに問いかける。


「可能性としては二つ。一つは先日行われたアンデッドの掃討で大半のアンデッドが死滅した、というものです。ルーファを狙って集まっていたこともありますし、一気に数が減少したと考えられます」


「もう一つは?」


「……罠。前回の呪毒髑髏(カースデッド)の件を考えますと、この可能性が否定できません。バーンはどう思いますか?」


「嫌な感じがする。昨日あたりから肌がピリピリしやがる。十分注意してくれ。っと、そろそろ定例会議の時間だ。行ってくるぜ」


 バーンを見送りながら考え事をしているゼクロスの前に突然アイザックが姿を現す。


「来やすよ」


 ただ一言。ゼクロスは立ちあがり荷物を纏める。来たるべき闘いに備えて。


 ――夜が来る。不死者(アンデッド)の時間が。





 その時、ルーファは誰かに呼ばれたような気がして振り返る。


「……誰?誰かいるの?」


 だが返事はなく、その声は霧に吸い込まれるように消えていった。







「揃ったな」

「悪い。遅れたか」


 ガルーダの言葉にバーンは軽く頭を下げる。


「気にするな。()()早く来ただけだ。……やはり貴殿も感じたか」

「来るぜ。恐らくは今夜だ」


 バーンの言葉に張り詰めた空気が満ちる。


「ちょっと待て!結界が張ってあるんだ。そう簡単に破れねぇだろ」

「最初から侵入されていなければな」


 ドゥランの疑問にバーンは以前起きたこと――地面の下に隠れたアンデッドたちによる襲撃――を説明する。


「マジかよ……」


 ドゥランは嫌そうに地面を見つめ、反射的に槌に手を伸ばす。


「今夜は見張りを増やす。異変があれば魔法を打ち上げて知らせよ。全員に即座に野営地を引き払えるように通達をだせ。商人たちにもだ!」

「はっ!」


 ガルーダの命を受けた伝令がすぐさま走り去り、俄かに野営地が騒がしくなる。


「ガルーダ殿頼みがある。ゼクロスを付ける予定だが、ルウの護衛をお願いしたい。オレ達は打って出る。全員高火力だからな側面か最後尾に配備してくれ」


 ルーファの側にいるということは即ち護衛兵の内側にいるということ。それでは高威力の魔法が放てないのだ。仮にアンデッドの規模が以前と同等かそれ以上の場合、致命的なミスとなりかねない。


 ガルーダは快く了承し、各々の役割を確認する。


 護衛兵は民間人を守るように包み込み、そのまま前進。ナギたち飛竜部隊がそれを援護する。

 冒険者の大体の位置は事前に決めておくが、基本遊撃に徹することになる。バーン達の受け持ちは左側面となった。パウロ達は先頭である。


 ルーファがいるのは後方に近いため、ちょっかいをかけてくることは無いだろう。本来ならバーン達が後方を受け持ちたかったのだが……最も力ある冒険者だと目されている彼らは、前後どちらでも救援に行けるよう中央付近に配置されたのである。






 アイゼンの商隊に入れてもらうことになったルーファはゼクロスと共に挨拶に来ていた。

 魔獣車を操縦できるアイザックがいないためだ。バーン達は兵士の魔獣に同乗するため魔獣車は不要となる。ルーファ達の魔獣車は既に〈亜空間〉に仕舞ってあり、メーはルーファの近くで自由にしている。


 ルーファの後ろには魔獣に跨った兵士が3名。ガルーダが手配したルーファの護衛だ。


「よろしくなんだぞ!」


 今から襲撃を受けるかもしれないというのに、元気一杯なルーファに苦笑しつつアイゼンも挨拶を返す。


「光魔法士であるお二方と行動を共にできるとは光栄の極みですな。こちらこそよろしくお願い致しますよ」


 さすが大商人。魔獣車も一級品。ふわふわなクッションにダイブし、ゴロゴロと転がるルーファ。ここはアイゼン専用の魔獣車の中だ。


「よろしかったのですか?」


 さすがに恐縮したようにゼクロスが尋ねるが、アイゼンは大らかに呵々(かか)と笑う。


「なに、構いませんよ。私一人で使うには大きすぎますからな。ただ……私も同乗させてまらいますがよろしいですか?」

「それは勿論です。お気遣い感謝します」


 ゼクロスが頭を下げているのを見て、慌ててルーファも走り寄り頭を下げる。ついついクッションが気持ちよすぎて遊んでしまった。

 そんなルーファをアイゼンは温かい目で見守っている。ゼクロスはその様子に、親が子に向けるような愛情を感じた。


「失礼ですが、もしやお子様がいらっしゃるのではありませんか?」


「いやはや、お恥ずかしい。末の娘がちょうど15になったばかりでして……冒険者ギルドで受付嬢として働いているのですが、果たして上手くやっていけるのかどうか。昔から少々気の強い子でして心配なのですよ。それなのに娘ときたら……………………」


 延々と娘について語りだしたアイゼンに対し嫌な素振りも見せず、笑顔で神対応を続けるゼクロス。さすがである。ルーファはというと、既に夢の世界へと旅立っている。







 ――深夜。


 篝火が焚かれ兵たちが油断なく辺りを見回っている。



 ……ぼこり



「……?今何か音がしなかったか?」


 見張りをしていた兵士が辺りを見渡し相方に確認すれば、相方の兵は既に笛を取り出し口に咥えている。彼も何か物音を聞いたようだ。即座に腰に下げてあるメイスを取り、構える姿は彼らが優秀な兵であることを示している。


 対アンデッド戦闘において鈍器の方が再生する速度が遅いことから、彼らが装備しているのは剣ではなくメイスだ。



 ぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ



 枯れ枝が地面より生え蠢いている。否、それは手だ。地面より無数の手が何かを求めるように天へと伸ばされている。



 ピイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィ



 魔道具で拡散された笛の音は瘴気(きり)に吸い取られながらもその役割を果たした。

 それと時を同じくして戦闘音がそこかしこで聞こえてくる。ガルーダの指示で既に出立の準備を整えていた事が幸いし、それほど間を置かずしてパウロとレオンのパーティが風の魔法でアンデッドを吹き飛ばし、空いた間隙を兵が道を押し開きながら魔獣車が駆けぬける。




 炎と雷が彩るその光景はどこか儚く美しい


 ――それは生への渇望か

 ――それは死への絶望か

 

 その身が塵となるその瞬間(とき)まで

 彼らが踊るは死のワルツ



 

 陣形の内に入り込んだアンデッドが駆逐され、ガルーダは外へと目を向ける。


「まさかこれ程の数だとはっ!!掃討したのではなかったのか!?」


 彼の目に映りこむは無数のアンデッド。瘴気(きり)で遠くまで見渡すことができないことこそが、むしろ幸いであった。もし瘴気(きり)が晴れたならば……兵は絶望のあまり膝をついたであろうから。 


 アンデッドを蹴散らしながら進む軍団の足が止まったのはそれからしばらく後のこと。




 ――アンデッド上位種・屍骸肉塊(デス・ミート)


 それは数多の屍の集合体。10メートルはあろう巨大な人を模した姿は、表面に無数の顔が浮き出ている。その顔は一様に苦悶の表情を浮かべ、怨嗟の声が聞こえるかのようだ。腐った身体からは鞭の様な()が幾つも生え、生者を絡めとらんと蠢いている。


 本体の動きは鈍重でありながら、この肉鞭の速さは音速に達する。一度捕まったが最後、そのまま体内へと引き摺り込まれ、無数に浮き出る顔の一部となり果てるのだ。




 突如進行方向に現れた屍骸肉塊(デス・ミート)へ、前方に展開していた“疾風迅雷”と“至高の力”の魔法が咆哮をあげる。一際目を引くのは固有魔法士であるレオンとパウロ。同じ上級魔法でありながら他の者とは一線を画すその威力は正に圧巻。


 お互いの魔法を吸収しながら複合魔法へと発展したそれが、轟音を轟かせながら屍骸肉塊(デス・ミート)に炸裂する。



 ドゴオオオオオオオオオォォォォォォォ!!



 辺りに肉片が飛び散り、肉の焼ける不快な匂いが立ち込める。

 だがそれは些細な事。充満する死の匂いが薄れ、周囲で歓声が沸き上がる。


「まだだ!!油断するな!!!」


 レオンが叫び、その声に呼応するかの如く飛び散った肉片が蠢く。まるで磁力で引き合う石のように次々と肉片が引き寄せられ、時間を巻き戻したかの如く元の姿へと返り咲く。だがそのおぞましき姿は当初の半分以下に目減りしていた。

 その様子に勝利を確信する人間たちをあざ笑うかの如く、地面の下から際限なくアンデッドが湧き出し、吸い込まれるように屍骸肉塊(デス・ミート)の内部へと消えていく。

 


 キイイイイアアアアァァァァァァァァ!!!!!!!



 体表に浮かんだ顔が一斉に悲鳴をあげる。

 それは苦悶の悲鳴のようでもあり、歓喜の産声のようでもある。


 肉塊が……膨れる。



 ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく 




 人々の目に映るは小山の如く聳え立つ屍骸肉塊(デス・ミート)

 

 (おぞ)ましき咆哮をあげ、無数の肉鞭が兵を襲う。


 兵たちが呆然と目を見開き死を覚悟した瞬間、その首が……落ちる。腕が落ちる胴が落ちる。最後に残った二本の足もやがて轟音と共に地面へ倒れた。別たれた肉塊から一斉に肉鞭が空へと伸び、まるで怒りのダンスのようにその身を震わす。


 だが……その姿は兵たちの目には届かない。彼らが見つめるその先には……佇む1人の男の姿。


 彼こそ“首狩”。“首狩”のアイザック。


 アイザックの姿が一瞬ぶれると、次の瞬間には()()()()()()()()()()()が短剣を構え、肉塊を取り囲んでいた。

 


 ――暗殺魔法〈分身〉


 

 泰然としたその姿に恐怖は感じられず、ただ獲物を前にした狩人の如く冷徹にソレを見つめている。

 瞬間、全てのアイザックが消え失せる。否、消えたのではない。それは認識できぬだけなのだから。暗殺魔法の権能が1つ〈気配完殺〉


 


 ――暗殺魔法〈一撃必殺〉


 目に見えぬ斬撃が煌めき、その数だけ肉鞭が舞い散る。

 それは防御不能な必殺の一撃。致死の剣なり。





 散り散りに落ちる肉鞭に、ミーナの魔法が襲いかかる。


 〈雷球〉……それは下級の魔法。本来屍骸肉塊(デス・ミート)に何の痛痒も齎さないはずのその魔法が次々に肉鞭を焼いていく。一体どれ程の魔力が込められているというのか。その小さな雷球の内に圧縮された膨大な魔力は、少しでも加減を間違えればたちまち破裂し、周囲を雷が覆い尽くすだろう。


 ミーナは手足を動かすかの如くその全てを制御する。

 数多の魔方陣が現れては消え、現れては消える。その形成速度は瞠目に値する。そして……最も驚愕すべきは、彼女の魔法の正確さ。全ての〈雷球〉はただの一撃も外れることなく、吸い込まれるかのように肉鞭へと命中した。まるでそうなることが必然であるかの如く。





 ミーナに遅れること暫し、バーンの魔力が膨れ上がり魔方陣が顕現する。その数6つ。各々が屍骸肉塊(デス・ミート)の切り離された頭、胴体そして手足を捉える。

 


 ――灼熱魔法・上級〈灼熱嵐〉



 属性魔法は階級が上がるごとにその制御の難しさが跳ね上がる。常人であれば1つがやっとなその魔法を6つ。それだけではない。自分達へ被害を及ぼさぬよう効果範囲を縮小し、逆に威力を高めるという離れ業。


 バーンの魔法がまるでバターのように屍骸肉塊(デス・ミート)を溶かし尽くした。


 上級魔法6つ同時発動。人々(かんきゃく)はその離れ業に魅入られる。




 これが――“赤き翼”




 1人の兵のあげた歓声を皮切りに、やがてそれは爆音となってその場を支配する。

 兵士の熱い歓声とレオンの姉たちの黄色い悲鳴に手をあげて答えるバーン。


「バーンさん、あまり無茶はしないで下さいね~。今の結構ギリギリだったでしょ~?」


 チロリとミーナを一瞥し、バーンは額に浮いた冷や汗を拭う。先日特級魔法を制御した経験がなければ危なかったかもしれない……。バーンは内心の動揺を表に出すことなくミーナを小突いた。


「……さっさと地面を冷やせ」

「分かってますよ~」


 ミーナは収納の腕輪から魔石を取り出す。これは、魔力が空になった魔石に、ミーナの魔力を込めたもの。こうしておけば、いざと言う時魔力を消費せずに魔法を発動できるのだ。


 ミーナが氷魔法・上級〈氷嵐〉を発動させると同時に前方が氷の嵐に閉ざされる。嵐が消えた後にはグツグツと煮えたぎっていた地面は氷原へと姿を変えていた。これならば問題なく踏破できるであろう。



 熱のこもった眼差しを背に、バーン達は持ち場へと急ぎ帰る。パウロの憎々し気な視線は無視である。




 戻ったバーン達を待ち受けていたものは……ルーファの死であった。






ようやく書けたアイザック。

彼は手綱を握るだけではなかった!!

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