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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
旅立ち
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出会い

 ここは氷冷山脈の一角。雪が大地を覆い、見渡す限り一面に広がる銀世界。隠れていた太陽が顔を覗かせ、きらきらと辺りを輝かせる。


 そんな雪でできた大海原(おおうなばら)を一匹の子狐が走って行く。だが、不思議と子狐が通った後には足跡が残っていない。よくよく見ればその子狐の足は大地を離れ、空を翔けていたのだ。

 その子狐こそカトレアの子、ルーファスセレミィである。


 ルーファの身体は小さい。体長15センチ、尻尾の先まで入れても30センチに満たない、手のひらサイズの子狐である。

 雪と同じ白銀色の体毛をなびかせ、くりくりと愛らしい藤色の目はまっすぐ前を見つめている。ただその手足の先だけ手袋をはめたかの様に黒い。


 ルーファの見つめるその先に鬱蒼とした黒い森が姿を現す。多くの魔物が生息する原魔の森である。


『ふぅ、ようやくここまで来たんだぞ』


 原魔の森に足を踏み入れ、感慨深げにつぶやく。丸1日近く走り続けたルーファは、そこでようやく足を止め、木の根元に体を横たえ休憩する。


 ルーファがここまで強行に歩を進めてきたのには理由がある。

 単純に歩幅が小さいため移動速度が遅く、母に発見され連れ戻されるのを防ぐためである。


 途中であらかじめ用意しておいたソリに乗り、移動距離を稼いだものの、神獣(カトレア)やティガロにかかれば、この距離など僅かなものである。ましてや、竜王ヴィルヘルムなど翼の羽ばたき1つで数キロにも渡る距離を一瞬で移動するのだ。油断はできない。


 それでも原魔の森にさえ入れば見つからないだろう、とルーファは考える。この森は多くの巨大な木々が鬱蒼と生い茂っており、上空から見下ろしたとしても、地上を見通すことはかなわぬのだから。


『すぴーすぴー』


 可愛らしい寝息が聞こえ、ルーファは夢の世界へと旅立つ……無防備に。そこはもう安全な神域の中ではないというのに。





『ううん』


 僅かな違和感を感じルーファは目を開ける。



 ぞわり!



 体中の毛を逆立たせたルーファの眼前では、5頭の魔狼が今まさに食らいつかんとしていた。


 1頭1頭が2メートルもある魔狼。リーダーと思わしき魔狼の大きさは3メートルにも及ぶ。

 ルーファは自分が使える数少ない魔法である結界を発動し、魔狼の牙をやり過ごす。魔狼は苛立ったようにルーファに執拗に牙を突き立てようとするも、その(ことごと)くを結界にはじき返される。

 しかし、度重なる攻撃に遂に限界が訪れる。



 パリィィィン



 結界が壊れた……そのことを理解していてもルーファは動けずにいた。只々、怯え震えていた。蹲って動けぬルーファに魔狼が襲い掛かる。

 ルーファはぎゅっと目をつぶって、最期の時を震えながら待つ。

 しかし、いくら待てども痛みが襲ってこない。不審に思い目を見開くと、そこに魔狼の姿は1頭もなかった。


『あ、あれ?』


 きょろきょろ周りを見渡し、安全を確認……!?


 後ろを振り返れば……そこには巨大な魔狼が静かに佇み、こちらををじっと睥睨していた。ルーファはようやく気付く。先程の魔狼はこの巨大な魔狼から逃げ出したのだと。


 10メートル近い巨大な体躯に、青灰色の美しい毛並みを波立たせ、その黄金色の瞳は深い叡智を感じさせる。まさに王者の風格を漂わすその巨大な魔狼を見てルーファは……



 ぱたり



 死んだふりを敢行する。

 もしかしたら、自分は小さいから見逃してもらえるかもしれない。何せ相手は10メートル近くもあるのだ、自分を食べたところでお腹は膨れないだろうから。

 じっと目をつぶり魔狼が立ち去るのを待つルーファの身体に生温かい吐息がかかる。


『ぴぎゃっ』 


 思わず声を出し、身体を強張らせたルーファ。そっと薄目を開けると鋭い牙がずらりと並んだ口腔が目に飛び込む。恐怖で身体が震え始めたそんな時、目の前の魔狼が口を開く。


『おい、お前神獣だろ?何でこんなところにいんだよ?』

『おおおおおおれは死んでるんだぞ、美味しくないんだぞ』


 とっさに返事をするルーファ。魔狼は若干呆れた眼差しでルーファを眺め、ため息を一つ。


『はあ、いいから起きろ。別に取って食やぁしねぇよ』

『ほんとに食べない?』


 魔狼を見つめ確認するルーファ。


『おいおい、オレ様は叡智ある魔物の一角魔天狼(フェンリル)だぞ。神獣を食うわけないだろうが』

『そうなの?』


 (ようや)く安心したルーファは大きく伸びをしてフェンリルに近づくと……


 

 くんくん、くんくんくん



 フェンリルの周りをくるくる回りながら、その匂いを嗅ぐ。そして彼の頭の上に乗ったかと思うと……


 

 すやぁ



 寝息を立て始める。

 ルーファは図太い神経の持ち主なのであった。


『おいっっ!』


 頭を振りルーファを落とすフェンリルに、地面を回転するルーファ。

 逆さに映る景色からはガチガチと牙を打ち鳴らすフェンリルの姿。恐ろしい筈のその姿に、けれどもルーファは恐怖を抱くことはなかった。


『お前、なかなかいい度胸してんじゃねぇか』

『だってー、今日はすっごく疲れたんだぞ』


『いいから質問に答えろよ!助けてやっただろうがっっ!』


 そう言ってルーファを鼻先で小突く。乱暴な言葉の割に、小突く力は優しい。

 ルーファは真面目な顔(?)で鷹揚に頷き、偉そうに口を開く。


『うむす。オレは旅に出たんだぞ』


 その言葉だけで理解の色をその目に浮かべるフェンリル。


『あー、そういや神獣は生まれてすぐに自分の神域を求めて旅に出るんだっけか。だがよ、何でやり返さねぇ。神獣なら世界魔法持ってるだろうが。魔狼如きに殺られるはずねぇだろ』


 戦闘能力皆無なルーファの目に涙が浮かぶ。そもそもルーファが家出した理由の1つが強くなるためである。世界魔法を持っていないことは禁句なのだ。


『えっ!ちょっ!?、泣くなよ!?』

『ぐすっ、オレは世界魔法持ってないんだぞ』


 焦るフェンリルを他所に、ルーファは悄然と項垂れ地面を見つめる。


『はぁっ!?ちょっと待て、神獣は属性魔法使えなかったよな?お前、攻撃手段あんのかよ?』

『……持ってないんだぞ』


 属性魔法とは火、土、水、風、灼熱、重力、氷、雷、光、闇、無の11属性を指す。魔力を持つ生物の大半がこの中の最低1つは使用可能だ。その例外が神獣である。


『いやいやいや、何でそれで原魔の森に入った!自殺行為だぞ!』

『だって、魔物は人種(ひとしゅ)を襲うものだって習ったんだぞ。なんで神獣(オレ)が襲われたのか分かんないんだぞ』


 そこでルーファははたと気づく、もしかして父親が人族だったために襲われたのだろうかと。 

 そんなルーファの内心など露知らず、フェンリルはため息をつきルーファの間違えを正す。


『いいか、確かに魔物は人種を襲うもんだ。だがよ、それは人種が発する負の感情(エネルギー)が瘴気を発生させるからだ。あいつらはそれを知ってんのさ。だから、人種が増えねぇように本能に憎しみが刻まれてんだ。お前の言うことは確かに正しいんだが……。お前は叡智ある魔物と、普通の魔物の違いが分かるか?』

 

『ええと、頭が良いか悪いかの違いじゃないの?』

 

『まぁ、それも間違っちゃいねぇんだがな。叡智ある魔物はお前ら神獣と同じよ。神獣は神力が凝って生まれる、これは知ってんな?叡智ある魔物は魔力が凝って生まれんだよ。だから、飯を喰わなくても魔力がありゃあ生きていけるが、普通の魔物は違う。あいつらのベースは動物なのさ。強い魔力を浴びて魔獣になった個体よ。あいつらが生きるためには食い物が必要なんだよ。そして原魔の森は弱肉強食。分かるか?ようは、お前は格好の餌ってぇわけだ』


『そ、そんなぁ』


 自分がどれだけ危険な行いをしていたのか理解したルーファは、今更ながらに恐怖に襲われ目の前が真っ暗になる。



 ふらあ……ぱたり



 『お、おい!大丈夫か!?』


 焦ったフェンリルの声が原魔の森に木霊した。



 ◇◇◇◇◇◇



 カトレアの神域に設置されている転移陣が輝き、1人の男が姿を現す。2メートル近い身長に服の上からでも分かる逞しい体躯を持ち、その漆黒の髪は下にいくにつれ深紅へと変わる。常に冷徹な光を宿すその金色の瞳は今は焦りを帯びていた。

 その男の容貌を一言で表すのなら――美しい――ただそれのみである。いや、その言葉ですら生ぬるい、それほどの美貌。だが、そこに甘さは欠片もない。神々しいまでに美しく雄々しい……まるで神話に出てくる武神のように。


「カトレア!ルーファは、ルーファはどうなったのだっ!」


 普段の冷静沈着な様子は鳴りをひそめ、荒々しく扉が開かれた先には力なくソファーに横たわるカトレアの姿があった。


「ヴィルヘルム……」


 そう、その男こそ“大災厄”で世界を救いし英雄の1人にして世界最強の男、竜王ヴィルヘルム。

 彼はルーファを目の中に入れてグリグリしても痛くないほど可愛がっている。何せ、生まれた時から側で守っているのだ。その愛情の深さは母であるカトレアに勝るとも劣らない程。故にその怒りは激しく深い。


『この置き手紙がルーファスセレミィ様のお部屋に……。ギガント王国にも協力を要請して探しておりますが、未だ見つからず……。申し訳ありません』


 ティガロから差し出された手紙を一瞥し、ヴィルヘルムは怒りのあまり握りつぶす。


「そなたが付いていながら、どういうことだカトレアよ」


 そう吐き捨て、カトレアに向かい手を伸ばしたヴィルヘルムを遮るように、ティガロがその身体を割り込ませた。


『お、お待ちください!』


 舌打ちをし、ヴィルヘルムは一歩下がる。

 冷静ではない……そう分かっていながらも、彼は自らの内に渦巻く激情を抑えることができないでいた。

 深く息を吐き出せば、僅かばかり冷静さが舞い戻ってくる。


「現状を説明せよ」


『はっ! ギガント王国国王メガロ殿はエルシオン森林王国(エルフのくに)バッカス火山王国(ドワーフのくに)に赴き、協力を要請しております』


「賢明な判断だ。よいか、決して通信の魔道具は使うな。盗聴される恐れがある。人族至上主義者どもに悟られるな」


『心得ております。それと……』


「そこからは妾が説明しように」


 ティガロの言葉を遮り、掠れた声でカトレアが切り出す。


(マサキ)の服と短剣が無くなっておった」

「まさか……」


「恐らくそのまさかであろうなぁ。あの子は人化の魔法を覚えたのではないかえ」


 ヴィルヘルムは2カ月前のことを思い出す。

 ルーファに武器を強請られたのだ。だが、ルーファに武器を強請られたのは初めてのことではなく、以前短剣をプレゼントしたこともあった。

 短剣を銜えて振り回したルーファが傷を負い、それ以来ヴィルヘルムはルーファに武器を与えることはなかったのだが……今回はやけに諦めが悪く、弓ならばそこまで危険はないだろうと思い与えてしまったのだ。子狐の姿ならば弓を引けないこともその理由の1つだ。

 

(ルーファは冒険者に憧れていた)


 ならば行き先は冒険者ギルドだろう。

 しかし問題もある。ルーファの人化した姿が分からないことだ。白銀色の髪と藤色の目は間違いないだろう。手足の先が黒いことから、一部髪の色が黒い可能性もある。だが……果たして幾つぐらいの年齢なのか?


 本体は手のひらサイズの子狐だ。それから連想したならば、3~5歳位であると思われるが……身長が176センチの父親(マサキ)の服を持ち出したとなれば、もっと上の可能性がある。

 そもそも冒険者ギルドへの仮登録は13歳、本登録は15歳からになるのだ。幼子が行っても追い返されるのがオチである。


(ルーファはお(つむ)が弱い。何も考えていないのかもしれぬ)


 若干、いや、かなり失礼なことを考えながらヴィルヘルムは次の行動に移す。


 ――冒険者ギルドの本部がある竜王国ドラグニルへと――


 

 

 

 

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