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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
迷宮王国カサンドラ
29/106

突破

 生温い風が通り抜け、疎らに生えた草が僅かに揺れる。その風から漂う腐臭を敏感に感じ取り、アイザックは鼻に皺を寄せた。

 彼が見つめる中、脈動した大地が耕されたかのようにデコボコと()()()()()()()。だが〈暗視〉持たぬ仲間にソレは見えぬだろう。


「日が暮れやしたね……」


 アイザックが呟いた時、彼らは既にメイゼンターグがギリギリ視認できる位置まで来ていた。だが……まだ遠い。

 バーンは〈火球〉を空へと打ち上げた。この〈火球〉を要塞の人間が気付くことを願って。


「……行くぞ」


 再び走り始めるバーン達。ルーファは相変わらずアイザックへと尻尾を巻き付け、空を飛んでいる。アイザックが合図するまでは飛ぶように言われているのだ。

 この中で1番足の遅いミーナは羊の背に乗り、落ちぬようロープで身体を固定している。ここにきて羊の存在価値が急上昇だ。羊がいなければ進行速度がかなり落ちていたことだろう。



 ぼこっ……ぼこっぼこっぼこぼこぼこぼこ!



 地面から次々にアンデッドが姿を現す。


 次々に魔法が放たれアンデッドを焼いていく。だが、前方には地面を焼くような魔法は使えない。ちまちま地道に削っていくしかないのだ。


 〈暗視〉を持つアイザックが道を切り開きながら先導し、ルーファ、ミーナ、ゼクロスと続く。最後尾のバーンは時折、雷魔法・上級〈雷嵐〉を放ちながら、後方から迫るアンデッドを一掃している。バーンが最も得意とする炎系統は爆風も発生するため、進行速度が遅い現在は使えないのだ。遠くに放てば問題ないと思われがちだが、アンデッドが爆風で飛んでくるため大変危険である。


 接近を許した個体はゼクロスが〈回復〉を放ち滅ぼしている。


「くそっ!限がないぜ!」


 バーンの罵声が亡者溢れる平原に木霊した。








「将軍!先程〈火球〉が平原より上がり、戦闘音を確認。救援者がいる模様です!」


 その言葉を受けリーンハルト6将が1人、ダイアノス・シーリーは1枚の紙を手に取る。


 国王ガッシュからの手紙だ。

 そこには風竜を救った冒険者“赤き翼”がメイゼンターグに向かっていることが記されている。ガッシュ直筆の礼状と報奨金、さらに王家の紋章の入った短剣が同梱されており、出来得る限りの便宜を図るように、と一筆付け加えられている。王家の紋章が入った短剣を贈るという行為が、彼の感じている恩義の深さを物語っていた。

 


(ここで恩人を失うなどリーンハルトの恥!)



 ダイアノスはすぐさま出兵の命を下し、自身も身を翻す。将軍自らの出撃に兵たちに衝撃が走るが、直ぐにそれは興奮へと取って代わり要塞は俄かに活気づいた。11騎の飛竜が飛び立ったのは、それから僅か15分後のことである。



 虎人族であるダイアノスは普段は6つある要塞の東から三番目、ダッキンガルに駐在している。部下からアンデッドが西へ移動しているという報を受け、数日前からメイゼンターグに詰めていたのだ。

 カサンドラへ渡る定期部隊が出立する前にアンデッドの掃討を行う予定であったのだが……これがルーファ達の明暗を別けた。彼がいなければこれほど早い救援は見込めなかったのだから。

 




 要塞から次々と〈照明〉の魔道具が打ち上げられ、辺りを煌々と照らし出す。それにより暗闇で視認できなかったアンデッドの規模が明らかになり、兵たちは思わず息を飲んだ。


 平原を埋め尽くすアンデッドの群れ、群れ、群れ。大地が見えぬほどに敷き詰められたアンデッドに、強固な外壁に囲まれている兵たちでさえ、心に恐怖が忍び寄る。


「これ程の数のアンデッドに気付かなかったとは……」


 ダイアノスは己の失態に歯噛みする。一気に外壁に雪崩れ込まれていたら……持たなかったかもしれない。


 アンデッドの海の中、ただ一点だけ開けた場所がある。炎が吹き荒れ雷が舞い散るその様が、激しい戦闘が現在も尚続いているのだと証明している。


 ダイアノスは思わず感嘆の息を吐いた。

 この状況で諦めることなく戦い続けるその心の強さに。

 そして何としてでも救い出すと決意を新たにする。彼らをこんなところで失う訳にはいかないのだから。


 だが……眼下には飛竜を下ろす場所すらない程にアンデッドがひしめいている。魔法を放ち、場所を作ってもすぐさまアンデッドに埋め尽くされるだろう。どうすべきか……。





 ダイアノス率いる飛竜部隊に真っ先に気付いたのはアイザックである。


「ルーファ!」


 その声と共に飛翔を止めたルーファは、ゼクロスに抱え上げられる。同時に照明弾が辺りを照らし出した。


「まずいな……」


 バーンは周りを見渡し舌打ちする。救援が来たのはいいが、アンデッドの数が多すぎるのだ。このままでは飛竜が下りられまい。


「大きいの打ちますか~?」

「バカっ!!オレ達が先に死ぬわ!!」


「冗談なのに~」


 ミーナは会話中も絶えることなく魔法陣を描き続けている。その速度はメンバーの中で随一。

 ミーナを無視したバーンは即座に決断を下す。このアンデッドの中ではルーファの魔法陣が確認できずとも怪しまれまい。


「ルーファ!デカいのを一発お見舞いしてやれ!!」

「いいの!?」


 頷こうとしてバーンはふと嫌な予感に襲われる。このまま発破をかけたら、国境の砦で起きた奇跡の二の舞ではないだろうか、と。


「〈浄化〉だぞ〈浄化〉!間違っても他のを打つなよ!?」

「わ、わかってるんだぞ!!」


 ルーファは全力で放とうとした魔法を寸前で小規模のものに変更した。



(あ、危なかったんだぞ)

 

 ルーファの魔法が白銀色の光となって周囲を満たし、次々とアンデッドを塵へと変えていく。





 即座にダイアノスが反応し命を下す。


「これは!?〈浄化〉か!!この機会を逃すな!ベンソン付いてこい!!」


 騎竜は基本5体で一部隊となる。ダイアノスを含め6体の飛竜がバーンたち目掛けて下降する。

 飛竜が下りるや否や待ってましたとばかりにバーン達は駆け寄る。


「ありがたい!オレは“赤き翼”紅蓮のバーン!」

「私はリーンハルト6将が1人ダイアノス・シーリー!早く乗れ!!あまり時間はないぞ!!」


 周りを見渡すと、アンデッドが我先にとこちらに押し寄せ、未だに残る〈浄化〉の残滓がソレらを消し去っているのが見て取れる。だが、その範囲は確実に狭まり、もって後数分と言ったところか。

 ゼクロスからルーファをもらい受けたバーンは、ダイアノス目掛けて投げつける。


「ほえ!?」

「〈浄化〉の使い手だ!絶対に落とすなよ!!」


 見事ルーファをキャッチしたダイアノスは即座に離脱する。次いでバーン達を乗せた4騎も。


「羊さんもっ!!」


 ルーファが羊を指さしダイアノスを見上げる。


「その魔獣も連れてこい!!」


 最後の1騎が羊を掴み飛び去ると同時に、〈浄化〉の効果が終わりを告げる。

 自分達が今までいた空間にアンデッドが押し寄せてくる様子は、まるで巨大な渦に大地が呑み込まれていくかのようだ。


「……危なかったぜ」


 安堵の息を吐いたバーンの背に……寒気が走る。



 ヒュィオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ………………



 白い巨大な何かが柱の如く地面より現れる。

 それは……腕。骸骨の腕だ。

 その腕は真っ直ぐルーファ目掛けて突き進み……。

 


 ガキィィィィィィン



 ミーナの結界がそれを弾く。だが、それも一瞬。澄んだ音を立て結界が砕け散った。


「放てええぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 ダイアノスの声と同時に展開した数多の魔法陣が火を噴く。

 灼熱の嵐が巻き起こり、雷が爆ぜる。


 腕で顔を覆い爆風をやり過ごし、彼らは絶望に目を見開く。彼らが見るは、熱に揺らぐ大気の中に燃えることなく伸ばされる白き腕。否、それは既に腕ではない。



 金属の光沢を帯びる白い骨の骸骨(アンデッド)。全長は優に30メートルを超すだろう。山羊の如き角を持ち、その眼窩は黄色く濁った炎を灯す。鋭く尖った爪は毒々しい黒色に染まり、飛竜すらも踏みつぶせるだろう巨大な足は大地に蹄の跡を刻む。苛立たし気に跳ねる2本の尾は鋭い棘に覆われ、身体からは絶えることなく紫色の瘴気が立ち昇っている――毒だ。


 

 ――呪毒髑髏(カースデッド)



 永き時をかけ進化し続けた、アンデッドの最上位種。



「散開っ!!」


 慌ただしく動く飛竜達の間を、鞭のような鋭い音を立てた2本の尾が通り過ぎる。風圧に飛ばされる飛竜達を巨大な腕が狙う!



 ギイイイィィィィィィィン



 ――結界。ミーナの結界に合わせるように張られたルーファの結界だ。


「特級を打つ!時間を稼げ!!」


 バーンの叫びに呼応し魔法陣が再び火を噴き、飛竜が呪毒髑髏(カースデッド)の眼前を飛び交い自分達へと注意を引き付ける。


 煩わし気に頭を振った呪毒髑髏(カースデッド)はその口を開いた。



 キュイイィィィィィィン



 毒をはらむ魔力が渦を巻きながら呪毒髑髏(カースデッド)の口腔へと集まり、禍々しき光が灯る。


 瞬間、〈呪毒呼気(カースブレス)〉が飛竜へ向けて放たれ、同時にルーファの〈浄化ノ光〉が辺りを包み込む。

 〈呪毒呼気(カースブレス)〉と〈浄化ノ光〉がせめぎ合い、互いの力を相殺していく。


「将軍っ!!!」


 バーンの怒声が響き渡り、その意を汲んだダイアノスが叫ぶ。


「退避ぃぃぃぃぃぃ!!!急げぇぇぇぇぇぇ!!!!」


  呪毒髑髏(カースデッド)を中心に巨大な魔法陣が積層型に積み重なる。

 



 ――灼熱魔法・特級〈極小太陽〉



 積層型魔法陣の内側――絶対領域(デス・ゾーン)――に小型の太陽が顕現する。それはどんどん膨れ上がり、やがて絶対領域(デス・ゾーン)全てをを満たす。まるで太陽が落ちたかの光景に兵たちは呆然と後ろを振り返る。だが、その灼熱は一片たりとも彼らに届きはしない。まるで幻であるかのように。


 絶対領域(デス・ゾーン)――1度囚われれば絶対に逃げ出すことの叶わない死の領域。それは一種の結界だ。荒れ狂う力をその領域に封じる顕現せし牢獄(じごく)。その領域以外には影響を一切及ぼさない代わりに、失敗すれば周囲一帯を壊滅させる恐るべき魔法。故に莫大な魔力を消費し、使用できる者はほとんどいない。

 

 バーンの額から汗が流れ落ちる。

 魔法陣に向けるその手は激しく震え、もう片方の手でそれを強引に抑え込む。口からはくぐもった声が漏れ、圧力に耐えるかのように食いしばった歯がギャリリっと音を立てた。

 それは魔法陣が消え去るまで続き、それと同時にバーンの意識は闇へと落ちる。同乗している兵士の慌てた声を聞きながら。







 夜中、バーンは燃えるような身体の熱さに目を覚ます。特級を使った反動だ。周りを見渡し、そこが室内だと確認したバーンは再び目を閉じる。どうやら呪毒髑髏(カースデッド)は打ち滅ぼせたようだ。


 実はバーンが特級魔法を使ったのはこれが初めて。魂に魔法陣を刻んだのはいいが、使う機会がなかったのだ。失敗すれば自分もろとも味方を吹き飛ばすために、人がいる場所では決して使えない魔法だからだ。防御系の固有魔法を有している自分であれば、それでも何とか耐えれる自信はある。だが……アイザックは難しいだろう。ミーナとゼクロスは論外だ。



(まだまだオレも修行が足りない)


 動かぬ身体に舌打ちしつつ、それでも水を飲もうとバーンが身体を起こそうとしたその時……


 ……なにかいる。


 よく見るとシーツがこんもり盛り上がっていた。バーンが誰何(すいか)の声を上げるよりも早く、シーツがバッと捲れあがった。



「じゃ・じゃーん!」


 透ける様な白い素肌に、将来有望な形の良い乳房……そう、全裸のルーファがそこにいた。


「なぁ!!」


 驚き叫びそうになる口をバーンは慌てて両手で抑える。ミーナに見つかれば折檻確定だ。


「何でここにいるんだよ!それに……何で裸なんだ!!」


 バーンは声を潜めつつ怒鳴りつけるという高等技術を駆使し、ルーファに詰め寄る。


「バーン君に元気になってもらおうと思って……」


 そう言って上目遣いにバーンを見つめるルーファ。



 ぐびり



 バーンの喉が鳴る。

 ま、まさか()()()()()()であろうか。いやいや、ダメだ!相手は神獣である。だがしかし……断った方が失礼に当たるのでは!?


 悶々と悩むバーンを他所に、起き上がろうとしていた彼の胸にルーファの白い手が添えられる。その手に押し倒され再びベッドの住人となるバーン。彼に跨ったルーファの白い裸体に思わず目が釘付けになる。バーンの目が熱を孕み、熱い吐息がその口より漏れる。


 ルーファの手がバーンの顔へと伸ばされ……それを通り越して水差しを掴む。



 ごくごくごく。ガラガラガラ。



 勢いよく水を飲んだかと思えばうがいを始めるルーファ。次いでその手がコップを掴み、うがいした水をぺっと吐き出す。


「はい」


 差し出されるコップ。反射的にコップを受け取ったバーンは、壊れたロボットのように動きを止めた。


「スープより効果は薄いけど、神獣の気まぐれなんだぞ。早く飲んで」


 考えることを放棄したバーンがギクシャクと水を飲み終わるとルーファは満足したように頷き、子狐へと姿を変える。()()()()に待機していたアイザックの頭の上へと戻り、最後にバーンを振り返った。


『バーン君おやすみ~』

「バーンおやすみ……プっ」


 窓から出て行く1人と1匹。


 


 その後、正気に戻ったバーンは雄たけびをあげ、ベッドの上を転がり回った。

 黒歴史である。 

  



 

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