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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
迷宮王国カサンドラ
28/106

神獣の気まぐれ

 夜が明けてまだ間もないその時刻に、街道の脇に焚火が見える。

 先程までの戦闘が嘘のように辺りは静寂に満ちていた。魔法が地面を穿った後がなければ、とても死闘が繰り広げられていたなど分かりはすまい。


 だがこれも一時の静寂にすぎぬことをバーンは知っている。夜になれば再びアンデッド共が群れを成し、襲って来るだろう。


「ミーナの様子はどうだ?」

「心配いりませんよ。ルーファのお陰です」


 ゼクロスの言葉にバーンはほっと安堵の息を吐く。あの状態で助かったのはまさに奇跡と言っていい。バーンは周りを確認し、小声でゼクロスに確認する。


「アンデッドは……ルーファを狙っていた。この異常な数のアンデッドはもしかして……」

「ルーファに惹かれて集まった可能性があります」

 

 やはり……とバーンは思う。日中、奴らは地面の下を移動する。恐らくは始めから付けられていたのだ。それならば日を追うごとに増えていったアンデッドにも得心がいく。

 メイゼンターグまであと2日。どうすべきか……。

 


 ……カタン



 背後で小さな音がする。

 バッと振り返り周囲に目を走らせた2人の手には、既に武器が握られている。



(……気のせいか)


 戦闘の後で気が高ぶっているのかもしれない。バーンは警戒を解き、これからのことをゼクロスと相談していく。と、言っても選択肢など残されてはいないのだが。


 

 



 ルーファはミーナをじっと見つめる。顔色も大分元に戻り、今では呼吸も落ち着いている。

 その様子を見てようやく安心したのか、ルーファはミーナの側で寝転がる……が、他の3人の顔色も悪かったことを思い出す。


 結局、先程の戦闘で自分は全く役に立てなかった。アンデッドに対し最も効果があるのは自分の力だというのに。

 アイザックを除き全員の魔力損耗が激しく、未だ回復していない。現在はアイザックが周囲を警戒しているはずだ。


(オレは癒しを司る神獣。ここはオレがが皆を元気にせねば!!)


 ルーファは決意を新たに飛び起きた。そして……友達を元気にするために行動を開始する。






 バーンとゼクロスが話し合っていると魔獣車の扉が開き、ミーナがふらつく足取りで下りてくる。


「おいミーナ!無理するな!」


 バーンが手を貸すより先に、ゼクロスが走り寄りミーナを支える。ちょっと負けたような気がするバーンである。

 ミーナは何かを探すように周りを見回した後、絶望したかのように小さな声で呟く。


「ルーファちゃんが何処にもいないんです~」


 その目には涙が浮かび、縋るように2人を見つめている。慌てたように周りを見渡しバーンは叫ぶ。


「マジかよ!!ルーファ、ルーファ!!聞こえたら返事をしろ!!!」



 カタッ……カタカタッ



 揺れる鍋。

 全員の視線が鍋へと注がれる。

 ま、まさか!


「ルーファ!」


 もう一度呼んでみるバーン。



 カタッ……カタカタッ



 返事をするように揺れる鍋。


「お、おいゼクロス。お前……食材と間違えてルーファを鍋に入れたんじゃ……」

「まさか!そんな事はしていません!!」

「そんなことより早くルーファちゃんを!」


 ミーナの言葉に慌てて鍋の蓋を開けるゼクロス。



 生唾を呑み込みながら彼らが見つめる先には、ぐつぐつと煮えたぎるスープ。


『じゃ・じゃーん!!』


 そして……スープの中から白銀の子狐が顔を覗かせる。その頭にはジャガイモとニンジンが乗っていた。

 バーンが両手で頭を掻きむしりながら叫び声をあげる。


「だあああぁぁぁぁぁ!!何やってんだよ!」

『うむす。オレは皆を元気にしようと思ってな。今、出汁を取ってる最中なんだぞ!!』


 まさか、まさかとは思うが神獣(ルーファ)で出汁を取っているというつもりなのだろうか。


「ルーファちゃん早く上がってください~!死んでしまいます!」


 ミーナがお玉を取り出し掬おうとするが、ルーファは前足をあげそれを制する。


『心配いらないんだぞ。神獣は〈環境適応〉を持ってるから、この位へっちゃらなんだぞ!』

「そういう問題じゃない!ばっちいだろうが!!」


 バーンの言葉にゼクロスは思った。そういう問題でもないだろう、と。


『ばっちい言うな!』


 ルーファはジャガイモを前足で跳ね上げバーンにぶつける。いつもであれば問題なく避けれるバーンだが、さすがに疲労困憊の現在はそれも叶わずソレは顔面に直撃した。


「ぐおおおおおぉぉぉぉぉ!顔がぁぁぁぁ……熱くない?」

『ふふん、当然だ!このスープはオレが出汁を取ったスープ……言わば“神獣の気まぐれスープ”なんだぞ!!』




 “神獣の気まぐれ”――それは神獣の作る癒しのポーション。これ一本で最低でも5千万ドラ(虹金貨5枚)が動き、あらゆる病・傷を治す伝説の秘薬である。



「「「こ、これが!?」」」


 3人の顔が驚愕に染まりスープ(神獣入り)を見る。


「こうやって“神獣の気まぐれ”は作られていたのですね!!」


 感動に打ち震えるゼクロスにルーファは言葉を重ねる。


『甘い、甘いぞゼクロス!オレは神獣の上位種……神聖魔法に特化した神獣さんなんだぞ!普通の“神獣の気まぐれ”は神域の水を使い、〈浄化ノ光〉を〈祝福〉によって水へと宿らさねばならない。が、オレは違う。そこら辺にある水にオレを入れ、煮詰めればあっという間に“神獣の気まぐれ”の完成よ!!』

 


 確かに……確かに凄いのかもしれない、とバーンは思う。

 だが!だが!色々と台無しではなかろうか。特に神獣の持つ神秘性が大暴落どころか地の底に更に穴が開き、現在も勢いよく落下中である。

 いや……話を聞く限りでは他の神獣はセーフである。よかった、本当によかった……心からバーンは思う。そう、台無しなのはルーファだけである。


「おお!さすがはルーファです!!」

「凄いです~!こんなに簡単に作っちゃうなんて~」


 何故か2人と温度差を感じるバーン。


(オレがおかしいのだろうか?)


 バーンの疑問は尽きない。





「何やってんすか?」


 アイザックが戻り鍋で煮詰められている神獣(ルーファ)に目を止める。


「っ!?ダメっすよ!ダメっすよ!!いくら何でもそれはまずいっす!!!」


 信じられないようなものを見る目でバーン達を見つめるアイザック。


「いやいやいやいや、食わないからな!!」

『バーン君は食べなくていいんだぞ。ばっちいって言ったからな!!』




 全員にスープが渡り、彼らはそれを凝視する。


『さあ皆、食べてくれ!』


 ルーファに促され、恐る恐るスープを口に運ぶ。と、全員が驚きに目を見張る……なぜかルーファも。


 無言でガツガツとスープを掻き込む。そこに言葉は必要ない。ゼクロスに至っては滂沱の涙を流している。



(……何だ、何なんだこれは!)


 複雑に絡み合う味に鼻に抜ける芳醇な香り。だがその複雑さも互いに邪魔することなくお互いを引き立て合っている。短時間しか煮込んでいないにも関わらず、まるで長時間熟成されたかのように具材に味が染みわたり、ほろほろになった野菜が口の中で溶け消える。まさに極上。今まで食してきたどんな高級料理すらも足元にすら及ばない。それ程の味。


 あっという間に鍋は空になり、名残惜し気に全員がそれを見つめている……なぜかルーファも。

 全員が至福のため息を吐き、しばし余韻を楽しむ。


「美味かったっす」


 珍しく食に興味のないアイザックが賛辞の言葉を送った。


『うむす。オレもまさか自分の煮出し汁がこれ程美味しいとは思わなかったんだぞ!さすがはオレ!!』


 勢いよく顔をスープに突っ込み食べていたルーファの顔はべとべとである。だが……決して魔力は通さない。ペロペロと舌を動かし、顔に付着したスープの残滓を舐めとっている。最後の一滴まで舐めとる所存である。



 そして美味しさとは別の驚愕が彼らを襲う。


「魔力量が増えてます~」


 ミーナの言葉に全員が頷く。


 先程まであった体の奥に燻る倦怠感も、頭の芯から響くような頭痛も消え失せている。失った魔力も既に全回復し、戦闘の前よりも調子が良い程だ。だが……何よりも凄いのは全員が実感できるほど魔力量が上がったということだ。




 魔力量――それは、身体に保持できる魔力総量のことを指す。

 魔石を体内に持つ魔物は自分で魔力を生成できるが、魔石を持たない人種にとって魔力とは外部より集めねばならない。この体内に保持できる限界の容量が魔力総量である。

 この容量は人によって異なるが、上位格の魔法保持者は莫大な量の魔力を持っていることが知られている。


 また魔力量は訓練によって増やすことができる。

 魔力圧縮――魔力を圧縮することにより、取り込む魔力の量を増やすこととが可能になるのだ。


 イメージで言えば、ボールのような丸いの器の中に魔力が充満しており、魔力を圧縮することにより空いた空間へ新たな魔力を押し込むのだ。圧縮に圧縮を重ねた器は内部の圧力により外へと広がり、器自体が拡張する。まあ、無限に拡張できるわけではないが、それでも頑張れば数倍にまで魔力量を増やすことが可能だと言われている。


 だが魔力量の増加は一朝一夕で為せるものではなく、日々の弛まぬ努力により徐々に増えていくもので、決して実感できるほど直ぐに増えたりはしない。




 ルーファの非常識に全員が一瞬頭を悩ませるが……結果オーライだ。なにより、これで生存率が格段に上がったのだから。


 食後にインスタントコーヒーを飲みながら、バーンは今後について口を開く。


「日中はここで休む。日が暮れてから出発だ。メイゼンターグまで休まずに駆け抜けるぞ。上手くいけば明日の夜を迎える前にたどり着けるはずだ」

『あ、あのバーン君、オレは……』


「ルーファはオレが指示するまで力は使うな。アンデッドを呼び寄せる可能性がある」


 しょんぼりと肩を落とすルーファにバーンは苦笑する。


「オレ達が万全の状態で戦えるのはルーファのお陰だ。ありがとうよ」


 そう言ってぐりぐりとルーファの頭を撫でるバーンに、ルーファも嬉し気に頭をその手に擦りつけた。べとべとに汚れた頭を。

 




 太陽が地平線へと顔を隠し始め、夜の帳が下りてくる。

 ついに……死者の時間が始まりを告げる。


 昨日より速度を落とした魔獣車が街道を行く。これから不眠不休で走らねばならないのだ。いくら魔獣であれ、全速力で駆け抜ければ身体がもたない。

 魔獣車の上から背後を見つつバーンは目を細める。


「……少ないな」


 昨日追いかけ来た量より遥かに少ない。自分たちを見失ったのか、それとも……。


「今気にしても仕方がないっす。そのおかげでこっちも明日の日の入り前にはメイゼンターグに辿り着けやす」 


 耳ざとくバーンの声を拾ったアイザックが振り返らずに答え、嫌な予感を覚えながらもバーンはアイザックに相槌を返した。

 結局、その日はたまにバーンが魔法を放つ以外は何事もなく彼らは夜明けを迎えることとなった。


 時節、休憩を交えつつ先を急ぐ彼らの足が止まったのは崖に挟まれた街道の手前。


「くそっ!ここを抜ければメイゼンターグだってのに!!」


 目の前には崩れた崖。とてもではないが魔獣車で抜けることはできない。


「バーンさん、魔力の残滓を感じます~」

「くそが!!」


 それは魔法を放つアンデッド……進化した上位個体がいるということ。恐らく昨日のうちに先回りし、崖を崩したのだろう。奴らに休息は不要。バーン達が休んでいる間に地中を進んだのだ。


「魔獣車を捨てるしかありやせん」


 アイザックの言葉にルーファは羊を見やる。 


「……羊さんは?」

「ルーファ可哀そうですが、ここで置いていくしかありません」


「オレが連れて行くんだぞ!」

「ルーファ!わがままを言うな!!」


 バーンの怒鳴り声が響く。ルーファは負けじとバーンを睨み返す。


「オレの力、〈亜空間〉なら生き物も運べるんだぞ!」


 バーンは頭を押さえる。

 癒しに植物を成長させる力。“神獣の気まぐれ”に果ては生物までも運べる力ときた。

 軍事的観点からみただけでも、その価値は計り知れない。

 そのくせ、本人に戦う力は欠片もないのだ。



「ルーファ絶対にその力を人前で……オレの許可なく使うなよ」


 バーンの真剣な眼差しにルーファはコクコク頷き、不安そうに尋ねる。


「この子、運んじゃダメ?」

「今回だけ特別だぜ。この崖を越えたら外に出せ。ルーファも念のためカツラを被っとけよ」


 ルーファが強い力を使えば髪色が元に戻ってしまうのだ。見られれば、即座に神獣だとバレてしまうだろう。まあ、全ては生き残ってからだが。







 崖を越えるにあたり、最も苦戦したのが意外なことにミーナだ。ルーファは飛べるのだから、全く以て問題ない。


「うぅっ、すみません~」


 重力魔法で己の身体を軽くしたものの、足を滑らすこと数度。バーンに何度かフォローされながら、ミーナは何とか崖を上りきった。そう、魔法はあくまで魔法。素の運動神経を良くしてくれるものではないのだ。


 さて、後は崖を降るだけだが……太陽は大分傾いている。果たして間に合うかどうか。魔獣車は置いてきているため、メイゼンターグまで走るしかない。バーンがミーナに背中を向け座る。


「おぶされ。しっかり掴まっていろ」


 ミーナを背中に抱え、バーンは崖を飛び下りる。アイザックとゼクロスもそれに続く。3人は器用に崖の出っ張りを利用し速度を調節しながら一気に崖を降る。その速度は飛んでるルーファより早い程だ。


「ま、待ってぇ~!」


 ルーファは慌てて尻尾をアイザックに巻き付ける。引っ張てもらう所存である。




 彼らは着々と沈みゆく太陽を背に走る。

 夜はもうそこまで迫っている。





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