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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
迷宮王国カサンドラ
27/106

新たな力

 ざわざわと梢が不穏に揺れ、霧が辺りに立ち込める。

 生けし者は息を潜め、鳥の囀ずりどころか虫の声すらも聞こえない。



 オオオオオオォォォォォォ……



 突如、地の底から轟くような不気味な唸り声が鳴り響く。次いでずるずると何かを引きずるかのような音も。

 緑の敷き詰められた絨毯が、ソレらが通った後には赤茶けた大地へと姿を変える。

 ゆらゆらと身体を揺らしながら手を前へと伸ばす姿はまるで何かを求めているかのよう。いや……事実ソレらは求めているのだ。



 彼らは求む。己が失いし命を持つ者を。

 彼らは憎む。未だ穢れなき魂を持つ者を。


 彼らの声は嘆きの声。

 彼らの声は恨みの声。


 永遠の苦しみに囚われし救い無き亡者(アンデッド)


 その手が求むは生者。

 その手が求むは……救い。






 トスッ……トスッ


 軽快な音を立て矢が木へと突き刺さる。

 

「上達しやしたね」


 アイザックの言葉にルーファは嬉し気に尻尾を振る。 


「意外だな」

「意外は余計なんだぞ!」


 感心したように矢の刺さった木を見つめ呟いたバーンの背を、ルーファはポカポカと殴る……が、痛くないのか、バーンは全く気にする素振りも見せない。執拗に攻撃を続けていたルーファだったが、アイザックが回収した矢を差し出すと報復を諦めてそれを受け取った。


「さて飯にするか」


 バーンが踵を返し歩き出す。ルーファもそれに続き歩き出すが、ふと振り返り傷だらけの木に目を止める……ルーファが矢で傷つけてしまった木だ。


「どうしやした?」


 突然止まったルーファにアイザックが訝し気に声を掛ける。ルーファは何かを思いついたかのように亜空間から再び弓を取り出し構える。


「ルーファ?」


 バーンもルーファの謎行動に戸惑いを見せる。なぜなら、その弓に矢は番えられていないのだから。

 弓だけを構えルーファは一旦目を閉じる。


 瞬間、巻き付けてあった皮が弾け飛び、輝きを増した神弓が姿を現す。次いで顕現せしは……白銀の矢だ。驚きに目を見張る2人を他所に、ルーファはそれを放つ――傷ついた木へと向かって。ルーファの意を汲んだ矢は真っ直ぐに木へと突き刺さり……



 メキっ……メキメキメキっ……



 木が……膨張する。否、成長している。


 細くしなやかなその枝が、太く力強い枝へと。

 未熟で小柄なその若木が、堂々とした見上げんばかりの巨木へと。


 矢でついたはずの傷も既になく、言われなければとても同じ木だとは思えない。いや、例え言われても信じることはできないだろう。


「あ、あれ?」


 傷つけてしまった木を癒そうとしたルーファは、予想外の結果に目を見張る。

 はて?と首をかしげるルーファ。そもそも木まで歩くのが面倒臭かったために、〈浄化ノ光〉を矢へと変え飛ばしてみたのだ。本来〈浄化ノ光〉に植物を成長させるような力は備わっていない。ルーファは暫し黙考し、ある結論へと至る。


(もしかして……〈豊穣ノ化身〉?つ、ついにオレは〈豊穣ノ化身〉を使えるようになったのでは!?これは確かめなきゃならないんだぞ!!)

 

 ルーファは魂が抜けたように巨木を見上げている二人を無視し、別の木へと近寄り〈浄化ノ光〉改め〈豊穣ノ化身〉をかけてみる。


 ……若干元気になったような気がする。ただの〈浄化ノ光〉のようだ。


 今度は白銀の矢を作り出し、同じ木へと放ってみた。



 メキっ……メキメキメキっ……



「おお!やったー!!」


 思わず感動の声をあげ、巨木を見上げるルーファ。今まで何度練習しても使えなかった力なのだ。その喜びは一入(ひとしお)である。

 


 呆然と奇跡を見つめていたバーン達も、その声で我に返る。


「……ルーファ、一体何をした?」


 掠れる声でバーンが問う。


「ふふふん、これがオレの真の力なんだぞ!」


 いつも突っ込みを入れるバーンの呆れた声がないことを不審に思い、ルーファはバーンを見あげた。ルーファを見つめるその目は怖い程真剣で、思わずビクリと身体が竦む。


「バーン君……?」


 怯えを含んだその声にバーンはバツの悪い顔をし、ルーファを優しく撫でる。


「悪い。驚いただけだ。よしっ!話は後だ。飯にしようぜ」



 

 


 朝食を取りながらバーンはゼクロスとミーナに先程の件を話す。もちろん事前にルーファの許可は取ってある。じっと見つめられることに居心地の悪さを感じたのか、もぞもぞと身動ぎをするルーファ。


「凄いです~!植物を成長させるなんて!」

「そう?そう?そんなに凄い?」


 ミーナの絶賛にルーファは満更でもなさそうに胸を張る。比較して男衆の顔は浮かない。この力も知られてはいけない類の力なのだから。ルーファが狙われる理由がまた1つ増えたのだ。


エルシオン森林王国(エルフのくに)に御座す緑の神獣様の御力とは違うのですか?」


 緑の神獣とは、植物を操ると言われている神獣の1柱。ゼクロスの疑問は最もだろう。


 ――だが、それは大いなる誤解だ。


 緑の神獣が操るは世界魔法〈樹櫳(じゅろう)ノ世界〉。この世界に侵入したものは例外なく樹に取り込まれ、その世界の1部――樹木――となり果てる。そして未来永劫、新たな侵入者を待ち続けるのだ。ソレを世界に取り込むために。

 そこは残酷な樹の牢獄……いや地獄なのだ。決して優しい魔法ではない。



 ルーファは一瞬躊躇うが、自分の力の一端を明かすことにする。皆を信じると決めたのだから。


「全く別の力なんだぞ。オレの力は〈豊穣ノ神〉。神聖魔法の更に上位の力なんだぞ」


 ぎょっとしたように全員がルーファを見る。彼らの考えを肯定するようにルーファは続ける。


「オレは神獣の上位種なんだぞ」


 神獣とは神の獣。即ち神の代行者。

 ならば、その上位種とは……。



 ゼクロスは即座に居住まいを正し、震える声で尋ねる。


「ルーファスセレミィ様は神なのですか?」

「神とは何?それを定義する条件とは何?オレはオレ。ただそれだけ」


 その言葉に含まれる意味を理解し、ゼクロスはルーファに手を伸ばす。



 なでなで



「……そうですね。ルーファ、すみません」

「別に謝る必要はないんだぞ。オレ達は友達だからな!」


 ゼクロスに飛びつきながらルーファの顔は嬉しそうに綻んでいた。



 その様子を微笑まし気に見ながらバーンは思う。自分は一体何を悩んでいたのかと。初めから何も変わってなどいなかったというのに。ルーファが何者であれ自分たちは守る。ただ、それだけなのだから。


 何故なら、()()()()にとってルーファは……


 


 ◇◇◇◇◇◇




 未だ夜が明けやらぬ時刻、一台の魔獣車が街道を疾駆する。

 明かり無き暗闇の中を街道から逸れることなく、全速力で走るその姿は一種の異様さを醸し出していた。

 魔獣車を引く羊の口からは泡が吹きだし、血走った目がギョロギョロと恐怖に揺れている。一体何に追われているというのか……


 魔獣車の後ろを見て見れば、彼らを追うように不気味な霧が立ち込めている。その霧が生き物のように蠢き無数のアンデッドが吐き出される。

 いや……逆だ。アンデッドの身体から靄のように瘴気が立ち昇り、霧となって辺りに広がっていたのだ。


 突如、魔獣車の後方に巨大な魔法陣が現れる。


 火魔法・上級〈爆炎〉

 激しい爆発音とともに無数のアンデッドを灰へと変えながら炎が広がる。だが、それに怯むことなくアンデッドは灼熱の大地へと踏み入り魔獣車へと向かい疾駆する。仲間の屍を踏み台にして。


「くそっ!」


 バーンは悪態をつきながらその光景を眺める。

 既に何度魔法を放ったかすら覚えていない。バーンより魔力量の少ないミーナは魔力欠乏症に陥り、魔獣車の中で寝かされている。かなり危険な状態だ。


 固有魔法士の魔力量は他の魔法士と比較にならない程に多いが、それでも限界はある。バーンは残り少なくなった魔力を練り込み再び〈爆炎〉を放つ。

 減らしても減らしても次々と現れるアンデッド。いくら荒野に近いからといってもはっきり言って異常だ。


 絶望の中で、暗闇の中を神がかった手綱捌きで魔獣車を操っていたアイザックが叫ぶ。


「夜明けっす!!」


 仄かな明かりが大地を照らし出し、それが広がり行く波のように大地を黄金色に染めていく。

 太陽の光に追いやられ、執拗に追いかけていたアンデッドが次々と地中に姿を消していった。

 魔獣車を止めたアイザックとバーンは、同時に安堵のため息を吐き寝転がる。


「ヤバい。今回のはヤバかった」

「死ぬかと思ったっす」





 現在、ルーファ達は5つ目の軍事要塞を過ぎ、メイゼンターグへ向かっている最中だ。


 異変は2つ目の要塞を過ぎたあたりから始まった。日に日にアンデッドの数が増えてきたのだ。だが、それもミーナの結界のお陰で、奴らはルーファ達に気付くことなく周辺をうろついているだけであった。問題と言えばルーファがアンデッドを見るたびに気を失っていたこと位だろうか。


 それでもアンデッドは夜にしか活動しないため、数が増えても日中の移動に支障はなく順調に旅は進んでいた。



 5つ目の要塞を過ぎるまでは。



 異変は急激に進み、最早無視できぬほどアンデッドが湧き、結界が軋みを上げ始めたのだ。それも……そのアンデッドは元魔物だけではない。中には人種(ひとしゅ)も多く混ざっていたのだ。おそらく何処かの村か……街が落ちたのだろう。


 ミーナは結界を強化し、夜間の見張りも張り詰めたものとなった。


 そして……ついに結界内にアンデッドの侵入を許した。いや、奴らは既に潜んでいたのだ――土の中に。

 結界とは外部と内部を隔てるためのもの。既に中にいる者に対して効果はないのだから。



 日が沈むと同時に結界内に湧きだしたアンデッド。武器は意味がなく、特定の魔法しか効果がない。だがアンデッドに囲まれている状況では味方まで巻き込む強い魔法は使えず、バーン達は進退窮まった。 


 内側のアンデッドに呼応して外側のアンデッドもこちらに気付いたのか、結界を破らんと蜜に集る蟻の如く群がって来る。



 ピシリッ



「もう持ちません~!」


 ミーナの悲鳴にバーンがすかさず指示を出す。


「くそっ!ルーファ頼む!全員魔獣車へ走れ!!」


 魔獣車内に待機していたルーファが〈浄化ノ光〉を発動させアンデッドを一掃する。

 全員が乗り込んだのを確認したバーンが魔獣車の上へと飛び乗り、すかさずアイザックが手綱を繰り、一瞬できた空白地帯を駆け抜ける。



(……おかしい)


 周囲に目を走らせ、バーンは異常に気付く。アンデッドが襲ってこないのだ。ただその場に突っ立っているその姿は、どこか呆然としているかのように見える。



 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォオオオオオォオォォォォォォォォォォォォォオォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオォォォォォォオォォォォォォォォォォォォオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ………………………



 突如、()()()アンデッドが咆哮をあげた。



 ――ぐりん



 首が一斉に魔獣車へ向く。


 バーンは直感的に感じ取る。奴らが見ているのは自分達ではない。ルーファであると。 

 咄嗟にバーンは魔獣車の中へ向かって叫ぶ。 


「ルーファに魔法を使わせるな!奴らルーファを狙ってやがる!!」


 その言葉と同時にアンデッドが一斉に動き出す。



 ――疾走。



 今までの彷徨うような動きとは異なり、桁外れに早い。足の速い獣型のアンデッドを先頭にがむしゃらに向かって来る。腐った足がもげようとお構いなしに。


 その様相に背筋に怖気が走りながらも、バーンは冷静に状況を観察する。


「ゼクロス!光魔法を前方へ打ち込め!」


 〈火球〉を飛ばしながらバーンは叫ぶ。ゼクロス以外が本気で魔法を打ち込めば、地面が溶け魔獣車に影響が出る為だ。この状態で十全に魔法を使えるのはゼクロスのみ。



 ゼクロスの奮闘でアンデッドの包囲網を抜けるが、最も魔力量の少ない彼はここで脱落となった。


「オレが後ろをやる!ミーナは囲まれないようにアンデッドを散らせ!!」


 バーンが〈爆炎〉で後ろから迫るアンデッドを燃やし尽くし、ミーナが雷魔法・下級〈雷球〉中級〈雷柱〉を駆使し、バーンの魔法を掻い潜ってきたアンデッドを駆逐する。


 その状態で既に5時間以上。


 蒼白なミーナの額からは汗が止めどなく流れ、呼吸も荒い。目の下にはクマができ、棍を握る手は激しく震えている。


「ミーナ下がれ!それ以上は死ぬぞ!!」 


 深刻な魔力欠乏症の症状だ。

 バーンの言葉に弾かれたかのようにルーファが動き、泣きながら窓から身を乗り出していたミーナを中へと引っ張り入れる。



 ――2名脱落。



 まだ夜が明けるまで時間がかかる。


「バーン、あっしも!」

「お前は操縦に専念しろ。道を見失うなよ!」

 

 

 ルーファは泣きながらピクリとも動かないミーナの名を呼ぶ。

 既に顔色は土気色で呼吸も弱い。

 

(ダメ!このままじゃ、ミーナちゃんが死んじゃう)


 ルーファの目に離れ行くミーナの魂が映った。


「させない!そんなことさせはしない!!」


 唇を噛み締めたルーファはミーナの身体を覆うように結界を張り、魔力を纏いその身体に覆いかぶさる……決して魂が離れぬように。次いで〈浄化ノ光〉で結界内を満たし、ミーナの身体を癒していく。


「お願い!ミーナちゃん頑張って!!」

 



 魔獣車が動きを止めたのはそれから2時間後のことだった。

 




  

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