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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
迷宮王国カサンドラ
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信者第一号

 軍事要塞デルクの街中を散策する女性の姿がある。女性が少ないこの街でその姿は人目を引いている。いや……男たちの目はその女性の、正確にはある一点に引き寄せられている。メロンの如く揺れるその双丘に。


 鼻の下を伸ばしながらも誰も話しかける者はいない。なぜなら、その女性――正確には女性たちだが――を案内しているのは、この要塞でも知らぬ者がいない程の実力者、飛竜部隊の隊長ナギなのだから。

 

「こちらが女性に人気の雑貨屋になります」

「わ~、こんな店があるんですね~」


 嬉しそうにミーナはルーファの手を引いて中へと入る。

 正確には女性が少ないために、可愛らしい雑貨を売っているのはこの店しか存在しないのだが。


「ミーナさん。私は旅に必要なものを補充しに、アイザックと買い出しに行ってきますね。昼前に合流しましょう」

「分かりました~。よろしくお願いしますね~」


 そう言ってゼクロスは朝方捕獲されたアイザックの襟首を掴み引きずって行く。


「むぃーにゃ(ミーナ)。ホレも(オレも)……」


 顔をボコボコに腫らし原形をとどめていないバーンに、ミーナが冷たい視線を送る。


「ダメですよ~。バーンさんは護衛なんですから」

「バーン君、大丈夫?」


 ルーファが心配そうにバーンのまん丸顔を見る。バーンを何度も癒そうとしたのだが、その度に笑顔のミーナとゼクロスにやんわりと止められているのだ。


「大丈夫ですよ~。これも修行の一環ですから!ねぇ、バーンさん?」

「……ひゃい(はい)」


 真っ赤に腫れあがっているはずのバーンの顔が心なしか青く見える。

 隣で案内を続ける、こちらも顔色の悪いナギが勇気を振り絞りミーナに話しかけた。


「ミ、ミーナさん、自分は外におりますので、何かあれば声をかけてください」


 そそくさと外へ出るナギを捨てられた子犬の様な眼差しで見送るバーン。



 雑貨内を見回していたミーナはある物を見つけ喜びの声を上げる。


「あっ!染粉です~」

「染粉ってなぁに?」


「色々な種類のものがあるんですが、これは髪を染めるものですね~。ルウちゃんこれで髪を染めてみませんか~?そしたらカツラを被る必要はないですし、水では落ちませんが〈清浄〉を使えばあっという間に元の髪色にもどりますよ~」


 ミーナはルーファの長く艶やかな髪を見た瞬間から、ずっともったいないと思っていたのである。確かにカツラも最高品質で悪くはないのだが……ひと目ルウの髪を見てしまえば粗悪品に思える程だ。それにカツラはショートヘアのため結うこともできない。ミーナはルーファの髪を結いたい……いや、ルーファを着飾りたくて仕方がないのだ。


 ミーナの中でルーファの存在とは、まさに砂漠(むさい男共の中)に咲く一輪の花(癒し)。これを愛でて何が悪い。いや、愛でねばならぬ!これは正義である!!


 本来なら色から選ぶところであるが、ルーファの髪はひと房が黒いため黒一択だ。さすがに元の髪色より濃い色を施すのは難しく、下手をすれば斑で汚い色合いになってしまうのためだ。

 ルーファはずっとカツラを被っているのが煩わしかったこともあり、あっさりと了承し、ミーナはご機嫌で買い物を続ける。最早奇怪なオブジェと化しているバーンには目をくれることもない。

 

 



 昼前には無事ゼクロスたちと合流し、そろってナギお勧めの高級料亭へ向かう。店に入るとそのまま奥の個室へと案内される。事前に予約してあったようだ。


「高そうですけど、本当にいいんですか~?」


 ナギはミーナの心配気な声に苦笑する。風竜の命を救ってもらったのだ。本来ならば、こんなものでは到底済まされない程だ。だがバーン達の余り騒ぎにはしたくないという意向をくみ、食事程度に抑えてあるのだ。


「問題ありません。経費で落ちますから!」


 そう言ってウィンクするナギ。ナギの冗談に思わず笑いが漏れる……バーンを除いて。



 料理が運ばれてくると、ナギは備え付けられている遮音結界の魔道具を発動させる。


「ここは上の会合なんかにも利用される料亭なんですよ。まずはお礼をカレンを救ってもらったこと、本当に感謝します。ありがとう」


 立ち上がって深々と頭を下げるナギに全員が姿勢を正す。

 ゼクロスに促され、ルーファも椅子から立ち上がりナギと向かい合う。


「構わないんだぞ~。あれはカレンちゃんのためにやったことだから。カレンちゃんのことよろしく頼むんだぞ!」

「お任せ下さい。必ず立派に育ててみせます!」


 ルーファは満足気に頷き席に戻ろうとしたが、そこでふと飛竜達の思念(こえ)を思い出す。


「ナギ……竜たちの声に耳を傾けて。みんなカレンちゃんを守ろうとしてたけど……誰もその声に気付かなかったんだぞ。竜はとっても仲間想いの生き物なの、ナギが思っているよりずっと。その仲間にはナギたちも入ってるんだよ?みんなカレンちゃんのためにナギたちを傷つけることも、見捨てることもできなかったんだぞ。もっとあの子たちを信じてあげて」


 ナギを見つめるルーファの目には温かな慈愛の光が宿っている。それは人々を導くとされる神獣の眼差し。

 その眼差しを目にしたナギは跪きルーファの手を取ると、己の額に押し当てる。忠誠を誓う騎士のように。


「……感謝いたします」


 今まで感じたこともないほど強い気持ちが心の底から湧き上がり、ナギの目からは涙が溢れる。

 

 ――それは畏敬の心。

 ――それは歓喜の心。

 

 ナギの心は信仰によって満たされる。


 



「……恥ずかしいところをお見せしました」


 正気に返ったナギが落ち着かない様子で謝罪する。そんな様子のナギを見て何故かゼクロスはサムズアップをしている。実にいい笑顔である。

 ルーファはと言うと信者一号が誕生したにも関わらず、マイペースにご飯を頬張っていた。


「気にしないでください~」


 代表してミーナが答える。アイザックはこういう場で口を開くことは滅多にないし、バーンに至っては何を言ってるか最早全く分からないためだ……ミーナのせいだが。


「話は変わりますが、本当にルウ()のことを陛下にお伝えしなくてもよろしいのですか?事が事ですので、もしかすれば陛下直々にお礼の言葉を賜れるかもしれませんよ?報奨金の受け渡しは確実でしょうね」


「「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」」


 ミーナとルーファが同時に嬉しい悲鳴を上げる。


「会えちゃうの!?英雄王ガッシュに会えちゃうの!?」

「どうしましょう!?どうしましょう!?」


 狂乱する2人にゼクロスが呆れたように窘める。


「2人とも昨日の話し合いを忘れたのですか?ルウのことは秘密にすることになったでしょう?それにガッシュ陛下にお会いするようなことはしませんよ。私たちは護衛依頼の最中ですから」


「「そんなぁ」」


 がっくりと項垂れる2人。


「昨日、上官への報告を飛ばして直接陛下に報告書をあげました。確実に陛下に届くことでしょう」


 驚きに目を見張るバーン達。ルーファだけがよく分かっていなさげである。


「それは……大丈夫なんですか?」

「問題ありません。このような事態のために隊長クラスは全員その権限を持っています」


「もがもーが、もが」


 全員がバーンを見る。


「……ミーナさんさすがに少し不便を感じます。そろそろ許してもいいのではありませんか?」

「仕方ありませんね~。ゼクロスさんお願いします」


「ルウ、お願いできますか?」


 ミーナは僅かに目を見張るが、直ぐに納得する。ゼクロスの目は獲物を狙う猛禽の如くナギを見つめている。ここでルーファへの信仰心を更に嵩上げし、絶対に裏切らぬ味方を作り上げる所存である。

 

「あ~い!」


 そんな思惑など露知らず、ルーファは力を行使する。白銀色の光がバーンを包み込み、次の瞬間には元の色男がそこには座っていた。


「おお!感謝するぜ!!」


 バーンが礼を述べる中、ナギは呆然とルーファを凝視していた。


 本来、光魔法とは(すべか)らく黄金色の光を宿しているもの。だが……最も驚嘆すべきはそこではない。()()()がない。それは……これが魔法ではないことを意味している。

 ナギは混乱の極致にあった。同時にそれは大いなる納得を彼にもたらす。やはり、自分は間違っていなかったのだと。


 しばしの間ナギは心の中で“幼き神”に祈りを捧げ、決然と顔を上げた。その目は気焔をあげ、熱く濡れている。


「オレ……いえ私はルウ様の不利益なることを決して漏らさないことを誓います。この命に代えても!!」

「え?えっ!?」


 突然のナギの宣言に目を白黒させるルーファを他所に会話は続いて行く。




「今回の件をナギはどう見てるんだ。お前の様子を見るにただの勘違い、って訳ではなさそうだな」


「勘違い?勘違いなどありえません!飛竜に関しては皆細心の注意を払っています。ドラグニルが好意で融通して下さっている彼らを無下に扱うなどあり得ない!ことは両国の関係にまで波及するのです!ドラグニルから指導を受けた竜の専門医まで配置されています。カレンが飢えていることに気付かないなど!!」


 ナギの握られた拳は震え噛み締められた唇からは血が流れ落ちる。だがそれも一瞬のこと。急に力を失ったかのようにナギは項垂れる。


「……何より今まで気が付かなかった自分が許せません。毎日、一緒にいたというのに……」


 ルーファはとことこナギの元まで行き、頭を優しく撫でる。


「大丈夫。大丈夫。ナギは間に合ったんだから。カレンちゃんもちゃんと分かってるんだぞ。ナギのこと大好きだって言ってたんだから」


「ルウ様……ありがとうございます」


 感動に目を潤ませて答えるナギの膝の上に登り、腰かけるルーファ。かなり懐かれた模様である。あわあわと焦るナギだが、ルーファに下りる様子がないと見ると、顔を赤らめながらもそのまま話を続けることにする。


「え~と、そうそう今回の件は明らかに不審な点がいくつもあるのです」


 最早先程までの緊迫感は水の泡となって消えていた。


「な、なるほどな」


 バーンも取って付けたかのような棒読みな相槌を送る。


「それで……今回の件の発端となった件なのですが、ゼクロス殿の名を報告書に上げさせていただきました。勝手に申し訳ありません。何か沙汰があるかも……いえ、確実にあると思います」


「それで構いません。この中でドラグニル出身は私だけですからね。風竜の子だと看破したとなれば、それが一番怪しまれないでしょう。むしろルウの名前を出さないでもらったことに礼を言わねばなりません。ありがとうございます」


 頭の下げあい合戦をする2人にバーンが呆れたような声を漏らす。


「おいおい、その位にしたらどうだ。それよりも、あの場にいた他の奴らから漏れるる心配はないか?」

「それは問題ありません。既に全員誓約済みです」


 バーンは思う。国境の砦の時といいリーンハルトの奴らは大丈夫なのか、と。何故か全員国への報告義務よりルーファを選ぶのである。意外と英雄王ガッシュは人望がないのであろうか?まぁ、嫌いではないが。



「それに関してもルウ様にお礼を申し上げたいのです。ルウ様に無礼を働いたあの男、マッチというのですが……昔は真面目で気のいい奴でした。数年前のベリアノスとの小競り合いで兄を失って以来、素行の悪い連中と付き合うようになり荒れていたのです。ですが、今回の一件で何か思うことがあったのか、竜騎士を返上し一から鍛え直すと言って来ました。今の自分は竜に乗る資格がないと、ね。これもルウ様のお陰です。マッチに代わり礼を申し上げます」


「オレは何もしてないんだけど……分かったんだぞ!」


 ルーファの無邪気に頷く様子に、和みかけた場の空気がナギの次の一言で再び緊迫したものに変わる。


「最近、荒野の様子が不穏です。Aランクの冒険者である皆様方に言う言葉ではないかもしれませんが……道中十分お気を付けください」 

「どういうことだ?」


 バーンの言葉にしばし逡巡した後、ナギは重い口を開く。


「口外無用に願います。ここ数年で汚染獣が何体も発生しているのです。更に今までは荒野付近でしか確認されていない瘴気に侵された魔物の凶暴化・アンデッド化が他の地域でも見られるようになったのです」

「バカなっ!!」


 ゼクロスが椅子を蹴って立ち上がり、逆にバーンが冷静に問い返す。


「瘴気の範囲が広がっている、ということか?」

「おそらくは濃度も」


「また〈大災厄〉が起こるの……?」


 ナギは怯えた様子のルーファの頭を撫でつつ、安心させる様に笑う。


「大丈夫ですよ。わが国には陛下が……英雄王たるガッシュ様が御座します。以前、発見が遅れた汚染獣どもをたった1人で圧倒なさいました。その時に討伐にかかった時間は数分程度でしたね」


 ナギは過去を振り返り、目に焼き付いた情景に思いをはせる。





 

 発見した時には既に三体にまで数を増やしていた汚染獣。


 ソレは10メートルを超す赤黒い巨体を持ち、二本足で歩行する様はまるで歪な人のよう。手は猿のように長く、ごつごつとした体表は時節マグマのように泡立ち蠢いている。目はなく大きく開かれた口にはズラリと牙が並び、タールのように黒く粘り気のある液体がそこから滴り落ちている。背後には長い尾が揺れ、そこに不規則に生えた棘が地面を抉る。


 要塞の兵を総動員し討伐に臨み、特級魔法が咆哮をあげる。


 だが……時すでに遅し。


 特級魔法の効果が消え、視界が戻ったその先にいたのは……()()の汚染獣。単体になら効果を及ぼすはずの特級魔法も奴らの餌にしかならなかったのだ。

 次いで光魔法士の〈回復〉が奴らの身体を削るが、次の瞬間にはその穿った傷が幻であったかの如く消え失せる。



 ――絶望。



 何者をも恐れず勇猛に戦うはずの戦士たちが膝をつく。その目は恐怖に彩られ、歯を打ち鳴らす音が絶え間なくその場に響く。


 “逃げる”、それすらも思い浮かばない。いや……この死の大地のどこへ逃げるというのか。最早彼らはただ喰らわれるのを待つ、餌でしかないのだから。 



 ただ茫然と汚染獣を見つめるナギたちの前に、1人の男が降って来る。

 文字通り空から降ってきた男は一度こちらを振り返り不敵に笑う。


 そして……消えた。


「……え?」


 間の抜けた声と同時に凄まじい爆発音がナギたちを襲う。

 次の瞬間、ナギが目にしたのは爆散する汚染獣たちだった。

 

 




「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」」


 (なま)ガッシュの話に興奮するルーファとミーナ。


「すごいすごい!!」


「それは……本当の話なのですか?」


 呆然とゼクロスは呟く。汚染獣を魔法で焼き尽くすでもなく、爆散させるなど聞いたこともない話である。


「陛下は剣を抜いてらっしゃったので、それで攻撃したのだと思うのですが……」


「いやいや、有り得ないだろ!?神剣だとでも言うつもりか!」

「物理攻撃は一切通じないと聞いてやすが……」


 ナギの発言に、さすがのバーンとアイザックも突っ込みをいれる。英雄王ガッシュ、思った以上に常識外れの男のようだ。

 しばし呆然とした後、疲れたようにゼクロスが口を開く。


「ご忠告感謝します。私たちは明日デルクを発ちますが……何かありましたら連絡してください。カサンドラに到着した後は、そこに暫くはいるつもりですので」


「分かりました。カサンドラは土地柄連絡を取るのが難しいのですが……有事の際はカレンを駆ってでも真っ先に駆け付けます」


 キリリとした表情でナギが宣言する。



 ……それでいいのかリーンハルト。カサンドラは他国の領土なのに。

 ルウ以外の全員が心に沸き上がった疑問に蓋をしつつ、ナギに礼を述べた。




 余談だが、カサンドラは瘴気の影響で転移陣も通信の魔道具も使えない。ナギが王都リィンにあげた報告書のような手紙の転送も不可能である。連絡を取る方法は月に1度――正確には往復を含めると2度――のメイゼンターグとの定期部隊に手紙を託すしかない、という実にアナログな土地なのであった。


 


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