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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
迷宮王国カサンドラ
24/106

 人々が寝静まるはずの深夜。煌々と照らされた明かりに、武骨な要塞が浮かび上がっている。


 明かりに群がる羽虫の如くアンデッドたちが要塞の外壁に張り付き、定期的にソレらに向かって火魔法が撃ち込まれる。よくよく見るとアンデッドの大半は魔物の姿をしているようだ。時節、空を飛ぶ個体も現れるが飛竜部隊が地へと落とし、そこを魔法で叩かれている。その手際の良さから、これが日常の光景なのだと知れる。

 


 ――軍事要塞デルク



 リーンハルトの要塞の1つだ。


 リーンハルトは原魔の森に接してはいない代わりに、瘴気渦巻く死の大地――荒野――に広い範囲で接している。

 デルクはその荒野からほど近い場所に位置しており、同様の軍事要塞がデルクを含めて6つ存在する。その全てが対汚染獣を想定した要塞であり、リーンハルトが誇る虎の子部隊である飛竜を配備しているという事実が、これらの要塞の重要さを表している。

 

 汚染獣――それは瘴気より生まれた世界を喰らう獣。喰らった力を蓄え、その力がある一定以上に達すると新たなる汚染獣を生み出す。そう……奴らは発生から時間が経てば経つほどより強大な力を得、際限なく増殖すのである。


 汚染獣の弱点はアンデッドと同様に光魔法、そして効果が大分落ちるが火・灼熱・雷魔法である。ただし、汚染獣が消滅するほどの威力を持つ魔法は特級魔法しかなく、中途半端な攻撃は逆に汚染獣に力を与えるだけの餌となる。光魔法だけが汚染獣に喰われることなく、継続的にダメージを与え続けることができる唯一の魔法だ。



 そんなデルクの要塞を壁に沿って走る影がある。



 しゅたっしゅたっしゅたたたたたたたたっ



 巡回する見張りの目を掻い潜り、確実にその影は奥へと進んでいく……。

 突如、雲が切れ双子月が姿を現す。

 月光が影を照らし、遂にその正体が明らかになった。

 


 ……手の平サイズの子狐だ。



 ルーファは今までヴィルヘルムとの戦い(かくれんぼ)で鍛えた隠密能力を駆使し、只ひたすら竜舎を目指す。目的は言わずもがな、竜たちに口止めをすることである。このままでは竜たちを通じてヴィルヘルムに自分の存在が確実にバレるであろう。何としてでも、他の竜に話す前に自分の存在を秘密にしてもらわねばならない。


 視線の先に竜舎が映り、ルーファはこっそりと中へ侵入する。風竜の子は他の飛竜と違い濃密な風の魔力を纏っているため、見つけるのは簡単だ。

 比較的あっさりと風竜の元へと辿り着いたルーファは声を掛ける。


『カレンちゃん、お話があるんだぞ』


 ルーファの声を聞き、風竜――カレン――が首をもたげる。ルーファはちょこちょこ歩いてカレンの側に行き、その様子を観察する。昼間に感じた危ない感じ――死の影――が消えており、そのことに胸を撫でおろす。


 風竜は飛竜の3倍近く成長する竜だ。食事の量もそれに比例して多くなる。特に成長期の幼竜ともなれば尚更のこと。だがカレンは飛竜と勘違いされていたため、食事の量が全く足りていなかったのだ。他の飛竜達が自分たちの食事をカレンに譲っていなければ、彼女はルーファに会う前に命を落としていただろう。


 竜たちも困っていたのだ。何せナギたちはカレンの健康のためを思って食事の量を減らしていたのだから。何度か暴れて主張してみたが、全く通じなかったようだ。


『もう大丈夫なんだぞ。これからはちゃんとお腹いっぱい食べれるからな。今までよく頑張ったんだぞ』


 ルーファはカレンの鼻の上にぴょんっと飛び乗りペロペロ舐める。カレンもそれに応えるようにベロンとルーファを一嘗めする。遠くからその様子を見たのなら、まるで捕食シーンの様に映ったであろう。

 しばらく二匹でじゃれ合っていると、他の飛竜が顔を見せる。昼間に一緒にいた竜たちだ。


『丁度良かった。皆にお願いがあるんだぞ。オレは修行の旅をしているんだけど、他の神獣と違って攻撃魔法を持っていないんだぞ。神獣だって知られたら悪い奴に狙われちゃうから、誰にも言わないで欲しいんだぞ』

「ガア」


『えっ?ダメダメ。ドラグニルもダメだぞ。悪い奴らは何処にでもいるんだから。誰にも言っちゃダメ!分かった?』

「ガウゥ!」


『ありがとう!!』


 叡智ある魔物であれば〈思念伝達〉もしくは〈念話〉を持っているが、飛竜と風竜は持っていない。ただ、ルーファの〈思念伝達〉の影響でなんとなく意思疎通ができているのだ。


 皆に別れの挨拶をして意気揚々とルーファは帰路に就く。

 出て来る時にナギに用意してもらった部屋の窓をちょっと開けておいたので、そこから戻るつもりであったのだが……窓が開いていない。


『あ、あれ?確かにこの窓のはずなんだけど……』


 中を覗いてみるとちゃんと自分の荷物が置いてある。風で閉まったのだろうか。前足でカリカリ引っ掻いてみるが、中から外へ開くタイプなので当然開かない。機密書類がある等の重要な部屋を除き、この要塞の部屋には緊急時のために鍵は付いていないのだが、そもそも窓から出たので部屋までの道をルーファは覚えていなかった。


(案内された時にちゃんと覚えていればよかったんだぞ)


 後悔しながらもルーファは思い悩む。どうしよう……。



 ガチャリ



 突然隣の窓が開き、バーンが顔を出す。


「いい夜だな、ルウ。どこへ散歩に行ってたんだ?折角だ、部屋で話でもしようぜ」


 ……バレている。バーンに促されとぼとぼと部屋に入るルーファ。部屋の中にはアイザックの姿も見える。


「それで?何処へ行っていた?」


 ルーファは俯いたまま答えようとしない。


「だんまりか?お前は……お前はオレ達を何だと思ってるんだ!オレ達はお前の護衛だ!なぜ黙って出かける?お前のその行動はな、オレ達を侮辱する行為だ」


 押し殺したバーンの声に深い怒りを感じる。


『ち、違うんだぞ!オレは皆を侮辱してなんか……』


「してるんだよ!いいか?依頼人と護衛との間には信頼関係がある。お互いに信頼関係が無ければ成り立たない。当然だよな?誰が信頼していない奴に命を預ける?誰がクソみたいな奴を自分の命を懸けて助ける?これは商売だが……それだけじゃない。それだけじゃないんだよっ!お前はっ!結局のところオレ達を信頼していない!そういうことだろうがっ!!」


 ドンっとテーブルを殴りつけバーンはルーファを睨みつけ、ビクリと身体を震わせたルーファの目からこぼれ落ちた涙がテーブルを濡らした。


「泣けば許してもらえるとでも思ってるのか? 確かにミーナとゼクロスなら許すだろうなぁ。だがな、オレはそこまで甘くはない。舐めるなよ」


『そ、そん、な、つもり、じゃぁ』


 しゃくりあげながら、ルーファは懸命に言葉を探すが……何も、何も見つからない。だって、バーンの言っていることは正しいのだから。



 間違えたのは自分(ルーファ)

 信じきれなかったのは自分(ルーファ)


 でも……どうしたら良かったんだろうか。


 ルーファには分からない。

 だって誰もこんな事は教えてくれなかった。


 友達と過ごす日々がこんなにも温かいことを。

 友達を裏切ることがこんなにも苦しいことを。



『ど、したら、ど、どうした、ら、よかっ、たの?』


 泣きじゃくりながら、ルーファが尋ねる。


「……全てを話せとは言わない。だがな、お前の秘密を知ってしまっても、オレ達は知らない振りができる。聞いてない振りができる。お前が秘密にしてくれということを、オレ達は絶対に話さない!そんな事すら信用できないのか!?」


『だって!だってぇ!もう閉じ込められるのは嫌なの!連れ戻されるのは嫌なの!!み、みんなと、もっと一緒にいたいよぉ!!どうしたらいいのかなんて分かんないよぉぉ!!!』


 それは初めて見せるルーファの心からの絶叫。今まで誰にも知られぬように蓋をしてきた。だって……ルーファは知っているから。カトレアとヴィルヘルムはルーファを愛しているのだと。愛ゆえにルーファを危険な外に出すことはないのだと。


 わんわん泣きだしたルーファをバーンは優しく撫でる。その顔はどこか困っているような嬉しいような複雑な顔をしていた。


 

 



「なるほどな。監禁されていたのは間違いなかったのか……」


 それが悪人ではなく竜王ヴィルヘルムによるものであったという訳だ。


『ぐすっ……か、監禁、じゃ、ないんだぞ。ヴィーはオレ、の、こと、を心配、して……』

「バーカ、ルウの意思を無視している時点でそれは監禁だぜ」


 バーンは呆れたように言い、ルーファにデコピンをくらわす。


 ことはバーンが思っているよりも深刻だったようだ。ルーファが今までフェンにすら話さなかった気持ちが良く分かる。相手は伝説の竜王ヴィルヘルムなのだから。


(竜王様の気持ちも分からくもないがな)


 バーンはチラリとルーファを見る。弱く無防備な神獣を。絶対強者たるヴィルヘルムからしたら、ルーファの弱さはある意味恐怖なのではないだろうか。それこそ、目を離した隙に死んでしまうのではないかと思う程。


「ルウ、さっきはああ言ったが、ゼクロスには話すなよ。あいつは母なる神獣様を信仰しているからな。本人にとっても知らない方がいいだろ」


「ミーナちゃんは?」


「ミーナは隠し事が苦手っすからね……」


 何故か遠い目をしつつアイザックが答える。過去になにかあったのだろうか。


「あ~ミーナにも秘密な」


 バーンも乾いた笑みを浮かべてルーファに念を押した。 


「それで……これからどうしやす?」


 真剣な声の割に、アイザックの顔は笑っていた。自由を愛する彼らにとって答えは最初から1つだ。


「決まってるだろ」


 バーンは席を立ち、棚に置いてある酒とグラスを掴む。その行動の意味を理解したアイザックは、湯飲みを1つテーブルの上に置く。酒の注がれた湯飲みを目の前に置かれ、ルーファは困惑気味な視線をバーンへと向けた。


「いいかルウ。オレ達は今から運命共同体だ」


 バーンはニヤリ、と笑いグラスをルウの湯飲みに打ち付ける。次いでアイザックもそれに倣う。


「共犯に……「乾杯!!」」



 グラスを掲げ一気に煽る2人。


「くぁ~。いい酒だな!」

「待遇いいっすよね!」


『あ、あの……』


 ルーファもようやく意味を理解し潤んだ目で2人を見上げる。


「ルウも飲め!こんないい酒中々飲めないぜ!!」

『ふ、2人とも、あ、ありがどう!!』


 ルーファは泣きながら、お酒をペロペロ舐める。生まれて初めて飲むお酒はとっても美味しかった。







「うぅ~」


 バーンは夢現(ゆめうつつ)に腕の中にいる温もりをまさぐる。甘くそれでいてどこか爽やかな……得も言われぬ(かぐわ)しい香りが鼻腔をくすぐり、バーンは大きく息を吸い込みその香りを堪能する。同時にバーンの手は目的の箇所へと辿り着く。

 

(……小さい)


 これは、これはいかん!モミモミして大きくしてあげなくてはならぬ!!これぞ男の責務と言っても過言ではないのだ!

 バーンは寝ぼけた思考で慎ましやかなそれに手を這わせる。



 もみもみ、もみもみもみ



「……ふわぁ」


 甘やかな声がバーンの耳朶を打ち、それに気を良くしたバーンはさらに……



 バターン!



「大変です~!ルウちゃんが何処にもいなぃ……」


 ミーナの切羽詰まった叫び声はどんどん小さくなり、代わりに部屋の中に殺気(まりょく)が充満する。

 

 バーンはそれに反応し、即座に跳ね起きた。


「どうしたっ!!」


 そして……我に返る。


 バーンのシャツを羽織っただけの半裸の美少女(ルウ)。上半身裸の自分(オレ)


 シャツは(めく)り挙げられており、その隙間からバーンの手が侵入を果たしている。そして……その手はどこからどう見てもルーファの胸を掴んでいた。

 慌てて手を放し、一気に蒼褪めるバーン。


「ま、待て!誤解だ!!」

「その状況のどこが誤解だというんですか!!!」


 ミーナは重力魔法・下級〈増減・己〉を発動し、振り下ろした棍の重力をマックスにする。


「キエエエエェェェェェェェェェェェェェェェ!!」


 まさに滅多打ち。固有魔法士に中級以下の属性魔法は効果がない……が、物理は別である。


「ちょ、やめて!マジやめて!!」

「問答無用ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!天誅ぅぅぅぅぅ!!」



 騒がしさに目を覚ましたルウはミーナによる折檻を目撃し、一言呟く。


「おぉ……!これがSMプレイというやつかっ!!」




 この日ルウは初めて朝まで人化することに成功した。だが、この事実にルウ達が気付くのはもう少し後のことである。








 

 その頃アイザックは要塞を出て街中を歩いていた。

 彼は昨晩の出来事に思いをはせる。酔っぱらったバーンと子狐(ルーファ)

 そのルーファが今日はバーンと一緒に寝ると言い出したのだ。まぁ、ここまではいい。実に微笑ましいではないか。寝ている間に潰しそうだから、と断るのも分かる。だが……この後がいただけない。


 ――だったら人化したらいんじゃね?


 ――おぉ!天才だなルウ!!


 アイザックは止めた。それはもう必死に。

 だが……酔っ払い相手に正論は通じない。

 シャツを脱ぎ上半身裸になったバーンと全裸のルウ。せめても……とルウにバーンのシャツを着せたのはアイザックである。

 ベッドに入り、即座に寝息を立て始めた2人。


 この後起こるであろう惨劇を予知した彼は要塞から逃走し、賭博場へと退避した。



 

 


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