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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
迷宮王国カサンドラ
23/106

デルクの飛竜部隊

 ルーファの正体が知られてから5日が経とうとしていた。その間、魔物やアンデッドに襲われる以外は特に大したことはなく旅は順調に進んでいる。ちなみに戦闘中は、ルーファは魔獣車の中で待機である。


『ねぇねぇ、トウゾック~』


 今日のルーファは子狐の姿をしている。皆に神獣だと知られてしまったことであるし、久々にこの姿でのんびりすることにしたのだ。というのは建前で、実際は羊の背中でどうしてもお昼寝がしたかったのである。


 声を掛けられた()()()()()は既に諦めの境地に達し、トウゾックの名を受け入れつつある。何度訂正してもすぐに元に戻るのだ。

 別にルーファはわざとやっているわけではない。単純に名前を覚えるのが苦手なだけである。


 余談だが、ヴィルヘルムの呼び名がヴィーなのも、ルーファが名前を覚えられなかったためだ。ヴィルヘルムが何とか自分の名前を呼んでもらおうと奮闘した結果が、ヴィーと言う呼び名だったりする。今ではルーファもヴィルヘルムの名前を覚えてはいるが、幼少からずっと呼んでいることもありヴィーで通している。     


「どうしやした?」

『街にはいつ着くの?』


 アイザックは羊の手綱を操りながら、羊毛に埋もれているルーファ……がいると思わしき場所に目を向ける。空を飛べることが判明したため、御者台に行く許可が出たのだ。ミーナとゼクロスが中から恨めし気にアイザックを見ている……ような気がする。


「心配しなくても今日中には着きやすよ」

『ホント!?』


「あまり楽しみにしない方がいいっすよ。この辺は荒野に近いので、あるのは軍事拠点だけっすからね。普通の街とは違いやすね」

『何が違うの?』


「男が多いっす」

『それだけ?』


「バカ!そこが一番重要だぜ!」


 なぜか急にバーンが会話に割り込んでくる。


 魔法という力があるこの世界に於いても戦闘に従事する者は男の方がはるかに多い。種族によっては男女差もそこまで重要な要素ではないにも関わらず……それは何故か。

 月のもので体調不良に陥る女性は多く、〈消臭〉の魔道具で血の匂いを誤魔化すものの魔物が引き寄せられることもあるからだ。例えそれを克服したとしても、出産と子育てでブランクが開き、そのまま引退する女性も多い。

 トイレなど衛生面の問題もあり、女性には倦厭されがちな職業だと言える。そしてそれは冒険者にも当てはまり、女の冒険者は全体の2割にも満たないのが現状だ。


「女がいないってことは、それだけで男には死活問題なんだよ!」

『どうして?』


「それはなっ……!」


 バーンが意気込んで説明しようとした矢先、魔獣車の扉が勢いよく開かれる。


「バーンさん今ルウちゃんに何を言おうとしていたんですか~?」


 口調は柔らかいが、ミーナの目はブリザードの如く冷たい。


「ぁあ、い、いや。別に……。そ、それより走っている魔獣車の扉を開けるな。危ないだろ」

「分かりました~。後でじっっっくりお話しましょうね~」


 そう言ってミーナが引っ込み、ゼクロスが代わりに風圧で閉まりにくい扉を閉める。その顔は地獄からの使者のようであった。




 しばらく魔獣車を走らすと、右手に続いていた森が疎らになり長大な壁が現れる。


『あれなぁに?』

「あれは荒野を隔てる防護壁っすね。今までは森に隠れてやしたが、フォルテカからずっと海まで続いてるんすよ」


『えっ!全然気づかなかったんだぞ!』

「まぁ、見えなかったから仕方ないっすよ」


 そう言って苦笑するアイザック。だが次の瞬間、鋭い目つきで上空を一瞥したかと思えば険しい表情で警告を発する。


「バーン!ルウは中へ!!」


 バーンは即座に剣を抜き放ち、すぐさま戦闘へ移れるよう重心を落とす。ルーファは御者台に取り付けてある小さな小窓から中へと避難すると人化し、せっせと着替え始める。素早さでは子狐形態の方が上なのだが、防御力は人化した方が高いためだ。


 アイザックは周囲に目を走らせ隠れられそうな場所を探すが、既に森は途切れており見つかりそうにない。仕方なく彼は街道を外れ、防護壁に添わせる様に魔獣車を走らせる。敵は空から来るのだ。直接攻撃されるのは避けねばならない。


 ミーナは窓を開け上半身を外へと乗り出し、射線を確保する。既に辺りには魔法陣が浮かび待機状態に入っている。魔法の維持は高等技術であり、これだけでもミーナの実力の高さがが窺える。ゼクロスは決して落ちることが無いようにミーナの足を掴み、ルーファはクッションを抱きしめぷるぷる震えていた。



 空に豆粒ほどの点が見えたかと思うと、一気にそれらが近づいてくる。全部で5体。

 


 ――飛竜だ。



 叡智ある魔物ではないが、それでも強大な魔物に分類される。先制しようとミーナが魔力を込めようとした矢先、アイザックが叫ぶ。


「鞍が見える!リーンハルト飛竜部隊っす!!」


 ミーナは慌てて魔法を解除する。

 セーフ!!放っていれば危うく反逆者になるところであった。

 アイザックは暫し逡巡した後、街道へと魔獣車を戻す。既に見つかっているようであるし、こそこそしていると逆に怪しまれるためである。この危険地帯を魔獣車で移動している事態でかなり怪しいのだが。




「何者だ!止まって魔獣車から降りろ!従わなければ攻撃を開始する!」


 空中に滞空する飛竜から誰何(すいか)の声が飛び、魔法陣が浮かぶ。

 不満顔でアイザックは馬車を止め、声に従う。自分たちはこんなにも善良だというのに!

 バーンも剣を納めアイザックの隣へと立った。


 その眼前へと飛竜3体が降り立ち、残り2体はこちらの逃亡を警戒して未だに上空に残っている。まるで犯罪者扱いだ。


「オレ達はAランク冒険者“赤き翼”、カサンドラに向かう途中だ!」


 そう叫び、バーンは冒険者カードを相手に向かって投げつける。


「悪いが識別水晶は持っていない。一緒にデルクまで来てもらおう」


 デルクとはバーン達が向かっている街――というより軍事拠点――の名である。


「はんっ!飛竜部隊が護衛とは豪勢だな!」


 バーンは嫌味気に笑い吐き捨てる。


「気を悪くしないで欲しい。この辺にいるのは犯罪者くらいなんだ。他に仲間がいるか?」


 茶髪の翼人族の男が苦笑しながら尋ねる。どうやらこの男が隊長のようだ。


「ゼクロス!」


 バーンの声に魔獣車からゼクロスとミーナが降り、一旦中を振り返る。怖がって降りようとしないルーファを宥め、ゼクロスに抱きかかえられながらバーンの元へと向かう。

 ゼクロスに目を止めた隊長が驚きに目を見張る。決して犯罪者顔だからではない。


「これはっ!光魔法士殿でしたか!無礼をお許しください!」


 神官服を認識した瞬間3名は敬礼し、続いて上空に待機していた飛竜も慌てて下りてくる。余りの態度の違いに、バーンが苦虫を噛み潰したかのような顔になったのも仕方のないことだろう。Aランクと言った時には何の反応もなかったというのに!

 


 光魔法士というのはそれだけ希少なのだ。特にそれが神域から最も遠く、光魔質の者がほとんど生まれることのないこのリーンハルトでは。


 詐欺が横行するのでないのかと懸念されがちだが、光魔法士を詐称すればそれだけで極刑は免れない。そのため、詐称する者はまず存在しないと言っても良い。ギルドカードを照会すればすぐに分かることなのだから。

 そして神官服を纏うことは光魔法士にのみ与えられた特権であるため、これを纏うということは光魔法士だと公言しているのと同じことなのだ。


「かまいませんよ。あなた方の職業柄仕方のないことです」

「そう言って頂けると幸いです!自分はこの飛竜部隊を率いるナギと申します。これから我々が先導したいのですが、よろしいでしょうか?」


「少し待っていただいてもよろしいですか?実は昼食がまだなのですよ。ルウも疲れているでしょうし」


 そう言ってゼクロスはルーファをそっと下ろす。


「その子供は――?」

「私たちの護衛対象ですよ。カサンドラまで一緒に行く予定です」


 ルーファはぺこりと頭を下げるが、その視線は飛竜へと向いている。


(小さいんだぞ)


 竜=ヴィルヘルムのルーファは飛竜を見てそう思う。

 ただ……なぜか一体だけ気になる個体がいる。スラっとした他の飛竜に比べ、やけにポチャッとした個体だ。お腹がポッコリと出ている。メタボだろうか。


「隊長さん、あの子に触っていい?」


 そう言って飛竜を指さすルーファの様子に苦笑を漏らしつつも、さすがに許可できずナギは首を横に振った。


「ルウちゃんご飯にしますよ~」


 ミーナに手を引かれながらも、ルーファの目はポチャッとした飛竜を追いかけている。その目はいつもの天真爛漫な様子とは違い、どこか神秘的な光を宿していた。



 飛竜部隊のメンバーもこれから食事だということで、ミーナが魔道具で湯を沸かし、各々好きな味なドライフーズを選びスープにして食べている。


「ミーナちゃん、もう一個もらっていい?」


 ルーファはミーナに頼んでスープのお代わりをもらう。そして……こっそりと件の飛竜に近づきスープを差し出す。飛竜は嬉し気にスープを飲む……といってもひと嘗めであるが。 


「このガキっ!何してやがる!!」


 その言葉と同時にルーファの顔面に衝撃が走る。殴り飛ばされたのだ。

 これに黙っていないのはバーン達だ。すぐさま剣を抜き臨戦態勢に入る。特にゼクロスとミーナの怒り具合は凄まじい。


「おい!何やってる!」


 慌ててナギが仲裁に入り、ルウを殴った男を問いただす。


「このガキが飛竜に勝手に触ったんでさぁ!」


 その破落戸者のような言葉遣いはエリートたる飛竜部隊に相応しくはない。案の定ナギの額に青筋が浮かぶ。


「マッチ!何だその言葉遣いは!」


 ナギはその男――マッチ――を殴り飛ばし、バーン達に向き直り頭を下げる。


「申し訳ありません。ただ、この飛竜たちは〈魔物調教〉の魔道具を付けていないのです。近づくのは非常に危険です」


 使役されている魔物は通常〈魔物調教〉の魔道具を付けている。魔物は本能に人種への憎しみが刻み込まれているため、この魔道具なしで魔物を従えることはできない。


 では何故この飛竜たちは付けていないのか。それは、この飛竜達はドラグニルから譲られたものだから。竜種にリーンハルトの者に()()するように命じられているためだ。

 あくまでも協力であり、従うのではない。つまり飛竜達は自分の使役する者を自分で選び、理不尽なことをしようものならば誰であろうと牙を剥くのだ。


 そして、ドラグニルが飛竜を融通しているのはリーンハルトのみ。ドラグニルがリーンハルト()()にやけに甘いのは有名な話だ。一説によれば、英雄王ガッシュが竜王ヴィルヘルムに認められて王位に就いたからだと言われているが定かではない。



「ドラグニルの飛竜でしたか」


 納得した様子のゼクロスにバーンは問いただす。

 ゼクロスの説明に一応は納得するもミーナは内心不満たらたらである。が、それよりも今はルーファのことだと思い直す。飛竜の側でぐったりとしているルーファに駆け寄ろうとするが……。


「ガアアアァァァァァ!!!」


 突如飛竜が翼を広げ威嚇し始める。ぽっちゃりした飛竜だけではない。全ての飛竜が威嚇音をあげ、ルーファを殴った男を睨みつけている。


「おいっ!どうしたんだ!?」


 その尋常でない様子に焦るナギ。


 だが、バーン達はもっと焦っていた。彼らはなぜ飛竜達がここまで怒りを露わにしているのか容易に想像がついたのだ。神獣(ルーファ)の存在。それしかあるまい。いや……と彼らは思い直す。まさかとは思うが竜王様の養い子だと気づいたのでは……。一気に蒼褪めるバーン達。


「……ん」


 ぐったりと横たわっていたルーファの目が開かれる。フードが外れ、その容貌が露わになる。何故かその美しい顔に殴られた痕跡は欠片も見当たらない。

 普段見慣れているはずのバーン達でさえ息を飲み、ルーファを見つめる。表情がころころ変わる子供らしいルーファの姿は欠片もなく、あるのは神秘的な……触れることも憚られる何か。


 ルーファは只じっとバーンを、ナギたちを静謐に満ちた眼差しで見つめている。


 ゼクロスは躊躇わずその場に跪いた。それがこの場に最も相応しいと感じた故に。

 呆然と状況を見守る周囲の様子を気にする素振りもなく、神秘的な雰囲気を漂わせたルーファが静かに口を開く。

 

「どうしてこの子を傷つけるの?この子は他の子とは違うのに」

「そ、それはどういう意味でしょうか?」


 ナギが唾を飲み込みながら震える声で尋ねる。


「この子はまだ子供なの。このままでは……近い未来にこの子は死んでしまうだろう」


 託宣を告げる巫女のように厳かにルーファは告げる。ルーファの言葉の意味を理解したのは竜に馴染み深いドラグニルからやって来たゼクロス。


「もしや、その飛竜は……風竜の幼体ですか?」

「バカなっ!?そんな話は聞いてないぞ!!」


 ナギたちの驚愕を他所にルーファは頷き謳うように続ける。


「この子は風の子。風を司りし竜の一角。幼きこの子を傷つければ風の一族の怒りを買うだろう。ナギ、あなたはこの子を傷つけるか?それとも、この子を健やかに育てられるか?」


「私が責任を持って健やかに育ててみせます!!」


 間髪入れずにナギは答えた。


 それは誓約。神獣との約定だ。


「あなたの言葉を信じよう」


 神秘的に輝く藤色の目が閉じられ、ルーファはそのまま崩れ落ちる。咄嗟に風竜の子がルーファを支え、そっとそのまま横たえる。竜たちは一歩下がり、頭をルーファへと垂れ下げる。まるで姫に仕えし騎士のように。



 結局、次にルーファが目覚めるまで誰もその場を動くものはなく。ただ静かに全員がルーファを見守り続けた。

  



 

時空眼発動!

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