燃え上がるファン魂
――神獣に手を出す者は竜王の怒りに触れるだろう
それが世界の共通認識であるにも拘らず、様々な人種が喉から手が出るほど欲する存在、それが神獣だ。
さすがに竜王ヴィルヘルムを敵に回す剛の者がいるとは思いたくはないが、喉元過ぎれば何とやら、世の中に愚者は腐るほどいるのである。
そんな神獣であるルーファを守るべく、“赤き翼”のメンバーは頭を悩ます。その様子を見守っていたルーファだったが、このままでは埒が明かない、と切り出す。
『みんなにお願いがあるんだぞ。オレが神獣だってことは秘密にして欲しいんだぞ』
ルーファは考えたのだ。家出したという事実と、神獣だということさえバレなければヴィルヘルムの目を誤魔化せるのではなかろうか、と。肉球に汗握り、ルーファはみんなの様子を覗う。
「もともと誰にも話すつもりはないぜ」
バーンは苦笑しながら答える。彼らが悩んでいるのはもっと別のこと。
一番の悩みはルーファの危なっかしい性格である。不用意に力を使い、いつ神獣だと知れてもおかしくはない。それにルーファの幼いながらも絶世の美貌といって過言ではないその容姿だ。例え神獣だと知られなくとも、危険はそこかしこに転がっていることだろう。
そんな彼らの悩みなど露知らず、他に何か問題でもあるのであろうか、とルーファは首をかしげる。知らぬは本人ばかりだ。
そんな時、アイザックがスッと手を上げる。
「ちょっと質問が……ルウは本当に人族に捕らえられていたんっすか?」
ルーファは囚われていたにしては、そういった人達が発する影がないのである。アイザックは前から疑問に思っていたのだ。
「フェンさんが助け出したんですよね~?」
全員の視線がルーファへと突き刺さり、後ろめたさにルーファは瞬時に身を翻す!
「……嘘なんだな?」
首根っこをバーンに掴まれ、ぷらぷら揺れているルーファは観念して本当のことを話した。
……全員の視線が物理的圧力を持っているかのようにルーファに圧し掛かる。
『ご、ごめんなさい。こうでもしないと誤魔化せないってフェンに言われて……』
ルーファの言葉に一応の納得を見せる3名。そう……バーンを除いて。
額に青筋を浮かべながらバーンはさらに問いただす。
「おい、九頭竜の話はどうなんだよ?フェンさんは関係ないだろ?」
『あ、あれはちょっとノリで……』
「あ゛あ゛ん?」
『ごめんなしゃい』
ルーファは可愛らしく上目遣いでバーンを見つめてみる。この際に目を潤ませ、ぷるぷる身体を震わすのがミソである。実にあざとい子狐だ。
「もう!可哀そうじゃないですか~!こんなに震えて……」
バーンの手からルーファを奪いそっと撫でるミーナ。バーンに効果はなかったようだが、流れ矢にミーナが当たった模様である。結果オーライだ。
「仕方なかったとはいえ、嘘を吐くのは感心しませんよ」
だがいつもは甘いゼクロスも、この時ばかりはルーファを叱る。ルーファもゼクロスに怒られたのは堪えたようで、その目から大粒の涙が零れ落ちた。
『ご、ごめんなさ、い!き、嫌いにならないで欲しいんだぞ……ぐすっ』
「私がルウを嫌いになることなど……あり得ませんよ」
そう言ってゼクロスは優しくルーファを撫でる。
ルーファのゼクロスと自分との態度の違いに釈然としないものを感じながらも、さすがにバーンも矛を収めた。
「ルウはカサンドラに神域を作るつもりですか?」
『Sランクになったら、リーンハルトに作る予定なんだぞ!そしたら毎日英雄王ガッシュのお膝の上に乗ってナデナデしてもらうんだぞ!寝る時はガッシュのお布団に忍び込んで……どうした寂しいのか?一緒に寝よう……なーんてね!なーんてね!!』
恥ずかしがって転がり回るルーファ。
「私も!私も一緒に!!」
『じゃあミーナちゃんは右側ね。オレは左側で寝るんだぞ!』
なぜかミーナも立候補し、盛り上がる二人(匹)。
男衆は思う。神獣は兎も角、ミーナは忍び込んだ時点で捕縛され、ガッシュの布団の中どころか地下牢で一夜を明かすのではないだろうか、と。怖いので言わないが。
「ミーナ、ひと言言っておくがオレ達の内の誰かがSランクになった時に謁見するのは竜王様だ。英雄王じゃない」
ピシリ、とバーンの言葉にミーナが固まる。
Sランクになる際には、冒険者ギルドの他に5か国以上の国の承認が必要である。そして公式に承認したことを広く知らしめるため、国王と謁見する必要があるのだ。謁見する国は承認した国の中から希望することが可能で、この際にパーティーメンバーも招待されるのである。
「パーティー名を付けた時、譲ったじゃないですか~。今度は私の番ですよ~」
「あれはお前がじゃんけんに負けただけだろ!」
睨み合う2人。パーティーを作る時、その名前でバーンとミーナは盛大に揉めたのだ。ヴィルヘルムを表す“赤き翼”とガッシュを表す“黒き狼”で。結局バーンがじゃんけんに勝ち、“赤き翼”に決定したという訳だ。
ミーナはガッシュを、バーンはヴィルヘルムを崇拝しているのだ。ちなみに、ゼクロスはカトレアを崇拝し、アイザックは特にない。
『バーン君はヴィーが好きなの?』
ルーファの言葉に勢いよく振り向くバーン。
そう、そうであった。ルーファはもしかしたら竜王様の子供かもしれないのだ!希望を胸にバーンはルーファに問いかける。
「ルウは竜王様の御子なのか!?」
『えっ?違うけど?』
あっさり否定され崩れ落ちるバーン。
『オレの父様は勇者マサキなんだぞ!』
「嘘つけ!5千年以上前の人だろ!!」
『ホントだもん!ホントに勇者マサキだもん!ヴィーもそう言ってたんだから!』
ルーファの言葉に目を見合わすバーン達。
まさか……本当に……。
代表してゼクロスがルーファに尋ねる。
「ルウは、その、年齢は幾つなんですか?」
『オレは234歳なんだぞ!もうすぐ235歳になるけど。母様のお腹の中に5000年近くいたって聞いてるんだぞ』
まさかの最年長であった。決して見えないが。
「マジかよ!?……だが竜王様とは、その、知り合いなのか?」
チラチラとルーファの様子を窺いながらバーンが問う。その姿はまるで恋する乙女のようだ。
『ヴィーはオレの家族なんだぞ!オレはヴィーが大好きなんだぞ!』
ルーファの言葉に思わずガッツポーズをするバーン。だが……ふと我に返る。今まで自分がルーファにしてきた所業を。ほっぺを抓るのは日常茶飯事。頭を拳で挟みグリグリしたこともある。そして先程は首根っこを掴みプラプラ揺らしていたのである。
バーンは1つ咳払いをし、ルーファに優しく語りかける。
「ルウ、汚れがついてるぞ」
キラリと歯を見せ、爽やかに微笑むバーン。その手は優しくルーファを撫でている。
「チッ……わざとらしいですね~」
ミーナは蔑みの目をバーンに向け、再び空中で火花を散らす2人。
『オレがSランクになったら紹介してあげるんだぞ』
……永遠に来なさそうである。
その言葉にバーンはがっくりと項垂れ、ミーナは勝ち誇ったかのように笑った。
2人の掛け合いを横目で見ながら、何かを考えている素振りを見せていたアイザックが口を開く。
「ルウの持っている矢はもしかして竜王様のものっすか?」
『そうだぞ~。ヴィーの鱗から作ってるんだぞ。弓の弦はヴィーの鬣なんだぞ!』
バーンが目の色を変えてルーファに詰め寄る。
「もう一度見せてくれ!!!」
ルーファは素直に亜空間より弓矢を取り出す。
「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
バーンは興奮に身を震わせ、感動のためかその目には涙が浮かんでいる。熱に浮かされた重病人のようにフラフラと弓矢に近づき、その手を伸ばす。
『ダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』
咄嗟にルーファは人化してその間に身を滑り込ませ、バーンを弓矢から守ろうとする。
全員の目がルーファの身体へと注がれる。その膨らみ始めた果実へと――。
「全員後ろを向いてくださいっ!!」
ミーナはルーファを抱きしめその身体を隠し、ゼクロスはガン見している二人に裏拳を叩き込み、強制的にシャットダウンさせる。
「ルウちゃん女の子が男性の前で裸を見せたらダメですよ!」
「オレは男の子なんだぞ。ちゃんとおち〇ぽついてるんだぞ!」
「え?あれ、ホントだ。でも……あれ?」
混乱するミーナにゼクロスが後ろ越しに手招きし、近づいたミーナにそっと耳打ちする。
「稀に男女両方の特徴を持つ者が生まれると聞いたことがあります。ルウは両性具有なのではないでしょうか?こういった性の問題は繊細な問題でもありますので、ルウが傷つかないよう男の子扱いをした方がいいかと思います」
「な、なるほど分かりました~」
ミーナはルーファに向き直り服を着せながら話しかける。
「いいですか~?人前で脱いではいけませんよ。マナーですからね~」
「でも……バーン君はよく上半身裸になってるんだぞ」
ミーナは射殺しそうな目でバーンをひと睨みした後、笑顔で諭す。
「アレは変態という人種なんですよ~。ルウちゃんは決して真似をしてはいけませんよ~」
地面に倒れ伏すバーンの身体が一瞬ビクッと震えたような気がした。
「悪かった」
そう言って頭を下げるバーンに、ルーファは気にしていないと笑う。
それにしても……と。全員の目が再びルーファへと集まる。白銀色の流れるような長い髪に左側のひと房だけがメッシュを入れたように黒い絶世の美少女を。
なぜ今までルーファを男の子だと思っていたのかが不思議なほどだ。何も変わってはいないはずなのだが……依頼の難易度が急激に上がったような気がして男衆はため息を吐く。
反転、ミーナのテンションは異様なほど高い。それもそのはず、今まで女はミーナ1人だったのだから。やはり同性がいるというだけで安心するものなのだ。それが自分と同じガッシュファンともなれば、その想いも一入だろう。
「……今日はもう休みやすか」
いやに冷静なアイザックの声が響き、それが終了の合図となった。
 




