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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
迷宮王国カサンドラ
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同好の士



 ぱちりっ、と火が爆ぜる音が聞こえる。魔物の咆哮が深い闇を切り裂くように響き渡り、多くのアンデッドが生者を求め彷徨い歩いている。

 そんな危険地帯で4人の男女が焚火を囲んでいた。もう夜も深まった時刻だというのに、それを気にする様子もない。よくみれば小さな子狐が大柄な男の膝の上にちょこんと座っている。


 バーンは姿勢を改め、真面目な表情でルーファに尋ねる。


「それで確認なんだが、ですが……ルウは神獣様なんですよね?」

『そうだぞ~。でも……今まで通りに喋って欲しいんだぞ』


 言葉遣いを改めるバーンにルーファは寂し気にお願いする。


「分かりました……いや、分かったぜ。今まで通りでいいんだな?」

『うん!』


 嬉しそうに尻尾を振るルーファの姿にハァハァ言いながらミーナが悶えている。


「ちょっとミーナが気持ち悪いっす」


 アイザックの言葉に、全員が敢えて目を背けていたミーナを見やる。

 その目は血走っており、鼻は興奮のあまり膨らんでいる。息を荒げルーファを見つめるその姿は、最早変質者にしか見えない。


「か、可愛いすぎます~」


 先程怖がらないと宣言した手前、頑張って平静を保っていたルーファであったが、そろそろそれも限界である。縋るような眼差しをゼクロスへと向けるルーファ。


「無理をしなくていいですよ。アレは私の目から見ても怖いですからね」


 言葉と同時にゼクロスはルーファを抱き上げミーナの視線から隠す。


「ミーナ、いい加減にしろ。話が進まないだろうが」

「分かりましたよ~。ちょっと、ちょっと触りたかっただけなんですよ~」


 哀愁を漂わすミーナがさすがに可哀そうに思え、ルーファはゼクロスの腕を飛び出し、ぴょんっとミーナの膝の上に飛び乗る。


「も~う、ルウちゃんは何ていい子なんでしょうか!皆さんとは違いますね~」


 思う存分ルーファを撫でまわし、ミーナは満面の笑みを浮かべた。




「それで、何で神獣であるルウがカサンドラに向かっているんだ?」

『ふっふっふ!オレはカサンドラで鍛えてSランク冒険者になるんだぞ!それでそれで、英雄王ガッシュに謁見するんだぞっ!!』


 ルーファが興奮して夢を語り、バーンが呆れた眼差しを向ける……が、ルーファを上回る程興奮した声がその場に響き渡る。


「ルウちゃんもなんですね!私もそうなんですよ~!!Sランクになってガッシュ様にお会いするのが夢なんです!!」

『えっ!ミーナちゃんも!?』


 二人は見つめあい、がっちりと手(前足)を握り合う。

 ルーファは亜空間から「英雄王ガッシュ」を取り出しミーナに見せる。


「その本!私も持ってますよ!」


 ミーナも鞄から同じ本を取り出す。初めての同好の士にルーファは大興奮であった。

 



「いや待て!突っ込むところはそこじゃないだろ!?今どこから出したんだ?」

『え?〈亜空間〉だけど?光魔法士は他の魔法使えないって聞いたから、誤魔化してたんだぞ』


 バーンの突っ込みに普通に答えるルーファ。


「他にどんな魔法が使えるのですか?」

『結界だぞ』


「……神獣様の魔法は使えないんですね?」

『世界魔法のこと?オレには使えないんだぞ……』


 ゼクロスの言葉にルーファはしょんぼりと頷く。


「世界魔法というのが神獣様の魔法なんですね~?ルウちゃんあまり、手の内は人に言ってはダメですよ~」


 ルーファはフェンにも以前同じような忠告を受けたことを思い出し反省する。ちなみに、世界魔法は一般的にその名は知られておらず、漠然と神獣様の魔法と呼ばれている。


『分かったんだぞ。ミーナちゃんありがとう』




 薄々分かってはいたが、やはりルーファは戦う力が無いようである。

 これは非常に不味いことだ。人種(ひとしゅ)を遥かに凌駕する力を持つ神獣……それが知られているにも関わらず、神獣を狙い神域に忍び込んだ者は多い。それ程神獣の力とは希少なのだ。





 1つ昔話をしよう。


 かつて中部諸国にクマラとという大国が存在した。ベリアノス大帝国が台頭し始めた新世暦4600年頃の話である。アグィネス教を国教とする中では当時最大の国であった。


 ある時、ベリアノスの勢力拡大に脅威を感じたクマラはバッカス火山王国に攻め入った。だが、クマラとバッカスは国境を接していたわけではない。バッカスは原魔の森とドラグニルに挟まれる形で存在しており、他の国とは一切国境を接していないのだ。にも拘らず、クマラは原魔の森を侵攻することによりドラグニルの目を欺き、わざわざバッカスに攻め入ったのだ。



 ……何故か。



 それは、神獣サラシアレータの存在。

 その時のサラシアレータは生じてからまだ50年に満たない若さであった。カトレアの神域から旅をし、バッカスへと腰を落ち着けたのだ。

 神獣は長じれば長じるほど力を増す存在。クマラは年若い神獣を捕獲する絶好の機会だと捉えたのだ。ベリアノスの存在がその考えを助長した形だ。


 こうしてクマラの大侵攻が開始した。


 バッカスがこれに気付いたのはクマラに攻め入られる寸前であった。原魔の森に入っていた冒険者からの報告で初めて知ったのである。それ程あり得ない事だったのだ。

 地人族(ドワーフ)達は、クマラの降伏勧告には応じず戦う道を選んだ。その条件がサラシアレータの身柄の引き渡しであったために。


 圧倒的な戦力差。勝利は絶望的だ。


 だが、神獣を信仰する彼らにとってサラシアレータを売り渡すなどあってはならぬこと。戦士たち……否、バッカスの民全てが武器を取った。女も老人も子供でさえも関係なく。


 そうして迎えた決戦は意外な結末を迎える。



 ――全滅。


 クマラの軍は一瞬で消滅した。

 

 その時バッカスは籠城を選び門扉を固く閉じていた。ドラグニルへと連絡を入れ、援軍を待つ道を選んだのだ。最早それしか生き残る道はない、と信じて。

 対するクマラは短期決戦を選んだ。転移の使えない原魔の森を出るや否や、長距離転移魔法で本国よりさらに兵を呼び寄せた。


 クマラの兵が黒き津波の如く王都ランドアースへ押し寄せる。

 だが、その津波は城壁へ届くことはなかった。



 突如……上空を影が覆う。


 紅き竜が陽光に鱗を煌めかせながら眼下を睥睨している。その全てを見通すかの如く神秘的な金色の眼は、何の感情も宿してはいない。

 

 そして……魔法が発動する。いや、それは本当に魔法なのか……。



 ――消え失せたのだ。全てが。

   何の音も、何の兆候もなく忽然と――。



 地人族の兵が瞬きをした次の瞬間、()()には何もなかった。

 いや、その言葉は的確ではない。いつもと変わらぬ風景がそこにはあった。踏み荒らされた大地だけがクマラ軍の存在を証明しているかのようだ。

 バッカスの人々はただ茫然と佇んだ。


 ――竜王ヴィルヘルムがその場を立ち去るその瞬間まで。



 そして彼らは知った。消えたのが兵だけではないことを。その日、地図から永遠にクマラという国が消え失せた。誰一人生き残った者はいない。




 竜王ヴィルヘルム――それは伝説の存在。御伽噺の中の竜。


 ヴィルヘルムがドラグニルを去り、カトレアの神域へと引き籠ってから1500年近くが経過していた。そう、世界の人々は彼の存在を架空のものとして認識していたのである。


 世界は震撼する――竜王が本当に存在することに。

 世界は震撼する――御伽噺が史実であることに。

 

 

 この日、歴史に再び竜王ヴィルヘルムの名が刻まれた。

 彼の大いなる(いかり)とともに。

 





 この日以降、神獣を狙って暗躍する組織は鳴りを潜めることとなった。

 だが愚かなるかな。欲深き人の心は留まることを知らず、今も尚、虎視眈々と神獣を狙っている者は一定数存在する。

 



 



 


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