家出
アルサレム大陸をラスティノーゼ大陸へと変更しました。
アンセルム王国と似てたので……似た名前ってどうしてもこんがらがっちゃいますよね!
この世界には点在する様々な島を除き、主要な大陸は1つしかない。〈ラスティノーゼ大陸〉、それが世界唯一の大陸の名である。日本列島の本州を太くした様な形のその大陸には、大小様々な国と多様な種が存在する。
代表的な種として人種が挙げられる。
人種とは魔物・神獣を除く人型の種族の総称である。人種の中で最も数が多いのが人族だ。彼らは実に総人口の6割を誇り、大陸全土に散らばっている。
残りの3割が獣人族、最後の1割が森人族・地人族・巨人族・竜人族といった少数種族だ。その中で最も数が少ないのは竜人族となる。
遥か昔には蟲人族、魚人族、小人族等他の種族も存在したが、彼らは今より5194年前に起きた“大災厄”で絶滅した。
人種の生息地域は北から西へ伸びた大陸の下半分。これは大陸面積の5分の3に及び、残りの上半分は原魔の森と呼ばれる数多の魔物が跋扈する魔の領域となる。
この森は人種の負の感情を集める性質があり、魔物の起源は迷宮かこの森かのどちらかだと言われている。
これまで幾度となく人種は原魔の森に挑み、散っていった。いつしか彼らは原魔の森への進出を諦め、今ある土地をめぐり争うようになった。そうして出来たのが現在の国家群である。
――その中でもひと際目を引く国が四つ。
竜王国ドラグニル――最も古く、最も強大な国である。竜王ヴィルヘルム・セイ・ドラグニルが建国し、人種最強と謳われる竜人族と、叡智ある魔物である竜種が多数所属する軍事国家。
神聖皇国ナスタージア――人族至上主義を掲げるアグィネス教の宗主国。国の規模は小規模ながら、中部諸国を中心に多くの国で信仰されている宗教国家。
ベリアノス大帝国――かつて大陸の半分近くを占領し、アグィネス教を国教とする大国である。当時の雛勢こそないものの、今もなお広大な国土を有する野心溢れる大国の一角。
獣王国リーンハルト――かつてベリアノス大帝国の支配領域であったが、英雄王ガッシュ率いる反乱軍のにより独立。現在では大陸有数の大国である。
この4国が大陸で最も力ある国家となる。そして、これらの国家以外にも世界の大多数がその名を知っている有名な国々がある。
神域保有国――神獣が住まう国――である。
◇◇◇◇◇◇
さて、神獣が住まう国の一つに、ラスティノーゼ大陸最北端にある巨人族の国ギガント王国がある。
“大災厄”の際に人種が最後に集結した最北の町ノースティアを有する国だ。現在では、始まりの地ノースティアと呼ばれ、ギガント王国の王都となっている。最北の凍てつく厳しい環境でありながら、神聖なる地として巡礼者や観光客が途絶えることはない。
その更に北に峻厳なる氷冷山脈が連なる。そこは絶対零度の雪と氷の世界。命あるものを拒絶し静寂が支配するその地に、母なる神獣カトレアの神域がある。
神樹を中心に神聖魔法〈神域〉が周囲を覆い、それに重なるように世界魔法〈氷嵐ノ世界〉が展開されている。カトレアの力が満ちるこの場所には、彼女が認めた者以外何人たりとも踏み入ることは叶わない。
もし許可なくに侵入したならば……永劫の沈黙を得るだろう。
「ルーファ、ルーファスセレミィ!」
白銀色の長い髪をひと房かんざしでまとめ、薄い藤色の目をした妖艶なる美女が声をあげる。
純白の和服に似た服を身に纏い、その胸元から覗く谷間は深く、見る者を魅了する。だがその美しき顔は、現在不安気に曇っている。髪と同色の狐耳は伏せられ、ふさふさの美しい九つの尻尾は力なく垂れ下がっている。
彼女こそ、この神域の主――カトレア――である。
「あの子はどこへ行ってしまったのかえ……」
彼女が探しているのは、自らが腹を痛めて生んだ可愛い我が子、ルーファスセレミィである。
いつもであれば、おやつの時間になると喜び勇んで飛んで帰ってくるはずだが、今日は帰って来なかった。最初は遊びに夢中になっているのだろうと軽く考えていたのだが、いつまでたっても姿が見えない。
もう宵闇があたりを支配しているというのに……。
カトレアはこみ上げてくる不安を押し殺し、神域内を探し彷徨う。
彼女がこれ程不安になるのには理由がある。神獣は必ず2つの魔法を持って生まれる。
1つは神聖魔法、もう1つが世界魔法である。癒しの魔法である神聖魔法は攻撃に特化しているとは言えないが、世界魔法は最強と謳われる魔法の一角。
しかし、ルーファは世界魔法を持って生まれなかった。それどころか、ルーファは一切の攻撃能力を持っていないのだ。身体も小さく弱い。人族の子供ですら簡単に殺せてしまうほどに。
だが、ルーファが無能かと言えばそうではない。ルーファには別の力が宿っていたのだから。
その力はカトレアでさえも見通すことが叶わぬほど絶大なる力。ただし、その身に宿る膨大過ぎる魔力から未熟な身体を守るためか、ルーファは魔力を上手く引き出せないでいる。
故に、カトレアはルーファが成長するまでは神域から出す気は無く、好奇心旺盛な我が子を宥めすかし神域内に押しとどめているのだ。
神域内にいる限り、害為す者は入って来られぬのだから。だが、もし外に出たのだとしたら……カトレアの心を恐怖が襲う。
『カトレア様!大変でございます!』
一頭の黄金色に輝く巨大な虎が、空を翔けてカトレアの元へと舞い降りる。神獣の眷属たる聖獣ティガロである。
『これをご覧ください!』
そう言って、ティガロは咥えていた一枚の紙を差し出す。
そこには、ミミズがのたくったような字でこう書いてあった。
『かあさまへ
オレは たびに でるんだぞ
いちにんまえに なるまで もどらないんだぞ
ルーファスセレミィ』
「あああああぁぁぁぁっ!!」
手で顔を覆い泣き崩れるカトレアを尻尾で支えながら、聖獣は言葉を紡ぐ。
『カトレア様、竜王様にっ、竜王様にご連絡をっ!』
カトレアは震える指で耳環に触れ、力を流す。
それは通信の魔道具だ。リリリン、と涼やかな音色が響き、次いで低い男の声が空気を震わす。
【どうしたカトレア?そなたが我に連絡など珍しい。何用だ】
泣きじゃくり言葉にならないカトレアに代わり、聖獣がその問いに答える。
『ルーファスセレミィ様が家出なさいましたっ!』