赤き翼
冒険者ギルド、それは各国にあるギルドの1つである。
この世界には様々なギルドがある。国によって多少異なりはするものの概ね同じだと言ってもよいだろう。その代表的なものが冒険者ギルド、商業ギルド、就労ギルド、魔法ギルド、職人ギルド、医療ギルドだ。この内、冒険者ギルドと商業ギルド以外は国営となっているため、自国内のみ有効となる。これは、技術者の流出を防ぐための措置である。
冒険者ギルドと商業ギルドの本拠地は、最も歴史が古く、多種族国家でもある竜王国ドラグニルにある。これはある意味当然といえよう。この2つのギルドは強さ・商売に重きを置く性質を持つため種族差別を良しとしないからだ。
各ギルド共、登録できるのは15歳から。ただし仮登録は13歳からでき、その間は見習い扱いとなる。大半の国では5歳の時に行われるステータス確認の儀式で神殿に戸籍を登録し、仮市民証を得る。13歳で仮ギルド証、15歳でギルド証を得、最終的にこのギルド証――ギルドカードと呼ばれる――が市民証の代わりとなるのだ。
税金は各ギルドに納め、各ギルドが国へ納める。真っ当な市民は必ずどこかのギルドに所属しており、ギルドカードを持っていない者は犯罪者もしくはその被害者、他国からの難民くらいだろう。
貴族や国に直接仕えている者は国が身分証明カードを発行している。
ギルドカードの登録には体液をカードに垂らし、魔力を登録する必要がある。このため、登録した本人にしか使用できず、仮に他者が使用すれば警報が鳴る仕組みとなっている。他にも、犯罪歴、奴隷、従魔の有無といった情報も登録されている。
仮市民証を持っていれば初期登録は無料ででき、ギルドカードと交換という形になる。なければ、銀貨3枚(3万ドラ)必要である。ギルドカードを持っていれば、同国内であれば街への行き来は無料となる。国際機関である冒険者・商業ギルドのカードであれば他国の街でも問題なく利用できる。ただし出入国の際には多少の税金が必要ではあるが。
ギルドカードは各ギルドによって色が異なっている。冒険者ギルドのカードは全てブロンズ色であり、見習いのGランクであろうと最高位のSランクであろうと変わりはない。これは低ランク冒険者を狙った犯罪を防ぐための措置でもある。
次に冒険者について述べよう。
冒険者の仕事内容は、街中の雑用、植物・鉱物・魔物など素材の採取、魔物の討伐、護衛等多岐にわたる。各人の実力でランク分けされており、そのランクに見合った仕事を受注できる。冒険者ランクは下からG,F,E,D,C,B,A,Sの8つに分かれている。
G……見習い(13歳~15歳)仮ギルド員。街中での雑用が主。ギルド主催の講習に無料で参加できる。
F……初心者(15歳以上)採取系等の戦闘を主としない依頼。ギルド主催の講習に無料で参加できる。
E……下級者。魔獣討伐の依頼を受注可能になる。
D……中級者。山賊討伐などの対人の依頼を受注可能になる。ただし護衛は除く。
C……上級者。ベテラン。全ての種類の依頼が受注可能。大半の者はここでランクが止まる。
B……一流。Bランクから人数が激減する。経験・修練では辿り着けない領域。
A……超一流。選ばれし一握りの人種のみが到達できる。このランクに至れるのは上位格魔法保持者のみだと言われている。
S……英雄。Aランク冒険者が偉業を成し遂げた時に贈られる。現在は3名しかいない。
また、個人ランクの他にパーティランクが存在する。Gランクはそもそも街中での雑用なのでパーティは必要ない。そのためパーティランクにGはなく、F~Aまでとなっている。Sランクパーティが存在しないのは高ランク冒険者になるにつれ人数が少なくなるためだ。同パーティ内にAランク冒険者が複数いることはほぼ有り得ぬのだから。
パーティの人数は5人が上限となる。これ以上の人数になると、魔物に発見され奇襲を受けやすく、生存率が極端に下がるためである。冒険者はパーティを組むのが基本であり、個人で活躍する者は滅多にいない。そのため、依頼に記入されている推奨ランクはパーティのランクである。個人で受けるのであれば、そのランクの1つ下が推奨ランクとなる。
依頼は推奨ランクと同じかその2つ下までしか受注することはできない。また、下の依頼ばかりを受ければそれ以上ランクが上がることはない。GランクからFランクへの昇進以外では昇進毎に必ず試験がある。
ルーファはアイリスの説明をふむふむと頷きながら聞いている。本当に理解しているのかは疑問である。
今朝アイリスからAランクパーティ“赤き翼” と連絡がついたと知らせがあり、早速彼女の元を訪れたのだ。フェンはルーファの横で目を閉じて座っている。狼耳がぴくぴく反応していることから眠っているのではないことが伺える。
“紅き翼“とはこれから行動を共にする予定であるため、フードは既に被っておらず、二人とも素顔を晒している。
アイリスは懐から1枚のカードを取り出す。
「これがルウのギルドカードだ。確認してくれ。まさかルウが15歳だとは……碌な食べ物も与えられなかったのだな。なんと不憫な……ずびっ」
その言葉にフェンの尻尾が一瞬ビクッと揺れるが、顔は無表情を貫いている。
「わぁ!ありがとう!!」
礼を言うルーファに動揺は欠片も見当たらない。平常運転である。ある意味フェンよりも大物だと言えよう。
コンコン
「入れ」
アイリスが許可を出すと、開かれた扉からは冒険者と思しき4人が入室する。
「失礼するぜ」
そう言って、先頭の男が断りを入れる。“赤き翼”のリーダー、バーンである。
バーンは燃えるような赤髪に小麦色の肌をした色男だ。髪と同色の目は好戦的に輝いており、そのガッチリとした体躯と相まって強者の雰囲気を醸し出している。いや、彼は正に戦士の中の戦士と言っても過言ではない。
彼の操る武王魔法は強力無比。身体強化系を中心としたその固有魔法は、彼の力を何十倍にも引き上げている。その力は剣ごと相手を叩き切り、そのスピードは誰にも捉えることが叶わない。彼は圧倒的な剣技と抜群の戦闘センスを持った双剣使いだ。
ただし、固有魔法士は自分の切り札となる能力を吹聴することはないため具体的な能力は知られていないことが多い。
炎を思わせる容姿と火魔法を好むことから“紅蓮”の二つ名を持つAランク冒険者である。
次いで黒髪紺目の豹人族の男が入室する。
彼もまたAランク冒険者。猫背気味のその男を一言で表すなら暗殺者であろうか。目につく武器は短剣2本のみ。そんな彼の二つ名は“首狩”。
あらゆる武器に精通し、体中に暗器を大量に仕込んでいる暗殺のプロフェッショナル。未だかつて彼に命を狙われ生き延びたものはいない。彼を認識した時、それは首が落ちる瞬間なのだから。
彼――アイザック――もまた固有魔法の保持者だ。暗殺魔法――それが彼の持つ魔法の名である。
3人目はBランクの女性である。彼女は美しいというよりも可愛らしいという言葉がよく似合う。アイリスの半分ほどの長さの耳を持つクウォーターエルフだ。
萌黄色の髪に黄緑色の目を持つおっとりとした優し気な雰囲気の女性である。だが最も目立つのは、メロンの如くその存在を主張する双丘か。彼女が動くたびにそれもプルプルと震え、周りの男の目を否が応でも惹きつける。
彼女に二つ名を付けるとき、ふざけた冒険者達が“巨乳”のミーナと呼んだことがある。その後……彼らはこの世の地獄を見た。
ミーナはど派手な上級魔法を好んで行使し、彼女が通った後は地形が変わると恐れられている。故に“破壊”。〝破壊”のミーナこそ彼女の二つ名である。
ミーナは固有魔法こそ持ってはいないが、魔法の天才である。精密な魔力操作こそ彼女の真骨頂。魔力圧縮、消費魔力軽減、回復魔力増加……これらの魔法制御を極めて高い水準で使いこなしている。それに加え、使い手がほとんどいない複合魔法――2つの異なった属性魔法を同時に操る――を使いこなす超々一流の魔法士である。
最後に入室したのが紺の神官服を纏うモヒカンの男――ゼクロス――である。彼こそが光魔法士であり、Cランクの冒険者だ。190センチを超す巨体に犯罪者の如き厳つい容貌。神聖な雰囲気を漂わす神官服とのミスマッチが得も言われぬ不気味さを演出している。一度外を歩けば、通り行く人々は皆一様に顔を伏せ道を開けるであろう。
彼は攻撃力皆無な光魔法しか使えない身でありながら、己の肉体のみでCランクまでかけ上がった猛者だ。その反面、強面な外見に似合わずゼクロスは優しく気遣いのできる男である。その口調も冒険者としてはあり得ないほど丁寧だ。
ルーファは彼らを目にした途端立ち上がり、1人の男の胸に飛び込む。
――そう、モヒカンの胸へと。
驚きに目を剥く一同に、感動するゼクロス。
「きゅ~んきゅんきゅん」
甘えた声を上げ、ゼクロスに身体を摺り寄せるルーファ。それもそのはず、ゼクロスに祝福を授けたのはカトレアなのだから。母の力を感じ取り、懐かしさに思わずその目から涙が零れ落ちる。
焦ったのはゼクロスである。未だかつて子供にどころか動物にさえ懐かれたことのないゼクロスは、激しく動揺しながらも不器用にルーファの頭を撫でる。
その横で滂沱の涙を流すアイリスの眼には、なぜか理解の色が宿っていた。彼女の脳内ストーリーはどの様な結末に行きついたのだろうか……謎である。
全員がルーファとゼクロスに注目している中、フェンだけが違った。彼が鋭い目で見つめているのは2人の人物。だがそれも一瞬の事。誰にも気づかれることなくフェンは目を閉じ、元の無表情へと立ち返る。
ルーファが泣き止んだところで事情を説明する。事情を聴いたゼクロスからは憤怒のオーラが立ち昇り、他の3人も不快気に顔を歪めている。フェンは置物の如く微動だにしない。
「事情は分かった。いいぜ、引き受ける」
バーン達は元々カサンドラへ向かう予定だったのだ。快諾の言葉にフェンは破顔する。
「助かるぜ。ルウは世間を全く知らねぇからな。カサンドラまでの道中で色々教えてやってくれ」
そう言って隣でお菓子を頬張っていたはずのルーファを振り向く……が、いない。
ルーファはヴィルヘルムと隠れんぼでよく遊んでいたために隠密能力だけは高いのである。集中力がないために短い時間に限るが。
慌ててフェンは辺りを見回し……いた!
そこには……水槽に上半身を突っ込み、どうにか脱出しようと暴れているルーファの姿が……。
「だあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!何やってんだよ!」
水槽に駆け寄りルーファを引っこ抜くフェン。びしょ濡れのルーファに、すかさず思念伝達で忠告する。
『魔力を身体に通すなよ。神獣だとバレるぞ』
「すまねぇが、誰か〈清浄〉の魔道具を持ってねぇか?」
フェンの問いかけに“赤き翼”のメンバーは不思議そうな顔をする。
「えっ?フェンさん持ってないんですか~?」
ミーナのセリフが彼らの疑問そのもの。冒険者にとっての必需品の1つが〈清浄〉の魔道具だからだ。この魔道具は発動すれば一瞬で汚れを落とし、濡れた時にも効果がある優れものだ。フェンはSランク冒険者“天空”の二つ名で有名だが、叡智ある魔物だということはあまり知られていないのであった。
「持ってねぇ。オレ様には必要のない物だからな」
そう言って魔天狼の姿に戻る。10メートル近いその威容に絶句する一同。が、部屋にみっちり詰まっているため、威力は半減である。
「せ、狭い……」
その言葉に慌てて人化するフェン。毛皮を密かに堪能していたアイリスとミーナだけは心なしか残念そうである。
ルーファに〈清浄〉を掛けた後、改めて席に着く一同。
(……おかしい)
フェンは訝し気に一言も喋らないルーファを見る。その時、天啓の如くフェンの脳裏に閃きが奔り、彼は無言でルーファの後頭部に平手を叩き込んだ。
ルーファの口からぴゅ~と赤い魚が飛び出す。
唖然とした空気が室内に満ちる。
眉間を人差し指で揉みながら、フェンはルーファに話しかける。
「ルウ、いいか?あの水槽の魚は食い物じゃねぇ。観賞用だ」
不満気な顔でルーファは答える。
「別に食べてないんだぞ。お口の中で飼うんだぞ」
フェンは天を仰ぐ……天井しか見えないが。そしてバーン達を真摯に見つめ口を開く。
「ルウのこと頼んだぜ。真っ当にしてやってくれ!」
フェンは“赤き翼”に丸投げした。