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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
旅立ち
13/106

人化

 ここは原魔の森西部の境界線。

 境界とはいっても尚、多くの魔物が跋扈するこの場所で一人の青年と子狐が額を寄せ合い熱心に話をしていた――フェンとルーファである。


 フェンが疲れたように口を開いた。いや、もはや疲れているのがデフォルトだと言っても過言ではないだろう。


「……金貨しかねぇんだが」

『……?お金って全部金色じゃないの?』


 二人(匹)の間に沈黙が落ちる。


「いやいやいやいや、あるだろ!?銀貨とか、銅貨とか!!そもそも10万ドラじゃぁ大きすぎて釣りなんかでねぇぞ!!」

『えっ!?どどどどどどどどういうこと!?』


 フェンはルーファに通貨の価値を説明してやる。ついでにギルドカードのことも忘れずに説明しておく。


『なるほど、分かったんだぞ!ちょっとここに金貨を置いて欲しいんだぞ』


 そう言って地面をタシタシ前足で叩くルーファ。訝しく思いながらもフェンは言われたとおりに金貨を置く。すると……。



『ホアタァァァァァァァァァァァァ!アタタタタタタタタタタタタタタ!!!!!』


 奇声を上げながら金貨に狐パンチを繰り出すルーファ。さらに後足で金貨を蹴り上げ、空中で華麗に一回転し、尻尾を振り被る。


『必殺!尻尾アターック!!』

 

 ぽふーん……コロコロコロ


 あまりのルーファの奇行に呆気に取られていたフェンだが、自分の足元に転がってきた金貨で正気に返る。ルーファの首根っこを掴み、頭痛を堪えているかのようなしかめっ面で説明を求める。


「……いったい何がしてぇんだ?」

『うむす!オレは考えたんだぞ。この金貨が10万ドラなら、この金貨を半分にすれば5万ドラ、4分の1で2万5千ドラになるんだぞ!どうよどうよ?頭いいでしょ!』


 もはや言葉もないフェン。だんだんと不安になる。


(こいつは本当に1人で大丈夫なのかよ?完璧な冒険者の準備というのも非常に怪しい……いや、間違いなく予想の斜め上どころか、大気圏にすら存在してねぇに違いねぇ)


 ルーファの信用度は既にマイナスにこれでもかと言うほど振り切れている。

 フェンの心境は、我が子を初めてのお使いに出すパパさんそのもの。


「ルーファ……ちょっと冒険者装備を見せてみろ」

『分かったんだぞ!』


 フェンの心配を全く以て察していないルーファは、元気よく返事をした後冒険者装備を身につけるべく人化した。



 どろ~ん!



 そこに現れたのは12・3歳くらいの年頃の……


 腰まである白銀色の髪は左側の一部だけがメッシュを入れたかのように黒く、白銀色のまつ毛に縁取られた藤色の目は神秘的な輝きを放っている。シミ一つない白磁の様な滑らかな肌はまるで触ってくれと言わんばかりに相手を誘い、唇の色は吸い付きたくなるような深紅。

 その膨らみ始めた胸は青い果実のように初々しく、その先端は可愛らしいピンク……


「はぁっ!ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!お、お前(メス)だったのかよ!」


 動揺するフェンにルーファが答える。


「違うぞ。オレは男の子だぞ。ちゃんと、おち〇ぽついてるんだぞ!!」

 

 よくよく確認すると確かについている……両性具有というやつだろうか。だが本人が男と主張している以上、今まで通り男扱いでいいのだろう。

 それでも、とフェンは考える。さすがに着替えをじっと見ているのはマナー違反であろう。そっと後ろを向き、ルーファに着替えるように指示を出す。紳士である。


(くそっ!せめてルーファが魔装を使えれば、こんな気まずい思いをしなくてよかったのに!)


 取り留めのないことを考え動揺を鎮めるフェン。頬が赤いのはご愛敬だ。




 ――20分後


 フェンの尻尾は内心の苛立ちを隠しきれずバッサバッサと揺れている。


(まだか、まだなのか!)


 未だに着替え終わらないルーファに、痺れを切らして振り返るフェン。


「おい、まだなのか!」


 ……そこには服が絡まりもがくルーファの姿があった。





「もうちょっと!もうちょっとなんだぞ!」


 こめかみに青筋を浮かべ口を引きつらせながらフェンが怒鳴る。


「どこがもうちょっとなんだよっ!一体何やってんだ!!」


 なぜかパンツを頭にかぶり上着に足を通しているルーファにツカツカと歩み寄り、フェンは無表情に服をはぎ取っていく。そこに羞恥心など存在しない。


(こいつは(半分)女だという以前にルーファという生物。遠慮は無用だ)


 フェンはそう思い直し、脱がした服をテキパキと着せていく。


「もうちょっとだったのに」


 そう言って可愛らしく唇を尖らすルーファ。だが、騙されてはいけない。中身はただの変態(ルーファ)である。そもそも、あの状態で何がもうちょっとだったのだろうか。

 もはやフェンに動揺は一片たりとも存在しない。悟りの扉を開いたフェンはルーファに問いただす。


「……服を1人で着れないんだな?」


 目を逸らすルーファに先程よりも強い口調でフェンは問う。


「着れないんだな?」

「ふ、服を着たのは今日が初めてなんだぞ……」


 もじもじと身体を動かすルーファに、フェンは手で顔を覆う。


(ヤベェ、メチャメチャ可愛い。何だこの生物は!)

 

 そう思いつつもフェンの胸にトキメキは残念ながら到来しない。いや、むしろ全世界の可愛い生き物に全力で謝って欲しいものである。中身が、中身が変態(ルーファ)でさえなければ!

 残念なものを見るような目でルーファを一瞥し、フェンは深々とため息を吐いた。



 問題は山積みだ。

 そもそも服に〈調整〉の魔法が掛かっていないのかサイズが合っていない。上着の袖は長く、先端はプラプラと揺れている。襟元も大きく開き肩がむき出しになっている。ズボンはベルトで締めてもまだ大きく、手を離せば下に落ちる有様である。

 どこからどう見ても、性犯罪に巻き込まれた少女の図だ。いや、この格好で街を歩けば、あっという間にその通りの未来を辿るのは間違いないだろう。

 

「うーむ、裾を切ってズボンは紐で縛るか……?」

「ダ・ダメッ!これは大切な服なんだぞ。切るなんて出来ないんだぞ!」


 この服はルーファにとって大切な父親の形見。切るなど認められない。

 ルーファの様子からフェンは切るのを諦め、〈影収納〉から自分の服を取り出す。これはフェンの服だが〈調整〉の魔法が掛かっているため、ルーファでも問題なく着れる。


「よし、この服に着替えろ」


 服を渡すが、ルーファはフェンと服を交互に見て着替えようとしない。


「……着方をおしえてやるよ」

「うん!」

 


 ようやく着替え終わり、次は武器の確認である。はっきり言って、この時点でフェンは見るからに疲労困憊な様子だ。叡智ある魔物を1時間足らずでここまで疲れさせたルーファはある意味凄いのかもしれない。


「武器は何を使うつもりだ?」

「短剣と弓だぞ!」


「お!いい選択じゃねぇか!」


 ハッキリ言ってルーファに接近戦は無理だろう。弓をメインに使い、近付かれた時にために短剣を装備するのは理にかなっている。そう思いながら、フェンは取り出された武器を見た。


(短剣はまぁいい。初心者にしては良い物だが常識の範囲だが……)

 

 白銀に輝くその弓は文字通り内側から輝いている。神樹を切り出して作られ、母カトレアにより祝福が与えられた聖弓である。だが、それすらも霞んでしまうほどの力を秘めているモノがある。


 黒い……弦。


 フェンの背中を冷たい汗が流れる。この弦だけでかなりの魔力を感じることを考えれば、間違いなく高位の魔物……いや、それ以上の代物だ。

 掠れた声でフェンはルーファに尋ねる。


「この弦はいったい何でできてんだ?」

「さすがはフェン。よくぞ見抜いた。この弦は竜王ヴィルヘルムの(たてがみ)を用いて作られているんだぞ!そして!これが竜王ヴィルヘルムの鱗から作り出された矢だぞ!」


 そう言って新たに神々しい鮮やかな紅き矢を取り出す。水晶の様な透明感のある紅の中に、金色の光が宇宙(ソラ)に瞬く星のように煌めいている。一体どれほどの力を秘めているのだろうか。それが発する魔力の圧力(プレッシャー)は周囲の景色を歪ませている程である。


「なぁっ!ヴィ、ヴィルヘルム様の鱗だと!!」


 フェンは震える指で矢を手に取る。



 バチィィィィィッ



「ガアァァァァァァっ!!!!!」


 フェンの腕が()()する。


「フェンっ!!」


 ルーファは咄嗟に〈浄化の光〉を発動し、フェンの腕を再生する。その目からは大粒の涙がポロポロと零れ落ちている。泣きじゃくるルーファの頭をそっと撫でフェンはルーファに優しく笑いかける。


「大丈夫だ。ルーファが治してくれたからな。腕も元通りよ!」


 そう言って拳を握りしめる。フェンは、腕の中で謝りながらわんわん泣くルーファを抱きしめ、泣き止むまで優しく頭を撫で続けた。




「……ごめんなさい、フェン」


 悄然と謝るルーファにフェンは快活に笑う。


「ルーファは悪くねぇよ。不用意に触ったオレ様が悪ぃ。だから気にすんな。にしても、すげぇ矢だな。さすがヴィルヘルム様だぜ。ルーファは触っても平気なのか?」


「うん。普通に触れるんだぞ。だから、他の人が触ったら腕が無くなっちゃうなんて思わなかったんだぞ」


 思い出したのか、ルーファの目に再び涙が盛り上がる。どうやら刺激が強すぎたようだ。


「そ、そうだ!試しに射てみろよ!」


 あからさまにルーファの気を逸らそうとするフェンに気付かぬまま、「分かったんだぞ!」と元気に返したルーファは勢いよく立ち上がり弓を構える。

 そして、視線の先にある木をよーく狙って……射る!



 ポテン



 その場に落ちる矢。

 そもそも今日初めて服を着たルーファに矢など射れる訳がない。

 無言で〈影収納〉から弓を取り出したフェンは、ポンっとルーファの肩を叩く。


 ルーファの矢が飛ぶようになったのは、フェンが教え初めて1時間後のことであった。








 ドガガガガガガガァァァァァァァァァァァァァ!!!!!



 凄まじい勢いで、矢が紅き彗星となりて黒き森を突き進む。

 その後には、ただ一本の道が刻まれている。遥か彼方へと続く道を死んだ魚のような目で見つめながら、フェンは思う。


(つ、使えねぇ)


 いったいどんな場面でこの矢を使えというのだろうか。もはやこれは矢などではない。大量破壊兵器である。チラリと横目でルーファを見ると、尻尾を股の間に挟みプルプルと震えていた。

 

(取り合えず、矢を回収しねぇと……)


 その後、フェンは神樹でできた弓――弓はルーファの許可があれば触れた――に鞣した皮を巻き付け、矢は自分が持っていた普通の矢を渡した。最初は弓も普通の弓にしようかと思ったのだが、ルーファの腕力が思ったより弱く引けなかったのである。

 

 フェンは気力をガリガリ削られながらも、次はルーファに短剣を構えさせる。


「よし、オレ様に攻撃してみろ」

「分かったんだぞ!」


ルーファは勢いよく駆け出し……



 ドテン



 そのままの勢いで転がる。短剣は手から離れ近くの樹に当たり、ルーファに向かって跳ね返る。


「だわああああああああっ!」


 フェンは慌てて短剣を手で掴み、安堵の溜め息を吐きながら思う……短剣は危険だと。この瞬間、ルーファが短剣使いになる道が完全に断たれた。

 冷や汗を拭い、振り返ったフェンの狼耳がルーファの呟きを拾う。


「2本足は走るのが難しいんだぞ……」


 どうやら、歩行訓練から必要なようである。




 フェンは思わず空を仰ぎ見た。


(あぁ、いい天気だぜ)


 


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