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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
旅立ち
12/106

通貨

 巨大な赤い熊の魔物がそこにいた。

 三対の分厚い筋肉に覆われた丸太の様な腕に、身の丈は5メートルに近いだろうか。支配者の如く悠々と原魔の森を闊歩している。

 それもそのはず、この辺りには彼の敵となり得る魔物は存在しないのだから。彼がこの一帯を支配するボスなのだ。しかし、今日はどこか森の様子が違う。


 彼は立ち上がり、どことなく騒めいている空気の匂いを嗅ぐ。

 瞬間、彼は一目散にその場を後にした。そこに支配者(ボス)としての余裕はなく、ただ我武者羅(がむしゃら)に走り去る様は何かに怯えているように見える。猫に追われる鼠のように。強者に怯える弱者のように。

 

 そんな凶悪な魔物が近くにいたとも露知らず、巨木の根の隙間に小さな子狐――ルーファ――が眠っている。実に暢気なものだ。 


『ううん』


 ルーファの目がぱっちりと開かれる。


(あれ……?いつの間にか眠ってしまったんだぞ)


 フェンの魔力に()てられたことなど忘却の彼方へと追いやり、ルーファは固まっていた身体をグッと伸ばす。キョロキョロと辺りを見回したところで漸く、置いて行かれたことを思い出した。


『フェン?』


 返事がない。どうやらまだ帰って来ていないようだ。

 することもないので仕方なしに目を閉じたそんな時、どこからともなく美味しそうな匂いが漂ってきた。



 くんくん



 鼻を鳴らし、ルーファは匂いの元を探る。


(……あれだ)


 藤色の目に映るはマーブル模様の色鮮やかなキノコ。尻尾を伸ばせば届かない距離ではない。ルーファはシュルシュルと尻尾を伸ばし、キノコを回収する。


『美味しそうな匂いなんだぞ』


 赤・黄色・ピンク、実に綺麗な色である。以前食べたフルーツのたっぷり乗ったケーキが思い出される。



 じゅるり 



 ルーファの口からよだれが溢れ、欲望に促されるままルーファはキノコに噛りついた。


『いただきま~す』



 もしゃもしゃ



 思ったほど美味しくはない。だが、ルーファは以前母から聞いたことがある。

 “大災厄”の後、大地が瘴気に侵され食べ物が育たず、多くの人種が死んでしまったのだと。食べ物というものは生き物にとって、とても大切なものなのだ。自分は食べずとも生きていけるが、それでも食べ物を無駄にすることはできない。



 もしゃもしゃ、もしゃもしゃ



 無言で食べるルーファ。


『ふぅ、全部食べたんだぞ』


 そして今度こそルーファは目を瞑り、眠りに落ちたのだった。






「ルーファ、帰ったぞ!」


 フェンの声が響き、ルーファは嬉し気に尻尾を振りながらフェンの元へと向かう。


『おかえりなさ~い』


 そんなルーファを絶句したかのように見つめるフェン。よく見れば、その視線は頭の上へと注いでいる。


 そこには……頭からマーブル模様のキノコを生やした子狐(ルーファ)がいた。


「……ルーファ、頭からキノコが生えてんぞ」


 疲れ果てた老人の如くフェンが呟く。その顔には梅干しを10個ほど頬張ったような酸っぱい表情が浮かんでいる。


『えっ!?』


 慌てて頭を前足でこするルーファ。



 ポロリ



『ノオォォォォォォォォ、キノコがあぁぁぁぁぁぁ!!!!!』


 ルーファの悲鳴に、フェンは気が抜けた様にガックリと項垂れた。




『ふぅ、危うく狐さんからキノコさんへクラスチェンジするところだったんだぞ』


 そう言って、魔力を念入りに身体に通すルーファに、もはや言葉もないフェン。


 胡乱気(うろんげ)な眼差しでルーファを見つめながら、フェンは思う。

 何故あんな極彩色のいかにも「自分毒持ってます!」的なキノコを口にしたのだろうか、と。


 そもそもあのキノコは寄生茸といって、美味しそうな香りと幻覚作用のある胞子で獲物を誘い出し、自分を食べさせた後、その生き物を苗床に繁殖するキノコである。

 神獣であるルーファに幻覚は効かないというのに、何故食べたのか……摩訶不思議である。さすがはルーファ。


 フェンは頭を切り替え、真剣な面持ちでルーファに話しかける。


「ルーファ、原魔の森の様子がおかしい。オレ様は異変をヴィルヘルム様に知らせに行かなきゃならねぇ。カサンドラまで連れて行く約束だったんだが……」


 そう言ってしばし悩むフェン。やがて決意したかのように口を開く。


「オレ様と一緒にドラグニルに行かねぇか?その後でカサンドラまで送ってやるよ」


 ルーファはフェンの気遣いを嬉しく思うが、ドラグニルへ行くわけにはいかない。そのヴィルヘルムの元から家出して来たのだから。


『オレは大丈夫なんだぞっ!もともと一人でカサンドラまで行くつもりだっからな。それに、オレが付いて行ったら遅くなっちゃうし!あっ、でも出来れば原魔の森を出るまでは送ってほしいんだぞ……』


 後半になるにつれて勢いがなくなり、しょんぼりと項垂れるルーファ。


「それは問題ねぇよ。もう大分西まで来てっからな、狼の姿で飛ばしゃぁすぐよ。けどよ……本当に1人で大丈夫なのかよ」


 フェンは心配気にルーファを見つめる。

 たった今、寄生茸を食べて頭からキノコを生やしていたのだから猶更だ。


『うむす。冒険者になる準備も完璧なんだぞ』


 だが、そんなフェンの心配を他所に、ルーファは自信満々に胸を張る。

 フェンは猜疑的な眼差しでルーファを見つめるが、やがて諦めたかのようにため息を吐いた。


「分かったぜ。いいか、絶対に無理はすんなよ?報告が終わったらオレ様もカサンドラに様子を見に行くからよ。カサンドラで会おうぜ」


 フェンの言葉に目をキラキラと輝かせルーファは頷く。


『本当っ!?約束なんだぞ!!』

「おっ!こらっ、よせっ!」


 顔に飛びつきペロペロと顔をなめるルーファを、フェンはテレを隠しながらべりっと引き剥がした。






「よし、善は急げだ」


 フェンは狼の姿に戻り口を開ける。

 

『……』


 まさか……まさかとは思うが。縋るような思いでルーファはフェンをじっと見つめる。


『早く入れ。顎が疲れるだろ』

『フェンさん?嘘ですよね?』


 思わず敬語になるルーファにフェンは諭す。


『ルーファはしがみついてられねぇだろ?口ん中が一番安全だ』

 

 涙目でフェンを見つめた後、やがて諦めたのかとぼとぼと歩いて行く。口の前で一旦止まり中を覗き込むルーファ。


 光る牙、溢れる涎。

 

 ゴクリ、と唾を飲み込んだルーファは意を決して口の中へと入り、()の海に身を沈める。


『よしっ、じゃあ行くぞ!』

『……あい』

 

 フェンは一陣の風となって飛翔する。

 さざ波のように黒い森を騒めかせながら。


 




 ――3日後


 遠くに緑の大地が姿を現し、黒き森の海が終わりを告げる。


 フェンはこの3日間休まずに只ひらすら走り続けた。

 途中からルーファが全く話さなくなったのだが……もしかした怒っているのかもしれない。

 

 フェンは地面へと下り立ち、久しぶりにルーファへと話しかけた。


『あ~、ルーファ着いたぞ』



 ……返事がない。


 仕方なしにフェンは口を開け、そっとルーファを外に吐き出す。するとそこには、ぐったりとした子狐(ルーファ)の姿が……。


『っ!?おいっ!しっかりしろ!!』


 フェンが慌ててルーファを鼻先でつつくと『すぴ~すぴ~』と言う、気の抜ける様な寝息が聞こえて来た。


『寝てんのかよ!紛らわしいな、おい!』


 どうやらルーファはフェンが思っているよりもずっと図太いようである。まさか、口の中で爆睡しているとは……。こいつは大物になるに違いない、そう確信を抱きつつフェンはルーファを起こした。


『むにゃぁ、朝なの?ごはん?』

『寝ぼけんな。ここはもう原魔の森の境界だぜ』


『おぉ!意外と早かったんだぞ!』


 ……どれだけ爆睡していたのか。むしろ、最初から口の中で運んだ方が良かったのでないか、と疑問に思いつつもフェンは以前から思っていたことを口にする。


『ところで金は持ってんのか?』


 身分証を持っていないであろうルーファは、お金がなければ冒険者になれないどころか街にさえ入れないのだ。フェンはここで最低限のルーファの装備を確認する予定である。


『バッチリ準備してるぞ!』


 ルーファは亜空間から竜の顔を模した可愛らしいガマ口の財布を取り出しフェンに渡す。収納の魔法が掛かっており、見た目よりも多く入れることが可能だ。人化して中身を確認したフェンは驚きに目を見張る。



 ――全て金貨だ。



 さて、ここでこの世界の通貨について説明しよう。


 実は、この世界に通貨は1つしかない。ドラグニルが発行しているドラグニル貨である。以前は他にも存在したのだが、質が悪く倦厭(けんえん)されたために自然と淘汰されたのだ。だが、それも当然といえば当然のこと。そもそもドラグニルとその他の国とでは技術力が違うのだから。


 まず、ドラグニル貨の特徴として、銀貨以上の通貨には10近くの刻印魔法が刻まれている。代表的なものが形状維持、保存、魔力防御、物理防御の魔法陣である。さらに真偽判別のために魔力を込めれば光るようになっている。


 表面には幾何学的な紋様が刻まれており、その紋様の()()()が魔法陣だと言われている。小さな硬貨にこれほど多くの刻印魔法を刻み、更に常時魔法が起動状態になっているこの技術は現在では再現不可能であり、これらは全て古代魔法技術を駆使して行われている。


 諸外国は躍起になって刻印魔法の解析を行っているが未だにただの1つも解明されていない。それもそのはず、表面に刻まれている紋様には何も意味はないのだから。


 本当の魔法陣は硬貨の()()に刻まれている。硬貨の中を調べるには鋳つぶすしかなく――いや、そもそも物理・魔法防御が掛かっているためそれさえも不可能なのだが――仮に鋳つぶせたとしても、その時点で魔法陣も消滅しているのである。


 かつては神聖皇国ナスタージアも聖貨と呼ばれる通貨を発行していた。

 しかし聖貨には刻印魔法は一切刻まれておらず、商人は金貨を使用するたびに秤で金の含有量、金メッキではないかを調べた。さらに長い年月を使用することにより摩耗した金貨の価値はどんどん下がった。

 極めつけは金貨をワザと削り私腹を肥やす犯罪者が横行し、その価値は地に落ちたのである。現在では通貨といえばドラグニル貨のみを指す。


 ドラグニル貨は全部で7種類。


 賤貨(10ドラ)

 銅貨(100ドラ)

 大銅貨(1,000ドラ)

 銀貨(1万ドラ)

 金貨(10万ドラ)

 白金貨(100万ドラ)

 虹金貨(1000万ドラ)

 

 ドラは通貨の単位である。一説によればドラグニル貨が略されドラとなったと言われている。


 賤貨は嵩張るためあまり使用されず、一般に利用される通貨の主流は銅貨から銀貨までである。金貨から虹金貨は、商人同士の取引または国家間の取引に使用される……が、それも今は昔の話。

 現在ではお金を所属しているギルドに預け、各ギルドが発行している身分証であるギルドカードを利用してのキャッシュレス売買が主流である。

 いわゆるクレジットカードの様なものだ。このカードを識別版にかざすことで支払いをするのだ。


 識別版は商業ギルドで低価格で貸し出されており、よほど小さな露店でない限り置いている。そのため、大量の現金を持ち歩く人はほぼいないと言ってもよい。


 尚、識別版は支払い専用であり個人情報は読み取れない。個人情報を読み取る魔道具は識別水晶と呼ばれ、各ギルド及び衛兵の詰め所、関所などに設置されている。これは、ステータスを見る為の物ではなく、事前にカードに登録した情報を見る為の物であり、真実の水晶とは異なる。 

 



 ……それなのに、持っているのは金貨のみ。


 フェンは頭を抱えた。


 

 

 

 


 


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