勇者召喚・下
隷属魔法――それは特殊魔法(R)の1つであり、主に犯罪者の管理に使用される魔法である。
隷属とはいうものの、一方的に隷属するものではなく、双方の合意を得て発動する契約魔法の一種である。だが、勇者召喚で行われた様に相手を騙して隷属させる方法や、暴力や脅しなどで無理矢理隷属させる方法もあるため、隷属魔法保持者は全て国に所属する公務員となる。
ただし、隷属魔法保持者であろうと魔法を生涯使わない旨を誓約すれば民間で普通に生活もできる。
また隷属魔法の刻印化は例外なく世界協定で禁止されており、発覚すればドラグニルが出張ってくるために危険を犯すものは少数だ。〈物質鑑定〉の魔道具で見れば一目瞭然なのだから。
「跪きなさい」
マリアンヌのその言葉に勇者たちが一斉に膝をついた。
驚愕がその場を支配する。
勇者たちは自分の身体が勝手に動いたことに。
マリアンヌ達は1人の勇者が跪かなかったことに。
――皇朝人。
彼は隷属魔法を抵抗した。
上位格の魔法である固有魔法に、本来下位格の隷属魔法は効かない。いや、効かないというのは語弊がある。魔力の宿る紙に名を記入し、自らの血を捧げる正式な契約であれば魔法は発動するのだから。
だが、今回の様に口頭での約定であれば固有魔法士には効果がない。抵抗されてしまうからだ。ではなぜ効いたのか……それは、固有魔法がまだ魂に定着していなかったためである。
勇者たちの魂に固有魔法が定着するのは召喚からおおよそ10日前後。だが、それを早める方法が2つある。
1つが自身の力を知ること。真実の水晶でステータスを確認するなどして、自分の力を理解することにより、急速に力の定着が行われるのである。
そしてもう1つが、かけられた魔法に抵抗すること。朝人が無意識に行ったのがこれになる。
皇朝人はその瞬間魔法というものを理解した。
相手が何をしたのかを。
自分が何をしたのかを。
――支配魔法。
それが彼が保持する魔法の名。
隷属魔法など足元にも及ばぬ支配の魔法だ。同系統の魔法であったが故に、彼は抵抗に成功した。例えまだ魔法は芽吹いていなくとも、その種はすでに宿っているのだから。
そして彼は……嗤う。
「くくくっ、残念ですが俺は隷属できませんよ」
その言葉に周りに控えていた騎士たちが剣を抜き、マリアンヌを守るように魔法士が展開する。
「おっと、勘違いしないでください。別に俺は貴方達と争うつもりはありませんよ。さぁ、取引と行きましょうか。そこにいる人出てきたらどうです?」
両手を広げ、まるで舞台に立つ役者の様に堂々とした仕草で、朝人はマリアンヌの後ろに目を向けた。
「ふん、気づいていたか」
そう言って姿を現したのはジャイヴァロックとサントス。
彼らは最初から姿を隠していたのだ。皇帝であるジャイヴァロックは例え演技であろうと勇者如きに下げる頭は持ち合わせていないし、サントスは神聖皇国ナスタージアからの使者、言わば賓客である。
幾ら古武術を習っていようと、戦闘の素人である朝人が2人に気付くことができたのは訳がある。支配魔法がそこに支配可能対象がいることを教えてくれたのだ。
「それで取引とはなんだ。取引とは対等な立場でなければ成立しない。お前にその資格があるのか?」
鼻で笑ったジャイヴァロックはバカにしたように朝人を見つめる。口調とは裏腹にその目はまるで猛禽の如く鋭い。
「その理屈でいくと大国と小国では取引なんてできないんじゃないですか?この世界ではどうか知りませんが、俺たちの世界では普通に取引していましたよ。それは、そこに利益があるから。俺は貴方達に利益を提供できる。これが取引の理由にはなりませんか?」
「……続けろ」
朝人は道化を演じるピエロのように一礼する。
「感謝します。ええと……」
「皇帝陛下です」
ドロテオの言葉に朝人は一瞬驚きに目を見張るが、それもすぐに張り付けたかのような笑顔の下に消えた。
「感謝します、陛下。俺からの提案は1つ。俺の魔法は支配魔法。全てを支配する究極の魔法です。この魔法を陛下のために使いましょう。その代り、それに相応しい身分と自由を俺に」
「っ!?何を言ってるの皇君!それじゃぁ」
「黙れ」
怒りで顔を赤く染めた委員長の叫びを朝人の言葉が遮った。ハクハクと口を動かし声を出せない委員長の目が驚愕に見開かれる。
そう、朝人の支配魔法はすでに発動していたのだ。彼が魔法に覚醒めたその瞬間に。
彼は触れたことのある生き物を強制的に支配する。固有魔法士は難しいが、それも覚醒前であれば何の問題もない。そう、クラスメイトの5人はすでに朝人の支配下にあったのだ。
「いかがですか?俺の力は。隷属魔法の様に手間をかける必要もない。一瞬で確実に終わりますよ。心配であれば、俺が支配した後に隷属すればいい。簡単でしょう?」
「いいのか?その者等は友人だろ?」
「友人より自分の身の方が大事ですので」
ひょいっと肩をすくめておどけたように答えた朝人を見つめ、ジャイヴァロックは暫し黙考する。
「……その魔法の支配条件はなんだ?」
「今まで触れたことのある人物であれば誰でも」
支配魔法の危険性にその場にざわめきが広がるが、ジャイヴァロックが手を上げるとその騒めきも一瞬で鎮まる。
「私がお前のような危険な魔法士を生かしておくとでも?」
「陛下であれば、俺を使いこなせるだろうと愚考致します」
そう言ってニヤリと笑って見せる朝人。
これは交渉……“弱さ”とは即ち付け入る隙に他ならない。彼はジャイヴァロックの興味を引き、見事に勝利へのカード引き寄せた。
「くっくっくっ、言ってくれるな。だが、その魔法は私の許可がなければ使用できないように誓約してもらうぞ?」
「えぇ、その条件で構いませんよ。ただし、その誓約に先程の俺の条件も入れてください」
「はははっ!いいだろう!誓約魔法の準備をせよ」
愉快そうに笑ったジャイヴァロックは朝人と言う切り札を手に入れた。
――半年後。
「先日行われた勇者召喚では11人もの勇者が隷属できましたな。実に喜ばしい限りです。生贄も5万人ですみました。生贄の質にもよりますが、やはり召喚人数が多い程コストパフォーマンスも良い模様です」
ドロテオの報告にジャイヴァロックは薄く笑った。
「朝人は実に役に立ってくれた。今までは隷属の手間を考えれば、少人数ずつしか召喚できなかったが……何しろ触れるだけで支配できるのだ。これで軍事力が一気に上がる」
「ただ少し問題が生じまして……」
言いにくそうに切りしたドロテオに、ジャイヴァロックはむっつりとした表情で続きを促す。
「ジターヴ王国から陳情書が届いております。ここ1年で行った勇者召喚ですでに13万もの奴隷を消費しております。どうやら、奴隷の確保が難しくなったようでして……」
ジターヴ王国とは別名奴隷王国とも呼ばれるベリアノスの南海に位置する海洋国家だ。アグィネス教を国教としており、取り扱っている大半の奴隷は人族以外の種族――亜人――となる。
更に売買されている奴隷は正規の手段で手に入れたものではなく、亜人国家の村や船を襲い入手した違法奴隷。取分け被害の大きい国がリーンハルトだ。
ジターヴは大小様々な島を拠点に潜伏しており、沿岸部の村を次々と襲っては奴隷を集めているのだ。リーンハルトも軍艦を率いて拠点を強襲するものの転移陣で逃げられることが多く、イタチごっこが続いている。
「ボルヘルミア侯爵が何かと融通を利かせてくれていますが……南方軍の動きが活発化しており、沿岸部へ近づけないのが現状だそうです」
「ボルヘルミアか……使えるかと思ったが意外と役に立たんな」
「リーンハルトの軍は王が完全に掌握しておりますので中々難しいのではないかと」
「どうにかならんのか?」
「それが……今は中部諸国の亜人を中心に狩っているそうですが、あまり大っぴらに動けば、ドラグニルを刺激する可能性があると」
盛大に舌打ちしたジャイヴァロックはソファーに身を沈める。
「仕方がない、今はまだドラグニルを敵に回すわけにはいかん。当分は勇者召喚は控え、奴隷の入手に力を注げ。それと戦力として勇者を何人かジターヴに送っておけ。あぁ、リーンハルトを重点的に狙えと伝えておけよ、そのための戦力だ」
「かしこまりました、陛下」
話がひと段落着いたところでマリアンヌが不満気に口を開く。
「お父様、どうして勇者召喚をガイアスで行っているのですか?帝都で行った方が手間がなくて良いかと思いますのに。それに!どうしてお父様が態々出向かなければならないのですか?朝人をグリンバルに呼び寄せればいいと思います!」
マリアンヌはジャイヴァロックが朝人に会うために態々ガイアスへ来ているのが気に入らないようなのだ。朝から不機嫌そうな様子を隠そうともしない。
そんな娘の様子に苦笑を漏らしつつ、ジャイヴァロックは優しく言い聞かす。
「いいかマリアンヌ、勇者はいずれ汚染獣に変わるだろ。そんな危険な物をグリンバルに持ち込むわけにはいかん。いくら腕輪があるとはいえ、絶対とは言い切れんからな。ガイアスであれば、原魔の森も近い。いざとなればそこで処分すればいいだろ?」
(それに……どこに他国の間者の目が光っているか分からんからな、辺境の地であるガイアスであれば気付かれんだろう)
と心の中で付け加えた。
「さすがです!お父様!すべては民の安全のためだったのですね」
マリアンヌは尊敬の眼差しでジャイヴァロックを見つめ、ドロテオはそんな親子の様子を微笑まし気に見守っていた。
コンコン
「朝人殿がお見えになられました」
扉の外で待機していたジェネリコが顔を覗かせ、ジャイヴァロックは入室の許可を出す。先程までの和やかな雰囲気は既になく、そこにあるのは冷徹な皇帝の顔だ。
ドロテオは静かに立ち上がりジャイヴァロックの背後に控え、柔和な微笑みを浮かべたマリアンヌの姿は朝人に苛立ちを抱いていたことを僅かとも感じさせない。
「失礼します、お呼びと伺い参上しました」
いつもと変わらぬ飄々とした笑みを浮かべた朝人が大げさな仕草で礼をし、それを冷めた目で見つめたジャイヴァロックは威高気に口を開く。
「お前にはシリカ騎士王国に行ってもらう。あの国の中枢を支配し、リーンハルト攻略の足掛かりとせよ!」
「陛下の御心のままに」
ベリアノスは密やかに動き出した。
勇者を使い、英雄王ガッシュを亡き者とするために。
今まで読んでくださった方、ありがとうございます!
一部はこれにて完結となります。また二部で会いましょう( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
あっ、でもこの後登場人物紹介があるので是非それも読んでみてくださいね




